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6月13日に腸閉塞になり、食べれない、水分補給も口からはあまりできなくなり1カ月。でも、ポートからの高カロリー点滴のおかげで、自宅に帰ってから割と穏やかで落ち着いた日々を送っている。でも昨日の午後から膀胱炎のような痛みと常にトイレに行きたい感じが段々強まり、悩んでいるうちに時間がたってしまい、19時ごろ訪問看護へ相談の電話をした。15分くらいで来てくれて、出されたのが飲むタイプの薬・・・。あまり水を飲まなくても溶けるタイプのOD錠という薬との事で、大きくて苦くて飲みにくいけれど看護
治験参加者さんになったため、かつてのように、なれなれしく実名(ハンドル名?)をつぶやきにくくなった大腸がんのピーチ姫さんですが、「高カロリー点滴」と聞くと、さすがに「大ピンチ」と感じざるをえません。「悪液質」という言葉に象徴されるように、がん患者さんの多くの「急変」「突然死」は、がん細胞が一気に「患者さんの栄養を奪い」、猛烈に「繁殖」することで起きてしまいます(「勝った」つもりでしょうが、がん細胞さんたち、火葬場で焼かれて終了します…)。ピーチ姫さん、「病いは気から」…、とにか
これで腹減りがなくなるねこれ⬇去年の9月に韓国で買ったパックなんだけど、まだ使える❔せっかくあげたのに、ババが使ってないからって持ってきたけど…ちなみに今サイダー飲んでる(笑)調子こいて、また気持ち悪くなるかな一応先生の許可は貰ってるけどね多少ならって…多少って❔どのくらい❔
夫の在宅介護の始まりの日の事は今朝の記事に書きました。自分の過去記事を見て幸せな気持ちになったのは本当ですでもここ何日かは、辛かった在宅の日の事を思い出しては涙を流す事が多かったのです、特に朝の配達の時は今まで鼻歌を歌ったりしていたのにそんな気持ちには全然ならず泣いてばかりでした。小腸がんの末期の姿…がんの末期の姿は本当に見ているのが辛かったのです胸にはポートがあり、ほぼ1日中高カロリー点滴が繋がってます。そして何よりも痛々しいのは胃ろうからのチューブが出てい
この頃、気分の落ち込みが今までに無いくらい酷いときが多いのです。夫の事はそれまででもよく思い出してはいるのですが、楽しかった事が多かったのに最近は入院中の事や、在宅になってからの事ばかり思い出すのです。やはり先月の初めに次女が手術をしたから、それも夫の入院していた病院だったので自分では気にしてないつもりでも心はダメージを受けていたのかもそれに6月と言うのは夫が在宅で高カロリー点滴を始めた月だったものね…3年前のあの日から、看護師さんが、家に来てくれるようになりま
みなさんいつもいいね、コメントありがとうございます✨豪雨被害は大丈夫でしょうか毎年耳にする「数十年に1度の…」「命を守る行動を」氾濫した河の川下が病院の真横だったので今も行方不明の方の捜索でヘリコプターが川にそって飛んでいます🚁また今夜強い雨が降るそうですので皆さんお気をつけください。そんな中で私はおうちに帰る準備を特に私以外の方たちが尽力してくださっています地元の総合病院より訪問看護、訪問診療の支援をうけ家にかえる予定です高カロリーの点滴と痛み止の点滴
前回投稿から更に1年、何も書かずに過ぎ去った。その後も点滴ポートのトラブルで2019年も入退院を繰返しましたが、続きは後々書くとして今回は最近の出来事を書きたいと思う。今年ショックな事が2件2月14日🐱♀️だけど名前はゆうくん17歳4ヶ月で永眠した。😢😢😢仕事に追われて、病院に連れていくのが遅すぎた前の🐱が20歳だったので、勝手にあと3年は大丈夫なんて考えていた。人生で一番の後悔バカな飼い主で🙇🙇🙇いまだ、想いだしては😭4月1日会社の移転が発表された。既
ブログ書いてない間に約1週間も経ってました(^◇^;)腸炎?憩室炎?は多分治ったかな?って感じで炎症の数値も痛みも治まり抗がん剤後とは思えなかった白血球の数値も落ち着いてきてただ絶食中も快便だったのですが今も快便が続いていて、一日二回出ることもあり、軟便なので気になってしまいますがお腹痛くなってトイレ行くって感じではなく自然な感じなので、看護師さんや先生に話しても全然いいじゃないですか〜って感じです。じゃあいいのかな?治ってないんじゃないかって不安になりがち。食事開始した次の
●6/27入院103日目。・病院お休み日。・9:40朝のエルネオパ(高カロリー輸液840kcal24時間持続点滴@右鎖骨下カテーテル)付け替え時。本日担当看護師さん見守りの許◆薬剤を袋から取り出し混ぜて完全体にし、遮光袋を被せ点滴ポチに吊るしてみる。◆薬剤に点滴針(ルート)を刺す。◆ルート途中のコネクタを外してまたジョイントしてみるイベント発生。・この時点で薬剤1.5㎏。ポチに吊った時点で腕がプルプル激しく疲れる。あらヤダ何コレ思った以上に大ハード。↑点滴滴下時はパーテー
今日も絶食です。良くなってるのかなぁ…なんかたまにお腹痛いのが婦人科系の痛みなのか腸の痛みなのかわかりません。生理痛→排卵前のなんとなく痛い→排卵後めちゃ痛い→生理前痛いって感じで一日中痛いわけじゃないんですが結構下腹部痛が日常的にあるタイプなので…下痢の痛みとかはわかるんですがぼんやりした痛みだともうどっちなのか。でもお腹押さえた感じ、昨日よりいい、かな?あと便通がいいのが気になります。絶食=便秘というか、食べてないんだから出ないんだろうなって思うじゃないですか。朝晩出た
●6/23入院99日目。・10:20シャワーの準備(鎖骨下カテーテルをテープで覆う)をしていたら熱血先生と外来主治医+研修医数名が突入してくる。・スマホ画像で朝食の可食状態を確認。一番食べたいメロンから行ったら本日はキュウリ寄り食感繊維多め。2切れで喉残り発生。後はちょびちょびと。・今までは濃厚流動ドリンク(栄養補助ドリンク125ml200Kcal)を食前に飲んでたけど、今の嚥下状態では悠長に栄養ドリンクを飲んでたら食べたいものが食べられなくなると言ったら。点滴でエネルギー補えて
●6/22入院98日目。・夜中にタンが絡んで何度も起き。トイレ移動で揺らしたせいか点滴ポチを鳴かせ、さらに行ったトイレから戻りうっかり電源コードを挿し忘れ、忘れた頃にエサをくれとまた鳴かれ。何度も中途覚醒、寝不足の月曜日デス。おはざい。・4:50起床後、トイレへ行って帰って来るのも足に力が入らずヨタヨタでWi-Fiエリアに出るのを断念。雑なステロイド減量の影響が来たか。・10:00過ぎ頃熱血先生、医学生女子一名をつれて回診に来る。・明日からエルネオパ(栄養剤)に脂肪をプラス。1日
朝から5分粥に変更!嬉しくもあり、少し怖くもあるけど、頑張って食べよう!長い間の高カロリー点滴で、肝臓が悲鳴を上げ始め、点滴を急遽外す事に…。首から手に点滴を交換、週明けには点滴無しになる予定!1ヵ月振り…。そして朝食…何とパン!昨日まで流動食に近いメニューだったので、本当に驚き!でも久しぶりのパン、美味しかった〜。お腹も痛くならず、何とか半分ぐらい食べました。6/12朝食昼食魚が薄味、タンパクでお粥進まず…。味噌汁は嬉しかった!夕食これが今までで1番不味かった!特
早いもので5月も今日で終わりですね。振り返れば、どっぷり関節痛な5ヶ月間でした…💧あっという間に入院11日目です。経過の記録です🏥入院2日目IVH挿入、夕からサラゾピリン(関節痛への効果期待)入院3日目高カロリー点滴開始、毎日フェジンと脂肪の点滴。そして、入院4日目以降は徐々に点滴のカロリーが増えたり、サラゾピリンを増やしたり…と、このような感じで治療しております。体調は、下血もなくお腹は問題なし✨←食べてないもんね(笑)関節痛は、スタスタ歩きづらい状態と、腕や右の肋骨あた
先日の知人のFB投稿みてCVポート設置されている方の悩みを知った。あーちゃんも鎖骨下にCVポートを設置していました。亡くなる前の半年間、ほぼ口からの食事が取れなかったあーちゃんには、高カロリー輸液があの子のカロリー源でした。手を上げられなくなったあーちゃんは、胸元が広いキャミソールを着ていたので、私はその悩みを知る事がありませんでした。こんなん作れる?って、尋ねられて(画像はサイトから借用)既製のTシャツからのリメイク挑戦してみました。型紙とか無しに頭の中のイメージだけ
おはようございます😊いつもいいね👍やコメント📝頂きありがとうございます😊3月・4月と嫁さんのことで色々あり忙しい日々がやっと今月(嫁の退院後)から落ち着いて来ました😊👌しかしまだ嫁さんは本調子では無い為朝起きてくるのも遅いです😵(起きてくるまでに食器の片付けや洗濯・掃除🧹まで僕がやっています)(笑)😊まぁ二人三脚で頑張ってみます😊4月…4月🌸は僕の膵頭十二指腸切除術から丸6年経過しました😊去年担当のDrからありがたいことに『完
前回の続きで、病院のことを書いてみます。祖父母や義父母も見送ったので、いろいろなクリニック、総合病院、大学病院を見てきました。私自身も大学病院で受付やカルテ整理もしていましたので、裏のこともちょっとは見てきました(^▽^;)今回、父が最後にお世話になった病院はたまたま今年になって受診するようになりました。これまで、クリニックから総合病院へ、そのあと大学病院にしばらくかかって、もう治療できないと言われて、緩和病棟がある総合病院を紹介してもらって、数年通って、薬をもらうだけならどこか
感謝の気持ち、もう伝えた?▼本日限定!ブログスタンプあなたもスタンプをGETしよう今日は、母の日母は、認知症からのパーキンソン病を併発し数年前から入院している。食事も、刻み食から経鼻栄養になり、最近は高カロリーの点滴になった。昨日、姉から電話があり、担当医から話があると言われ、行ってきた。コロナの影響で、入口の検温から消毒を済ませて担当医の診察室へ。先月末に発熱し、高カロリー点滴を控えているとのこと。食事をしていないせいか、胆嚢に砂があり、肝機能も落ちていると。すぐにどうというわ
去年、一昨年の今頃の事はブログを見れば分かります。じゃあ3年前はと言うとまだブログを始めていなかったのですが物凄く切ない思いをしていたのでよく覚えています。夫はまだ生きていました…でも既に3月には夏まで生きられるかどうか、そんな事を言われていたのです。がんが小腸を塞ぎ腸閉塞をおこし、その時はバイパス手術が成功し、なんとか食事が取れるようになったもののそれは束の間の事でした。ゴールデンウィークの前後はバイパス手術痕の傷口から膿のようなものが出て、その消毒に車椅子で3
祝日なので特に何も無し。お昼にシャワー。まだ絶食中です(涙)ご飯の食べ方忘れそうです。浴室の鏡に写った自分は相変わらずガリガリ。萎える。入院して高カロリー点滴してからはかろうじて体重キープしてます。今のところはね。これで手術に耐えられるのかなって思うけど。耐えられなかったら耐えられなかったときだ。そうそう柔な体ではないはずなんだけどね。4回目の手術ですから(涙)昨日の夜も入れ替わり立ち替わり先生たち来てくれてどう?…だよね。みたいに話してくれる。気のせいか
志村けんさんのお兄様が亡くなったけんさんの顔も見る事が出来なかったと言う衝撃の話をされていました。コロナの残酷さが私達に伝わってくるのがよく分かりました。最後の姿をひと目でも見たいと思うのは誰しも同じ思いです。夫が舌顎呼吸になった時、もうあと数時間しか命は持たないだろうとの判断から私は夫の兄妹達にも連絡しました。今晩かも知れないと言って…最期の姿を一目見ようとすぐに兄妹達は駆けつけてくれましたが夫は深夜になっても頑張り続け双子の次兄を残して皆んなは一旦帰りました。
夫は在宅医療になった時、高カロリー点滴と胃ろうのお世話になっていました。でも初めの頃はまだまだ元気で自転車こそふらついて乗るのが怖いと言って乗らなくなりましたが、散歩にも行けたしもちろんお風呂やトイレも一人で済ます事が出来ました。普段は点滴棒に点滴薬の袋や胃ろうからの廃液を溜めるウロバッグを引っ掛けていましたがトイレにそれを持っていくと邪魔になると言ってトイレに点滴袋を引っ掛けるためのこんなものを自分で取り付けてました。ウロバッグは下に置けばいいのですが点
こんにちは本日、入院しました入院の手続きを済ませ、部屋に入ると休む暇もなく看護師さんが入れ替わり立ち代り来られる。。お昼を食べて、今、やっと落ち着きました。ほっ。。じつは最近、腹膜播種が成長して痛みが強くなってきていました。そのため、前回の入院で医療用麻薬の量を調整する必要がありました。このまま医療用麻薬でもコントロールできそうなのですが、やはり再び放射線治療で痛みの緩和を図ることになりました。それに、痛みの緩和だけでなく、がん細胞の進行を抑える効果も少しはあると思ってね。。※前回
今日は桃の節句ではありますが女の子の日でオッサンには関係ございませんので(笑)本日も通常の記録更新をば。昨日は考えがまとまらず書けなかったもんでね。(´・ω・`)3/2病院の先生からの説明があるという事で呼ばれオカンと一緒に昼から病院へ。相変わらず面会は禁止なので親父の顔は見れない状態ですがエレベーターの中で偶然にリハビリさんに会う。あれから毎日リハビリは続けてますが進展は全く無い模様。引き続きよろしくお願いしますと伝え別れる。でナースステーションに
今朝も恐ろしく寒く夜勤から帰る時はかなりフロントガラスが凍結。突き刺さるような寒気でした。ニュースで最低気温-6℃とか言ってたし。どこの北国やねん。一寝入りして昼から病院へ。オカンが先に行ってたので話をすると看護士さんから「昼間はなるべく起こしておいて下さい」と言われたとの事。相変わらず昼夜逆転で夜にごそごそしてご迷惑をかけてるんだと想像。( ̄▽ ̄;)あと今日から高カロリー点滴がはじまりすでに投与され始めてました。昨日主治医が来て足の付け根の血
いやはや昨日の夜勤は寒かった。着込んでも着込んでもカイロ貼っても全く温かいと認識せーへん。夜勤から帰宅して飲んだ味噌汁がまー美味しかったこと(笑)つーかねコロナウィルスとうとう仕事にも影響し始めた。感染者が出たとか社員の身近に感染者いたとかそーゆー直接的な影響じゃなく中国から部品が輸入出来なくなり供給がストップした事で親会社が減産をおこなったため関連企業のウチが煽りをくったって形。要は仕事量が減ったって事。水曜日~金曜日あたり休みになる部署もあったりする
腸閉塞で入院してから19日目いまだに絶賛、絶飲絶食中今週頭からはcvポート手術をして、高カロリー点滴となりました私の腸は詰まったまま…イレウス管も鼻から入ったままほんと喉も耳も痛いし、うっとおしいイレウス管早く手術して、管を抜いてー退院支援課の人がいろいろ調べてくれて来週、引越し先の病院に転院出来ることになりました点滴等したままなので民間の医療用タクシーで移動看護士付で片道3時間の予定金額も10万高いけど、家族の近くにいけるし安全になるべく身体に負担をかけず移
私の夫は闘病記に詳しく書いてますように小腸がんと言う希少がんと闘っていました。効果のある抗がん剤など無く、副作用ばかり強くて、夫は遂に無治療を選びました。その後夫が亡くなるまでの気持ち、あのときの気持ち、今でもはっきり覚えています。正直な思いです、辛い思いなので、聞きたくない方はスルーして下さいね。私はどうしても夫が死んでしまうなんて考えられませんでした。私も夫の体の力を信じ、最後まで奇跡を信じていました。高カロリー点滴で血糖値が高くなり、肝機能も悪くなった
いつもいいねやコメント頂きありがとうございます☺一昨日の日曜日午前中に僕がトイレ🚽へ入っている間に息子が起きてきてカップ麺🍜🍥のお湯を沸かすのに台所に立っていた処体調の悪い嫁さんがフラフラ💫😵🌀と起きてきて台所まで来た瞬間(バタン)と息子に寄りかかるように倒れ……💧(とうさんかぁさん倒れたから早く)っと叫び😱声…f(^^;慌ててトイレ🚽から出て来たら嫁さんは白目を向いており胸が苦しいと訴えており意識はありましたが動くことも