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私の父方の祖父は大正12年生まれ、94歳で天に戻りましたが、戦争の現役の兵隊(徴兵制度で召集される年、最期)最期の年代だったと思います。なので大正12年生まれ以降の若い方は、学生で志願などしていなければ、全員出兵はしていないので、実戦の経験がない世代かと思います。私は祖父母と生まれた時から同居していた為、特に夏、広島や長崎の原爆の日、終戦記念日などによく、祖父から戦争の体験談を直に聞いていました。当日20歳ぐらいで生まれ育った京都から離れた事のない祖父が、広島から行き先も分からず船
8/5.6「トーチカの祈り」いち子は大地に住まう観音様の裾に隠れながら主たちが歩みを進める壕の中を歩きますいち子はそのままだと危ないので土地の神様と半分ずつ重なった観音様に手を引かれながら進みますたくさんのお地蔵様が涙を流しながら履物を揃えましたお地蔵様がその地に残る兵隊服の若い男に問いました「そろそろ、逝ってもよいのではないかな」男はいいました「いいえまだです。この惨劇を、私がここに残ることで皆に伝えられるのです。日出ずる国では手を合わせることの尊さがまだまだしっか
反日パヨクと強制送還されたくない犯罪在日がマスゴミを使って総力で反撃してくる中、著名な方々も韓国はおかしいと反撃をし始めた。やっと嫌いなものを嫌い、嫌なことを嫌だと言えるようになってきたな。小突かれ殴られ金をむしり取られるのはもう終わり。有色人種が独立する礎を築いた英霊たち。彼らを侮辱するアジアの裏切者、それが韓国。韓国側が謝罪してこない限り、相手にする必要なし。即断交。
8/4「白色の葬送曲」いち子は飛行機が花を咲かせ色とりどりの優しい魂を舞い散らせたのをたしかに確認しました夜中が一番の明るさになり美しい緑がただのゴツゴツとしたサンゴ礁の岩肌へと焼失してしまった日を島の神様は忘れないといいました島の海は風は太陽の光のプリズムのように7つの箱の中に様々な人々の生き様や様々な美しい動植物たちの世界をたしかに記憶しているので涙がこぼれます大きな鉄のプレートのがぶつかり合うしかなかったこの愚かな道筋で何を残し何を知恵に何を背負い輪廻していく
暗闇は物思いにふける格好の空間死を見つめ生を思い脳を巡らせ刻を揺蕩う人の生涯に興味を抱き疑念を投げかけ見聞して検分す時代と背景事象と関連理由と結末愚かしい生き様でさえ後世で偉人となれば本望か?我曰く否理に叛き個の欲するままに流れにまかせ不平を糧とするは耐え難し人として生まれたからには過去から学ぶべきは理人に接する時は義追い求めるべきは道過去の情景を照会しつつ今得た信念を明確にす亡霊英霊問いかけたもの掲げた信念明暗と対比
8/3「生産」いち子は南の島についていくので盂蘭盆のための香りの良い透明色に優しくたなびくお線香を風呂敷の中にそっと入れました主はこの国の大きな節目の凄惨を精算するこの適した時期に地で継承する己の中の凄惨も清算しその後を生きます普段普通に乗っかっている大きな大地の動きは大地だけのことではなく皆の心の中でも同じように起こりますだから内証し己の内側の大きな鉄板大地の動きに耳を傾けることや嗅ぎわけることは重要です小さな爪の先の変化を見るだけでもその元となる大きな体の内部を見るこ
こんにちはいつもブログにご訪問いただきありがとうございますいつも皆さんのイイねに励まされています(涙)本当にありがとうございますさて。タイトルのとおり昨夜また不思議な出来事が起こりました毎週お届けしている龍神カードメッセージそれとは別で実家がある奈良の家族に向けても龍神さまからのメッセージを毎週届けているのですが。その家族へのメッセージでこの3枚がジャンピングしてきたんですね。右2枚はいつものような感じでアドバイスを受け取ったのですが1番左の虹龍のカ
8・15反天連撃滅戦~反日集団から日本を守り抜こう!~残念ながら、今年も反天連や反日極左暴力集団が靖国神社の目の前で英霊を侮辱し国旗にバツ印をつけながらデモ行進とは名ばかりの日本そのものを破壊しようとするテロリズムが行われようとしています。多くの方が慰霊の為に訪れる靖国神社前においてテロリズムが白昼堂々と行われる異常な光景に終止符を打ち英霊たちの名誉を取り戻し、静かに安らかなることを願う本来の靖国神社の姿に戻す為には多くの人達の力が必要です。日本そのものに狙いを定めた反
西東京市の五龍神さまを祀る田無神社敷地内マンションに住むエネルギーワーカーの齊藤秀行です。8/15の終戦記念日に靖国神社に参拝しようと思いましたが色々ありまして^^;8/25に実家に帰る道中に参拝しました!終戦記念日の靖国神社は色々なブログ記事にも書いてありましたが警察官やらたくさんで物々しい雰囲気のようですね^^;九段下は田無と船橋のちょうど中間地点くらいにありそうな感じします。計測したことはありませんが。。。慰霊の泉だそうです。嫁さんが気になっ
命を使うと書いて『使命』私達の使命はなんなのでしょう演劇集団アトリエッジが毎年公演されている『流れる雲よ』今年で20周年たった74年前日本は戦争をしていましたそして特攻という形で沢山の方々が亡くなりましたこの舞台を観ると特攻隊の方々も本当に普通の人達だったことを感じます家族がいて恋人がいて友人がいて誰も死にたくなかった人達…やりたいことが沢山あった人達…明日を迎えたかった人達…それでも彼らが飛び立ったのは今あるこの日本…私達の為です時を越え翼となりて
9/18~9/19知覧研修旅行リマインド記事です。(心を込めて鳥濱トメさんと英霊の方を描かせていただきました)重要なお知らせ本日(8/30)日本ツーリズム協会相馬氏が電話にて鳥濱明久氏より承ったメッセージです。今回の勉強会は・・・これまで、明らかにされていなかった事で今回初めて話す内容もあるとのことそして、他団体への研修は今現在あまりされてないとのことです。ですので、今回のこの研修大変、大変、貴重な機会になります。まだ、申し
7/13の、靖国神社“みたままつり”の様子を。参道両側には、奉納された提灯の数々。御神門。拝殿。明治元年、“東京招魂社”として始まってから150年。“西南戦争”以降、国を護る為に命を落とした2600万余柱の英霊に、今、生きていられる事を感謝。
おはようございます気温が上がるそうで、朝から蝉が啼いてるしマジか?ずいぶん前からなのですが、何日も、何ヶ月も、一生懸命に思いを込めて言葉を発し続けるとその言葉が実現するの現象が起こった最近、ある名前を一生懸命に、思いを込めて発し続けてるのですが、もし、その御霊と繋がったら凄いと、ビクビクしてます。過去に、左利き、辻斬りの達人、名前が二度変わってると、いう英霊がさいとう家に来てくれてその後もまた幾人かの英霊がさいとう
スピリット………精神、霊英霊………すみません💦💦💦描きたかっただけで……💦💦💦
8月25日は八幡宮にて招魂祭!明治維新以降から大東亜戦争までに亡くなられた英霊に対して、これから戦前とならないよう平和な国であるための誓いをしました。26日は第3回定例会の開会!事前説明もありいよいよ議会が始まります。27日は歯科医師会の役員さん来庁。要望は進めて参ります!
マジでさ、日本のA級戦犯を尊敬して盲目に扱うのはダメすぎるよね。その親族だってさ、責任を感じてしまったりしたからね。表舞台にでないって感じになったり、家族にまで悪影響が出ちゃうくらいなんだからさ。それだけ大きな出来事なんだよ。あの当時にでかい態度をとりまくってきた方々を許さない気持ちにしかならない方々が多々いるのを理解する方向でなくちゃならないって。特にさ、東条英機元首相の親族は表舞台に出れないよね。そっとしとくのが1番
マジでさ、日本の犠牲を払った方々と一緒にされたらたまったもんじゃないと憤怒する英霊がたくさんいるよね。いまだに骨が揃わない方々がいるくらいなのに。イエスマンにならざるを得なくなった方々にとって中枢にいた方々は憎しみの対象でしかないよね。A級戦犯なんかさ、特に国民から憎まれたんだから。そこを見くびってはならないよね。
靖国神社の英霊は日本人だけじゃないってことを把握しなくちゃならないよね。確かに。日本が富国強兵で韓国やら中国、ロシアの一部を日本の領土にして来たのを快く思う方々があまりにもいなかったんだろうし。あの時代はやっぱり、日本が不敗神話で何もかもを強引に進めてきて、軍隊の傲慢さも相当なレベルだったんだろうと認識するよね。日本が敗れて、何を失ったかって言われたら、領土は完全に失ったよね。そりゃね。それだけじゃないよね。確かに。
なぜ?そりゃ日本の傲慢さを嫌と言うほど受け止めざるを得なかった方々の怒りはどうにもならないよ。ここに合祀されている英霊の怒りを理解できていないんじゃないの?そう感じるくらいだもの。日本の国からそれを変えなくちゃ意味がないよね。間違った選択をした。それをなんとも思わないお方が世界から非難の対象になってしまう理由をまるっきり理解しないでそれをやってしまったんだからね。
昨日、ある団体の総会が永田町にある星稜会館で開催された。その会で親しくお付き合いさせて頂いている米子在住の松村宏さんが余興としてエレキ紙芝居で「義烈空挺隊の真実」を上演された。松村さんは、パレンバン落下傘部隊を取り上げて戴いた事でご縁が出来、義烈空挺隊も演目に増やして戴いた経緯もあります。有り難いことです。正しい戦争の歴史を子供たちも含め、判り易く説明するには、紙芝居は有効な手段です。今年5月19日に靖國神社(偕行の間)で義烈空挺隊の慰霊の集いを開催した時に、松村さんに初めて演じて戴き
まいど~。8月17日、大村神社の続きです。。。うす曇の中、三の鳥居をくぐって、、、きれいな拝殿から、本殿を参拝。主祭神は、パンフレットには大村の神っちゅうて書かれてます。ご由緒に目を転じると、、、、大村の神は息速別命(いこはやわけのみこと)のことやと。この息速別命っちゅう方は、第十一代垂仁天皇の皇子で、倭姫命の弟なんやて。倭姫さんっちゅうたら、天照大神を伊勢へ導いた方ですな。その倭姫の弟なんやから、かのヤマトタケルのおじさんっちゅうことにもなる
「雨のち晴れの記」hagure1945様のエントリーをリンクさせて頂きます。靖国神社で感動の演説!ジェイソンモーガン(麗澤大学准教授)http://ameblo.jp/hagure1945/entry-12509898591.html第二次世界大戦で、なぜ日本がアメリカと戦争をすることになったのか、どんな戦いをしたのか、歴史の事実をアメリカ人の教授が語っています。ぜひ、リンク先をお読みください。
こんにちは、Makoです。昨日は、「演劇集団アトリエッジ」さんの舞台、『流れる雲よ』を観てきました。特攻隊を描いたミュージカル74年前の、特攻隊の方々を、事実に基づいて描かれていますが、新しい斬新な脚本、ゴスペルとの共演、ダンスあり…など、とても新しい表現で、素晴らしい舞台となっていました。特攻隊の方々の話は、私は悲しすぎて、今まで直視することを避けていました。涙でボロボロになるのもわかってるし…でも、親友が連れて行ってくれることに。観念して、いざ劇場へ。もち
今朝東京は雨が…この4日東京では雷雨多数おまけに涼しかったらしい此方鎌倉は連日真夏日でお陰で掃除等は捗ったがこれじゃ避暑にならないよ帰京して甲子園決勝戦深紅の大優勝旗は北陸には未だ渡らず履正社が初優勝で幕☆Nスペ2・26鎮圧への天皇の関与それら海軍極秘事項が最近になり発見された…海軍中枢部は事前に陸軍から2・26事件全容を知らされてた昭和天皇の2つの後悔は玉音放送文中の本音削除と2・26事件鎮圧関与だったしかし戦後74年目になり今頃になってそんな史実が
8月の終戦記念日前後に嫌なニュースばかり続いたけれど、心清らかな動画です。誠実な優しい良い目をしていらっしゃる。「戦う必要がなかった」。。。アメリカは中国を助けるために戦う必要なんて本当になかったのです。歴史を直視とはこういうことでは?靖国に祀られているのは、戦犯どころか英雄です。朝鮮半島・中国・インド・台湾・フィリピンなどアジアの周辺諸国から、白人の帝国支配を追放するために勇気を持って、命をかけて、戦いました。日本人
先日、毎月18日は世田谷観音にある特攻観音堂での月次祭について書き込みをしました。意外に反応が大きかったので、詳しく内容を付け加えます。毎月18日14時〜から始まります。通常、参列者一同で般若心経、特攻観音経他を唱えることになっている。般若心経は多く人が知っておられるが、特攻観音経は耳慣れないお経ですが、この観音様のために、どなたかが創られた。当時の世界情勢や日本の置かれた立場、将兵達の国を守るために立ち上がった心理状態を素晴らしい言葉で描写されている。このお経を読むだけでも大東亜戦
戦時中に死ね、と言われて死んだものを英霊だなどどいうバカは率先して竹島に行けばいい。アホには使い道がない。ましてや、死ね、と命じた奴らは戦場ではなく裁判で死刑にされた。そんなゴミと命令されて死んだ人を同じ場所に祀るのもバカ丸出し。
20日盆も終わり、ご先祖様も帰られました。今年のお盆は、非常に濃い日々でした。ご先祖様と一緒に過ごしていたんだと思います。14日(水)フォルツエアーお休みなのに私1人のために、お店を開けてくれたミッツーこと、長崎満さん✨ありがとう✨15日は、終戦記念日英霊の鎮魂と平和への感謝の祈りお参りを済ませると、心地よい風が国旗をはためかせてくださいました。16日(木)ご先祖様に導かれ、素敵なお店を発見💕この日は、ナビで行く店を決めたのですが、ことごとく、予約で一杯💦😭どこに
77年前の昭和17年8月21日、北海道旭川に遠く南方から全滅した一木支隊が魂魄となって部隊へ帰還した。一木清直大佐率いる大本営直轄の一木支隊(第7師団の歩兵第28連隊を基幹とする)約2,300名は、当初ミッドウェー島攻略部隊に充当されていた部隊であったが、1942年6月のミッドウェー海戦で日本軍が敗退したことで攻略作戦は中止となり、一時グアム島に休養を兼ねて留め置かれていた。同年8月7日の連合軍ガダルカナル上陸が始まると内地転属が解除され、そのままトラック諸島へと輸送