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(NCSSのファイル)A4サイズ、3500px×2480px、画像解像度300dpi、画像ファイル形式PNG(その他のファイル形式)AdobeAcrobat(PDF)、Word(docx)、Excel(xlsx)、PowerPoint(pptx)とか、その他のファイル形式が欲しい方は声をかけて下さい。がんばって作りますよ(著作権)フリー素材です。利用規約範囲内であれば無料で誰でも利用です。ただし著作権は管理人(くまちゃん)に帰属します。とは言っても特に利用規約は作っていない
(脊髄腫瘍の後遺症の評価方法のサンプル)管理人の後遺症でNCSSのサンプルを作ってみました。文字を入れると具体的に分かりやすいと思います
(脊髄腫瘍の後遺症の評価方法)NCSS(エヌシーエスエス)といいます脊椎-脊髄の神経症状判定基準、NCSS(1992)(脊髄腫瘍の後遺症の評価方法の作成者)日本脊髄外科学会で制作された頚髄症スコア(NeurosurgicalCervicalSpineScore:NCSS)(ニューロサージカルサーヴィカルスパインスコア)簡便で実用的で、脳神経外科の脊髄腫瘍の医学論文にも使われています注:頚髄症スコアと書いていますが、脊髄の高位に関係なく脊髄腫瘍全般に使われていま
直接的な脊髄腫瘍の痛みの話しではないのですが、たまたま携帯(iPhone)のアルバム画像を見てたら興味深いものがあったのでご紹介しますね。(資料の提供先)大阪公立大学医学部附属病院の麻酔科。先生に許可をもらって携帯で撮影させてもらいました。(痛みとつきあおう)痛みが慢性の場合は、いろいろ治療を行ってもなかなか治りにくいことがあります。痛みの存在を周囲の人に告げるあらゆる行動を「痛み行動」と呼びます。慢性疼痛の「痛み行動」は多種多様です。・痛いと叫ぶ・顏をしかめる・
①を書いた後に、こういういう事もあったなぁと思ったので追加しておきます。⑨脊髄腫瘍の経過観察脊髄腫瘍の手術から10年後に経過観察が終了しました。10年は長いですね。患者側から病院へ行く理由(薬・リハビリ・身体障害者手帳)は、特にはなかったんですけどね。経過観察は高見先生から、「一生、ここ(大阪公立大学医学部附属病院)に通ってね」と言われていました。自分でも12時間もの手術をしたのなら仕方ないのかと思っていましたが、10年後に突如経過観察が終了しました。手術後の1年目はちょこ
(脊髄腫瘍の自称?日本一)私はよく自分の脊髄腫瘍の手術時間が12時間だと言ってます。この手術時間は管理人の知る範囲では日本一の手術時間なんですね。手術時間以外でも脊髄腫瘍の自称?日本一と思う事を書いていきます。「いやいや、我こそが日本一です!」という猛者(もさ)からのご連絡をお待ちしております。①脊髄腫瘍の手術時間閉鎖循環式全身麻酔(伏臥位)11時間50分。脳神経外科病棟をストレッチャーで出発してから、ICUで母と面会するまでの時間を考えたら約14時間近くになります。これ
(脊髄腫瘍の多発性・遺伝性)管理人を20年もやっていると、いろいろな脊髄腫瘍の患者さんが集まって来る中で、脊髄腫瘍の多発性・遺伝性でカテゴリー分けをする必要があるなぁと思う時があるので書いておきます。これはあくまで便宜上のカテゴリー分けで、医学的なカテゴリー分けではないです。(管理人のくまちゃん)脊髄腫瘍の非多発性・非遺伝性の、脊髄髄内腫瘍の頚髄腫瘍(C5)の上衣腫です。(脊髄腫瘍の掲示板)申し訳ありませんが、脊髄腫瘍の非多発性・非遺伝性の患者さんを対象にしています。ですが脊髄
先日、USJ(ユニバーサルスタジオジャパン)に行って来ました。(前提)私は身体障害者手帳を持っていませんし、まったく健常者と変わらなく歩いています。開園から閉園までいて、iPhoneのアプリですが2万歩以上歩いていました。(入園料)普通の入園料と、※ユニバーサルエクスプレスパス4(バラエティチョイス)を事前に購入しました。※ユニバーサルエクスプレスパス4は、待ち時間を短縮して4つのアトラクションに乗れる有料パスです。(ジェットコースター)貞子の呪い、ダークホラーライド
(タイトル)2003年のやり始めた頃は、ホームページ(情報置き場)と掲示板(みんなで投稿)という2つ運営するというの主流でした。それで「〇〇の部屋」とハンドルネームを付けたものが多かったです。私はくまちゃんの部屋という個人にスポットライトが当たるよりも、脊髄腫瘍の事だけを書きたかったんです。脊髄腫瘍の退院後に勉強して、脊髄腫瘍でも、脊髄髄内腫瘍と、脊髄髄外腫瘍と、馬尾腫瘍に分かれていて、さらに良性から悪性までたくさんの腫瘍があるのだと知りました。その中で私と同じ病気の人と話しがしたいと、
18日に小学生の長女が体調が悪く、病院に連れて行き検査してもらった。結果インフルエンザA型と診断され、その日のうちに僕も喉が痛くなり、夜に発熱した。41度まで熱があがり、月曜日病院に行き、検査で妻以外、インフルエンザA型の結果がでた。今週全部寝込んで、なんとか家族全員回復した。熱がでてる間、足の感覚がかなり無くなり、痺れも普段からある中、トイレに行くのにも壁を伝いながら歩いて、かなり危険だった。今はだいぶ足が元に戻ったけど、これから先、熱がでる度に足が使えなくなるって事がわかった。
(ハンドルネーム)くまちゃんです。ハンドルネームをくまと書くと、くまさんと呼ばれて、なんだかヒゲ親父っぽくなってイヤなので、自分からくまちゃんと言ってます(私は女ですよ)。たまにくまちゃんさんと呼ばれる事もありますが、くまちゃんと呼んで下さいといちいち訂正するのも面倒なので、もうそのままにしてあります。以前の掲示板では誰でも自由に掲示板に投稿する事ができたんです。ただ、掲示板が無法地帯になってしまっては困るので、ある程度の運営方針や他の患者さんとの投稿と区別をするために、自分で管理人と言
初めましての方は、初めまして。お久しぶりの方は、お久しぶりです。脊髄腫瘍の管理人のくまちゃんです。脊髄髄内腫瘍の上衣腫(じょういしゅ)で、頚椎の5番目に腫瘍がありました。脊髄腫瘍sekizuishuyou.ongaeshi.biz2003年01月07日、大阪公立大学医学部附属病院の、脳神経外科で12時間の全摘の手術を受けました。執刀医は大畑先生で、第一助手(外来)は高見先生でした。(旧大阪市立大学医学部附属病院)大阪公立大学医学部附属病院病院ホームページ(日本語版
【脊髄の良性の髄内腫瘍(星細胞腫)】⭐️放置すると四肢麻痺や呼吸障害をきたし生命の危険を生じる⭐️術中の判断で摘出可能な場合は出来るだけ腫瘍摘出する⭐️硬膜や椎弓をさらに拡大し、脊髄に余裕をもたせる⭐️脊髄髄内の手術は脊椎脊髄外来の手術において最も難しい手術🌟うつ伏せ、安全の為頭部を細いピンで固定🌟頭皮、手足に電極を留置し手術中のきのをモニターで確認🌟切開し頚椎、胸椎の骨から筋肉を剥がし椎弓を開きおよそ第4頚椎から第8頚椎まで脊髄を覆う硬膜を必要な範囲露出🌟硬膜を切開して脊髄の表
奈良県香芝市手仕事屋CHINAああ休みもあと少しだなあ今日はずっと寝てるだけでなく少しパソコンをさわれたよ昨日は携帯も触れなかったけど今日はいっぱい更新したよすぐに横になったけどそのうち時間も伸びてくるよね明日からは1人かあ元気になって学校に行ってくれるのは嬉しい美味しいもの作って待ってあげられるように頑張らないと断捨離も動ける時間を使ってやっていかないと〜も〜もって言ってたら息切れしてきた私は脊髄髄内腫瘍摘出後の後遺症右下半身麻痺と腹部周りの火傷のような
奈良県香芝市手仕事屋CHINA寒いってもう寒いってもういいって〜動けないーーでもありがたいことにオーダー頂いたり動くきっかけを与えてくださる本当に感謝です今日は日の丸1つ作りました。もうすぐ令和2年この記念におひとついかがですかお問い合わせはメッセージコメントからお願いします
今回の受診は手術の説明です。脊髄の中にある脊髄髄内腫瘍のため、手術には脊髄を開かないといけないとの事。それには犠牲にする神経がある。それは足の裏の神経…足の裏の神経の所を開くから始めは歩きずらいかも。あとは症状のある右手は運動機能が今よりもずっと落ちてしまう可能性がある。でもリハビリで回復する。感覚障害は残る可能性がある。まれに排尿排便障害が起こることもある。そんな感じでした。腫瘍が大きい為に脊髄が薄皮饅頭みたいになってるからそこの餡子だけくり抜かないといけないから大変な手術です。と
毎週、👀見ています。私は、脊髄髄内腫瘍で脊髄にメスを入れたところで脊髄損傷になると思っているのですが。不全麻痺で、なんとか歩けています。排尿排便は、何回か自宅で漏らしました💩痛みも24時間365日「パーフェクトワールド」排尿排便障害・褥瘡・カテーテル・幻肢痛いろいろ出て来ますね。車椅子で入れないお店もあれば、視覚障害者の点字ブロックも車椅子の障害になるなんて…。知りませんでした。このドラマを見て、まわりの環境が少しでも障害者(私も含めて)変わる事を願います✨
前の投稿のあとしばらくして左脚の脱力感が消えました。今回の3週間は長かった😓とはいえ、足の変な感じは残ってる。ここ最近は、脚のこともあり運動不足それも関係してか急激に太ってしまいました。脚が動かしにくくなりリリカで頭はボーっとするし考えたくても何も考えられない視界がぼやける。イライラしちゃってストレスでバクバク食べてたんです食べても食べても満腹感がない食べると胃痛が治るもぅひたすら食べていた摂取カロリー>消費カロリーそりゃ太るさ食事を見直したら顔色悪くなり、
杖なしで歩けるようになった今でも突然、左脚が動かなくなること月に何度かあります。2週間前もそうでした。直前まで普通に動かせた脚があっという間に動かなくなる。感覚としては、術前によく起きていた一時的な筋力低下と似てます。この時は癒着した腫瘍が出血した際に筋力低下している可能性が高いとのことでした。腫瘍摘出してからも一時的な筋力低下は続いてます。今回は膝から下いつもは脚の付け根から動かなくなるので膝から下は珍しい。この筋力低下は、だいたいは数時間から2、3日で回復する
お久しぶりです。術後3年4ヶ月、MRI検査をしてきました。結果は昨年と変わりなし腫瘍摘出した瘢痕も同じような感じ脊髄空洞も細長く残ってましたが腫瘍の再発なし。脊髄空洞は、これ以上は消えないだろうと手術した病院で言われてます。元々の脊髄パンパンの空洞から考えるとだいぶ小さくなったし空洞があることで何か影響が出ることはないようです。術後から半年おきにやっていたMRIも今回から1年おき。術後5年で経過観察MRIは終了なのであと1、2回のMRIで終わる。術後すぐは5年
💊ピーク時の薬は9種類痛み止め①リリカ150mg×2②トラムセット×2③ノイロトロピン2錠×2筋肉のこわばりを和らげる④リオレサール5mg2錠×2⑤チザニジン錠1mg×3⑥ダントリウム25mg×2神経因性膀胱⑦ベタニス錠50mg×1吐き気どめ⑧プリンペラン錠下剤⑨センノシド錠12mg×2最初の担当医は、脊髄やったのだから痛みは我慢するもの痛み止めは最低限で!という方でした。かなり激痛の状態
↓術後1年7ヶ月に書いたブログこの術後1年7ヶ月の状態今もそのまま残っています。3年経てば何か一つくらい元に戻る部分もあるかなと考えていたけどそうでもなかった。★相変わらず米つぶくらいの小さなものを踏んでも激痛。★お風呂生理前の強い痺れがある時は、かなり熱く感じる。温泉大好きでしたが行けてない。岩盤浴も熱くてムリでした。★シャワートイレ、便座の温度かなり低温にしないとこちらも火傷した?くらい熱いときある。★冷える足夏でも冷え冷え冬なんて氷の上にいる状態。あ
↓術後1年6ヶ月の頃に書いたブログ★振り返り急性期病院に3ヶ月入院し退院するときはギリギリ杖で歩ける状態。転院先への通院や買い物は、車椅子を使いながら。転院先のリハビリ部門は、正直言ってかなりレベルが低く通っている意味がないなと感じながらも半年ほど通いました。整形の先生は、とてもいい方だったのでリハビリがあんなで本当に残念。この頃は、歩くことに比重を置くよりとにかく痛みが酷くて激痛に耐える日々私の脳内は「痛み」でいっぱいでしたね。術後1年半くらいからロフスト杖に
⚠️排泄の話なので読みたくない方スルーしてね!脊髄の病気をしたら切っても切れない排泄のこと。膀胱・直腸障害"下半身が痺れる"とは、こういうことだったのか。脚や手が動かなくなってしまうかも手術前は、それしか考えていなかったので排泄をしている感覚が全くわからず音だけが頼りすごくショックでした。尿意や便意は分かるのにいざトイレへ行ってもしている感覚がわからない。落ち込んでばかりもいられずなんとか感覚をつかみたくて必死に精神を集中して昔の感覚を思い出そうとしていた。
前回の続き術後3年〜下半身の痺れ〜術後3年〜筋肉の突っ張り〜過去ブログ↓術後1年4ヶ月くらいに書いたもの。『疼痛』神経だから痛みが出て当たり前だけどこの痛みは本当に耐え難い。痛み=精神論では片付けて欲しくないね!当時は、この痛みが一生続くのか先が見えない状態に不安な日々。とにかく辛かった疼痛ですが術後3年経ちだいぶ良くなりました。現在も痛みはあるけれど以前のように強い痛みに戻ることはないので疼痛の山場は越えたのかな。★脚の疼痛↓この場所ノコギリでギコギコさ
前回の続き↓術後3年〜下半身の痺れ〜過去ブログ↓術後1年半くらいに書いたものです。★足首から下の突っ張り術後は、左右ともにガチガチして浮腫んでいました。今まで履いていた靴上手く履くことができず靴のサイズはワンサイズアップ。特に左の足裏の突っ張りがキツく指の付け根が超ガチガチでした。手術前に動かなくなったのがこちらの足なのでやはり強めに後遺症がのこった気がする。ほとんど動かなかった指術後3年経ち、小指の方から順番に突っ張りが弱くなり軽くなってきた。ここ最近やっ
もうすぐ脊髄腫瘍の術後3年です。↓過去ブログ改めて術後1年を読みましたがたった2年でここまで回復するとは思ってもみませんでした。★下半身の痺れ術後から長い間、痺れに悩まされてきました。正座の痺れとは違う、なんとも言えないやつ術後3年経ち、かなり痺れが弱くなってきた気がします。今までは24時間常に痺れている感覚でしたが現在は、痺れを強く感じる時とそうではない時のメリハリがついてきた。とは言っても基本は痺れてるけどね。痺れが弱く感じる日が多くなったという感じですかね。
前回は、2回目の手術が必要な経緯まで書きました。それで、私の場合は「脊髄空洞症」とのことで、某大学病院に入院しました。術前1週間、術後1週間の入院予定です。痛みとしびれで動かない手足で、必死に仕事の引継ぎをして何とか(きっと周囲に迷惑をかけたと思いますが)こぎつけました。入院後、通り一遍の検査をして、手術を待ちました。ところが、手術の4日前に、急に言われました。こんなことを。・あなたの病気は脊髄空洞症ではなく脊髄腫瘍です。・その中でもレアリティの高い髄内腫瘍です
こんにちは。当ブログのテーマは、脊髄腫瘍です。脊髄腫瘍と診断され、情報を集めていらっしゃるかたの参考になればと思い、自分の経験を紹介することにしました。私は40代半ばの男性ですが、2016年に脊髄髄内腫瘍の手術をしました。今は腫瘍もなくなり、少し手足に感覚のにぶさが残ってしまいましたがおおむね元気です。最初に紹介するのは、事のおこりです。結論から言うと、自分は判断ミスをしてしまいました。正しい判断をしていれば、「少し手足に感覚のにぶさが残ってしまいました」など
「稀な脊髄髄内腫瘍の神経しょう腫」という論文を見つけました。多分、私の事です。(読んでたら私。主治医も同じ。担当医も同じ。)稀なのか…。再発❓…。経過観察。やはり、断捨離。いらない物は捨てて、後は、息子の自立を(アパートを出て、自分で生きていく事)うながす。娘は、娘の人生を歩き始めました。樹木希林さんを見習いいつ、この世をさっても良いように準備していきます。