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「ねぇ、ソンゲがどうしてここ(王宮)に?いつから居るの?」ようやく涙が収まり……それでもまだ青白い顔のイムジャが、俺を窺うように問う。この方が何故、こんなにも怯えているのか……意識を失う程に、何を思い詰めているのか……わかっては、いる。以前イムジャから聞いた、俺とソンゲの関わり。天の書に記されている俺の最期は、ソンゲの手に掛かるのだという。4年前、腸癰(ちょうよう・虫垂炎)で典医寺に運ばれてきたソンゲを、イムジャが治療し命を繋いだ。あの時のイムジャは、後に俺を殺す者を助けてしまっ
鎧を外し(以前のようにイムジャが俺の世話を焼いてくださって)、俺はその流れのまま、存分にイムジャを抱きしめた。ふふ……温かい———そう言って、俺の胸に頬を擦り寄せているイムジャが、この上なく愛おしい。このままずっとこうしていたいが……止まらなくなりそうで、俺はやっとの思いでその温かい身体を離した。再びイムジャを簡素な椅子に座らせて、俺もその向かいに腰掛ける。また何処か既視感を感じながら、その白い手を己が手で包み、真っ直ぐに見つめながら口を開いた。「王様は今宵、軍営内にお泊りです。日が
一旦坤成殿から下がり旅の疲れを落とすようチェ尚宮から勧められウンスは武閣氏宿舎で湯浴みをした用意されていた下着を身につけた時チェ尚宮がウンスに近づき衣を合わせ襟を整えたり乱れを直したり最後に腰帯を綺麗に結んで頷いたあの戯け者ウンスの首筋に仰山痕を残しおってしっかり袷を整えんと吸い付いた痕が見えてしまうわ「よかった着丈もちょうど良いだが少し痩せたか?」「ええ少しだけでもここに帰ってきたらみんな
「貴方って案外良く喋るし笑うし、甘やかしたがりだし。最初の印象と全然違うわよね」そう言ったきりこの方はふつりと黙りこくると、微動だにしなくなった。暫くすると腕に触れていた手がするりと下ろされ、俺もそれに違和感を感じて両腕を解き、この方の座る椅子の横へと跪く。「イムジャ、どうしました」俺の問い掛けにも答える様子は無く、思索に耽っていたかと思えば、不意に厚みの薄い唇を、白く艶のある歯できりきりと噛んだ。先日の舌を噛んだ件を苦々しく思い出し、己の目の前でこの方に立て続けに傷を負わせる事など有
額に置かれたヒヤリと冷たい感触が、私の意識をぼんやりと呼び覚ました。どのくらい眠っていたのか、身じろぎすら出来そうにないほど身体中が重い。目を瞑っていても天井がグルグルと回っている気がして、今自分がどこにどんな状態で横たわっているのかすら分からない。多くの人々のさざめきと、衣擦れや足音。雑多な音が薄い膜を張った向こうから聞こえて来るようで、それが妙に心地良い。「気が付かれましたか」返事をしようとしたけれど、喉がカラカラで声が出なかったので、意思表示のつもりでなんとか頷いてみせる。声
ソン・ユの護衛をし、開京に着いた時には、城門にアン・ジェ率いる禁軍が出迎えに来ていた。「断事官。お疲れでしょうが、王様がお待ちです。宣仁殿(ソニンデン)へご案内いたします」アン・ジェが頭を下げ、ソン・ユに告げる。輿が進み出すと、俺の所までやって来て、「ご苦労だったな、チェ・ヨン。だが、お前もこのまま一緒に来い。……との仰せだ」——王様が。と、すれ違いざまに言う。俺は頷いて見せ、ソン・ユの輿の横に着く。奴の高祖父の日誌。100年前の女人の記録。イムジャが持っていた天の書。そ
ヨンが固まっている。こんなに固まるのも珍しい…ていうか、初めて見たかも………あ、動いた。私を見つめたまま、瞬きするだけだったヨンの目が、す、と焦点を合わせた途端、そのまま私のお腹辺りを見つめ、また私の顔へ戻り、再びお腹へ向き……何度かそれが繰り返された後、ヨンの両手が私の二の腕を掴み、私は左右から、がっちりホールドされた。「まことですか?」「うん。さっきユン先生に診てもらったわ」「赤子を授かっていると?」「うん——」「………」ヨンは、私をひた、と見つめてから——ウロウロとあち
大司憲(テサホン)の胸倉を掴みながら、俺は腰元の仕込み刀に手を掛けた。「喋らせる方法など、幾らでもある」その時ーー。「大護軍チェ・ヨン。その手を放すのだ」芯のある声が耳を打つ。俺は即座に小刀から手を離し、入り口に佇む我が主の前に片膝を突いた。「王様…」「すぐに沙汰するゆえ、今暫く堪えよ。よいな、大護軍チェ・ヨン」王様は一瞬俺の肩に触れた後、かすかな衣擦れの音と共に、ゆったりとした足捌きで室内に踏み入った。「司憲府(サホンブ)大司憲キム・ヒョク」寝台から飛び降り身を伏していた大
身支度を整えて部屋から出ると、テマンが待ち構えていた。「テマンくん、お待たせ。行こう」イムジャが弾むように言うのへ、テマンの顔に、はにかんだ笑みが浮かぶ。兵舎の入口では、ヒジェが睨みを効かせて(もともとこんな顔なのだが)立っていた。……どうりで、さっきまで騒いでいた隊士達が、散り散りな訳だ。「ヒジェさん!さっきはありがとうございました。ちゃんと仲直りしましたから」「あ、いや、俺は何も」聞いたテマンが、呆れ顔で言う。「え、もう喧嘩したんですか?」「何よ、もうって。喧嘩っていう程の
ヒョンウと呼ばれる男性とあの人が私から少し距離を取ったので、恐らく聴かれたくない内密の話なのだろう。なるべくこちらを気にせずに済むように、欅の木の裏に回り込んで座り、そのまま寄り掛かった。紅葉で燃え立つように烟る尾根と、秋特有の高い天色の空とのコントラストが鮮やかで、思わず息を呑む。雄大な自然を目の前にして少し気持ちに余裕が出てくると、急にあの人に対しての自分の頑なさが泣きたい程嫌になった。こんな私を四年も待ち続けてくれたあの人に、拒絶するような言葉で距離を取ってしまった。過去の自分の
「放してってば!チェ・ヨン、今すぐ降ろしなさいよ!」私は精一杯足をばたつかせ、力の限りにこの人の固く引き締まった背中を殴り続ける。それでも放してもらえるどころか、ますます乱暴に抱え直され歩幅は広くなる一方だ。そのうち言われた通り本当に舌を噛んでしまい、そのあまりの痛みに私は慌てて口を噤み、手は痺れて感覚が無くなったので殴るのをやめた。更には足を振り回したせいで、鳩尾にチェ・ヨンの肩が食い込んで胃が迫り上がりそうになり、少しでも上腹部に伝わる振動を抑えようと、力の入らない手で懸命に抱きつく
イムジャとの約束の当日、テマンがあの方の言伝を預かって来た。『坤成殿横の庭園にある四阿で、未の初刻に待ち合わせしましょう』典医寺までお迎えに上がるつもりでいたのだが、王妃様への往訪が長引く事を見越してなのかと、その理由を気にもしなかった。だが…よもやあのような事になっていようとは。兵営を出る直前にチュンソクに呼び止められ、少々時間を取られてしまった。(あの方はもういらしているだろうか。余りお待たせしていなければ良いが…)急いで駆け込んだ庭園の中央に設られた蓮池。そこに掛かる橋の欄干
私は走った。走って、走って、走って。山道の波打つ悪路に躓きそうになっても、色とりどりの落ち葉に足を取られよろめいても、あの人の元へと向かうこの足を止める事は出来ない。『いつもの場所です、あの木の所へ』テマンさんの言った言葉が、酸欠気味でクラクラする頭の中で何度も何度も繰り返される。冷えた空気が肺を満たし、喉も鼻も痛む。目の覚めるような秋日和だと言うのに、美しく山々を染める色彩には目もくれず、私はあの人のいるであろう欅の木の袂まで走り続けた。(いた…テジャン!)耳に届くのは、自分の
化粧水や石鹸作りが終わるとウンスはヨンから贈られた硯箱をだして紙問屋で購入した大中小のそれぞれの紙でカレンダーを作り始めた国境で一月分作っていたのをベースにとりあえず年末までの分を自分用には算用数字で周りに渡す分は漢数字でそれぞれ作り大きい一部をマンボ姐に渡して暦の見方を説明した「これは天界の暦よとりあえず天界の年末までを作ったわここが秋夕よ旧暦の…高麗の八月十五日ね秋夕から十六日で今日はここ私がこの高麗に戻ってきて十八日目だわ
俺は今日も丘の上の、あの大樹の下に居た。安州に来てから、三月(みつき)程になる。その間、受けた王命はトクマン達に任せ、俺はほとんどの刻をここで過ごしていた。大護軍ってなぁ、“暇な身分”てぇ意味だったのかよ。知らなかったぜ。最初はそう言って呆れていたヒジェも、この頃は、ちゃんと食ってちゃんと寝ろよ。と、俺を気遣ってくれる。トクマンもテマンもそうだ。俺の事は構わず、新入り達を頼みたいのだが、やはりそうもいかないらしい。俺の世話を焼きながら、あれこれ気を揉んでいるようだった。ある時、ト
「テマンから……いろいろ聞いたとおっしゃいましたね」再び届けられたルームサービスを、ヨンと2人で楽しみながらの甘いひととき(お酒は今日はダメって言われた。がっかり)……なんてものはこれっぽっちもなく、ヨンは、じっと探るような目を向けてくる。“話をしましょう”と言ってから、たいぶ経って……王様に会いに行くまでの時間、ようやくお互いにお互いの聞きたい事を聞こう、という空気になったのだ。「どんな事を聞いたのですか?」「いろいろよ。私が消えてからの貴方……貴方がどんな風に過ごして、私を待っ
ああ……私ったら、どうしちゃったの?ヨンに抱き締められるたび口づけられるたびもう、思考も何もかも飛んでしまって彼の事しか考えられなくなる。私という全ての輪郭が、砂山が崩れていくみたいにほどけてヨンと混ざり合っていくようで彼に溺れて息が出来なくて苦しいのに、それすらも愛おしいなんてちょっと変態……いやいや、Mなの?私。知らなかった。自分がこんな風になってしまうなんて、思いもしなかった……「!……ねぇ、ちょっと待って」抱き締められて、ぼぅっとしていた私は、ぴったりとくっ
随分泣いちゃった。ヤダな。目が腫れてるかも……しゃくり上げていたのがようやく収まって、私は大きく息を吐いた。と、私の髪を撫でていたヨンが、あ、と呟いて身体を離し、懐中から取り出したものを、私の目の前にぶら下げた。「これは貴女のものですか?」「あっ、それ……!」ソウルの露店で買った、アオライトのペンダント——「そうよ、私の!天門潜る時に吹き飛ばされちゃって……えーっ、何で貴方が持ってるの⁇」「不思議です……当初は貴女のものかどうかも、分からなかったのに。貴女が過去にいらしたと
ソン・ジテ——忌々しいその名前を聞いて、私は蒼白して固まった。「覚えがお有りですか。イムジャ……」ヨンは、震え出した私を抱き寄せて、その温かい胸に包んでくれた。そして、過呼吸になった私の背中を、撫で摩って落ち着くのを待ってくれた。「知ってるわ……私、その時代に居た」「やはりそうでしたか」「……キ・チョルに引っ張られて天門を潜って、一旦ソウルに戻ったの。それで、貴方を助けたくて、いろいろと掻き集めて……もう一度門を潜ったら、そこだったの」「そうだったんですね……」俺の為に——
『見て!私の好きな花よ。たくさん咲いてるわ』その女人(ひと)は、俺の腕をしっかりと抱き込んで少女のようにはしゃぐ。咲き乱れる黄色い花に目を遣り、蕾がほころぶように笑う。ねぇ、覚えてる?私が貴方の髪に小菊を挿した時のこと。覚えております。大の男にあんなマネをなさるとは驚きました。あら、とーっても似合ってたわよ。似合いすぎて……。大層楽しんでおいででした。だって……ふふふっ……。凛とした香りが、ふわりと鼻先を掠める。それに呼ばれたように、俺は閉じていた目を開けた。秋も深まろうとい
ユリが典医寺に来た時ウンスは一度目を覚ました「ウンスやわかるか?大丈夫か?」「叔母様…」返事はするもののまだ虚な様子のウンス「ここは典医寺じゃ其方は旅の疲れが出たのじゃ侍医の見立てではちぃと血虚にもなっておるそうじゃ最近食が細かったと聞いたぞ王妃様との夕餉は御辞退申し上げ今夜はチェ家でゆっくりするか?」ウンスは驚いて首を振った「叔母様心配かけてごめんなさい王妃様との夕餉
四度巡る季節の中、風に吹かれてはあの懐かしい花の香りを嗅いだような気がして、何度顔を上げ振り返っただろう。しかし今回は…この絶対的な確信に我ながら唖然とし、今まで何と簡単に振り返っていたであろう首が、体が、全くと言っていいほど動かない。足音も気配も、こんなにもあの方でしかない。音を消す事を知らぬイムジャの小さな足が、カサカサと枯れ草の海を渡り歩く音がする。気を張り詰めた俺の耳は、あの方の命の音まで聞き取ろうとするように冴え渡り、その気配をより近く感じようと、感覚は鋭く研ぎ澄まされた。不
「で?お前から見てヒョンウの奴はどうだ」そう俺が尋ねると、チュンソクは盃の酒を一気に呷り、複雑そうな顔をした。兵営にある兵舎の片隅に設られた十分な広さの食堂に、夜番を除く全ての迂達赤隊員が集まり、親睦会と銘打った大騒ぎをしている。その一角を陣取り、俺とチュンソクは静かに盃を傾けていた。「この宴会の旗振り役もあいつです。此処に来て20日程度ですが、あの馴染みようと言ったら。人誑しという言葉はあいつの為にある様なものです」堅物を絵に描いたようなこの男が、複雑そうな顔はしても嫌な顔をしていな
からりと扉が開く音がしてようやく現れたチェ・ヨンが、俺を一瞥して呆れたような顔をした。「何だ。人を酒に誘っておいて、もう出来上がったような顔をしているな」ようやく訪れた待ち人に、俺は傾けていた盃を目の高さまで持ち上げて仕草と表情で応えた。差し向かいに座ったチェ・ヨンは駆け付け三杯とでも言うように、すいすいと水の如く酒を呷って行く。「お前と酒を飲むのは紅巾軍討伐の時以来か…月日が流れるのは早いもんだな」俺がそう切り出せば、チェ・ヨンは僅かに片頬を上げた笑みを浮かべ「歳月不待、老けたかアン
(sideウンス)思い出の丘へと続く道を上っていく。逸る気持ちを抑えきれず、その歩みは無意識のうちに早まっていく。途中、足がもつれ転びそうになりながらもウンスは懸命に足を動かした。少し遠くにあの大きな木が見えてきた。テマンさんの言葉によるとあの木のところにあの人がいる。本当に?あの人がいるの?もしいなかったら…?不安と、そこにいて欲しいという切実な気持ちが交錯する。徐々に大きな木に近づいていく。もしかして…そう思って木の下を見る。けれどそこに
メヒヌナ達の墓前。大きな身体をたたんで、静かに語り合っている2人の兄貴分。オレは、それを少し離れた場所から眺めながら、物思いに沈んでいた。何を話しているのかは聞こえない。けど、想像はつく。メヒヌナの事。それから、以前テマンさんから聞いた、医仙様の事……——ヌナ、大丈夫?今のヨンヒョンには……大切な人がいるんだって。聞いただろ?妬いたりとか……そんな小さい女じゃないって?ごめんごめん——ヒジェヒョンが、ヨンヒョンを叩(はた)いて立ち上がるのが目に入る。はっ
ヨンは、深く慈しむような表情(かお)で、その愛しい声を聞かせてくれた。「……随分、待ちました」私は嗚咽を堪えて、大きく頷いた。「こんなに待つものだとは……理不尽にも程があります、イムジャ」「理不尽て……あ」さぞおかしな顔をしていたのだろう。ヨンが私を見て小さく吹き出して言った。「“でーと”とやらは……こんな理不尽な待ち合わせから、始まるのですか?」あの日。ヨンと2人で天門へ向かっていた時に。私は、彼の腕に自分のそれを絡めて、幸せに胸を弾ませていて。何だか、デートみた
「私に向けても何か言っていただきたかったですが…」カンファレンスがお開きになるとチャン・ジンが少し拗ねたような口調でウンスに話しかけた「やだわジン先生からかわないでください私がカンファレンスで自由に話せるのは何かあればジン先生が助け舟を出したり軌道修正してちゃんと導いてくださるってわかってるからですそれに私が話したことなんて先生はとっくにご存知のことばかりだったでしょう?」「とんでもありませんとても勉強に
「大護軍ーーー‼︎」イムジャと件(くだん)の飯屋へ向かう途中で、テマンが俺の姿を認めて走り寄ってきた。「た、大変です!すぐ幕舎へ戻ってくださ……」大慌てでやって来たのが、俺に寄り添うイムジャに気づいて、瞬時に固まる。「——うっ、医仙⁉︎」「——テマンくんっ!」イムジャが、腕を広げて駆け寄ろうとするのを阻止し、俺は手短かに聞いた。「テマナ、見ての通り医仙が戻られた。詳しい話は後だ。チュンソクが来てるのか?何があった?」口を開けたまま、声も出せずに俺とイムジャの顔を交互に見ていたテマ
——イムジャが戻られたら。俺の為に大変なご苦労をされたあの方を、どうお迎えしたら、俺の気は済むのだろう。欲しい物は何でも買って差し上げたい。食べたい物は何でも食べさせて、酒も呑みたいだけ……いや、酒は俺が一緒の時に、程々に呑んでいただく。とにかく、あの方が笑顔になる事なら、俺は何でもしよう。そして、あの方の無事を確かめて、共に都へ戻ったら王様に願い出るのだ。イムジャを妻に迎える事を。その為の準備は進めてきた。後は、あの方のお戻りを待つばかり……そう思い定めて、約束の樹の下で待