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刑務所では、「ドリフかよ!」って言いたくなる事が日常的に起きる。例えば点呼を取る時、同じ人が何度も番号を間違えるのは、日常茶飯事なんだ。そして、刑務官にも色々な人がいるんだ。長野では何名か「名物?」とでも言えるとてもクセの強い刑務官を紹介したい。まずは「クロちゃん」経験者なら、「あー…はいはい」ってなるとにかく情緒不安定で、テンションが高く目付きがシラフじゃない感じで真冬でも汗が凄いから、シャブ中じゃないかとまで噂されてた位なんだ。次に「Fコシ」(流石に名前は伏せるよ
❁。•°*。❁。•°*。❁。•°*。❁。•°*。❁**************✤そふぃあです。いつも私のブログに来て下さってありがとうございますm(__)mそして、アメンバーの申請をありがとうございました。コメント、メッセージと共に申請いただいた方は皆様承認させていただきました。申請だけでメッセージ等ない方が十数名いらっしゃいました。その方達は残念ですが承認しておりません。すみませんm(__)mコメント、メッセージは届いたのに、申請が届かなかった方
囚人を護送中に護送車が襲撃され、一瞬のうちに刑務官に死傷者を出した凶悪犯の衝撃の逃亡劇から3日。彼らはまだ逮捕されていません。そもそも、全くの予想外の出来事に、当局側の捜索を予想して動いていると思われている組織的な犯行で、彼らが護送車から、この中心人物であるモハメド・アムラを連れて、ある地点まで逃走に使われた車2台は燃やされた状態で発見されていますが、その後の足取りがつかめていないようです。そもそも、この囚人は逃亡する2日前にも刑務所で逃亡を図っ
刑務所は犯罪者たちが集められた場所。そんな犯罪者たちであれ、管理監督する刑務官も人。私は受刑中に犯罪者である受刑者たち、厳しく管理監督する刑務官方々に救われた場面が幾度となくあった。刑務官と受刑者の関係性は一般の方が想像するものと実際は少し違う。刑務官は厳しく受刑者を管理監督するが、刑務官も同じ人間、厳しさの中に愛情、情けもある。私が出所近くなった頃、外掃工場に移動となった。その時、以前担当だったオヤジがいて「お前も入所当時
最近、刑務官による暴行事件、理不尽な拘束などがニュースになってる。元受刑者の私に言わせれば、刑務官によるそれらは全国的にもごく稀なケース。あってはならないが、私が知る限りほぼないと言っていい。それに比べ受刑者同士の暴行は日常的とまでは言わないが私もよく目にした。もちろん暴行と言っても大怪我につながるようなことまではない。軽く殴る蹴る程度だが、これはあった。私がいた工場はいわゆる侍工場で、元気のいい若い子が多くトラブルも日常的だった。刑務官
ノルマンディーにあるルーアンの南にある高速道路のアンカービル料金所で囚人を搬送中の護送車が複数の男たちの襲撃に遭い、刑務官2名死亡、3名重傷のうえ、囚人たちは逃亡するという大惨劇が起こり、騒然としています。護送車が料金所を通り過ぎようとしているところを狙って2台の車が近付き、そのうちの1台がまず護送車のフロントに正面衝突して車をとめ、行く手を阻んでいます。複数の襲撃犯の男たちは、黒い服を着て頭にフードをかぶり、マスクをしており、散弾銃で護送車を襲撃し、容赦なく刑務官に向け
この回に関しては、一言でいえば菅野美穂さんが演じる刑務官が恐い…………!!!!という感想に尽きそうではありますね()私事ですが、実はこの「女子刑務所東三号棟」シリーズを初めてきちんと観たのは、この回からなんです。だから、私自身はこの回をきっかけに女子刑務所の仕組みを徐々に知る事となったいったというか。これまで、刑務所ってとにかく恐い場所っていうイメージが強かったのですが、この回を観てたらなんだかんだで「厳しめの女子寮」ぐらいの印象を持ちました。清水由貴子さんが演じた女囚がインパクト
刑務所と言っても施設によって別々に指標というのがあり、自分の当てはまる指標によって行く刑務所が決まります。全部書いたら多すぎるので省略しますが大まかなものだけ書くとAとBとWとYがあります。Aは、初犯者。犯罪傾向が進んでない者。Bは、累犯者及び暴力団組員。Wは、女性。(関西なら加古川と和歌山)Yは、ヤングの頭文字で、26歳未満の成人。俺が行った姫路少年刑務所はYB。つまり26歳未満の累犯者及び現役暴力団。※俺がいた頃に暴力団は基本的に少刑には入れないことになった(まれに入
被収容者の皆さんは刑務官の名前は通常担当はわかると解され、加えて分かったとしても主任くらいしかわからないとおもいます。もしくは電話が鳴ったときに名前が聞こえて、名前を知る方法、もしくは長く収容されている人に教えてもらうくらいでしょう。生活において、なにか不当、または違法のことをされたときに、このひとにされたという特定につながるような情報を知る方法があります。これだけ特定できるだけでもその後もためになるでしょう。(まあ、訴訟や告訴告発するにあたっては、刑事訴訟法230条の最高
■□。■□。■□。■□。■□。■□。。。。刑務官に連れられて来た夫……この人………『夫』?と、一瞬思ってしまった。灰色の囚人服自慢だった栗色の髪の毛は跡形もなく…丸坊主。着る物と髪形でこんなにも違う人に見えるなんて………顔色も悪いし表情も悪い。私は………何とも言葉には言い表せない複雑な思いだった。鉄格子の向こうにいる『夫』は事件の残骸を残していなくなってしまう。目の前に座った『夫』は…無言。義弟が口を開いた。『お前、そふぃあに"刑が重すぎる"って言ったんだ
拘置所での生活は、留置場の時よりも穏やかでした。未決囚なので裁判に出頭する以外は、殆ど自由時間です。朝の7時半になると起床し布団を畳み掃除・洗顔をします。朝食前になると刑務官が「点検よーい!」と言うので正座をして入っている雑居房へ来るのを待ちます。刑務官が来て部屋の番号を言うと自分の番号を答えます。入っている雑居房の点呼が終わっても他の部屋の点呼が終了するまでは正座をしたままです。一度、刑務官が通り過ぎて正座を崩してしまい別の刑務官から厳しく注意されました。そして朝食を
✤。°✤。°✤。°✤。°✤。°✤。°✤。°✤。°✤刑務所にいる『夫』に離婚届を記入してもらうために私の記入済みの離婚届の用紙を刑務官に預けた。高く厚い灰色の塀……『夫』の逮捕後私自身刑務所の塀のようなものに囲まれて身動きが出来ないでいたように思う。それを一つひとつ片付ける事によってやっと自分自身の考えで一歩を踏み出せたのだと感じた。塀の外に出ると駐車場で待っていてくれた義弟が笑顔で迎えてくれた。私も久しぶりに少し笑顔に。『夫』逮捕後私は全く笑えなくなってい
シリーズ10話まできちゃった案内された面会室は、テレビドラマに出てくるまさにそのもの。こんなのすると向こう側のドアが開いて、囚人服を着た本人がAさん(仮名)が真ん中の席に着席し、記録係の刑務官が後ろ側に座りました。のちに知人の元刑務官に、その人の役割を聞いたところ、「会話は自由だけど、お互いの不利益な内容にならないよう、チェックしている」とのこと。Aさんはニコニコしていました。そして言いました。「裁判中も含めてここにはもう〇年入ってい
再投稿します!!静岡刑務所は、拘置所も備わってます。府中刑務所は、刑務所のみ。(近くに大規模な東京拘置所があるからね)静岡の拘置所は、基本、1人部屋(独居)。他の拘置所は、共同室がある見たいですが今のコロナ禍では、どの拘置所もほぼ独居じゃないかな拘置所の中の娯楽は、→(自費)雑誌・官本・(自費)お菓子・ラジオぐらい。。基本やることはないけど横になれないのがつらい。拘置所は、基本刑務所に落ちる前の場所なので
本人から手紙が届いた翌日、タイミングは今しかないと刑務所に向かった私。もともと「家族以外は会える可能性が低い」と言われていたにもかかわらずホント、すごい行動力だと思う。自分ところがいざ行ったら、広すぎてどこが入口かすらわからない。ウロウロしてたどり着いた先は少年鑑別所職員が親切に「この道を曲がってですね」と外にまで出て案内してくれましたそして、やっとたどり着いた。高い高い塀の中に。入り口で名前を書いて門をくぐりました。
なぜだかはわからないのだが、今年に入ってから突然人気のメニューの一つであった麻婆豆腐が全く辛くなくなった。赤味すらも全くない。もはや完全な別物だ。受刑者達からの評判もすこぶる悪い。以前、調理工場で働いていたという受刑者になぜそのようになってしまったのか原因を尋ねると、「多分、調味料の節約じゃないですか。経費を削る為の」と言っていたのだが、そのような節約、経費の削減の仕方なんてあるのだろうか…。まじでミステリーだ…早く元の麻
刑務官が受刑者をさんづけで呼ぶといったニュースが。刑務官による受刑者への暴言・暴行が根絶されないといったことからだとか。また、受刑者も刑務官をさんづけで呼ぶらしい。これが良いか悪いかなんて議論する気はないが、元受刑者として多少の違和感は感じる。私が刑務所にいた頃は、もちろん刑務官が受刑者をさんづけで呼ぶことなどなく、逆に受刑者が刑務官をさんづけで呼んだら懲罰ものだっただろう。笑。当時は、刑務官は受刑者を呼び捨て、どんな若い刑務官であっても受刑者を
今日は母の日。私の母は70歳を目前に受刑者の母となった。母はとにかく真面目で優しい人。母の人生において刑務所など70年間無縁の場所だったはず。私は若い頃から警察の世話にはなったが、刑務所とは想像すらしなかっただろう。70歳を過ぎ、受刑者の母となっても何も変わらず接してくれた。何も変わらず私の味方でいてくれた。何も変わらず今も。大バカ息子のために海を越えてでも面会に何度も来てくれた。大バカ息子のために警察、検
今日は知人宅に覚醒剤を買いに来る客が来るとの情報を得たので行ってみた。知ってる人2人に知らない人1人。すべて男。知らない人1人は手を前に組んで直立不動で覚醒剤が届くのを待っている。時折電話で、迎えに行けなくてごめんなーって言って相手の人に謝ってた。この人にとっては覚せい剤の方がはるかに大事だと言うのがひしひしと伝わってくる。それにしても何でこの人はこんなにかしこまっているんだろうと思ってると、派手な格好した女の人が入ってきた。小型犬1匹連れて。この
息子の夢を見た。亡くなっているのに夢の中では生き生きしている。「刑務官に合格したから、刑務官になるから」と。明るい陽射しの中、微笑みながら嬉しそうに話す君。私は即座に「そんな危険な仕事ダメだよ、危ないよ」と私の母(息子のおばあちゃん)と一緒に止めようとしている場面。だがしかし、突然私の脳裏にそうだ息子は1度死んでるんだ。だからきっと大丈夫、刑務官の仕事を応援してあげよう、と言う謎の安心感。変な夢だったけど嬉しそうに話す君に会えて良かった。ありがとう、また夢で会おうね。
✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾離婚届の受け取りと『夫』に面会のために手続きをしていたら……刑務官の様子がおかしい。面会受付けに名前等を書き待っていると…一人の刑務官が近づいて来た。『失礼します。○○受刑者の奥様でいらっしゃいますか?』「はい。そうですが……」と答えると『○○受刑者からお預かりしている物があります。』と言って目の前に出されたのは数日前に私が預けていた離婚届の入った封筒。『中身を確認していただけますか?』と言われたので封筒をあけて中身を確認
『反省と更生必要なのは・・・』という動画で「日本一長く服役した男」(イースト・プレス)のことを取り上げたが、その書籍の中には“刑務官”という仕事についても詳しく書かれてあった。このブログの読者の皆さんにも是非知っておいてもらいたい内容なので一部分抜粋させてもらおうと思う。『普段、多数の受刑者とほとんど丸腰で向き合う刑務官は、傍から見ても緊張が強いられる仕事であることは間違いない。工場で刑務作業にあたる受刑者を監督する
刑務所では刑務官のことを何とかのオヤジと苗字のあとにオヤジとつけて呼ぶことがほとんどです。その時の僕の工場の担当のオヤジが中沢のオヤジでした。見た目は強面で体ががっちりしていて、刑務官というより職人みたいな人でした。刑務所では来た手紙は必ず検閲されて本人に渡されます。検閲された中でも受刑者がその手紙で精神的に不安定になりそうな内容の場合は工場の担当のオヤジも読むことがあるみたいで僕の手紙は中沢のオヤジが読んで、中沢のオヤジから直接渡されました。その時、中沢のおやじは僕が手紙を読んでる横
毎日、暑いですね~~私は暑いから外出なくて家で引きこもりです^^なんでYOUTUBU見てて思い出したの。名古屋アベック殺人事件。綾瀬のコンクリートの事件もこの頃だったと思う。ニュースでアナウンサーの東海林がレポートしてたの覚えてる。名古屋アベック殺人事件の殺された男の人が私と同じ年で知り合いだったの。美容師さんやってて、20歳の彼女っていうか同僚と大高緑地行って殺されたって、友達から電話があった。詳細を知らなかったから、ヤクザ絡みかな?って感じで流してた。
再投稿します刑務所の中では、喧嘩は日常茶飯事の出来事。なかには、そんなことで??というのも結構あります。。初犯刑務所の場合①部屋での生活②飯③上下関係④作業についてが多いですね。累犯の場合①上下関係②部屋での生活③ヤクザ絡み④飯⑤作業について上下関係とは、刑務所の中での年功序列とは、工場に来た順番に偉いって感じですかね??ヤクザがいる刑務所は、どこの組だのから始まり、縄張り争い的な抗争へ発展。喧嘩→懲罰。。なかに
▲∵△∵▲∵△∵▲∵△∵▲∵△∵▲∵△裁判が終わって夫は行き先の刑務所が決まるまで一時的に地元の刑務所に移された。弁護士さんに『いつ、何処の刑務所に行くのかわかりませんが、県外である事は確かです。』と言われた。夫が他県の刑務所に移送される前に話しておかなければならない事決めておかなければならない事があった。夫がいる刑務所は車で30分位。義弟が一緒に行く…と車を出してくれた。初めての刑務所。灰色の厚い壁もの凄い威圧感がある。中に入り面会の手続きをする。義弟
❖□❖■❖□❖■❖□❖■❖□❖■❖□元夫が『移送』されたと刑務官から聞いてしばらくたったある日私の旧姓名で、封書が届いた。送り主は•••••••••••元夫。住所は•••••••••?かなり離れた県……全く知らない場所。刑務所の住所って普通の家の住所と同じで△▲県○○市✕✕町1-1刑務所名は無いのね……?……どうでもいい疑問。それから週に一度手紙が届くようになった。手紙が届く事によって母の機嫌はますます悪くなり体調が悪い日も増え床に伏せる時間が増えた。持病
初犯は8ヶ月もの裁判があり、求刑4年判決3年4月初犯にしてはまあまあ打たれたほうである。私は初犯の27歳未満ということで福岡刑務所内にある分類センターに送られた。福岡刑務所はまるで要塞だった。九州最大の刑務所である。分類センターは地獄だった。訓練のキツさに加えイジメも横行していた。死人も出たほどだった。舎房内で受刑者が死んだ時はその舎房の廊下を埋め尽くすほどの刑務官が飛んで来た。作業も中止、私たちは舎房内で正座して待機。分類センターには6ヶ月ほど務めた。そして
無差別死刑執行人「上川陽子」外務大臣実際に死刑を執行するのは全国各地の拘置所に勤務する刑務官たちで、その刑務官にとって一番嫌な仕事が死刑の執行ですが、この上川陽子という女性は、嬉々として死刑執行の命令書にハンコを捺す死神のような女ですよ。まあ、元首相の安倍晋三からその冷酷非情な性格を見込まれて、オウム真理教の連中の死刑を実行するために法務大臣にしてもらったような人間ですが、いかに法務大臣といえども、極悪非道な悪党や、洗脳されて訳もわからないま