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昭和49年、佐賀市を訪ねた「新日本紀行」が最新のデジタル技術で鮮やかな映像に。町の至る所にある鍋島藩時代の掘り割りを愛しみ、大切にする人々の暮らしを描く。あざやかな映像によみがえった新日本紀行と、その土地の今を伝えるミニ紀行とをご覧いただく。昭和49年の新日本紀行では、鍋島藩時代の掘り割りが多く残る佐賀市を訪ねた。生活用水としても重要な役割を担っていた掘り割りの水。時代が進み、生活用水としての役割は終えたが、いまも市内の治水のかなめとして、生活に潤いを与えるものと
本家ブログ2020年10月4日投稿(テキストP32)前回から国が乱れる「4つの重い病気」偽(ギ)→嘘私(シ)→私利私欲放(ホウ)→勝手気まま奢(シャ)→贅沢三昧その中でも「私」をもう少し詳しく。民主主義の名に便乗した身勝手な一般大衆の要求エゴの風潮それがいかに危険な兆候であるかをギボンさんが『ローマ帝国衰亡史』で記述かつて文明の中心世界であったアテネ人はだんだん、わがままになり、自由を欲する以上に保証を欲するようになった彼らは、いやが上にも快適な生活を欲して
こんにちわー、メイソンです。「明治天皇すり替え問題」、これはもう定期ですし、テンプレですよね。英国植民地の日本人総督である天皇を廃さねば、真の日本独立は望めません。明治維新の混乱に乗じて、薩長と公家の岩倉が、自陣営の言うことを聞く人物を明治天皇として、英国の指示ですげ替えています。左は孝明天皇の子、睦仁、つまり真の明治天皇。右は、現在明治天皇とされている人物。別人。https://t.co/Clhes9Mm5Wpic.twitter.com/wHldOzyOpK—MadDo
朝から胡蝶蘭仕入れーそして帰宅途中にまた蘭のご注文メールが↓[銀座レフルール発]で贈られた胡蝶蘭が、今年咲いたんだって❣️素晴らしい並び方、まんま商品になりそう😊みなさんすごいですね。…というわけで、遠く離れた[名古屋の銀座レフルール]に、友人に贈る蘭をご注文くださる、というわけ✨✨✨生産者の皆様の丹精の胡蝶蘭を右から左に売ってるだけなのに、お礼を言われたり、感謝してくださったり💕なんか、自分が受けるべきでないような皆様の感謝の言葉に…ちょっと戸惑ったりしています。朝
寺名;清水山寳地院宗派;天台宗御本尊;千手観世音菩薩所在地;佐賀県小城市小城町松尾2209-1TEL;0952-72-2840延暦22年(803)桓武天皇の勅願により伝教大師最澄の名代として来山した比叡山黒谷の聖命上人により開創されたと伝えられます300余の僧坊堂宇は広永16年(1409)秋熊の兵乱により焼失寛永4年(1627)鍋島藩主鍋島勝茂公が観音堂を再建し鍋島家累代の祈願所となりました明暦3年(1657)に光茂公が奉納した「清水の絵図」は
もうそろそろゴールデンウィークですね🎏長い休みを前に心が躍るはずですが、日増しに緊張感が増しているのはなぜでしょう(-_-;)とにもかくにも、過ごしやすい気持ちのいい日が続いています☘️先日、またまたびっくりたまげちゃった本を読みましたので、ご紹介します💁おなじみの保江邦夫さんの著書『封じられた日本史』です✨この本なんですけど、江戸時代だったら間違いなく禁書、伝馬町の牢屋行きです💦よく出版できたなあと思いました😅ご本人も『抹殺される可能性が危惧されるが、覚悟を決めてお伝えします』
塚崎宿武雄温泉殿様専用の湯もあった鍋島藩
4月12日加藤清正神社ミルキーロード佐賀城吉野ケ里遺跡温泉道の駅吉野ヶ里山の上でした。
これはタイトルから予想されるような、よくある「陰謀論」本ではありません。じつは陰で悪しき力が暗躍していた、という見方ではなく、逆に、表で政治的な弾圧があったために、光明の力が、地下にもぐった、というストーリーになっています。保江邦夫先生は歴史の専門家でもない「物理学者」なのですが、(名前を出せないひとたちから)いろいろな情報がぽつんぽつんと入ってきて、それがしだいに線をなして、星座のごとく「霊的な力」の動きが見えてきた、とされています。「史実+著者によるリサーチ、ならびに解釈を優
更新止まってました🤣久しぶりのミスタードーナツ毎年の柳川駅実家近くの喫茶と食事のエル.カフェ鍋島様の雛飾りエル.カフェ柳川さげもん祭り中若松屋は初めて✨🌸初めての御花以上🙂昔の同僚と再会しました。浄化セラピーを探してたそうです。人生そんなことあるんだと思わずにいられないお話でした。年末の乗馬クリスマス後の薔薇可否道実家近くに移転してました。
久しぶりの連休だけど雨模様仕方ないのでレンタカーを駆使して遠出してきました。初めてのハイブリッド車はよく分からないままスタート今回は自分が泊まったことのない九州を選んで佐賀県を選択しました。明治維新と言えば薩摩と長州と言いますが、肥前国鍋島藩は絶対外せないからです。ここは佐賀城内の歴史館なんですが、中にいるお侍さんと、長々お話させて貰いました。薩摩の製鉄法は佐賀に学んだと言われ、当時佐賀は福岡と交代して長崎出島の警護をする上で鉄の精錬を学び出島に大砲を作った経歴の持ち主。今の
2021年3月4日木曜日今日は朝からいい天気です。朝食をすませ近所のかかりつけ医へ行く。定期の検診とコレステロールを下げる薬を貰い、血液検査。1週間後結果を聞きに来いとの事。コレステロール高いのは遺伝です。今朝の比叡山です。花粉がヤバいです。帰宅後、ガレージと玄関の掃除と門掃きし、バラと庭木に水遣りです。バラも一気に新芽が出てきました。来週くらいに、置き肥をしなあきませんなー。.クリスマスローズ満開です。サンシュも満開です。サンシュの花を見たことありますか?これは、
いちごが美味しい季節ですふと目に留まったいちごが長崎県産さがほのか???長崎なのか佐賀なのか?と思いましたが根が歴女の私は肥前国ということか…と落ち着いたのですがパックの下には重要な情報が牧島苺部会牧島は長崎のいちごの名産地ですそして江戸時代は佐賀藩…!(鍋島領ね)牧島で佐賀のものが作られるのは自然なのですあいちご凄く良い香りです勿論いいお味セリアで買ったハートのお皿に入れてみました
こんにちは幸せ上手研究家サクラ子ですサントリー美術館で「美を結ぶ。美をひらく。」観賞してきましたガラガラでしたほぼ貸し切りです。こんなご時世ですが、美しいものを見てるだけで気持ちが落ち着きますせっかくなので着物で行ってきましたチラっ。(薄紫の道行コート買いました。)緊急事態宣言が出ても出なくても、私が家に1人でいることは一緒なのですが、なんとも息苦しく感じるここ最近。(とは言えゴルフの練習など出かけているんですが、、、)上手くバランスをとるように心がけてます綺麗だ
今回は【佐嘉神社(さがじんじゃ)】のご紹介です御朱印はこちらです授与所にてお受けしました※御朱印帳に印刷の御朱印をいただき、日付を入れていただきました。(現在はご確認くださいませ)御朱印帳もいただきました鍋島藩の家紋も入った素敵な御朱印帳です【佐嘉神社】一番社佐賀県佐賀市松原に鎮座します御祭神贈従一位旧佐嘉藩第十代藩主鍋島直正命従一位旧佐嘉藩第十一代藩主鍋島直大命文化・交通・学問の神御由緒佐嘉神社境内には
2020年10月17日は兵庫陶芸美術館「出石焼-但馬の小京都で生まれた珠玉のやきもの」に行ってきました(*´∇`*)会期は11月29日までとなっています*\(^o^)/*「出石焼」とは初耳でしたが、チラシの写真を見てから気になって仕方なくて、で、行ってきました〜!なのに、第1章「出石焼の創業と清朗な青」に入って…チラシと違う…これでもかと言うほどに描き込んでいたり、レリーフがごてごてしていたり、やたらと巨大だったり。たまにシンプルなものがあるとホッとします。ここで、但馬国出石城を
有田焼を雑貨とは呼んではいけないような気がしますが・・・今回は有田焼についてお話したいと思います。「S」の項で「瀬戸物」についてお話しました。瀬戸物は字の通り本来は愛知県の瀬戸で作られ、日本全国、はたまたアメリカを主にした海外に輸出された(「O」オキュパイドの項参照)瀬戸の焼き物ですが、高度成長期以降あまりに浸透し、日用雑器の陶器類の呼び名として瀬戸産出なくても焼き物の代名詞になってしまったくらいの日用品であると言えます。有田焼は日本人なら聞いたことがない人はいないでしょうし、何気な
今日、お店に来たら、派手にやった後がありましたょガブとアイツが先に!よつばでしょーオレ知らんもん1月にマシューが亡くなって、パワーバランスが崩れています…権力争いかもですねそれすらも可愛い😍怪我しないでねー‼️今日は、小雪の病院まで、少し時間があったので、初めて‼️歴史資料館に行きました!オススメですょ😆直正公とツーショットも撮れますし佐賀の鍋島藩の活躍は、本当にビックリです❤️語られない裏歴史もありますここがまた、凄いっ日本を救ったと言ってもいいぐらいな、直正公は活
【祐徳稲荷神社(ゆうとくいなりじんじゃ)】(佐賀県鹿島市)@art.mochida.daisuke日本三大稲荷の一つに数えられる「祐徳稲荷神社」は、貞享4年(1687年)肥前鹿島三代目藩主であった鍋島直朝(なべしまなおとも)公の夫人である祐徳院(萬姫)が、鍋島家に嫁ぐ際に父である左大臣花山院定好(かざんいんさだよし)より授かった神鏡を京都より持参し、朝廷の勅願所であった稲荷大神の御分霊を勧請されたのが起源とされています。石壁山に社殿を建立し、祐
【#プロレス今日は何の日】1990年8・19新日本プロレス両国国技館ビッグバン・ベイダーvs長州力Yahoo!ニュース88年にアントニオ猪木からピンフォールを奪った長州、しかし未だピンフォールを取っていないベイダーとのIWGP王座戦!前年8月の東京ドーム大会...暁斎一門が描いた動物戯画展/埼玉県Yahoo!ニュース風流蛙大合戦之図」は幕末に江戸幕府が長州藩に攻め込んだ戦い「長州征伐」をカエルの合戦に見立てたもので、武器を持った大勢のカエルたちが...嘉瀬町百景#4
ノートルダム清心女子大学名誉教授・理論物理学者の保江邦夫先生の新刊を読みました。この手の話題は賛否両論あると思いますが、この手の話題を、名誉ある物理学者の先生が書いていること。とても興味深く読ませていただきました。「フルベッキ写真」というキーワードにピンときた方はおすすめだと思います。こまかく書くとネタバレになるので、キーワードだけにします。ご興味がある方はぜひ。イエスキリストと剣山浄土真宗鍋島藩明治天皇B29と昭和天皇祝之神事(はふりのしんじ)
是非ご覧になっていただきたい動画をご紹介します☺️お話しをされるのは保江邦夫(やすえくにお)さんという理論物理学者でノートルダム清心女子大学の名誉教授をされています。最近この方が気になり、本を読んでいました📖話の内容は、以前から噂のあった明治天皇のすり替え事件の真相です。すり替えは確かにあった!しかしある奇策によって、奇跡的に助かっていました🙌明治天皇のすり替え事件は、いろいろ説がありますが私は保江さんのお話で最終結論でいいんじゃないかと思いました。この話が真実だとすると長州藩と薩
ご訪問いただき、ありがとうございます今日は、フレディが使用していたティーカップのお話です。私は、陶器など、全く知識がなくて今からのお話は、一フレディファン、クイーンファンとしての、単なる個人的な見解ですので、どうぞお含みおきの上、読んでいただけると嬉しいですフレディが、リッジファームなどでお茶を飲んでいたティーカップ。ブロ友さんも購入されていましたねイギリスのWood&Sonsというメーカーのティーカップとソーサー(写真はお借りしています)フレディが、1986年9月26
←予告動画「究極の手仕事」と言われる「和更紗(わさらさ)」。人間国宝から気鋭の作家まで、型紙や木版を使って鮮やかな色彩を染め上げる職人の技と、和更紗の魅力に迫る!インドの更紗(さらさ)を、日本独自の染めものに発展させた「和更紗」▽煎茶の一茶庵宗家が、とっておきの和更紗を公開!和更紗づくしの茶会も!▽使う型紙は200枚以上!型紙と刷毛(はけ)の技が生み出す、極上の着物▽気鋭の職人がよみがえらせる、1400年前のデザイン▽佐賀・鍋島藩が門外不出とし
精神的にカビた道化です。゚(゚´Д`゚)゚。うわぁぁぁぁん❗️道化家のテレビが黄泉の国に旅立ちそうなんです❗️酷いときは画面半分黒く消えますどーしてくれよう……我が輩のコレクション❗️大河ドラマ黒田官兵衛風林火山武田信玄真田丸麒麟が来る日本名城特殊シリーズ連合艦隊山本五十六トラ・トラ・トラ零戦特殊戦艦武蔵戦艦大和特殊伊400と晴嵐特殊日本海海戦特殊←テレビ初公開の軍事機密会議の様子の記録を一部公開あぁ………戦国と幕末辺りのも……久坂玄瑞、吉田松
元慰安婦団体疑惑も“日本のせい”!?韓国・文政権で「反日法」制定の機運高まる“異様”識者「反日は...ZAKZAK...一部の与党議員が「親日派の墓を撤去するのは当然」と主張、親日とされる人物の墓を暴いて強制的に移葬する「親日派破墓法」を成立させると息巻いている。横浜公園球場、ゲーリック球場、平和球場……横浜スタジアム今昔/プロ野球20世紀・不屈の物語【1929...Yahoo!ニュース横浜公園球場、ゲーリック球場、平和球場……横浜スタジアム今昔/プロ野球20世紀・不屈の
〇志田焼の歴史佐賀県の南西に位置する嬉野市、ここには日本最大級の窯「志田焼」と言う焼き物文化が存在しました。江戸中期以降の佐賀県の窯業は、有田を中心とした窯業圏と藤津地区(武雄南部も含む)を中心とした窯業圏の二大窯業圏に分けることができます。塩田町には、現在、江戸期の窯跡は8カ所、明治から昭和の窯跡は36カ所、計44カ所が遺跡として残されており、この地域の窯業は藤津窯業圏の中でも吉田皿山とともに中核的存在であったことを示しています。志田焼は、肥前の国鍋島藩・本藩領の志田東山、鍋島支藩で
新潮文庫1965年初版新潮社サイトhttps://www.shinchosha.co.jp/book/110904/弘化三年丙午八月十四日に生まれた鍋島藩主の嫡男直大と同藩家老の息子松枝慶一郎、二百俵三人扶持つまり軽輩の子石内嘉門。物語は松枝慶一郎の一人称で語られます。世子が10歳で学問を始める時、同じ誕生日のよしみで嘉門も身分は低いながら慶一郎と共に学友として近習衆になります。彼らの師である儒学者草場佩川は嘉門の並外れた才知に注目し、自宅に招き、子供には難解過ぎる書物も貸し
今日は有田にちょいと焼き物のお勉強をしに行ってきたTomYum君です。我々が目にするのは、お皿とか茶碗だったり、出来上がったプロダクツで、それが好きか嫌いかでモノを買ったり買わなかったりします。でも、日常の食器って、そんなにたくさんいらなくて、好きな人は集めたりするかもしれないけど、たくさんあってもしょうがないといえばしょうがないです。伝統的産品は、機能で差別化するのは難しいので、今はストーリーだったりアートだったり、新たな価値を付加して生き残っていかなくてはなりません。とまあ、