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ICUで不安な一夜を過ごし、朝を迎えました。病院なので夜9時に消灯しましたが、当然ながらすぐに眠れるはずがなく、横になって心電図のモニターを眺めているより他にありません。眺めていても時間の進みは遅く、夜はとてつもなく長かったです。看護師さんが何度も巡回に来て、その度に目が覚めました。翌朝は8時に朝食が出て、これもほとんど食べられませんでした。自分の状況に頭がついていけず、全然お腹が空かないのです。前日のCT造影検査の結果、私の体には両足の下から太腿まで血栓(血の塊)が詰まってい
数ヶ月ぶりに謎の頻脈が起き、近所のクリニックへ行くも再び「心因性のもの」と診断された私。その診断に違和感を持ち、帰宅後にパニック発作についてネットで必死に検索しました。母親がパニック持ちなのでどんなものかは薄らと知っていましたし、ネットでも「発作は激しくて死ぬ思いをするが、少し経ってピークを超えると治る」と書いてあります。私はじっとしていても脈拍が100を超える状態がもう二日も続いているし、息苦しくてたまりません。これは絶対に変。医師の知人にこういう症状に心当たりがないかをLINEで
人生で初めて感じる謎の体調不良。気力を振り絞り、必死の思いで帰宅した私は、心身が疲弊しており早々と就寝しました。翌朝は普通に目が覚めましたが、脈は相変わらず少し早いまま。発表会などで緊張している時のようにドキドキとした感じが続きました。とはいえ、昨夜職場を出た時のような早鐘のような鼓動は収まっています。土曜日なので大きな病院はやっておらず、家から近い、偏頭痛の薬をもらいに通っているかかりつけの内科のクリニックへ行きました。歩いても行ける距離なんですが、坂道を歩きたくなくて夫に車で送ってもら
2014年の暮れに尋常ではない体調不良に襲われ、生命の危機を感じる思いをした私。翌日医者でパニック障害ではないかと診断されたものの、体調がだいぶ元に戻ったからと年末年始に予定していた台湾旅行を決行しました。旅行の途中から右足に違和感とつるような痛みがあり、帰国後もそれは続きました。激痛ではないからとそのまま放置して生活していた…というのがここまでの流れ。何となく胸のあたりが変だなと思う日もあり、そういう日は医者で処方された「胸がドキドキした時用の薬」を飲んでいました。この時自分は「パ
2014年の年末年始。年越し海外旅行で台湾南部旅の続きです。この年の年越しは台湾最南部の街「墾丁」でした。私が初めて台湾を訪れた2010年頃、台湾で少し前に大ヒットした映画「海角7号」の事がガイド本に載っており、レンタル店でそのDVDを借りて見た私は映画の舞台である墾丁へ行ってみたいと憧れてたのです。映画はラブストーリーなんですが、脇役たちが個性豊かでいい映画なんですよねぇ。その墾丁は高雄(高鉄左営駅前)からホテルの送迎バスで向かいました。バスは途中休憩なしで二時間の移動でし
肺塞栓血栓症および深部静脈血栓症(いわゆるエコノミークラス症候群)で緊急入院した私。入院初日にICUに入り、翌日にカテーテル処置を受け、全力で体内の血栓(血の塊)を溶かす治療を受けていました。万が一の出血の際は助からないほど血液をサラサラにする薬が投入されており、ベッドから降りられない日々が続きます。入院5日目、この日は土曜日で外来や手術がないせいか、ICU内はいつもより落ち着いていました。この頃の私は諦めの境地に達し、お風呂に入れないこともトイレの世話をしてもらうことも慣れつつあり
2014年12月12日から二泊三日で友人と台湾旅行に行き、その翌週の帰宅時に人生で一度も体験したことがないような苦しさの体調不良に襲われました。翌日に近所の内科を受診し、パニック障害だろうと診断された私はそこで処方された「胸がドキドキした時用の薬」を服用し、仕事や家事をこなして生活していました。薬を飲んでいれば安心と思っていたせいかあの悪夢のような発作は起きず、とりあえずは平和を取り戻したような気持ちでした。この当時私は小さな設計事務所の社員で、担当物件の事務所へ出向して勤務していま
生理痛や生理前の調子の悪さ(月経前症候群:PMS)に対する治療としてピルを使う事が多いのですが、避妊目的でピルを使うこともあり、一番最初に飲み始めるのは「生理中から」というのが基本となっています。ただ、その方法だと、次の生理開始まで待たないといけない、というデメリットがあり、それを補う方法として「ピルを希望したその日から内服する」という方法もあります。今回は、そんな「希望当日から内服する方法」での避妊効果に関する報告を見ていきたいと思います。Frequencyofsame-dayst
ずっと何とかしたいと思っていた月経前症候群(PMS)39歳でミレーナ挿入を断念し、現在はクリニックフォアで低用量ピル(月3,300円)のトリキュラーを処方して服用してます。私は小学6年生から生理が始まり、量も多く痛みも重かったから夜用ナプキンがない時は、母に産褥パッドを赤ちゃん本舗で買ってきてもらい、夜に付けていたけど量が多いので、子供のころはトイレに行くタイミングなどが難しく失敗したり、夜も寝具を汚してしまったりすることがあり、月に1回来る生理は本当に憂鬱でした。