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天皇の位置付けとして、三島由紀夫は、『文化防衛論』や『英霊の声』でも天皇、“雅”の文化伝統の中心、そして国の神聖な部分、儀典等を代表するとしている。【「英霊の聲」1976年版、「文化防衛論」1969年版、そして三島没後50年を機に2020年発刊の「TheDeathofaMan」、何れも私の大切な初版本】そして「国体」とは日本民族、日本文化のアイデンティティを意味し、政権交替にも左右されない恒久性をその本質として、「天皇」を我々の歴史的連続性、文化的統一性、
「日本語を放棄して、フランス語を国語に採用してはどうか」と正気と思えない程の大馬鹿提言をしていたのが、「暗夜行路」「城の崎にて」などの作品で世に知られた作家、志賀直哉なのだ。終戦翌年に雑誌「改造」に書いているのだ。当方は若い頃、仕事で仏語圏に延べ10年余り駐在していた関係で、此の事実が気になり調べたのだが.......【”小説の神様”と呼ばれた志賀直哉(1883-1971)】志賀直哉曰く、『吾々は子供から今の國語に慣され、それ程に感じてゐないが、日
三島由紀夫は今日の我が国の姿を予知したがゆえに、自らの死によって、危機に対処する生き方を示したのではないか。三島の『文化防衛論』に収録された「反革命宣言」の文章は、あくまでも少数者に徹することで、国の大本を示そうとする決意が表明されている。驚くべきことに、その当時の三島は、アントニオ・ネグリらのマルチチュード(多様性に立脚した群衆)の運動が、多数派を形成するという危機感を抱いていた。その分析は見事であった。「彼らは最初、疎外をもって出発したが、利用された疎外は小集団における多数者となり、
ロシアによるウクライナ侵攻のニュース見る度に、誰しも今日本が直面している尖閣諸島や北方領土問題の行く先がとても心配になってくるだろう。中国海警局艦船が連日尖閣諸島領海侵犯を繰り返し、一方で北海道の航空自衛隊基地の隣接地や、貴重な水源地や農耕地までもが中国資本に買占められている、又埼玉県内の或る大規模団地では住民の8割が中国人で占められていると云う。【尖閣諸島水域を巡航する中国公船、そして同じ穴の狢二人】領海侵犯の度に日本政府は、「遺憾だ、中国政府に厳
現在のLGBTの議論や「多文化共生」について、三島由紀夫が今おられたなら、内包されている矛盾点や危険性について我々に明快に警告してくれたであろうと思います。三島由紀夫「文化防衛論」講演(3)1/9三島由紀夫『文化防衛論』(ちくま文庫、2006)、pp.232-298-YouTube一部の抜粋概要我々人間は社会的ルールに従って行動しているが、人間性の中の自然、人間の中の野生を完全に開放した場合何が起こるかわからない。18世紀、フランス革命が「自由・平等」をいくら唱えて
昭和45年11月25日、三島由紀夫氏、森田必勝氏が憲法改正を訴えて市ヶ谷台で自決してより、今年で五十二年を迎えました。↑市谷駐屯地バルコニーにて訴える三島由紀夫氏(出典:ウィキメディア・コモンズ)http://www.gahetna.nl/en/collectie/afbeeldingen/fotocollectie/zoeken/weergave/detail/start/1/tstart/0/q/zoekterm/Mishima/q/commentaar/1
ウクライナ侵攻のニュースを見るにつけ、今日本が直面している尖閣諸島や北方領土問題等が俄然熱を帯びてくる、と云うよりも我国は早急に具体的に対策すべき時なのだ。中国海警局艦船が連日尖閣諸島領海侵犯を繰り返し、一方では埼玉県内の或る大規模団地では住民の8割が中国人に占められ、又北海道の航空自衛隊基地の隣接地や、貴重な水源地や農耕地までもが中国資本に買占められている。そして尖閣諸島海域侵犯の都度、日本政府は、「遺憾だ、中国政府に厳重に抗議する」と云うだけで行動が伴っていない。【尖
憂国忌をコロナ禍でも開催されている三島由紀夫研究会の皆さんに心から敬意を表します。三島由紀夫列士の「反革命宣言」「文化防衛論」は、時代を経ても民族派・保守派のバイブルになっている。憂国忌をコロナ禍でも開催されている三島由紀夫研究会の皆さんに心から敬意を表します。三島由紀夫列士の「反革命宣言」「文化防衛論」は、時代を経ても民族派・保守派のバイブルになっている。
大分前になるが当ブログに、三島由紀夫は、『森鷗外の情澄な知的文体に魅入られ…そこで私は鷗外の文体模写によって自分を改造しようと試みた』と自ら吐露している。そして三島は鷗外著「大塩平八郎」を通じて日本的精神、即ち大塩中斎的陽明学に到達する訳だ、三島の行動原理だ。1837年、元幕臣の大塩平八郎は天保の飢饉で苦しむ貧民救済の為に所謂”大塩平八郎の乱”を起こしたが、彼は常に『身の死するを恨まず、心の死するを恨む』と主張していた。昭和45年10月に文藝春秋から単行本と
三島由紀夫は、『文化防衛論』や『英霊の声』でも天皇は、“雅”の文化伝統の中心、そして国の神聖な部分を代表する天皇と位置付けている。そして”国体”とは日本民族日本文化のアイデンティティを意味し、政権交替に左右されない恒久性をその本質とすると言い切っている。国体の本義に就いては、天皇は『皇祖神天照大神の神裔であらせられる』そして『皇祖と天皇とは親子の関係にあらせられる』と。其の国体こそが、世界に類を見ない万世一系の天皇家が代々
昭和43年、今から53年前の今日5月5日三島由紀夫は『文化防衛論』を脱稿した、私の三島由紀夫関連の蔵書の大切な一冊にその初版本があるので、その写真を掲載する。三島自決の昭和45年4月25日に新潮社から発行された。この著書の中で文化の特質は再帰性、全体性、主体性に要約され、再帰性は過去の伝統に属するだけでなく現代の日本人の内に甦ること、全体性と主体性の意味は文字通りだが、三島は更に文化概念としての天皇の存在を述べている。一方、日本文化は『菊と刀』の菊は即ち”文雅”、そして刀は”尚武
☆精神的に国を守る2001/9/5大和心158、163、178、207「精神的に国を守る」ということはどんなことか考えると思い浮かぶのがこの言葉をつかった三島由紀夫の「文化防衛論」です。そのなかで国土や民主主義の根幹自由、平等、人権を守ることは別に日本だけの概念でなく世界中の近代国家共通のことで日本を守ることにならない日本を守ることはお国柄(国体)を守ることで歴史的連続性・文化的統一性・民族的同一性の、他にかけがえのない唯一の象徴が天皇で天皇を守ることだと記述
6月中旬より米墨国境での不法移民親子の引き離しが米国で問題化した。この問題に関して考えている内にトランプ政権を成立させた「トランプ主義」と三島由紀夫の「文化防衛論」との共通性に気付いた。つまり精神的、文化的“共同体”の防衛である。この「親子引き離し」問題に関しては日本でも報道されているようにトランプ政権の不寛容政策のために極端になっている部分は否定できないが、不法移民の親が裁判中は子供を米国保健福祉省が預かるというのは、クリントン、オバマ政権が決めたものである。今年は極端な状態が起きて政治
過日、「正論を聞く集い」で村田春樹氏(自治基本条例に反対する市民の会会長)の講演を聞いてきました。今年は、三島由紀夫生誕90周年と没後45年という節目の年だという。村田氏は、三島が創設した民兵組織である「楯の会」最後の5期生であり、当時最年少会員だったそうだ。冒頭、村田氏は、自衛隊による国賓らを迎えるときに行われるセレモニーである「栄誉礼」に着目。通常外国の軍隊では、国家元首を迎えた場合、自国の国家元首が共に「栄誉礼」を受けることになるのだが、自衛隊においては、国賓のみが「栄誉礼」を受