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私の人生ひまつぶしです。毎日ブログで仲間のみんなと日課の読み合わせています。神にゆだねて3月22日「父よ、御心なら、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの願いではなく、御心のままに行ってください。」ルカによる福音書二二章四二節ルカによる福音書22章42節(ゲッセマネの祈り)について。1.ポイントと解説この場面は、イエスが十字架にかかる直前、オリーブ山(ゲッセマネ)で苦しみ悶えながら祈る場面です。-「この杯」の象徴:「杯」とは、これ
私の人生ひまつぶしです。毎日ブログで仲間のみんなと日課の読み合わせています。神にゆだねて3月21日「あなたがたがわたしにつながっており、わたしの言葉があなたがたの内にいつもあるならば、望むものを何でも願いなさい。そうすればかなえられる。」ヨハネによる福音書一五章七節3月21日のこの聖句(ヨハネによる福音書15:7)は、これまでの「物質的・霊的ウェルビーイング」や「シングル・パーパス(唯一の目的)」の対話を締めくくる、最も力強い「約束」と「条件」を提示しています。1.
私の人生ひまつぶしです。毎日ブログで仲間のみんなと日課の読み合わせています。神にゆだねて「はっきり言っておく。死んだ者が神の子の声を聞く時が来る。今やその時である。その声を聞いた者は生きる。」ヨハネによる福音書五章二五節ヨハネによる福音書5章25節のこの言葉は、聖書の中でも非常に重要なメッセージの一つです。ここでの「死んだ者」とは、肉体的な死だけでなく、霊的に神とのつながりを失っている状態を指すと解釈されます。イエス・キリスト(神の子)の言葉を信じて受け入れること
捨てたいけど捨てられないものは、何年も聴いてないCDとかそれに見てないビデオテープかな思い出深いけどホコリ蕪ってるし処分しないと行けないなぁ
私の人生ひまつぶしです。毎日ブログで仲間のみんなと日課の読み合わせています。神にゆだねて3月19日「そして、見つけたら、喜んでその羊を担いで、家に帰り、友達や近所の人々を呼び集めて、「見失った羊を見つけたので、一緒に喜んでください」と言うであろう。」ルカによる福音書一五章五~六節3月19日のデボーションとして、ルカによる福音書15章5〜6節(「失われた羊の放浪」のたとえ)を深掘りします。1.ポイントと解説この箇所は、100匹の羊のうち1匹を迷い出させた飼い主が
私の人生ひまつぶしです。毎日ブログで仲間のみんなと日課の読み合わせています。神にゆだねて3月18日「はっきり言っておく。わたしを信じる者は、わたしが行う業を行い、また、もっと大きな業を行うようになる。わたしが父のもとへ行くからである。」ヨハネによる福音書一四章ー二節聖句(ヨハネによる福音書14章12節)は、信じる者に与えられた驚くべき約束と、その力の源泉について述べています。ポイントと解説ポイント:キリストへの信仰は、信じる者を「神の業」の継承者とし、その力は
ぜい肉だよね。ダイエットしなきゃな。
写真。もう二度と会えない自分って分かっているけど捨てられない。デジタルにしたとしても見れなくなる可能性あるし電気が無いと見れないしすぐに見れる写真は便利だよな…なんていって捨てられないんだ。捨てられたらめっちゃスペース空いてスッキリするんだけどね(汗)
私の人生ひまつぶしです。毎日ブログで仲間のみんなと日課の読み合わせています。神にゆだねて3月17日「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。わたしの命じることを行うならば、あなたがたはわたしの友である。」ヨハネによる福音書一五章一三~一四節この聖書の言葉は、キリスト教における「愛」の定義であり、AA(アルコホーリック・アノニマス)における「12ステップの究極の目的(奉仕)」を象徴しています。ポイントと解説1.「命を捨てる」という究極の犠
私の人生ひまつぶしです。毎日ブログで仲間のみんなと日課の読み合わせています。12のステップステップ三「私たちの意志と生きかたを、自分なりに理解した神の配慮にゆだねる決心をした」この言葉は、自分なりの神の配慮への理解を基盤に、意志と生き方を委ねるという明確な決意を表しています。意味-「自分なりに理解した神の配慮」という点が鍵です。万人に共通の定義があるわけではない神の配慮を、自身の体験や信仰、思索を通じて自分なりに捉えた上で、それに身を任せる決心をしたことを示しています
私の人生ひまつぶしです。毎日ブログで仲間のみんなと日課の読み合わせています。神にゆだねて3月16日「わたしを見た者は、父を見たのだ。」ヨハネによる福音書一四章九節ヨハネによる福音書の一節は、キリスト教において最も重要な「神の顕現」を表す言葉ですが、AAや回復の文脈で読み解くと、非常に深い「目に見える形での霊性の体現」というテーマが見えてきます。1.ポイントと解説-不可視から可視へ:「神(父)」という抽象的で目に見えない存在を、イエスという「具体的な人
こんにちは〜今日は午前中はWBCを見てました⚾日本対ベネズエラ結果は日本が負けてしまったけれど、シーソーゲームで見てて面白かったです‼️ベネズエラは強かった〜。昨日は図書館や百均に行ったのですが、まだ本調子じゃないため、夜にちょっと体調が悪くなりました早めに寝たので今日起きたら良くはなってたけど、まだまだ無理は出来ないみたいです。でも、ずっと家にいるのも飽きてきましたというか、家にいると、自分の部屋がごちゃごちゃしてる気がして、断捨離したくなります。いい機会なので、少しずつ
私の人生ひまつぶしです。毎日ブログで仲間のみんなと日課の読み合わせています。神にゆだねて3月15日イエスは言われた。「もし完全になりたいのなら、行って持ち物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に富を積むことになる。それから、わたしに従いなさい。」青年はこの言葉を聞き、悲しみながら立ち去った。たくさんの財産を持っていたからである。マタイによる福音書一九章二一~二二節この聖書の箇所は、回復のプログラムにおける「執着の手放し」と「優先順位の転換」について、非
私の人生ひまつぶしです。毎日ブログで仲間のみんなと日課の読み合わせています。神にゆだねて3月14日しかしイエスは言われた。「わたしに従いなさい。死んでいる者たちに、自分たちの死者を葬らせなさい。」マタイによる福音書八章二三節「マタイによる福音書」のこの聖句は、一見すると非常に厳しく、冷淡にさえ感じられる言葉です。しかし、回復のプログラム(12ステップ)や「かなめ石」の文脈で読み解くと、「過去の自分(死んだもの)」と「新しい生命(回復)」を峻別する、極めて重要な決断を迫る言
私の人生ひまつぶしです。毎日ブログで仲間のみんなと日課の読み合わせています。神にゆだねて3月13日そして、「シロアム――「遣わされた者」という意味――の池に行って洗いなさい」と言われた。そこで、彼は行って洗い、目が見えるようになって、帰って来た。ヨハネによる福音書九章七節ヨハネによる福音書9章7節にある、イエス・キリストが生まれつき目の見えない人を癒やす場面ですね。1.ポイントと解説-「シロアム(遣わされた者)」の意味:この池の名前は、神から「遣わされた」メシ
私の人生ひまつぶしです。毎日ブログで仲間のみんなと日課の読み合わせています。神にゆだねて3月12日「神は人を分け隔てなさらないことが、よくわかりました。」使徒言行録一〇章三四節この聖句(使徒言行録10:34)は、ペトロが異邦人コルネリウスの家で発した、キリスト教の歴史を塗り替えるほど重要な「悟り」の言葉です。「コントロールの放棄」「本来の自分(放蕩息子)への帰還」「単純さ」という対話の文脈で、この言葉を深く読み解きます。1.ポイントと解説:霊的な「平等」と
私の人生ひまつぶしです。毎日ブログで仲間のみんなと日課の読み合わせています。神にゆだねて3月11日わたしたちの救い主である神とわたしたちの希望であるキリスト・イエスによって任命され、キリスト・イエスの使徒となったパウロから、テモテへの手紙一一章一節テモテへの手紙一1章1節は、パウロが愛弟子テモテに対して、自身の権威の源泉と信仰の基礎を宣言している冒頭部分です。ポイントと解説1.任命の源(神の命令)パウロは自分が「神とキリスト・イエスによって任命された」
私の人生ひまつぶしです。毎日ブログで仲間のみんなと日課の読み合わせています。神にゆだねて3月10日「しかし、真理を行う者は光の方に来る。その行いが神に導かれてなされたということが、明らかになるために。」ヨハネによる福音書三章二二節ポイントと解説1.真理を行う者の行動の方向性:真理を実践する人は、自ずと「光」の方へ向かうという点が核心のポイントです。-解説:この文脈における「光」は、神の真理、正義、真の知恵を象徴しています。真理を言葉で知っているだけでなく、実
小さい頃の写真かあちゃんが持ってるから捨てれないよ
私の人生ひまつぶしです。毎日ブログで仲間のみんなと日課の読み合わせています。神にゆだねて3月9日「そこで、王は答える。「はっきり言っておく。わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである。」」マタイによる福音書二五章四〇節ポイントこの節は、イエスが最後の審判の場面で語った言葉で、困っている人への行いが自分自身への行いと同じであるという核心的な教えを示しています。「最も小さい者」は社会的に弱い立場の人(貧しい人、困っている人、迫
これは前にも書いたかも知れないけれど独身の頃や子どもが生まれる前に書いていたなんちゃって小説の原稿用紙たちです。読み返す気がしないのになかなか捨てられないんですよね。書くことは私にとってデドックスです。子どもの頃から誰にも相手にされなかった私が気軽に思いを吐き出せる場が原稿用紙でした。20代の頃はお金がないからダイソーでたくさん買っていましたね😅たぶん今も間近に何でも話せる友達がいれば私はブログなんかやってないと思います。最近はブログで毒を吐きまくっているの
私の人生ひまつぶしです。毎日ブログで仲間のみんなと日課の読み合わせています。神にゆだねて3月8日わたしにとって、生きるとはキリストであり、死ぬことは利益なのです。フィリピの信徒への手紙一章二一節この言葉は、新約聖書の『フィリピの信徒への手紙』1章21節に記された、使徒パウロの言葉です。意味私にとって、生きることの本質はキリストにあり、キリストに従って生きることこそが真の人生である。また、死ぬことはキリストのもとに行くことであり、それは大きな恵みとなる、という内
私の人生ひまつぶしです。毎日ブログで仲間のみんなと日課の読み合わせています。神にゆだねて3月7日「しかし、命に通じる門はなんと狭く、その道も細いことか。それを見いだす者は少ない。」マタイによる福音書七章一四節ポイントこの節は、イエスが「狭い門と広い門」のたとえの中で語った言葉で、真の命に至る道は容易ではなく、選ぶ者も少ないことを強調しています。「狭い門」「細い道」は、困難な選択や自己の欲望を抑え、神の教えに従う生き方を象徴し、「広い門」「広い道」は安逸で人の多い道
私の人生ひまつぶしです。毎日ブログで仲間のみんなと日課の読み合わせています。神にゆだねて3月6日あなたがたが何かのことで赦す相手は、わたしも赦します。わたしが何かのことで人を赦したとすれば、それは、キリストの前であなたがたのために赦したのです。コリントの信徒への手紙二二章~一〇節ポイントと解説-ポイント:パウロは、コリントの信徒たちが赦す相手は自分も赦すと宣言し、自分が赦す行為はすべてキリストの前で彼らのために行うものであると述べていること。-解説:こ
まぁ…母に捨てられてますけどね。週刊誌とか手元に置いときたいんですけど。
私の人生ひまつぶしです。毎日ブログで仲間のみんなと日課の読み合わせています。神にゆだねて3月5日イエスは大声で叫ばれた。「父よ、わたしの霊を御手にゆだねます。」こう言って息を引き取られた。ルカによる福音書二三章四六節ポイント-行い:イエスが死の瞬間、自分の霊を父なる神の御手にゆだねると大声で叫び、息を引き取ったこと。-信仰の極致:絶対的な信頼をもって自分のすべてを神に委ねる姿勢が示されていること。-文脈的意義:ルカ福音書におけるイエスの受難と死のクラ
私の人生ひまつぶしです。毎日ブログで仲間のみんなと日課の読み合わせています。神にゆだねて3月4日イエスはシモンにいわれた。「恐れることはない。」ルカによる福音書五章一〇節ポイント-言葉:イエスがシモンに向かって告げた「恐れることはない」という励ましの言葉。-意義:ルカ福音書5章10節の場面では、シモンが漁労の奇跡を目撃した後、自分の罪深さを自覚して恐れを抱いた状況でこの言葉が語られ、不安や畏れからの解放を示す重要な節となっている。解説-言葉の背
捨てられないもの=裏が白い紙。DMとか、チラシとか、説明書とか、手元に集まってくるありとあらゆるA4の紙。両面印刷なら、見もせず捨てるのに、裏が白いと捨てられず、半分に折って専用のバインダーに挟む。なんぼでもあるねんよ、新品の紙。蒐集癖が紙に向かっていた頃、生きている間には使いきれない量を溜め込んだ。かつて対価を払って手に入れた紙たちは、この先使用されることもなく、主亡き後はゴミにされてしまうしかないよねぇ。それでもね、メモ用紙が必要になると、はち切れそうになっている裏白紙の
私の人生ひまつぶしです。毎日ブログで仲間のみんなと日課の読み合わせています。神にゆだねて3月3日わたしたちは、キリストと共に死んだのなら、キリストと共に生きることにもなると信じます。ローマの信徒への手紙六章八節ポイント-キリストと共に死んだと信じるなら、キリストと共に生きることになる、という信仰上の確信を示す言葉。-出典は『新約聖書』の「ローマの信徒への手紙」6章8節。解説この節は、パウロがローマの教会の信徒たちに向けて書いた内容の一つです。「キ