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谷石材店の藤原陽子です。いつもブログをご覧いただき、ありがとうございます。一般的には、納骨の際に、石碑や霊標に、亡くなった方の戒名を刻む場合、1)戒名(仏弟子としてのお名前)2)俗名(生前のお名前)3)没年(亡くなった日付け)4)行年(何歳で亡くなったか?数えの年)の4つの情報を刻みます。その際、③も没年の部分には●●年●●月●●日没●●年●●月●●日寂など、と表記します。霊標や、石碑に、戒名彫刻をする際には、亡くなった日付
皆様はお仏壇にお供えしたご飯など、どうなさっておられますか?私は10分くらい経ったら下げて、そのままいただいております。仏様は一瞬で食べられますし(笑)仏様が食べられたものですから、ありがたいものなのです(仏様はご先祖にも分け与えられます。)お菓子などお供えする時は、和風の自分の好きなものを一緒に食べましょう🎵とお供えいたします。果物は痛みにくいものを🎵・魚や肉などの生もの・五辛・日持ちがしないもの・毒やトゲのある花・香りの強い花これらはお供えするには避けるべきものです。
もう去年だ、去年。(^▽^;)はっはっはっはーー!!去年11月に投稿したその壱の続き書くぜ。ちなみに、その壱はこれだぜ。伊達藩御典医?!誰だぁ!話を盛ったのはっっ!!その壱その壱のあらすじ○僕は、じいちゃん、ばあちゃんから『ご先祖は伊達藩の御典医』と聞かされていた。○なのに、伊達藩の史料にそれっぽい名前出てこねぇ。( ̄ー ̄;○じいちゃんの実家はデカかった。便所がボットン便所だった。じいちゃんの実家行った時の写真◯『丸に変わり花立葵』っ
新派の俳優で舞台だけでなく映像でも活動していた祖父・伊志井寛今日は50回目の命日です初孫の私のことを本当に「目の中に入れても〜」というくらい大切に可愛がってくれていましたが染色家である私の母が染めた着物でお祝いしたこの3歳の七五三の翌年4月公演中に倒れて帰らぬ人となりました慶應病院で横になる祖父を見舞った時祖父は「おいで」と手招きしてくれたのに3歳の私は、そのただならぬ雰囲気に怖気付いて祖父のそばに行けなかったこと祖父が寂しそうな顔をしていたことを今でも鮮明に覚え
現実はホログラム⭐️って言うじゃない?数日前の夜、ベランダに出てボーっとしてたら、視線をずらした一瞬、目に映ってる景色の視界の左側10センチくらい、眩しいくらいの真っ白に欠けてました。左側に柱や壁があるわけでなく、夜中なのに無茶苦茶明るい真っ白に視界が欠けていた。一瞬でビックリしたんだけど、目に映ってるのは脳が見せてるホログラムだって言うから、バグったのかもな…って思いましたわ。あと、夕べ夢でピロ魂さんとhttps://ameblo.jp/pirori-nu/entry-12