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【2】立夏の過ごし方は?夏の始まりの立夏。子どもの日や連休などイベントごとも多い時期ですが,タケノコ狩りや藤祭,ツツジ祭りなども開催される時期です。❶立夏の年中行事は?立夏ということでの行事は多くないですが,元々はこの時期に,その年の豊作を祈り「御田植神事」「御田植(おたうえ)祭」と呼ばれるお祭りが日本各地にはたくさんありました。①今も残る「御田植神事」「御田植祭」現在でも、あちこちに残っていて、全国各地で行われています。当時の神聖な行事を後世に残すため、そして豊作を祈るため,早
ひとつ前の記事で、神事の序盤を動画と画像で紹介済ですが、デジイチで撮影した流鏑馬画像を此方に掲載します。葵祭の序盤として、葵祭の行粧の安全を祈って行われる禊の神事、騎射流鏑馬の儀。葵の葉を装束の一部として身につけて歩く平安、鎌倉絵巻。雅楽の美しい音色と共に雅な空間が現代に蘇る瞬間、京都に住んでいて良かったなぁとありがたく思います。平安装束、身につけたことがありますが、かなりの重装備。当時の馬は戦なんかだと鎧の重みに耐える強さも必要やったんやろうね。射手だけやなく、馬🐴
5月4日、快晴。朝の9時。京都駅の清水寺方面行きのバスが大行列だったお陰で、こちらは空いていた!独り占めしている気分!まだ、気温は15度くらいだったので、涼しくて気持ちが良い!上賀茂神社境内。カメラマンは向こうにいるので良き写真が撮れる場所ではなさそうだが、門のすぐ横の日陰に陣取る。(ブログを書きたい人間がこんな場所取りで良いのか?)26分遅れで開始。ここにいたおかげさまで、神主さん達の裏話?のようなゆる~いのほほんとした、お話を聞け
撮影2024年5月3日(金)新緑の京都下鴨神社公式ウェブサイト下鴨神社|賀茂御祖神社賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)は、京都市左京区にあり。通称、下鴨神社(しもがもじんじゃ)ともいいます。式内社(名神大社)、山城国一宮、二十二社(上七社)の一社で、旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社です。www.shimogamo-jinja.or.jp令和六年五月三日(金・祝)賀茂祭騎射流鏑馬神事(やぶさめしんじ)が執り行われるので、いそいそと、出かけてきました♪GWという事もあって
今日は斎王代御禊(みそぎ)の儀を見に行くぞ!気温は?と確認したら。30度って何?????嘘だと言ってくれ~~~~!初夏でないよね、夏真っ盛りだよね?現在13度なら、17度も上がるの?身体がついて行かんよ・・・。ということで、この記事を見た方、今日は心してお出かけください・・・。日焼け止め、水分補給、タオル、帽子などしっかり持って、気を確かにもって、葵祭の神事を観覧しましょう!笑
みなさんこんにちは。下ちゃんです。令和6年5月4日土曜日です。#目標管理#1on1面接#人事制度設計#組織診断#リカレント教育#面談力セッション付きオーダーメイド研修https://www.mpejinji-club.jp/jinzaihttps://www.mpejinji-club.jp/310世界遺産・下鴨神社で昨日、疾走する馬の上から矢を射る「流鏑馬神事」があった。15日に開かれる京都の三大祭りの1つでもある葵祭の安全を祈る行事として行われている。下鴨神社の流鏑
5月3日、13時20分、下鴨神社。流鏑馬神事です。神事は13時からですが、流鏑馬が始まるのは14時だっだので、てくてくと歩く!気温26度。ここ、糺(ただす)の森は気温が少し下がるので良かった!遅かったか・・・。良い場所がなくて、ここからのぞき見。笑雅楽が生演奏で流れている。風流ですな・・・。白いお馬さん、可愛い。人が乗っているのを見ると、わくわくします。弓袋を持ってはる人。神事なだけに、弓も大切に持っています。待って
おはようございます。昨日の京都も、多くの方が訪れ、人で溢れていました。そんな中昨日、下鴨神社で流鏑馬神事が行われました。その様子です。https://youtu.be/ev_HLmT_dsI?si=FTIfKfT81X_mLHSBお休み続きで、今日はなんの日がわからなくなりそうです。さて、今日はなんの日でしょうか。今日は、「みどりの日(GreeneryDay)」です。自然に親しむとともにその恩恵に感謝し、豊かな心をはぐくむ国民の祝日。元々は昭和天皇の誕生日である4月29日の日
GW後半、いかがお過ごしでしょうか。私は30日のみ出勤だったので、後半は1日からになります。遠出の予定は立てていませんでしたが、行ってみたいところがありまして…京都の下鴨神社です。京阪出町柳駅からすぐの神社。この時期の下鴨神社といえばこれです。流鏑馬です。一応これがメインイベントではなく、葵祭の前儀として行われるのが流鏑馬神事なようです。流鏑馬神事は3日の午後に執り行われました。本番は人でごった返すようなので、練習を写真で撮りに。本番はもっと着飾っていますが、練習でも迫力
5月になると京都では「葵祭」が開催されることもあって、お茶の世界でも、源氏物語を意識したお道具が出される。葵祭は、正式には「賀茂祭り」なのだが、祭に関わる人や社殿の御簾(みす)・牛車に至るまで「二葉葵」を桂の小枝に挿し飾ることから葵祭と言われているらしい。葵祭といえば、下鴨神社の流鏑馬神事時代行列と呼ばれる「路頭の儀」で、平安時代の装束に身を包んだ斎王代など約500名のほか、馬、牛、牛車、輿が京都御所から下鴨神社、上賀茂神社まで巡行する。(写真は「京都市の公式HP
(写真は洛北の等持院)葵祭は前祭りに糺ノ森で流鏑馬の神事があります。19年前に娘のお宮参りを下鴨神社の本殿で行ったあと、糺ノ森で流鏑馬を見たのを覚えてます。そして、葵祭には思い入れがあってそう30年近く前にお付き合いのあった生粋の京女である女性が葵祭の女官役で行列に出たので見に行きましたよ(笑)。斎王代はさすがかに超お金持ちの名家の女性しかなれませんが、私のガールフレンドもそれなりの名家でしたから選ばれてました。また、彼女は時代祭にも2回も出でいて、やはり名家の子女だなぁと思いました。
先週土曜日に、急に次女に子ども預かってと言われて同期会があるからと娘が言うので一日預かってたんですが帰りに、真新しい母子手帳見せて、えっ?母子手帳無くして新しくしたの?と間抜けな事を聞いた私。なんと2人目出来て、8月に産まれるんだと‼️ゴールデンウィーク前半の犬の日に安産のお守り買いに来ました。京都で安産祈願と言うと他にも有名な所はあると思うんですが、1人目の時も、腹帯は安産祈願してある、腹巻きタイプのをイオンで買って、お守りは、祇園祭の大船鉾で買いました。どこでも馴染み
京都駅2階にある京都総合案内所【京ナビ】へで葵祭の記念符を購入しました。
撮影2024年4月28日(日)公式ウェブサイト賀茂別雷神社(上賀茂神社:かみがもじんじゃ)公式Webサイト上賀茂神社は、京都でもっとも古い神社であり、雷(いかづち)の御神威により、厄を祓いあらゆる災難を除き給う厄除(やくよけ)明神・落雷除・電気産業の守護神として広く信仰されていますwww.kamigamojinja.jp鳥居をくぐってすぐのところにたくさんのお馬さん達賀茂競馬(かもくらべうま)5月1日午後1時足汰式(あしぞろえしき)5月5日午前9時菖蒲の根合わせ5月5日午
京都市平安京創生館に展示されている「源氏物語車争屏風」。京都市歴史博物館蔵の複製。紫式部の『源氏物語』~葵の巻~での車争いの場面が描かれています。賀茂祭が行われる4月、賀茂斎院(斎王)の御禊を見物しようと一条通に人々が集まります。その中で起こったのが、光源氏の正室・葵の上と恋人の六条御息所の車が場所を争う事件。☆☆☆☆☆
5月と言えば葵祭!去年もブログを書いていました。今年は行列の前にある3日、5日の神事に行く!1日は通所があるので行けない(´;ω;`)ちなみに京都検定テキストに載っている祭事1日賀茂競馬足汰式(くらべうまあしそろえ)3日流鏑馬(やぶさめ)神事5日歩射(ぶしゃ)神事同日賀茂競馬(くらべうま)初句の吉日斎王代女人列御禊(みそぎ)神事12日御蔭祭15日葵祭昨年の葵祭の写真できるだけリアルタイムでブログ書きます!
◯八坂神社を出て、円山公園に入ったところに、『祇園祭山鉾館』が存在していて、その前に、次の案内板が設置してあった。祇園祭山鉾館祇園祭は遠く平安時代から千百有余年にもわたる長い歴史のなかで、私達の祖先が幾多の苦難をのりこえて守り育ててきた、京都市民の貴重な文化遺産であります。なかでも、山鉾は「祇園祭山鉾」として国の重要有形民族文化財に、その行事は「京都祇園祭の山鉾行事」として同じく国の重要無形民族文化財に指定されています。本市では、昭和四三年十
賀安倍晴明は四十代で陰陽師として天皇に仕えました。五人の天皇に仕え、職を辞したのは八十代でした。そして、一条天皇から晴明神社の土地を下賜されました。一条天皇から下賜された土地は、現在の神社の敷地より広大だったそうです。一条天皇のお妃には清少納言がつかえた定子や紫式部のつかえた彰子たちがいました。晴明神社近くに一条通りがあります。平安時代は一条大路といい道幅は30mあったといわれています。平安時代藤原道長、紫式部、清少納言などなどの人々が賀茂祭り(葵祭り)を一条大路のどこかで見物したことでし
2024年4月24日元伊勢籠神社の葵祭でした。曇り空で、時々、小雨になりましたが、神社の外周を回る時には何とか傘を必要としない状態でしたが、2時20分からの祈祷が始まったら雨降りになりました。不思議な神計らいにも思える天候でした。二時二十分からの祈祷が始った頃から本降りになりました。雨に濡れながら舞う子供達が頼もしく可愛かったです。今年も御幣を手にして歩いて何か清まった気持ちになりました。御出会いした皆様、ありがとうございました。
一番好きな植物は?▼本日限定!ブログスタンプあなたもスタンプをGETしよう『雑草という草はない』と言ったのは、牧野富太郎博士ですね牧野博士の誕生日なんですね昭和天皇も、確かこのようなことをおっしゃったことがあると聞いたことがありますレンゲやシロツメクサは、身近かなあニホンタンポポもかわいらしいし春は、菜の花やタンポポなど、黄色い花も多いですね葵祭は、5月15日かな~皆さん、フタバアオイを身に付けられますで、雑草という草はないとはいいますがでもね、『ここには生えて
✤✤✤満月情報○✤✤✤4月24日(水)8:49分〜(48時間有効)✤✤✤ボイドタイム✤✤✤《無効時間》4月26日(金)8:16分〜10:37分迄✤✤さそり座の満月✤✤《キーワード》⭐変化⭐深い愛⭐潜在意識⭐ソウルメイト⭐コミュニケーション⭐精神力、バイタリティ✤✤蠍座の司る部位✤✤⭐泌尿器⭐生殖器⭐腰椎✤✤✤パワーフード✤✤✤
4月24日は、天橋立にある元伊勢籠神社の葵祭です。元伊勢籠神社葵祭この御縁は、1999年元伊勢籠神社の境内で居合わせた故海部光彦宮司から『眞名井神社のお水を使って石鹸を作りなさい』と言われた時からの御縁です。今年から桶谷石鹸から暁石鹸に変わりましたが、光彦宮司との約束を果たすべく眞名井の御神水を石鹸や炭素埋設を介して伝えることが私の役目の1つだと思っています。今年も『木精』石鹸を奉納して御愛用者様の御健康と御多幸を願います。25年目を迎えられたことに感謝です。
奉納する流派は何か?歩射神事は葵祭の神事の一つで、弓矢を使って沿道を清める儀式である。弓をならす「蟇目式(ヒキメシキ)」、四方の邪気を祓って鏑矢(カブラヤ)を楼門の屋根の向こうへ飛ばす「屋越式(ヤゴエシキ)」、大きな的を射る「大的式(オオマトシキ)」、次々に矢を射る「百々手式(モモテシキ)」が行われる。奉納するのは弓馬術礼法の宗家・小笠原流で、日本の古武道を今に伝え、全国の神事に於いて弓術・馬術の奉納を担っている。
4月9日、西山の桜巡りで大原野神社、勝持寺を訪れました。前回の勝持寺のブログです。『西行が得度した花の寺勝持寺』4月9日のこと、京都西山の桜巡りをしました。前回は紫式部氏神のやしろ大原野神社を訪れました。『’光る君へ’ゆかりの地巡り紫式部氏神のやしろ大原野神社…ameblo.jp西山の桜巡りの後、桂川を渡り北山の上賀茂神社に向かいました。境内の駐車場に停めて、参拝します。駐車場から一番近い二の鳥居。正面に立砂とその奥に細殿。二の鳥居を潜ると立砂と細殿。
こんにちは。今年も4月24日に京都府、丹後国一宮籠神社で葵祭が斎行されるそうです。写真は全て昨年のものです。とても華やかで、賑やかで勇壮なお祭りでした。お天気に恵まれますように。
斎王は、賀茂神社(上賀茂神社・下鴨神社)に巫女として奉仕した未婚の内親王または女王(親王の娘)。嵯峨天皇(桓武天皇の第二皇子)が即位した翌年の810年(弘仁元年)、平城天皇(桓武天皇の第一皇子)が復位を試みて嵯峨天皇と対立(「薬子の変」)。嵯峨天皇は、賀茂大神に「我が方に利あらば皇女を捧げる」と祈願し、争いに勝利した後、約束のとおりに第八皇女の有智子内親王(うちこないしんのう)を捧げます。それが賀茂神社の斎王のはじまりで、1212年(建暦2年)に後鳥羽天皇の皇女・第35代礼子内親王(いやこ
賀茂斎院歴代斎王神霊社下鴨神社の賀茂斎院歴代斎王神霊社は、2018年(平成30年)、式年遷宮事業の一環として再興されました。斎王は、賀茂神社(上賀茂神社・下鴨神社)に巫女として奉仕した未婚の内親王または女王(親王の娘)のこと。斎王は、上賀茂神社と下鴨神社の祭礼・賀茂祭(葵祭)を主宰していました。下鴨神社上賀茂神社☆☆☆☆☆
壬生寺の貫主のご令嬢に決まったそうです。とてつもない費用がかかるそうで、大きな商家のお嬢さんが多いのですが、ちょっと珍しいですね。斎王代を経験したお嬢さんだから、然るべきところに片付かれるので、その入り用は決して無駄にならない。一方、祇園祭のお稚児さんは同じように費用がかかっても返ってこないからなり手がなかなかない。などという庶民の声を聞く次第です。4年も学生生活を送っていて、1回生ではパンフ売りのバイトをコーラスのサークルですることになったのにカテキョですっぽかし、つ
平安時代、琵琶湖の西岸・堅田の地は下鴨神社の御厨でした。堅田の人々は、琵琶湖の鮮魚を献上するかわりに雑役の賦課が免除されていたのだといいます。葵祭の前日(5月14日)に行われる「堅田供御人鮒奉献奉告祭」は、琵琶湖の鮒を下鴨神社へ献上する祭事。伊豆神社伊豆神社は、892年(寛平4年)、比叡山の尊意が伊豆の三嶋大明神を勧請して創建したと伝えられる社。神田神社神田神社は、下鴨神社を勧請して創建されたという社。下鴨神社「堅田供御人鮒奉献奉告祭」の行列は、神田神社と伊豆神社で祈祷を受けて堅
紅葉橋遥拝所唐崎社は、賀茂斎王が退下した際、解齋(お祓い)のために参拝していた社。現在は井上社に合祀されています。賀茂斎王は、賀茂神社(上賀茂神社・下鴨神社)に巫女として奉仕した未婚の内親王または女王(親王の娘)。斎王が奉仕していた時代の賀茂祭(葵祭)は、斎王が主宰していたのだといいます。☆☆☆☆☆上賀茂神社下鴨神社☆☆☆☆☆