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★★★8-22暖炉の薪がパチパチと大きな炎を上げ始めた頃だった。「・・降り始めたのか・・」窓ガラスの向こうがうっすらと白くなっていることに気付いたテリィは、ちらちらと光りながら落ちてくる雪に誘われテラスへ出た。雲の割れ間から令月が覗く雪月夜・・。幻想的な光景だった。「テリィ・・?」食器を洗っていたキャンディの耳に、柔らかなハーモニカの音色が届いた。雪のカーテンで視界がぼやけ、ガラス戸の外は何も見えない。テラスへ近寄って行くと、ついたばかりの足跡が三つ四つ。冬のあの日、ポニー
★★★8-21消えかかった暖炉の炎も、一吹きの息で橙色に変わる。やがてパチパチと心地よい音を立て、再び燃え上がる。こんな炎はもういらない・・。燠(おき)のように、静かに、熱く、いつまでも――「何を考えているの?」キャンディは運んできたトレイを暖炉の脇に置いた。「ジャムとの別れを噛みしめている・・」暖炉を炊きながら真顔でふざけた事を言うテリィに、「それを言うならアーチーとアニーとのお別れでしょっ」キャンディはテリィの額をチョンっと指で押した。「アーチー嬉しそうだったわ
★★★8-20「キャンディ、そろそろいくか?」お皿を下げようと席から立ち上がったキャンディに向かって、テリィは声を掛けた。「・・やっぱり弾く?」キャンディは不安そうに返す。「その為に練習してきたんだろ。早くっ」テリィはキャンディの手をとって、グランドピアノへ誘導した。「キャンディがピアノを弾くの!?」アーチーとアニーは驚きのあまり大声を上げた。キャンディがピアノを弾く姿など見たことがなかったからだ。「・・スコットランドのサマースクールで練習して以来なの。上手く弾けるか分からな
★★★8-18黄金のオーラを身にまとい、本物のエレノア・ベーカーが目の前に座っている。テリィはその大女優を『母さん』と呼び、キャンディは『ママ』と呼んでいる。分かり過ぎる状況なのに、アーチーにはこの状況がてんで理解できない。(こ、これは、・・いっ、いったい、・・どういうことだ――!?)アーチーはまばゆいばかりの美しさを放つその人に恐る恐る目を向け、隣にいるキザな奴と見比べた。何故今まで気づかなかったのか。二人が親子であることは一目瞭然だ。(そのままの顔じゃないかっ、いったい今まで、
★★★8-17「どうされましたか?ウィリアム様」運転席のジョルジュは、笑いをこらえているようなアルバートの声に気付き、後部座席にちらっと目を向けた。「いやぁ~、この設定はすごいよ。キャンディは住み込みの看護婦で、テリィがマーロウ家に入り浸っていたのはそのせいだって。ゴシップのプロの発想はすごいな。そんな筋書き、僕には思いつかない」ニューヨークで調達した新聞を見て、アルバートはしきりに感心していた。「グランチェスター様はインタビューに応じたようですね。その記事、どうなさるおつもりです?」
★★★8-16「キャンディ・・お待たせ・・」打ち合わせ通りの席で映画を観ていたキャンディに声を掛ける。「・・上手くいったみたいね。よかった・・」小声で話すキャンディの横の席にテリィは腰を下ろした。午前の早い時間の映画館。上映作品は西部劇のようだ。客など殆ど入っていない。「私、西部劇って初めて。お芝居とはまた違って、すごく新鮮・・」テリィも映画を観ようとするものの、もはや話の筋に付いていけない。キャンディの肩に頭を乗せ、うとうとしかけた時、画面がラブシーンに切り替わった。反射的に
★★★8-15「く~っ、かっこいいねぇ。何をしゃべっても芝居のセリフにしか聞こえんよ」「しかし、本音を言ってたよな?十年以上だんまりを決め込んでいた人物とは思えないぐらい」踊り場で待たされていた記者たちは井戸端会議を始めた。「ああ、惚れ込んでいるのは伝わったよ。財産目当ての線は消えたな。そもそもテリュースの実家もかなりの資産家なんだろ?」「どうかね、貴族って言ってもピンからキリまで。落ちぶれた貴族だっているそうじゃないか?」記者の一人がそう言った時、さきほどの女性記者が毅然とした態度
★★★8-14「テリュースさん、ご結婚おめでとうございます!一言お気持ちをお聞かせください!」今日のテリィは当然逃げない。「ありがとうございます。管理人の許可を取りましたので、どうぞ中へ―」浮足立っている記者連中を綿あめ製造機のごとく絡め取る様に徐々に後退し、アパートの踊り場へ招き入れる。喜色満面のテリュース・グレアムを前に、記者たちは一様に目を丸くした。箸にも棒にも掛らないような態度を取り続けてきた人物とは思えないほどの対応の良さ。さすがにハレのネタは違うようだと感じた記者たちは
★★★8-13「おはよう、あなた・・」甘い声・・。キャンディの・・。「・・・おはよう」少し頭が混乱する。「・・犯罪者になった気分だわ。――こんなに囲まれちゃって」とぼけた声に変わり、テリィは全ての状況を一気に理解する。「やっちまった―・・」テリィは一言漏らすと、脱力したように枕に顔を埋めた。やはり壁が薄すぎたのか、カンテラの灯りが強かったのか。いや、たぶん窓を全開にして、シーツをはたいたのがいけなかったのだろう。テリュース・グレアムの在宅を嗅ぎ付けた記者達が、朝からアパートの
★★★8-12ブロードウェーから四ブロック入ったウエストサイド地区。狭い道路の頭上には蜘蛛が巣をはるように洗濯物が干されている。お世辞にも高級住宅街とは言えない。「寒くないか?角部屋で窓が多いから、隙間風が入ってくるんだ。この部屋、冬は最悪で、」「大丈夫よ。部屋が狭いから暖かくなるのも早いわ。ストーブの薪がいいのかしら?」キャンディは部屋をゆっくり見回した。きれいに掃除されているとはいえ、テーブルの横はすぐベッド。一流の役者に似合う部屋とも思えない。「・・引っ越そうとは思わなか
★★★8-11暗闇の中に白い灯りがともる。灯りじゃない。白いカップ・・湯気が上っている・・甘い香りの・・。「気分はどう?・・これを飲めば温まるよ。レイン先生から貰ってきたんだ。ココア、好きなんだって?もっと早く言えよ、家族なんだから」ベッドからゆっくりと身体を起こしたキャンディの前に、何事もなかったようにテリィが立っている。「・・私、寝てたの・・?」「・・十分ぐらい。現役の看護婦がキスで気絶したなんて、自慢できる話じゃないな」「・・テリィのせいよ。指の位置が・・ちょうど後頭動脈を
★★★8-10宛名はテリュース・グレアム様―雑誌の切り抜きに載っていたテリィの新しい名前。テリュース・G・グランチェスターの“G”がグレアムだったことを初めて知り、確実に届いて欲しいと、慣れないこの名前を戸惑いながら書いたのを覚えている。シカゴの病院に移ったばかりの多忙な日々の中で、手紙を書くのはいつも夜になった。同室のフラニーを気遣い、デスクの弱い光を自分の背中でブロックしても、コホンという迷惑そうな咳払いが聞こえると、慌てて書くのを中断した。アパートの住所を知った後も、巡業中
★★★8-9手紙を隠したスザナ・・――誰かを心底、愛してしまったら、きれいな気持ちのままではいられない―自分のエゴイズムに負けてしまったスザナ。そんな自分の罪の深さをスザナは知っていた。きっとつらかったに違いない。そう、私達以上に・・。「・・何も知らなかった・・、私――」蒸気で曇った窓に手をあて、キャンディは建物と建物の隙間からわずかに見える空を見上げた。今にも雪が降り出しそうなよどんだ空。――わたしはテリュースの心がどこを向いているか知っていました。テリィがあなたのこと
★★★8-8グランチェスター家の封印が押された手紙が届いたのは、それから間もなくだった。父さんの直筆で書かれたその手紙には、たった一言『帰国せよ』。外国在住でしかも外国人との結婚は異議が多く、議会の承認が下りないと書かれた弁護士の書簡も同封されていた。グランチェスターの名を捨てることは絶対に認めないとも。不肖の息子とはいえ公爵家の長男であることはゆるぎない事実。どこか納得している自分もいた。実家と縁を切り結婚話を進めることも出来たが、もうそんな必要もなかった。マーロウ夫人を諦めさせる
★★★8-7鉛のように重い足はなかなかマーロウ家へ向かわず、役作りを理由にしばらくアパートに身を寄せていた。スザナの誕生日が過ぎてしまったことは分かっていたが、芽生えてしまったスザナに対する黒い気持ちを、どうしても払拭することができなかった。帰ってこない俺を心配し、ある日スザナが楽屋を訪ねてきた。『・・テリィ・・・着替えを持ってきたわ』『珍しいな、君がここに来るなんて』『・・・今夜はお帰りになる?』『どうかな・・。次の短期公演の稽古が大詰めで』俺を見る不安げな眼差し。俺はスザナ
★★★8-6気が付くと俺はアパートの部屋にいて、一番古い消印の手紙を手にしていた。――最初にキャンディが書いた手紙・・。消印はシカゴでつかの間の再会を果たすより一か月以上も前のものだった。「こんなに前に・・君は俺の事を知ってくれていたのか・・」薄ピンク色の封筒を見詰めたまま、どのくらいの時間そうしていたのか分からない。―・・今更、読んだところで何になる。惨めになるだけだ。そう思う自分と、もう一度キャンディに触れたいという自分が葛藤した。頭がキャンディの事で一杯になった時・・・君の
キャンディ♡キャンディ4イラスト集より©︎いがらしゆみこ水木杏子◎前回の続き…名木田恵子著『キャンディ・キャンディFINALSTORY』に出てくる30代のキャンディと暮らしている-あのひとー。前回のブログにて、-あのひとーのことを、わたしは、漫画では別れてしまった彼・テリィと思うことにしたと書きました✏️悶々としていたのに、何故そう思うに至ったのかそれは、わたしの気持ちを後押ししてくれるサイトに出逢ったからですそのサイトがこちらですリブログさせていただきました
★★★8-5『春の公演の慰労会・・ですか?―・・あいにくその日はスザナと予定が、彼女の誕生日なんです』『それならスザナと夫人も連れてくるといい。陰の功労者だ、一緒に祝わせてくれ。久しぶりに会いたい』その日ロバート先生が恒例行事に俺を誘ったのはいつもの事だが、スザナにまで話が及んだのは初めてだった。そろそろ団員たちに紹介した方がいい、という団長らしい配慮だったのかもしれない。『何もかも白いパーティですって?素敵!テリィはこういうパーティに参加したことあって?』『すっぽかしたことならあ
夢をみてたのね望み高く生きて愛が全てだと神は許し給うと若く勇気溢れ夢は輝いてた自由にはばたき歓び追いかけた夢は悪夢に狼の牙が望み引き裂き夢食いちぎり夏あのひと来て歓びに溢れた私抱いたけど秋にはもういない待ち続けるわあのひとの帰りを愚かな幻木枯らしが吹き消し夢見た人生今地獄に落ちて二度と私には夢はかえらない©水木杏子/いがらしゆみこ『LesMiserables』よりIDrea
★★★8-4「愛の言葉をねだられることも、俺を試すような会話も幾度となく繰り返されたが、俺は応えた。言葉やキスでスザナの気持ちが落ち着くなら、こんなたやすいことはな・・・――キャンディ・・?」・・・ダーリン、まだお休みにならないの・・?マイアミのホテルで聞いたスザナの声がふと蘇り、キャンディは殆ど無意識に、ギュッと目を閉じ、固く結んだ手を胸にあてていた。覚悟していたとはいえ、テリィの口から他の女性との生活が・・――スザナとの生活が語られると、まるで一枚ずつ写真を見せられているよう
★★★8-3「・・・このポスターを貼った頃、俺には描いていた未来があった」テリィは壁に貼られたままのロミオとジュリエットのポスターを遠い目で見つめた。「君がこの小さなキッチンで朝食を作ってくれて、『いってらっしゃい』って送り出してくれる。疲れて稽古から戻ると『お帰りなさい』って迎えてくれて、その日あった他愛もない出来事を報告し合い、あの小さなベッドで君を抱きしめながら眠りにつく。そしてまた次の朝を迎える・・。ポスターに落書きを残して君が去った後も、その幻影はなかなか消えてはくれなかった・
★★★8-2三階の角部屋にあるテリィの部屋で、キャンディはしばらくポカンと立っていた。遠い記憶にかろうじて残っていた室内の様子と殆ど変わっていなかったからだ。真っ先に目がいったのは、壁に貼られたままのロミオとジュリエットのポスター。「・・これ、私の字?」『キャンディの』ジュリエット、という落書きがしてある。「覚えてないのか?―・・ま、落書きの当事者なんてそんなもんか」キャンディがそんなこともあったかも、と考えていると、壁の凹みに気が付いた。さすがにこれは記憶にない。「・・この壁
💛前回までのあらすじシカゴでの披露宴が済み、キャンディの故郷の村にやってきた二人。ある夜キャンディの部屋で、過去の手紙の束を目の当たりにしたテリィの心は激しく乱れた。スザナとは婚約していないと言うテリィの言葉にはいくつか不審点があることにキャンディは気付いていた。度々苦しそうな顔をするテリィに、キャンディはスザナとの過去を話してほしいとついに迫った。キャンディの想いに触れ、テリィは決心した。最終章追憶illustrationbyRomijuriRepr
キャンディの恋心を中心に、考察半分・妄想半分でお届けしたいと思います病院での密談ファイナルのキャンディは、スザナと次のような約束をしていました。「それに、スザナ・マーロウとの約束もあります。もう(テリィに)会わないと約束しました」下巻273・エレノアへの手紙から抜粋この約束は漫画や旧小説には無く、新しく足されたエピです。キャンディがNYを離れる前から、既に漫画とファイナルでは違います。「NYを離れる前から」と書きましたが、実はファイナルには詳しい事は何
★★★7-14人もまばらなピッツバーグ行の夜行列車。出発時間が遅いためか、乗客達は席に着くなり次々と眠りについていく。「やっぱり君が窓側に座ってくれ。どうも落ち着かない」キャンディはなぜこの期に及んでテリィがそんなことを言うのか見当がついた。「あなたって意外と単純なのね。さっきの若い夫婦を見てそう思ったんでしょ?」キャンディがにたりと笑うとテリィはぐっと口をつぐんだので、図星だったようだ。(・・この列車なら大丈夫そうね・・熟年の男性ばっかりだわ)「君も寝ていいよ。俺はこれを読みた
★★★7-13「フンギャー・・フグッ・・オンギャー」どこかで泣き声がする。車内を見渡すと、いつの間にか混雑し始めていた。都市が近いからなのか、夕刻の一時的な混雑なのかは分からない。通路にも人が立ち始め、押し出されるように赤ん坊を抱いた若い夫婦がキャンディの直ぐ横に立った。「あの、この席をどうぞ」即座に立ちあがったキャンディは、テリィに肘で合図を送り通路へ出た。「え・・いいんですか?」「赤ちゃん、お腹が空いているのかしら?・・立ったままじゃ無理でしょ?どうぞ」奥に座った若い母親
★★★7-12キャンディは移動中も気遣いは忘れなかった。「あなたが窓側に行くべきよ!通路側じゃ顔を見られちゃうわ」「レディが窓側に行くべきだ。通路側じゃ誰かに襲われた時、守れない」「想像力が飛躍し過ぎよ。襲われたりしないわっ」「よく言うよ、イギリスへ着いた途端暴漢に襲われただろ?ジャスティンから聞いたぞ」「襲われたのはジャスティンの方!私は暴漢を襲った方よ」事実を聞いたテリィは呆気にとられ、思わず額に手をあてた。「・・君が襲うのは、俺だけにしてほしいな・・」結局座席の譲り合いは
★★★7-11「のどが渇いちゃった。次の列車まで時間もあるし、この町を少し散策しない?」キャンディの提案で、行きずりの町に降りてみることにした。大きくも小さくもない町。二人とも声には出さなかったが、その町はロックスタウンにどことなく似ていた。「ん~、しあわせ・・・」「さっき喉が渇いたって言ってなかったか?この寒さの中でよくそんなものが食えるな」アイスクリームを頬張るキャンディに、テリィはあきれ眼だ。「テリィも食べる?間接キッスできるわよ?」「冗談。君とそんなことをするぐらいなら、
★★★7-10閑散としたプラットホームのベンチに座り、乗り換え列車を待っていた時の事だ。「印象派の巨匠もびっくりだな。マーチン先生にこんな才能があるとは」マーチン先生が昔描いたというアルバートの似顔絵に、テリィはしきりに感心していた。「傑作でしょ?これも宝石箱に収めようと思って」キャンディはマーチン先生から餞別に貰った知恵の輪をポケットから取り出した。「・・宝石箱に何を入れても構わないとは言ったけど、このままだと単なるガラクタ入れになりそうだな。・・しかし、なんだって君たちはアルバー
★★★7-9「キャンディママ・・、お化けだいじょうぶだった?」大きなホールでワイワイと朝食をとる一角で、膝にのってきた子がリスのような目を向ける。「・・お化け・・?」なぜだろう。キャンディはギクッとする。「トイレに起きたとき、苦しそうなこえが聞こえたよ?お化けが来ちゃったの?パパもいたみたい。助けてもらったの?」「・・声・・―」思わず漏れてしまいそうになる喘ぎ声はお互いの唇でふさいだはず。ネックレスの接触する金属音も、こすれる肌の音も、かぶったキルトカバーで封じ込めたはずなのに―