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腹一杯乳を飲み、イムジャの腕の中で満足げな顔をしているタムを……後ろからイムジャごと抱き締めて、その肩越しに愛らしい姿を眺めていると、イムジャが何やら気になる事がある、と言い出した。「ずっと思ってはいたんだけどね。タムも生まれたし……そろそろ変えたほうがいいと思うのよ」「何をですか?」それよ!イムジャが、肩に乗った俺の顔めがけ、鼻息荒く続ける。「貴方、ずーーーーーーーっと敬語よね?」「は?」「出会った時からずっと。まぁ、私の方が年上だったから、何となくそのままきちゃったけど……もう
「よくぞ戻られました…本当に…」王妃様が目に涙を溜めてこちらを見ている。相変わらず、ピチピチのお肌にお人形みたいな大きな目だわ、と思わず感心してしまう。(若いっていうのは、それだけで何物にも代え難い財産よね…)私はチェ・ヨンと別れた後、王妃様のお招きにより、坤成(コンソン)殿へとお邪魔していた。記憶が無い事で、気持ちの温度差に少しばかり居心地の悪さは感じるけれど、それでも気遣われる事は素直に嬉しかった。「何か不便はありませんか?入り用な物があれば用意させますので、何でも言って下さい」
俺とイムジャは、再び墓へ寄り、父達へ詫びと願いを伝えた。そして、時折笑顔を交わしながら、手を握り合って寺へ戻る道を歩いていると、前方から見知った顔が——「あーーーっ、もう!!なかなか戻って来ないと思ったら、何イチャついてんだよ!」「ジホャ」「大護軍、医仙、早く戻ってください!チェ尚宮様が大変です!」「テマナ。叔母様、怒ってる?」「そりゃあもう……おれ、怖くて近寄れません」「えぇ……そんなに……」早く行こう、ヨンァ。青ざめながら、イムジャが俺の腕を引く。俺は、乾いた笑みを溢し、
国境の兵営を出発し隊の先頭を行くサンユンはユ医員が遅れていないか気にかけながらも速歩で進んでいた途中斥候のジョンフンとテマンが早駆けて行ったウンスは途中から尻が痛くなっていたがそれでも遅れまいと必死で手綱を握っていた「イムジャ疲れましたか?少し休みますか?」「ヨンアあとどれくらいで着くの?」「あと半時もかからず到着します」「30分弱ねわかったなら大丈夫よ」船に弱いウンスのために陸路で行くか悩んだが結局早
どこからかフクロウの鳴く声が耳に届いて、意識がふっと浮かび上がった。(あれ?私どうしたんだっけ…)目を開けていても視界は真っ暗で、枕や布団の感触から、寝台に横たわっている事は分かる。(暖かい。というか少し暑い…)頬に触れる空気はひんやりと冷たく、部屋自体が温められている訳ではなさそうだ。横向きに寝ている私の顎下まで、きっちり布団が掛けられている所為かと思ったけれど。(あぁ。暖かいはずよね…)合わさった身体の逞しさも、少し熱いくらいの体温も、見えなくても分かり過ぎる程に、恋しいただ一
俺は今日も丘の上の、あの大樹の下に居た。安州に来てから、三月(みつき)程になる。その間、受けた王命はトクマン達に任せ、俺はほとんどの刻をここで過ごしていた。大護軍ってなぁ、“暇な身分”てぇ意味だったのかよ。知らなかったぜ。最初はそう言って呆れていたヒジェも、この頃は、ちゃんと食ってちゃんと寝ろよ。と、俺を気遣ってくれる。トクマンもテマンもそうだ。俺の事は構わず、新入り達を頼みたいのだが、やはりそうもいかないらしい。俺の世話を焼きながら、あれこれ気を揉んでいるようだった。ある時、ト
随分泣いちゃった。ヤダな。目が腫れてるかも……しゃくり上げていたのがようやく収まって、私は大きく息を吐いた。と、私の髪を撫でていたヨンが、あ、と呟いて身体を離し、懐中から取り出したものを、私の目の前にぶら下げた。「これは貴女のものですか?」「あっ、それ……!」ソウルの露店で買った、アオライトのペンダント——「そうよ、私の!天門潜る時に吹き飛ばされちゃって……えーっ、何で貴方が持ってるの⁇」「不思議です……当初は貴女のものかどうかも、分からなかったのに。貴女が過去にいらしたと
とっぷりと日が暮れた真冬の庭園は、夜露の兆しで湿り気を帯び、影さえも凍りついてしまいそうな程に冷たい空気で満たされている。俺の隣を歩くイムジャは、まるで肌に染み入る寒さを確かめるように、白くけぶる息を細く長く吐き出した。「見て、真っ白。冷えるわね」「足元も見てください。転んでしまいますよ」「大丈夫。チェ・ヨンさんがいるじゃない」「まったく、貴女という人は…」俺が掲げる手持ち灯籠の明かりをぼんやりと眺めながら、イムジャが微かに笑う。瞳の中に、ゆらゆらと頼り無げに揺れる柑子色を纏わせな
初冬の早朝らしいピンと張り詰めたような空気の中、寝台から起き出した私は大きく伸びをした。「ん、ん、んーっ。はぁ…」眠りから完全に覚醒した後でさえ、思わず布団に逆戻りしたくなる程の冷気が肌を刺す。寒がりの私にとって、肩こりや頭痛が酷くなる事の多い冬は、最も苦手で憂鬱な季節だ。それでも昨晩の出来事を思い出せば、らしくも無く気持ちが高揚してくる。やっと口に出せた言葉は稚拙なものだったけれど、あの人はちゃんと受け取ってくれた。この歳になるまで、私の中にあんな自分がいたなんて知らなかった。い
次の私の休みの日、ヨンは約束通り半休を取って、アン・ジェさんのお屋敷へ連れて行ってくれた。代々アン家は武人、チェ家は文人の家柄だとか……それでもお父様同士は仲良しだったから、当然アン・ジェさんとヨンも——「別に、普通でした。共に書堂に通い、剣術の稽古もして」……そういうのを幼馴染って言うのよ、ヨンァ。「へぇ。じゃあ、2人で庭の銀杏の木に登って、ギチョンに怒られたりしたの?」「……何故貴女がそれを……」「ヤダ、本当に?あはははっ!」ソニから聞いた昔話を膨らませてみたら、図星だった
医仙に聞きたい事がある……今度は何〜〜〜?怖いんですけど!重鎮とセクさんの探るような視線が重い。私はヨンの腕に掴まりながら、その視線を受け止めていた。「医仙。覚えておいでか?以前と同じ事を問う。この高麗(くに)の行く末は、いかがか?」私の先を読む力——天の知識、とも言われたわ。元が滅ぶ、明が興る、なんて皆んなの前で言っちゃったから……ヨンと2人で逃げるキッカケになった、あの時のこの人達からの詰問。高麗はどうなるのか?今の王は国の益になるのか?……怖かったわ。もし、私が王
※『とわになぐ』こちらは、拙作『菊花恵愛』『相聞歌』からの続編です。そちらを済まされてからお読みいただけると、お話が繋がります。よろしくお願いいたします♡(^人^)◆凪ぐ(和ぐなぐ)……心が静まりおさまる。穏やかになる。なぐさむ。なごむ。風がやみ海面が静かになる。風波がおさまる。[広辞苑より]............................................................朝。目覚めた時に、一番に見たい顔。一番に聞きたい声。一番に
「ねぇ。ねぇってば。チェ・ヨンさん」「何です」「どうしたの。何だかぼんやりしてる?」「いいえ」取り付く島もない態度のチェ・ヨンに向かって、私が一方的に話し掛けているような状態が、ずっと続いている。大きな荷物と小さな荷物、そして私達二人を乗せた黒鹿毛の馬は、ゆっくりゆっくりと薄暗い道を進んで行く。どこに行くの?何をするの?そんな他愛もない事を話し合いたいのに、この人は無表情で押し黙ったまま、前に座った私を胸に囲い込むようにして、器用に手綱を捌いている。「待たせちゃったから、怒ってる
俺は長衣でこの方の身体をしっかりと覆うと馬に跨らせ、自らもその後ろに相乗りして常歩を始めた。共に町を散策した昼間には、ゆったりと美しく編み込まれていたこの方の蘇芳色の髪が、冬の柔らかな日差しの中で艶やかに光り輝いていた。しかし今、僅かにゆらゆらと揺れるほつれ髪が夕闇の中に薄ぼんやりと浮かび上がり、俺の心に打ち寄せる感情の波を、宥めるようにも煽るようにも見える。「ねえ、あの人死んでないわよね?あのまま放って置いて良いの?義禁府(ウィグムブ)だっけ…ドラマで見たんだけど…警察みたいな所よね、そ
胸の奥がくすぐったく、恥ずかしいような笑顔で笑い合った後。「さぁ、次のお部屋に行きましょう!」私はチェ・ヨンの手を取ると、つづらで溢れかえる部屋から出て、廊下を奥へ進もうとした。すると大きな手は力強く私を引っ張り、お屋敷の奥とは反対に、出入口の方へと向かう。「ちょ、ちょっと。一体どこへ…」無言で玄関の框石の所まで出ると、チェ・ヨンは張り出した濡れ縁に私を座らせた後、一人分の間隔をあけて自分も腰を下ろした。両手で顔を覆い、肺の底から空気を全て吐き出すほどのため息をついた後、この人は何故
『いいわ。そんなに気になるなら、迂達赤の子達にしたのと同じように診察してあげる』そう言って、イムジャは俺の手を取った。冷静に観察するだけで直ぐに逸らされる眼差しと、一抹の名残惜しさすらなく離れて行く指先、そして全くと言っていいほど匂わなかった花のような香り。直前までとは明確に違う診察の様子が、俺に『恋しい』と、そして『特別』なのだと告げていた。だというのにーー。俺という男は、勝手に嫉妬するだけしておいて、挙句の果てにはチュンソクが気を利かせたのをいい事に、あのような真似をしでかすとは。
「で?お前から見てヒョンウの奴はどうだ」そう俺が尋ねると、チュンソクは盃の酒を一気に呷り、複雑そうな顔をした。兵営にある兵舎の片隅に設られた十分な広さの食堂に、夜番を除く全ての迂達赤隊員が集まり、親睦会と銘打った大騒ぎをしている。その一角を陣取り、俺とチュンソクは静かに盃を傾けていた。「この宴会の旗振り役もあいつです。此処に来て20日程度ですが、あの馴染みようと言ったら。人誑しという言葉はあいつの為にある様なものです」堅物を絵に描いたようなこの男が、複雑そうな顔はしても嫌な顔をしていな
【少し直接的な表現があります】【原作の雰囲気を大切にされる方にはお勧めできません】「口を開けて、傷を見せて下さい」「恥ずかしいから嫌。もう平気よ」「貴女と言う人は…。暫し我慢を」大事無いと言う言葉を鵜呑みにも出来ず、俺は否応無しにイムジャの歯列を指先で割った。両腕を精一杯突っ張って逃げようとする身体を、左手一本で強引に抱え込み、出血する程噛んでしまったと言う傷の具合を見定める。しかし今ほど己の迂闊さを恨んだ事は無い。羞恥によって赤らんだ頬と潤んだ瞳、そして俺の指によって開かさ
「テマンから……いろいろ聞いたとおっしゃいましたね」再び届けられたルームサービスを、ヨンと2人で楽しみながらの甘いひととき(お酒は今日はダメって言われた。がっかり)……なんてものはこれっぽっちもなく、ヨンは、じっと探るような目を向けてくる。“話をしましょう”と言ってから、たいぶ経って……王様に会いに行くまでの時間、ようやくお互いにお互いの聞きたい事を聞こう、という空気になったのだ。「どんな事を聞いたのですか?」「いろいろよ。私が消えてからの貴方……貴方がどんな風に過ごして、私を待っ
……いつか慣れる日が来るんだろうか。ヨンとセッ…肌を合わせる事、もう数えてもいないけど——高麗へ戻って来てから、都へ戻って来てから、結婚して避妊をやめてからも。離れていた時間を埋めるように求め合って満たされるからまた求めて満たされてもまた、求め合って……本当に私の月の障り以外……毎晩とは言わないけど、ほとんどの夜をそうやって過ごしている。互いにしたくてするんだけど、結局いつも、彼の熱情に巻き込まれて、翻弄されて終わるパターン。……あの艶を含んだ瞳(め)で見つめられると、もういけな
鴨緑江から戻り、安州軍営地へ王様を送り届けた俺は、そのままその御前に控えていた。「お話がございます。王様」そう言って頭を垂れた俺を見て、ヒジェがチュンソク達の背中を押して、人払いしながら外へ出て行く。「……どうしたのだ?改まって」ヒジェ達から目線を戻し、王様が不思議そうに俺を見る。「ご報告とお願いがございます」「何だ?」「この地に留まる事、王命をいただいておりましたが、此度は帰京のお許しをいただきたく。お戻りの供に加わりたいのです」「……それは、其方が居れば心強いが……ペ隊長が居
【少し直接的な表現があります】【原作の雰囲気を大切にされる方にはお勧めできません】「きゃぁっ!ま、待って…!」チェ・ヨンの力強い手に半ば抱え上げられながら、自分の部屋へと引き摺り込まれた。いつもだったら、私が転んだりしない程度の足の運びを意識してくれるのに、今は驚くほどに乱暴な扱いをされている。大きな音を立てて扉は閉められ、足元にはがしゃりと鬼剣が放り投げられた。「…痛っ!」勢いのままに、突き当たりの壁に押し付けられた肩が痛む。チェ・ヨンはまるで逃がさないとでも言うように、私
安州の軍営に着いてから1週間が過ぎた。未だ、元にこれといった動きは無い。引き続き国境の守備を固めつつ、俺は指揮官として、各領(分割した軍隊の呼び名)の将達と軍議を重ね、兵の様子を見て回っていた。「いっそ、こっちから仕掛けてやるか?今なら元に勝てるかもな」冗談まじりでヒジェが言うのへ、ドンジュがすぐさま、「無駄な血を流させないでください!無駄ですよ、ムダ‼︎」手裏房の情報通り、元は内乱…紅い頭巾をした連中だそうですよ、そいつらの勢いに押されて、酷い有様だとか。我々と戦どころか、和睦を
「何をしようとしてるのかって聞いたわね。私は貴方と愛し合いたい、そう言っているのよ」一聴甘いように聞こえる言葉を口にしながらも、イムジャは緊張した様子で何度かこくりと喉を鳴らし、腰に回されたままの両手は微かに震えている。恐らくこの方は、先程の件を有耶無耶なまま終わらせるべきではないと考えているのだろう。胸底に沈む重石の如き苦悩を取り除き、どうにかして俺の心を救いたい…その為に約束などという言葉を盾に取ったに違いない。もし今ここで俺が引いてしまえば、この方が震えながら絞り出した勇気すらも、
ヨンに会いたい。今すぐ会いたい。私は足に絡まるチマをたくし上げながら、これでも一生懸命走っていた。高麗に良くない事が起こると知っていたら、戻って来なかった——重鎮達を黙らせようと、咄嗟に出た台詞だったけど……ヨンはどう思っただろう。そのまま言葉通りにとったかしら?それとも……高麗に先がなかったらイムジャは戻って来ないのか、俺なら戻るのに(想像)……って、がっかりさせた?違う違う、私だって戻るわよー!ヨンと一緒に居たいのよ。ずっと一緒に居たいのよ。コエックスで出会ってから……ヨン
「大護軍、もうすぐ王宮です」馬車の外からかかったテマンの声で、俺はようやくイムジャから唇を離した。くたり、と脱力したこの方を胸に受け止めて、わかった、とテマンへ返す。「イムジャ、もう着きますよ」「はぁ……もう、ヨンたら……」ふわりと上気した頬……潤みを帯びた瞳で、とろん、と俺を眺めるイムジャに、また見惚れてしまう……———が。「!!あーーーっ‼︎ヤダ、もう〜!」その甘さを打ち破り、イムジャが俺の頬をがっちり掴むと、俺の顔…唇を、手巾でゴシゴシと擦り始めた。赤いのか青いのか…
俺にしがみついて上下していた背中が、ようやく静かになって……イムジャ自身が顔を上げてくださるまで、俺は辛抱強く待った。「……落ち着きましたか?」「……うん……」ちら、と俺を見、また俯く——イムジャが俺から身体を離し、ごめんね、と呟いた。こんなに泣いてばっかりで恥ずかしい…私って、もう少し強い人だと思ってたのに…俺と目を合わせないようにして、大層気まずそうな様子で。そんな姿も愛しくてならない。我慢強いほうだとは、自負していたが……4年もの間、よくこの方を目にせずに居られたも
「おお、医仙!まことに医仙である……よう戻られた——」騒めきが収まらない中、王様は玉座を下りて私とヨンの前まで歩み寄ると、よく顔を見せてくれ医仙、とおっしゃった。安州でお会いしたのに……と、ちら、と頭を掠めたけれど、ああそっか、あれはお忍びだったわね……と思い出し。凄い、この久しぶりに会った感。役者ねぇ、王様……私だって女優よ。合わせてみせるわ。「はい、王様。お久しぶりです。やっと戻って来られました」「医仙が戻られたと、大護軍より知らせは届いていたが……顔を見てようやく安堵した。無
キム・ウォンス様のお屋敷から去り際に指示を受け、私は香り袋をお渡しするという口実で薬により眠る医仙様に近付いて、赤い髪を一房切り取り例の女官に手渡した。医仙様の名を語った他人でないかを確かめたいとの事であったけれど、大護軍自らがお連れした方が偽者である筈もない。しかし用心深い性格か、本当に赤い髪か見れば分かるとの考えに固執しているようだ。その事から、キム・ウォンス様が医仙様を見初めたのは四年前だったのだと分かり、その執念深さにも慄然とした。それからの私は、人々の噂話に乗ってみたり、さり気
「その後も、高宗(ゴジョン)の時代で過ごされたのですか?」ジテへの激しい嫉妬から気を取り直して(だってどうしようもない事でしょ⁇諦めてよ、って宥めすかしたわ。もう大変……)ヨンが口を開いた。「ううん。天門が開いてね、一旦ソウルに戻ったの。どうやら天門て、一度はソウルを経由するみたいなのよね」そうる……そうヨンが呟くのへ、私は、はた、と気がついた。「ああ、ソウルってね……んーと、皆んなが天界って思ってる所の地名なの。前にも話したわよね。私は未来から来たんだ、って。未来……先の世っ