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皆さん、ご存知ですか先日5月1日、全日本刀匠会会長の三上貞直刀匠より次のようなメールを頂きました。日本刀愛好者の皆様には是非知っておいて欲しいと思いましたので紹介させて頂きます。今日は何の日昭和27年5月1日栗原彦三郎氏が組織した「講和記念刀奉献会」が、刀剣製作の申請を高橋竜太郎通商産業大臣に申請した日です。昭和20年の終戦後、日本刀は単なる武器ではないことを訴えて、美術品(ofjectofart)としての日本刀の所有は認められ、廃棄を免れたのですが、武器である日本刀の製作は禁じら
本日、用があって備前長船刀剣博物館に行くと博物館付設の「刀剣の里」の鍛錬場では刀鍛冶になりたい人を対象とした美術刀剣作刀技術実地研修会が行われていました。いちばん若い研修生は高校生。この研修会に参加するということが刀鍛冶への第一歩となってぜひとも、夢を実現してほしいものです。まず飛び込めです。
前回の刀剣コラボ企画【写真Fスタッフルーム提供】笑顔いっぱい♪リニューアルして、「刀剣ファン憩いの会#1」やります!《新撰組・沖田総司が使用していたとされる打刀「大和守安定」を展覧!刀剣商の若主人から鑑賞作法を直接伝授》詳細研ぎ澄まされた刀身、凛とした佇まい。そんな日本刀の姿に美を感じる人は多いことでしょう。此度は刀剣ファン必見!新撰組・沖田総司が使用していたとされる打刀「大和守安定」の展覧(撮影可)講談師によるその背景にある歴史と、刀剣商の若主人が鑑賞作法をお話します。
今日で、8月も終わりです。広島は朝晩はだいぶ涼しくなってきましたよ。頼山陽史跡資料館で開催されていました【現代刀を愉しむ】展が27日の日曜日で終了しました。刀を愉しむ…愉しめているかな⁉ってふと、思い、今日はつらつらと書いてみますね。当たり前ですが、刀は武器で、現代生活では、刀を【使う】事は先ずありませんよね。私は、美術刀剣を鑑賞し、居合いで真剣を振り、実際に試し斬りをし、研ぎます。おそらく、一般社会人と比べて【カタナ】に近い側のオッサンですね。夢中で稽古する自分、刀を鑑て、
梅雨も明けましたが、カラっと晴れる事もなく、朝からジメジメ蒸し暑いです広島の昨夜は、カープの試合と宇品港の花火大会でごったがえしてまして…💦毎年この日は【日新館泡の会】です宇品で稽古する私達は交通規制を受けますので稽古を休みにして親睦を深める【泡の会】を開催します…まあ、飲み会ですね(笑)⏬こんな感じ飲み放題・食べ放題でお腹いっぱいになりました~(笑)一夜明けて、朝から刀の手入れしました。と云っても鑑賞用の美術刀剣ではなく、居合いで使う刀(真剣)のほうです【濃州関住兼則作之
5月20日(土)刀剣コラボ講談辻芝居編会場.ナカノバ食堂中野区中野3丁目34−4イスクラ中野ビル2階18:00~開場18:30~開演前座一龍斎貞奈・塚原卜伝「無手勝つ流」宝井琴屯・今昔物語「間違えられた魂」刀剣講談(35分~40分)神田山緑日本名刀伝より「長曾根虎徹」~辻芝居~刀剣コラボ辻芝居劇団おひさま冒険団(15分)演出香取大介制作たまゆり笑出演吉良竜矢林隼平五十嵐育也豊川未智20:00~講談師&劇団員との交流懇親会(22:00
他にもたくさん御紹介しています。詳しくは美術刀剣刀心WEBサイトをご覧下さい。
5月公演決定第二弾【THE講談】inナカノバ食堂5月26日(土)刀剣コラボ講談…本日は真剣鑑賞編18:30~開場19:00~開演●前座(30分)宝井琴屯今昔物語「間違えられた魂」田辺いちか三方ヶ原「湯水の行水」刀剣鑑賞講義(30分)美術刀剣店「勝武堂」若主人大平将広「はじめての刀剣鑑賞作法」※鑑賞作法実演講義の後は、実際の刀剣に観客の皆さんにも触れていただきます。刀剣講談(30分)神田山緑日本名刀伝より「長曾根虎徹」20:30~講談師、刀剣商
http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/wakizashi/347/00.html備後三原一派の宗久は、永正頃と天正頃に同銘が二名確認されています。備後国三原派は、備前・備中の両国に近いが、備前伝及び山城伝いずれの影響も受けず、鎌倉末期より室町末期まで一貫して大和伝を遵守しています。従来は、正家が祖であるとされてきましたが、同工の年紀入りの作刀がいずれも南北朝期である為、最近では鎌倉末期の国分寺助国を祖とするという説が有力となっています。三原派は
http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/wakizashi/346/00.html研ぎ身で白鞘、拵、ツナギと、全て揃った小脇指(寸延短刀)です。特に手をかける必要なく、現状のままお楽しみ頂けます。刀身の白鞘から拵への入れ替えなど、これから刀剣趣味を始められる方の刀剣取扱作法練習用としても最適な一振です。※切羽は全部で四枚。裸身重量262グラム。拵に納めて鞘を払った重量405グラム。
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脇指越前住相模守藤原國綱http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/wakizashi/338/00.html越前国相模守国綱は家康に仕えた康継によってその名を知られる越前下坂一派の刀匠で初代兼植の門人。俗名を多兵衛尉と云い、江戸での作刀もあり越前新刀の良工として、また、師の兼植と共に業物としても有名です。下坂派の祖は安土桃山時代の天正頃(1573年頃)の近江の西坂本下坂に住んでいた、「下坂八郎左衛門」と言われ、越前康継の父または兄とされています
刀無銘~拵新調済み~http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/katana/544/00.html杢目肌、鎬地と刃縁柾がかり少しく肌立つ。匂口明るめの小沸本位の互ノ目乱れを概ね三つ一組に焼き上げ、刃縁盛んに砂流かかり、金筋交える。附属の拵は新調したばかりで一切のガタツキ無く、武用刀として存分にお稽古にご使用頂ける状態です。縁頭と目貫は気が利いた現代金具を用い、鐔は江戸期の本歌を装着。柄は親鮫を一枚ぐるっと巻いた贅沢な腹合着に、柄巻きは黒正絹柄
備州長船住祐定天正三年八月日http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/katana/543/00.html末備前を代表する刀工祐定。同名工が多数居り、江戸期に入っても脈々とその名と技術は受け継がれました。この刀は、指表の杢目肌がきめ細かく美しく、刃文の構成は互ノ目丁子を三個一組に焼き上げ、乱れの谷に太い足が入り、金筋入り、砂流がかかるなど、刃中の働きも豊富に見られ、貝交じりの豪華絢爛な若狭塗鞘が目を惹く拵が附属しています。お値段もお求め安い価
http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/tantou/143/00.html短刀無銘(千子)~村正一派の短刀~刀剣趣味人でなくともその名を知る者が多い千子村正。この短刀は村正個銘極めには至らなかったものの、村正を含める千子派と極められた短刀です。千子村正は南北朝時代の貞治より銘鑑に名を連ねます。現存する在銘品は室町時代中期に入ってから見られ、年紀の入りの作は文亀から天文までの五十年間に及び、この間、初、二代あるとも云われています。この時期の俗
http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/tantou/142/00.html短刀駿河守藤原盛道初代駿河守盛道は慶長頃の美濃の鍛治で同時代の美濃国岐阜の鍛治としては陸奥守大道と双璧をなす名工です。数代続いており本刀はその代別が記載されておりません。
http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/katana/537/00.html刀陸奥運寿兼友作慶応三丁卯秋会津兼友は銘鑑を紐解くに、元禄から明治まで七代に渡ってその名跡が続いており、この作品は幕末に活躍した五代兼友の作と鑑せられます。この頃、会津藩は悲劇的な運命を辿ります。戊申戦争では一ケ月にもおよぶ会津城籠戦を凌ぎ、兼友、長道、道辰ら会津の刀匠達は弾丸の製造に尽力。十一代会津兼定は城外に討って出たとも伝えられ、一藩総力戦ともなった戦いは、白
http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/katana/536/00.html刀濃州住兼光美濃の兼光同銘数人あり。該当刀工については不詳ですが、上の出来から鑑ても美濃伝の作であること間違いなく、銘も雰囲気良く感じます。元先の差開き、切先やや延びごころの体配が美しく、手持ちバランス最高で、片手操作の居合形稽古にも最適な一刀。地鉄は杢目よく練れて総体に白気映りが立ち、匂口明るく冴え、美濃伝ならではの尖りごころの互ノ目を焼き、乱れの谷には幾重にも砂流
http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/katana/535/00.html刀和州斑鳩住源貞弘鍛之模名物二筋樋貞宗昭和五十七年八月日本名喜多弘。月山貞勝門人で、人間国宝であった故月山貞一とは兄弟々子の関係です。鍛錬場は大和斑鳩法隆寺の近くに有り、昭和44年の毎日新聞社長賞を初め、新作刀展では数々の栄誉を受け、晩年は奈良県の重要無形文化財に指定されました。貞弘刀匠は当時、古作写し、特に相州伝の刀を作らせると右に出でる者は無いと、刀剣界の大家
http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/katana/534/00.html刀肥前國住忠時作肥前國住忠時作…銘鑑を紐解くに該当する刀工は見当たりません。銘鑑漏れの脇肥前刀工でしょうか?中心尻に向かってたなご腹ごころにすぼんでいることや、肥前刀工が大刀には太刀銘に銘切るのに対し、刀銘になっている点などが気になります。或いは肥前刀とは無縁の刀工でしょうか。旧家からのうぶ出し委託販売預かり刀で、これまで未鑑定故に銘の真偽に関しては、然るべき鑑定
http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/katana/532/00.html特筆すべき疵欠点無し。小板目柾流れの地鉄良く練れ、中直刃匂口明るく、刃縁に細かな働きが随所に見られ、鼠足、打除、稲妻等顕著。お求め易い価格で御案内致しますが、価値低い御刀ではございません。刃中の働きが楽しめる優刀だけに、然るべき研磨を施していただき、はばきや白鞘を新調して頂きたく、その諸工作代金を考慮しての低価格設定です。つきましては試斬目的で御購入される方への販売はお
http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/katana/531/00.html寿命(としなが)と極められた一刀。うぶだし品につき所々に変色程度の錆が出ていますが、非常に良い研磨がなされているため、敢えて手をかけずそのままお楽しみ頂ければと思います。緻密に練られた地鉄は柾目目交じりで肌立ち、そこに一際黒い地鉄交じっています。匂口は明るく冴え、刃中も深く沸え砂流や金筋などの働きが顕著。昭和26年の大名登録刀で、都道府県名での登録ではなく、文化財名義での登
http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/wakizashi/331/00.htmlhttp://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/wakizashi/332/00.htmlhttp://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/wakizashi/333/00.htmlhttp://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/wakizashi/334/
形が活きた形になるように稽古することが大切。形を真似るだけでは踊りにすぎない。打太刀、仕太刀、それぞれがどういう状況にあるのかを把握することが必要。単に形手順通りに打ち込むのではなく、隙を見つけた瞬間に打ち込むことが打太刀、仕太刀共の稽古になる。
刀駿河守藤原盛道http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/katana/530/00.html
大磨上無銘(金房)http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/katana/529/00.html金房派は大和五派(尻懸、千手院、当麻、手掻、保昌)のいずれとも関係が明らかではないものの、手掻派の末とも言われる室町末期に奈良に隆盛をみた一派です。作風には伝統的な大和伝は鑑られず、身幅の広い先反りのついた末備前、末関などと共通する打刀姿であり、刃文も互ノ目調の大乱れで匂口が沈んだ感じの物が多く見られます。本刀は無疵無欠点にして、直刃調子に小乱れの大
将平作http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/tantou/140/00.html藤安将平刀匠は昭和二十一年福島県伊達郡生まれ。昭和41年長野県坂城町の刀匠、故人間国宝、宮入行平師に入門。昭和50年福島県立子山に鍛刀場を開設して独立。以後作刀の研究修練を重ね日本美術刀剣保存協会優秀賞3回、奨励賞6回、努力賞7回を受賞。平成2年には日本美術刀剣保存協会会長賞受賞。同14年日本美術刀剣保存協会寒山賞を受賞。尾張熱田神宮、奈良護国神社など多くの神社で奉
備州長船守久http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/tantou/141/00.html銘鑑を紐解くに、守久は南北朝時代貞治頃に活躍した者を初代、南北朝末期から應永にかけて活躍した者を二代として紹介されています。本作は日本美術刀剣保存協会による鑑定で、後者である二代と思しき鎧通しです。杢目肌少しく肌立った地鉄には、備前等の代名詞とも言うべき映りが総体に立ち、匂口明るく冴えた互ノ目を焼いています。長らく大阪のコレクターが愛蔵した一刀で、うぶだしの名