試験は権力の行使にあたって可視性という経済策を転倒する。伝統的には権力とは、見られるもの、自分を見せるもの、自分を誇示するものであり、権力が自分の力を発揮するさいの動きに、逆説的にだが、その力の本源を見出すのである。その権力を行使される相手の人々は、闇のなかにとどまるかのように人目につかなくてもよく、もっぱら彼らは自分たちに譲渡されるあの権力上の分け前からしか、もしくは一時的にそこから入手する権力上の反映からしか、光を与えられてはいない。ところが規律・訓練的な権力のほうは、自分を不可視にすること