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昨日、今朝の投稿に続きご縁参拝の話になります*1月3日の夜中正確には日付け変わった4日の1時半頃いつものようにパートナーの排泄で目が覚めたときのこと目が開くか開かないかくらいの目が覚めた瞬間ほんの一瞬のこと突然白山権現とメッセージが降ってきましたえ?白山権現?ってパートナーに話しかけそうなくらいいやパートナーがしゃべった?くらいのはっきりした言葉で驚きました(^^;;次の瞬間三年前の1月に一度だけ参拝したことのある神社が頭に浮かびました昨年秋
同行した先達グループのほとんどの人がせりわり禅定初体験のようでしたが、私にとっては二度目でした。先導した今治のNさんは何度も岩場を登っているようですが。私が初めて行ったのは大阪府在住のSさんらとの「早回り遍路」の時で、三月のことでした。ちょっと寒かったのを覚えています。その時は「せりわり禅定」の行場の入り口までの山道に三十六童子の像と、納札を入れる入れ物があって、岩屋寺の納経所でいただいた「せりわり禅定」お参り用の納札を一つずつ納めたのでした。今回は八月。暑い季節ですが、深い山
11月17日(日)滝祭り白滝公園内に祀ってある白山権現さまのお祭りです。早朝は、肱川あらし吹き、白滝もすっぽり白いベールに包まれていました。その後、日差しが差し始め一気に気温が上昇正午、野口雨情歌碑前で愛の葉ガールズの四人がお餅を観光客に配布午後2時前、貴船神社から子供みこしが到着絵の葉ガールズも参加して神事を行いました。、神事後は、商店街を練り歩きました。もみじ亭横の広場では、午前11時~午後3時まで絵の葉ガールズが、ソロ、グループで歌って
柏原の玉手山あたりはかっては死者の世界とみなされていたというお話もあるようです。。。玉手山古墳群のある玉手山の西斜面に伯太姫神社は御鎮座されていらっしゃいます♪主祭神は伯太姫命伯太姫神社は江戸時代は白山権現と称していたらしいです…白山さんと言えば菊理姫♪菊理姫命は伊弉諾尊が黄泉の国へ伊弉冉尊を迎えに行った時お互いのお話を取り持ったということで縁結びの神様であり黄泉比良坂にいらっしゃって死者と現世界との話を取
10月27日糸魚川。『道の駅マリンドリーム能生』最初の目的地『奴奈川姫の産所』を訪れたわたしたちは、そのあとのランチを堪能すべくこちらを訪れました。カモメちゃん、人間が来ても逃げません。なぜ?カニちゃん、食べ放題をこの日行なっていたけど、おとなしく、カニウニ丼を食べたわたしたちなのでした。そのとき!ある方からのメールが入っていました!以前、富士山で行ったイベントに来てくれて、それ以来、何かとシンクロが続きメールでやりとりさせて頂いた新潟の『メグちゃん』から
また石仏を巡り、だんだん山に入ります。山口三権現は場が違いました♪大きな石もまわりにありました。・山王権現大物主命大山昨命・白山権現白山比命菊理姫命・湯屋権現大山祇命だそうです。なんだかすごそうです。Uターンのような道を巡りまた元の道に戻ってきます。稲刈りしている風景はいい感じでした♪つづく
読みに来て頂きまして、ありがとうございます【桜咲くらんど】のA氏Mさんと、総勢6人で7月上旬に富山県の雄山神社中宮へ行きました正式名称は、雄山神社芦峅中宮です✨鳥居入って右手に手水舎があります龍神さんの口から水が出ているタイプです~(写真撮り忘れ)皆でさんに、「こんにちは~!」Mさん、びっくり(龍神さんが)「『白山権現の』だってぇ~」「白山権現さんの波動でも、憑いてるのかしら」(
富山県南砺市上梨に鎮座する白山宮です高い樹木に囲まれ神聖な空気に包まれた白山宮。普段は公開されていませんが、秋のこきりこ祭りの時にだけ目にすることができる白山宮本殿は、富山県内最古の木造建築物です。本殿内には白山権現菊理媛命(はくさんごんげんきくりひめのみこと)が祀られており、33年ごとに開帳されます。奈良時代初め、泰澄大師(たいちょうだいし)が人形山の山頂に建立したものを上梨白山宮に移築したとされており、その遺構は一間社流れ造り(いっけんしゃながれづくり)で、正面中央の「蟇股(かえ
さて!七月です。.+:。ヾ(◎´∀`◎)ノ。:+.(私のブログの中ではですよσ( ̄∇ ̄;))周南市大河内地区の奥にある寺さんに行って来ました。(‐人‐)ナムナム今年は梅雨入りが遅くまだ紫陽花が綺麗でした。*。・+(人*´∀`)+・。*こちらは虎ヶ岳の登山口として登山家の方々に有名な場所です。そのためか水もとても綺麗でしたよ~ヽ(*´∀`*)ノさぁ!今回の目的はこちらのお寺さん(*^ー^)ノ立派な山門の常安寺さんにある有名な家臣のお墓参りにやって来ました。(‐人‐)ナムナムあ
8月9日午後1時より四万六千会光明供施餓鬼法要が、私のブログでは、3回目の登場となる”書写山圓教寺”で執り行われる…との情報を偶然にキャッチしました。なんと!四万六千会光明供施餓鬼法要で観音様とのご縁が結ばれる!…だけではなく、この1日で四万六千日毎日詣でた功徳を頂ける…そんな貴重な日。なんて贅沢っ恥ずかしながら、私は今までこういう日が仏教にあるなどと全く知りませんでした一生の功徳=一升のお米は四万六千粒との意味があるみたいです。(仏閣によって、行う日にちは違うみたいで
前ブログより、呼ばれてる〜…という気持ちが否めない(笑)行こうかな…とは、思っていたんですけどね…。最近、喉がちょっと痛い…。クーラーや扇風機で喉を痛めて体がダルい感もある……何でしょうね?この日は…(笑)よし!やっぱり今日行かねば…と、行って来ましたょ、圓教寺。でも、突然思い立ったので、今回は行き戻りロープウェイですが。天気も良くて、山の上だと言えど、日向は、暑かった…(笑)そー言えば、参道では蝶々やトカゲも出て来てお出迎えしてくれ、嬉しい気分に摩尼殿「西の比叡山」とも
週末は白山へお詣りに行ってきました。本当は山伏の先輩方と槍ヶ岳の予定でしたが、台風の影響でキャンセルになりました。ということで影響の少なそうな白山に。(白山は今週の予定でしたが前倒しで)加賀國、越前國、美濃國にまたがる白山。開山の歴史をたどると当時は越前國だったので個人的には越前國としたいところですが、現在は白山の主峰の御前峰には加賀國の一の宮である全国の白山神社の総本宮、白山比咩神社(元白山寺白山本宮)の奥宮がありますので加賀國としておきます。ウィキペディア
仙波東照宮にやって来ました。小高い丘の上にあるようです。階段を上っていきます。三つ葉葵。阿。吽。ちょっと家康に似てますね。家康は駿府城で亡くなり、久能山へ葬られました。遺言に従って、一周忌後に日光山へ改葬されます。その途上、ここ川越の地で4日間に渡って法要が営まれました。俗説では、家康は天ぷらに中って亡くなったと言われていますが、直接の死因は胃癌だったそうです。山門から喜多院を出ます。山門前に天海大僧正の像が建
7月13日土曜日小雨・霧雨〜夜雨川越〜自宅近くまで。夜の荒川土手は通らず、街中をゆっくり走る。喜多院❤️建物拝観&五百羅漢拝観、有料。見応え有り!家光誕生の間・家光の跨った馬の玩具・将軍用のトイレ、湯殿・春日局化粧の間などなど。建物内は撮影禁止ですが、濡縁からの庭の撮影OK♪↑お次は、五百羅漢参拝❤️500体以上有る羅漢様の中に、自分の知っている方に似ている羅漢様が有るそうです?喜多院を後に、道向こうの日枝神社へ❤️↑赤坂日枝神社の本社。無人。角地
一昨日登った「能郷白山」はその名の通り白山と関りが深い。先日登頂するまではなんとなく「同じ白山の名前が付いているし、何かしら関係があるんだろうな」程度の認識だったが、改めて調べてみると関係性が分かって面白かった。白山を開山したとされる泰澄大師は西暦717年に白山を開山、その際に白山山頂の御前峰から見えた能郷白山に翌年登頂、開山したいうことらしい。そして泰澄大師は718年に白山権現を能郷白山神社に分祀、現在も能郷白山の山頂に奥社が置かれている。(昨年の台風で社は吹き飛んでしまった
姫路市・書写山圓教寺に写経した後、書写山山頂で素晴らしい景色を眺めた後、進んで行くと…、、、神社がありました。さて前ブログのつづき。そこは白山権現神社(十一面堂)と書いてあった。こちらの神社の由来が書いてあった。性空上人はここを第三の吉所として六根清浄の行をつんで心眼を開いたとされるそうだ。そして性空上人入山以前より素戔嗚尊(スサノオノミコト)様を祀る堂があったらしい。素戔嗚尊がこちらの峰で一宿されたと伝えられ、故に「素戔の杣(すさのそま)」と呼ばれたとの事。御本尊は十一
さて、円教寺さんに入るには、入山料が必要です。最初は、千円の文字が見えて、驚いたのですが。それは、広い、広い境内をマイクロバスで移動する場合でして。入山料としましては、500円なのです。な、何とか、銭湯代、ビール代、帰りの電車賃まで残せそうです。どんだけ、貧しいねんっ早速、歩かせていただきましょう。千手観音像が、たくさん並んでいる参道を上がっていきます。思ったより、見晴らしが良いですね。周りに、高い山がないからでしょう。仁王門まで、やってきました。正式には、ここからが境内と
曇りですね。晴れ間もありましたが。風も強く洗濯物がパタパタ今日は、白山神社に行ってきました。1ヶ月前、なんだかの縁が浮かび、ようやくの参拝。紫陽花も、まだ青々してました。ふむ、静かで、少しさみしい。不思議な感じでした。思うようにフラフラっとしてました。不審な…感じるにはそれが一番でしてどうでしょう御縁、結べたかな。まずはご挨拶なぜ、菊理姫様なのか。今は疑問に思わず、御縁ですから。来月紫陽花まつりあるようです。御朱印をいただきました。御言葉は中吉でした。祓えた
嫁が、薬膳教室なので、紅葉シーズンに一度行った圓教寺へ一人参拝。西国三十三所のうち最大規模の寺院で「西の比叡山」と呼ばれるほど寺格は高く中世には、比叡山、大山とともに天台宗の三大道場と称された巨刹である京都から遠い土地にありながら、皇族や貴族の信仰も篤く、訪れる天皇・法皇も多かった。(Wikipediaより)西国第27番で、ご本尊は、如意輪観世音菩薩様です。ご本尊はご開帳されてませんでしたが観音経、般若心経、大般若経を奏上仏様へのお経なのですが、同時に自分自身の魂
ご訪問ありがとうございます神功皇后小山田邑斎宮の後は、同じ久山町に鎮座している白山神社に伺いました。こちらは石川県の白山比咩神社の元宮という噂があるらしいです。(コメント欄にて天伴さんが教えてくださいました)GoogleMapで周辺を見ますと、遺跡や古墳が点在している土地ですから古来より何かしら重要な場所とされていたのかもしれません。はくさんじんじゃ住所:福岡県糟屋郡久山町久原188駐車場は県道547号線沿いにあります(2,3台可)✱鳥居✱これより参拝させて
今日は、「岩木山信仰史」から岩木山は桃源郷を紹介する予定でしたが、白山比咩神について書きたいと思います。今、「白山信仰史料集」を読み込んでいますが、私が、この本を知る事が出来たのも、「円空と瀬織津姫」の著者、私が大好きな菊池展明氏のお蔭です。この二つの本を今併読しているのですが、「円空と瀬織津姫」に曹洞宗の螢山禅師が正和元年に創建した永光寺は、鎮守堂に「仏法大統領白山妙理大権現」という銘をもつ神像をまつっている。曹洞宗開祖の道元が入宗中、太白山山麓の天童山景徳寺において「碧巌集」を
琅扞(ろうかん)の珠をとかしていまだ足らずなに秘めたりやこの湖(うみ)のいろ九条武子今日、「水神竜神十和田信仰」小舘衷三著を読み終えました。この本は、冒頭に紹介した九条武子のこの歌から始まります。とても奇麗な歌なので、紹介しました。それ程、神秘的な湖なのでしょう。この本は、岩木山信仰、多都比姫神について書かれた本ではありませんが、今日は、この中からいくつか話を紹介したいと思います。曹洞宗と竜神道元は入宋中、常に白山権現が
ミツバチ、こわい?▼本日限定!ブログスタンプあなたもスタンプをGETしよう小さい頃に、何バチか知らんけど刺された事があるので、以来どんなハチさんも苦手やねんハチミツは好きやよども…おこんばんは〜〜今日もお疲れさまです早や週末…⁉️実は、今週の火曜日辺り…一体今、何曜日ってなってました…完全に曜日感覚が麻痺していて、何だか時間の流れについて行けていないというか…シッカリせんとね😅今日も寒い1日でしたほんじゃ〜〜3月7日(木)朝ごはん。パスコくるみフランス(ピーナッ
恵子ちゃんのお陰で、今回の神社巡り☆は、助手席に乗るだけの、導かれる道案内される神社巡り☆だ『白水神社☆着いたょ』恵子ちゃんが、そう言って車を停めた『恵子ちゃん車もうちょっと先に止めた方が、カーブだから、危なくないかもね』私がそう言ったら、恵子ちゃん『あっ…ごめん今、動かすわぁ』そう言って車を移動させる瞬間……私…目が合ってしまった車を停めた川の向こう側に、大きな木があり、その根元に祠がある…『目が合っちゃった恵子ちゃんが、此処に車を停めたのも意味があったんだね気に
【能生白山神社】(のうはくさんじんじゃ)■御鎮座新潟県糸魚川市大字能生7238■創建(伝)崇神天皇11年■御祭神・奴奈川姫命(ぬながわひめのみこと)・伊佐奈岐命(いざなぎのみこと)・大己貴命(おおなむちのみこと)【手水舎】正式名称は、「白山神社」【秋葉神社】【天井板雲龍図】【
四国の記事を・・・と思っていましたがその前に善峯寺(よしみねでら)で毎月第2日曜日に御本尊さま御開帳されますので参拝いたしました長元2年(1029)源算上人による開山天台宗単立寺院です。善峯寺山門(楼門)皇室の御崇敬を受け、また多くの親王が篭居されましたお寺です。室町時代には僧坊52に及びますが応仁の乱で多くを焼失。生類憐みの令で名を広めた徳川五代将軍綱吉公の生母、桂昌院(けいしょういん)が大檀那となり復興にご尽力されました。手水舎青竹のずっ
昨日は一人で書写山へ。書写山は、姫路の人じゃなくてもラストサムライのロケ地でご存知の方も?トム・クルーズはヘリで来たそうですよ。時々、無性にどこか登りたくなるけど、夫君は仕事だし、休みは休みで薪狩りだし、日曜は雨らしいし、行くなら今日!一人でサクっと行けるところ、自宅から車で30分、書写山!!明るい岩尾根っぽいところを歩きたくて、ロープウェイ下の駐車場に停めて東坂へ。東坂途中で、仕事のはずの夫君が待ち伏せ!?駐車場から30分ほどでロープウェイの山上駅ほどなく仁王門
読者のべっぴんさん方新年あけましておめでとうございます。本年も宜しくお願い致します。昨年から白山比咩神、小白山別山大行事について書いてきました。菊池展明氏は「円空と瀬織津姫」の中で別山大行事が瀬織津姫命の事と説いておられ、その根拠とされている事を紹介してきました。そのうちの一つに静岡県掛川市にある大行事神社の御祭神が瀬織津姫命であることを挙げておられます。また、同じ章に福井市比口町にある川上神社のことも紹介しておられますので、そちらを紹介します。川上神社の由来