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こんばんはっやっちまったーっ只今、ソファーで強制充電中のポンコツちょこぽっ実家からは16時頃に帰ってきたのですが、徐々に身体の様子がおかしくなってきました実家で疲れた(それは、否定もできません)それでも、子供(8才men's)からリクエストのあったカレーライスを作り、明日のお弁当の準備もしました(全ては勢いです…)17時、ポンコツちょこぽっの声が消えました呂律が回らないわけではないので、言葉はスムーズに出ますが、声量がなさすぎるんです…めっちゃ、“ヒソヒソ声”だんねこりゃー、
こんばんはっポンコツちょこぽっ、今日も1日頑張りましたそれはそれは、ハードな勤務知らないうちに、ブラウスの袖に朱肉が付いちゃうくらいのテンテコマイ施設内カンファレンスを2件、市役所に行き介護保険更新申請、書類作成てんこ盛り…と、めっちゃ忙しかったんだからーっ苦手な電話もかけたしねっポンコツちょこぽっ、エラいんだからっセルフで褒めます夜、夫と筋トレストレッチなーんて、こんなポンコツに出来ることなんて限られていますけどねそれでも、コレ🔽最初に手で足を支えて上げてしまえば、多少は
病理検査でリンパ節の転移があったという事と、もう一つ明らかになった事がありました。それは直腸ガンでは無い!!ということ。。。一瞬、???👩(え?!癌じゃなかったって事???)・・・んな訳はありません癌でなかったのでは無くて、直腸ガンでは無かったのです正確には、直腸ガンなどの大腸から発生したガンでは無く子宮体がんの顔つき【類内膜腺癌】というものでした。👩(でも、私は子宮全摘してるし、え?!どういう事なん??訳わからん)👨⚕️『という事で、大腸ガンでは無かったの
過失医との最後の面談(カルテ記載の誤り)の続きです。2021年7月15日の面談時、術前カンファレンスについて「その時のカンファレンスの記憶自体ははっきりしたものはありません。もう一年以上前のことだし」「そこまで詳細な記憶は私にはない。その事(事故)が起こってからのことは結構覚えてますけど、その前のことって・・・」等と仰っていました。しかし、裁判所へ提出された〇〇医師(過失医)の書面では「自立執刀の経験がなく、術前カンファレンスで執刀辞退を〇〇医師(上級医)に懇願している。自身の
昨日は仕事を早退してカンファレンスに行きました。カンファレンスは都合が合わなければお任せしてもいいのですが、厄介な母をお世話していただいているので極力出席しています。特に今回は「他害行為」があった直後なので早退してでも、出席にした。事前に施設の看護師さんに電話で頓服薬を今服用しているかと確認して、カンファレンスの時に母にリスペリドンを頓服で服用させるために母の好きそうなおやつを持参するので主治医との面談して薬の量を決めるまで頓服薬を服用させて欲しい。と伝えてありました。仕事を早退して施設
出産翌日、午前中に小児科の医師が会いにきてくれました。前日夫から聞いた話では、「臍帯ヘルニアがあって手術したいけど、今はまだ不安定な状態だから全身の状態が落ち着いてから日程を考えるみたい。」とのことでした。臍帯ヘルニアとは臍の緒の中に腹部の臓器が入り込んだまま産まれてくる状態のことです。しかし、私に対しての小児科医の説明はこうでした。「臍帯ヘルニアがあり、このままの状態にしておくと感染のリスクが高いです。今日の午後から手術を行いたいのですが、良いですか?また、その際に他の臓器
大学病院に入院し継続的な治療のために、転入が望ましいと診断された子供は病院の中にある特別支援学校(通称=院内学級)へ転入となります。小学校とほぼ同じカリキュラムの授業が受けれます。校外学習や遠足等々、通信簿もあり小学校と本当に一緒でした。小学校と病院との連絡を密にし、病状や体調に合わせて学習を進め、長期入院により精神的負担の軽減を図るなどを目的とした支援学校です。でも体調のレベルが下がると病室から一歩も出れません。入院中は院内学級へ行く事が娘の唯一の楽しみでした。一対一の授業です。
ご覧頂き、ありがとうございます東京都に住んでいます。現在52歳。15歳の時に統合失調症を患い、34歳の時に広汎性発達障害と診断され、現在2週間に1度、精神科通院しています。住まいは実家近くのグループホームで、定員6人の住人さんと仲良く暮らしています。お仕事は、就労継続支援B型と生活介護のメンバーとして2つの事業所を掛け持ちしています。5/24から精神科病棟に入院しています。朝食時のこと同じ病棟の男性患者さんが、一生懸命
カンファレンスって治療に携わってくださる科の先生が数人いて緊張しながら話し聞くのかと思ったら初めましての先生1人とお話しでした。先生『抗がん剤の話し聞いてますか?』私『週1でやる以外は初回日程も何も聞いてないです』先生『じゃぁここから説明ですね〜』って感じで手術なしで抗がん剤.放射線.膣内放射の標準治療だからかさらさら〜っと終わりました。#シスプラチン放射線治療終わったら次の日が子供の運動会だから体調良かったら見に行けますかね?って聞いたらそれは、放射線の先生に聞いてっ
ある早朝のこと。いつもより15分早く起こしに来たので、後で、何故かと聞いてみた。すると私が協力すると言っていたからだと言う。確かにそういう気持ちがあるし、聞かれた時には、いつも「はい。」と答えて来た。でも、その時は具体的な内容を言っていなかったし…。協力するとは、スタッフが忙しい時に患者として協力するということ。おもに我慢して待つということにはなると思う。ナースコールせずに。痰の吸引と体が痛いのは我慢出来ないけど。それは、スタッフと患者は共存共栄だと思っているし、やっぱ
とうとう本格的にキイトルーダが中止に。前回のCTの結果、鎖骨あたりのリンパ以外に腫れていなかった腹部のリンパの癌が大きくなってきているそうな。このまま、キイトルーダを続けるのは得策でなく、やはり抗癌剤か。カンファレンスなどを経て23日にまた話すことになった。抗癌剤かぁ、また髪の毛抜けるなぁ。どれくらい仕事出来るかなぁ?転職したかったのになぁ。とりあえず、美味しい物食べて帰ろうって、お昼はは奮発したよ肉、肉、肉。精をつけるには肉。
『母の様子82カンファレンス』昨日は仕事を早退してカンファレンスに行きました。カンファレンスは都合が合わなければお任せしてもいいのですが、厄介な母をお世話していただいているので極力出席して…ameblo.jp続きです。母は数日前から前兆があったようだ。食事中とかむせて咳き込んでる方に「合図を送ってる」とか「私の悪口言ってるんじゃないわよ!」とか何回かあったようだ。それなのに、肝心の診察の時にその連絡がなかった他害行為が起きてから電話して来て「数日前からこういうことがあった……。」
GCRによる共和国の回復:2024年4月28日時点の更新RestoredRepublicviaaGCR:UpdateasofApril28,2024Weareonthecuspofsomethinghuge,amomentthatwilldefinethenexteraofglobalfinance.Thepiecesaremoving,theplayersareinposition,andthega
こんにちは☺︎今日も網膜芽細胞腫だと診断されてからの検査入院について書きたいと思います。3月12日(火)11:05からMRIや造影CTを撮りました。前準備として00:00を過ぎた時点で固形物の摂取はNG。06:00を過ぎた時点でジュース等はNG。09:00までは水やお茶、アクエリはOK。09:00を過ぎた時点で絶食となりました。10:00に術着にお着替えし10:25に不安を和らげる薬を飲みました。ウトウトしたまま、検査室へ。検査だけですが初めての全身麻酔ということもあ
ご訪問ありがとうございますもうリハビリしても人間らしい生活は送れないと言われた病院から、〇〇県のリハビリ病院に転院した母は順調に回復していました。でも、時はコロナ禍真っ只中、会うことはずっとできていません。そんな中、10分だけの面会が許され、喜ぶ私でしたが、そこにソーシャルワーカーさんから電話が...。続きです。前回の話はこちら⬇️『10分の面会許可』ご訪問ありがとうございます叔母の所に新しい訪問介護事務所のヘルパーさんが来るようになり、だいぶいろいろなことが改善されてホッとした私です
【まほろばジャパン04】主権回復記念日集会「真の独立を目指そう」①~⑧主権回復記念日集会「真の独立を目指そう」①開会挨拶鈴木荘一氏幕末史を見直す会2024/4/28TKP市ヶ谷カンファレンスルーム7Aまほろばジャパン04チャンネル登録者数3060人主権回復記念日集会「真の独立を目指そう」②及川幸久氏「グローバリズムからの脱却」2024/4/28TKP市ヶ谷カンファレンスルーム7Aまほろばジャパン04チャンネル登録者数3060人主権回
うにゃーっす!ちょびっこさんです('ω')ノ今日は京都に行ってきました。京都で久しぶりのオープンソースカンファレンスがあったので、ワクワクして行ってきました。コロナとかあったから4年ぶりくらいかも。オープンソースカンファレンス2023Kyotoオープンソースの今を知る、オープンソースの文化祭。OSC2023Kyotoevent.ospn.jp参加する人は名前と会社名を書いた名札をかけるんだけど、前回参加した時とは会社も変わったので、みんなの目が違っていました(笑
③の続きです自宅で休んで少し体調が回復すると、医局員にも、教授にも、義母にも、断れなかった夫にも、とにかく怒りが激しく湧いてきました。”全員、大嫌い。顔もみたくない、口も聞きたくない”と。夫は、右往左往してひたすらおろおろしていました。夫はこういうとき、どうやって接したらいいかわからない人なのです。医局には退職すると通告しましたが、慰留の交渉が次々始まりました。私は当時、定員外講師をしていて、外来週2回、他病院の外来を週2日、学生指導2日、授業も複数持っていました。
前日にまさかの麻酔科で帝王切開の予定日を教えられるという珍事件が起こりつつも今日のカンファレンスで正式に帝王切開の日が決まります。朝からドキドキするようなソワソワしているような。いつ先生が説明に来るんだろうと。先生が説明に来てくれたのは16:00すぎ。予定日は昨日聞いていた通り3月18日(月)になりましたちょうど、28wにのった日になります。先生たちは限界までお腹で育てるつもり満々ですね28週には1000gぐらいになっていて、今の羊水量では限界になるだろうという判断らし
こんばんは。長かった年末年始もようやく終わり、昨日から病院も通常通りに戻りました。昨日は木曜日なので体重測定→月曜日から+0.4kgstage2.‥明らかに体型も変わりは自分でも呆れて、悲しくなります。一週間ぶりに昨日は主治医チームとも会えました!と、午前中は調子もまずまずだったのですが午後から吐き気に襲われ…吐き気止め内服しましたが、効かずリバースしてしまいました。勢いでチューブも抜けてしまいました。エレンタールはさほど吐き気なく投与できますが、ツインラインが本当に苦しくて
今日は手術前検査の日です大っ嫌いな胃カメラもあります前回、鎮静をかけてもらったのに途中で目が覚めて最悪の事態に😱だから、今回は前回の反省をもとに、鎮静の量を増やしてもらう事にしましたそれでも、ほんとにほんとに嫌ですけどね😭今日のスケジュールは、尿検査、血液検査、心電図、肺の写真、胃カメラ、入院前のカンファレンスで盛りだくさんです前に進むっきゃない!!!!子どもたちと過ごすためには強いママでいなくちゃね
めるちゃんのカンファレンス‼️前回よりは前向きな話し合いで良かったです。でも主治医の先生の話はやっぱり胸が痛かった。「めるちゃんは、脳の指令がいかないから、血圧の変動が激しいこと。夜になると200位になってしまうこと。尿の調整が難しいこと。希望のラコール等の医薬品いろうだと肝機能が上がってしまうこと。在宅になってもすぐに入院になるだろう」って。まだ肺炎も良くなって無いしすぐには退院出来ないって。そっかぁ❗️仕方ない❗️焦らない❗️「先生。私も入退院繰り返すんだろうなって覚悟はありま
先日、卵管が捻れたのを元に戻してから、卵巣の腫れがどうなっているか確認の術後のエコーをしに行きました。嚢腫なのか膿胞か術前は7センチちょっとでも小さくなってたら良かったのを術後1ヶ月後でも7センチ、と変わらず。その上、その嚢胞の上に黒い影があるらしく夫婦で混乱しています。『もしかしたら次女との時間は限られているのかもしれない』と検査後に号泣する旦那よく運転して帰って来れたな、と思うほど動揺していましたがこの今の時代、何とかなるのが20世紀、何とかならない訳がない、と私は気丈に振
絶望から一筋の光が…来週月曜日からスチバーガ入院する予定だった私。あれから、たくさん考えて、セカンドを探し、なんとかスチバーガをしたとしても、手術できないか、模索してました。そしたら、主治医から電話があり、なんと手術に踏み切れないか、カンファレンスにかけてくださり、手術を!となりかけています。とりあえず、他に何もないかPETを月曜日に行い、何もなければ手術になる事に!肺も手術で取れるとの事で、マジ取ってほしい!!!!!!その結果は、来週の金曜日‼️マジドキドキする、マジ瀬戸際
術前検査の結果、、、卵巣嚢腫以外に子宮内膜ポリープも見つかりました…なんと驚きでした。どんだけ悪いとこあるねんっという気持ちでしたが、これを機に直してもらおう、見つかってラッキーぐらいの意気込みでいました。手術は、①腹腔鏡手術左卵巣嚢腫の病巣のみを取り除く方式②子宮鏡手術内膜ポリープの病変を取り除く方式を両方同じ日に行うことになりました当初主治医の先生は別日に手術する想定で話を進めてたんですが、カンファレンス?かなんかで、同日に手術した方がいい
今週の水曜日に先生達でカンファレンスが行われ、その結果が今日聞けました。先生達の話し合いの結果、来週から食事の進め方がガラリと変わります。興味がある方は、画像クリックして拡大しながら読んで下さい⬇️⬇️字が小さくて申し訳ありません大まかに書くと、来週の17日からペースト、栄養剤の注入をストップ。水分は注入するが、カロリー0の水のみ。食事形態は、ペーストからきざみ食に変更。17日~19日の3日間、これで様子を見る。完全にお腹ペコペコの状態にする為、この方法は病院の
再発告知から2週間ふわふわしてるのに変わりはないが仕事に行ってるごまかせてるかな?今日は今後の治療についての話をしに病院へ他の先生とのカンファレンスでも再発と見られたようで最後の望みも無くなりました抗癌剤免疫治療治験の事...頭に入るわけもなく奥さんに付き添ってもらって良かったかなもうすぐ治療開始早く受け止めるようになろうと思う
病は気からと言いますが、ほんとにその通りですね。体の中に悪いものがあるとわかった日から、何故か下腹がシクシクと痛みます。手術の日までもっと悪くなるんじゃないかと不安しかない日々でした何年も放置していたくせにです前回から1週間後に検査結果を聞きに病院へ行きました。診察室に入ると、若い可愛らしい先生が座っていました。何となく癌なんだろうなあとは思ってはいたのですが、正式に癌と言われた記憶がなかったので先生が、もし癌だったの場合..…と言った瞬間癌じゃない可能性もあるんですか?と間
医療事故後の説明(神経切断)の続きです。1月17日の外来受診の際、〇〇医師(過失医)より早急に腰椎後方除圧術を受けるよう勧められた他、投薬(フォルテオ)で骨を強くしてから数ヶ月後に固定術も受けた方が良いという説明を受けていました。1月24日の術後説明の際にも固定術について以下のように仰っていました。↓「前に言ってた通り、スクリュー入れないといけないんですけど・・・そこをやって初めて治療が完成すると思うので。結構楽にはなる。まずは歩けないと。その、結局やる意味もなくなっちゃう
あれよあれよと入院が、決まりました。治療法は、化学療法としか、言われたのを覚えてません。そんなはずは、きっとなくて、色々説明してくださったたはずです。でもね入院してから決断することを、入院して、訳も分からずシャワーなんて、優雅に浴びてたら先生に、カンファレンス室へ、呼び出された。つづく