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ようやく仕事も少し落ち着いてきた今日このごろ。だけど不況の波がじわじわとワークママを苦しめる…時短勤務の立場の弱さよ。私も定年までと思っていたけどそうもいかないかもしれない。今更子供抱えて時短勤務で雇ってくれるところがあるんだろうか。東京ならまだしも…いざ切られることになったら腹くくるしかないよなー。明日は我が身…。とまあちょっとした愚痴も書きつつ。前回でほぼ治療の内容は書き終えたかなと思います。治療は辛かったですが、命あってこそ。もしリン
現在放送中の「ドクターX」、2017年の連ドラで一番の視聴率らしく、ご覧になっておられる方も多い事でしょう。この番組は「コードブルー」と同様、専門用語がたくさん出てきますが、特に大切な部分は、図解して一般人にもわかりやすく説明してくれるので、まだ理解しやすいのではないでしょうか。ただ第4話「OPE.04」では、少々わかりにくい所があったかもしれません。今回は、これについて解説します。30歳前後(と思われる)の女性が、肝臓癌で入院となりました。しかもこの患者
今年もあの人の誕生日がやってきた。私にとって忘れられない患者である。にほんブログ村
小林麻央さんが亡くなってから、がん治療に対する認識が、改めて見直されています。あの週刊現代(現代ビジネス)すら生き残りを賭けて、西洋医療否定の極論記事に走った結果、週刊誌売り上げ第2位になりましたが、今度は手のひらを変えて、代替医療の否定に走っております(その後、再度極論へ)。業界でも「がん免疫細胞療法」などエビデンスのない自由医療に対して、明らかに風当たりが強くなっています。さて今回は前半に、アメリカ在住のがん研究者(専門は脳腫瘍)で、脳外科医のFacebook記事をご紹介し
だいぶ期間が空いてしまった。年末まではたぶん仕事忙しい…仕事は時短勤務ですが毎日やることいっぱいで時間が足りない。そして帰ってからは子供2人のお世話して家事して次の日の準備して…ってやってるともう疲れて寝ちゃう。仕事終わって保育園にお迎え行くまでってなんかものすごく頭のモードを切り替えしなきゃいけなくてその状態がふしぎな感覚。自転車で12~3分で保育園に着くんですが、景色みたり音楽聞きながら行くうちに着いちゃって、子供の顔見たら家(育児)モードになってます。そして
ずいぶん間が空いてしまいました。最近仕事も忙しいし夜は疲れて子供と寝落ちするしで…ブログって考えをまとめながら書くから難しいよね。放射線治療とは。癌細胞を放射線で焼殺する治療です。めっちゃ荒々しく説明するとこんな感じ。再発期間が早かったので郭清手術(郭清手術について)+放射線治療で再々発を防止しようという策を取ることに。放射線治療は術後約1ヶ月後に開始することになりました。その間も続けて入院することにしました。実家が遠方でしたし、その間に関西の一人暮らししてい
17回目のハーセプチンを受けて来ました診察の始めに先日の患者会の話を少ししました主治医は患者さん同士にしか分かり合えない思いがあるでしょうから皆さんが話ができる機会は大切ですね、、、と、しみじみおっしゃっていて主治医が主治医で良かったと改めて思いましたそんな主治医の元でのハーセプチンも残りあと1回ついにゴールですいや〜。長かった、、、結局冬の時期以外は毎回本土で受けましたラストも勿論本土でそして、ラストハーセプチンを終えたら翌日ポート抜
あくまで持論です24時間テレビ全く興味ないですただ嫌いという訳ではありませんネットで24時間テレビが叩かれてるけど世の中にはこんな人がいるこんな病気があるこんな障害があるそれをテレビで放送してくれるなんて正直ありがたいと思う。世間に知らされるだけでもありがたいと思う。「障害者を感動的に取り扱かってる」別にいいじゃんかその人の苦悩、葛藤、努力どう乗り越えたかそれを伝えたら感動的になるのは必然だと思う。「障害者にもギャラ払え」貰えるものならもらうがノーギャラで出て
ほんと、美香さんてスゴイ( ̄□ ̄;)!!私の鼻下の毛細血管は、Vビームていうレーザーでほぼ消えてくれて良かった〜
ふと廊下で女性が話してるのを聞いてました。まぁ盗み聞きです。言い訳をすると暇でやることがなく静かな中でぼーっとしていたので聞くしかなかったのです。その方がどんな状況か知らないからなんとも言えないが、「ガンになったときもう死ぬのかなと思った。もう私は死ぬんだよね。」すっごいネガティブだなぁって。元は知らないけど、ガンになるとネガティブになるのかなって。それはさておき、今まで実践してきた伝えたいことをお話しようと思いますよく周りの人に「ポジティブ」と言われます骨肉腫のブログやって
8/12終了【MTX大量療法】メソトレキセート久しぶりにやったメソトレキセートの副作用を記しておこうと思います。個人差があるので参考までに。血中濃度0.09以下で退院・11日は祝日のため採血不可8/6水分負荷開始8/7抗がん剤投与8/8ロイコボリン投与8/9ロイコボリン投与【血中濃度0.36】8/10ロイコボリン投与【血中濃度0.11】8/11ロイコボリン投与8/12ロイコボリン投与【血中濃度0.05・退院】祝日で1日退院延びて、損した気分です。■副作用・食欲不振(1食分
郭清手術↑前回の続きです。途中まで書いてたブログ消えた~~(;∀;)気を取り直してもう一度…私は1度耳下腺腫瘍の摘出手術をおこなっています。2年ほどでの再発。前回と大きく変わった点・顔面麻痺が強い・手術時間が長かったので疲労度が大きい↑実は、切開部がきれいにくっつくようにと、執刀医(担当医でもある)が首に沿うように切ってくれたため、郭清手術に時間がかかったそう。ガバッと大きく切ってしまえばもう少し短時間だったみたいだけど、担当の先生は術後のことを
2度目の手術は耳下腺、顎下腺、リンパ節郭清手術↑前回の続きです。諸々検査を終えて、手術日が決まりました。前回の手術から2年も経っていないので結構色々なことは覚えてまして。前日にまた髪を剃って、麻酔科の先生とお話をして。きちんと病室に来てくれて説明をしてくださいます。まぁ事務的な感じなんですけどね。そんな感じで夜を過ごしました。2回目の手術の前日のこと、全く覚えていないんですよね。あんまり緊張してなかったのかなぁ。さていよいよ手術。前回と同じく
昨日は少しネガティブなブログだったけれども、大丈夫か?!と言うくらい病んでませんし怯えてないので大丈夫ですというのも残りの化学療法で苦手とする抗がん剤APがあと1回のみ、そしてあと3回あるIFも最初の1週間は入院、骨髄抑制の時は通院という形になりそうなので、家にいる時間が長くなりそう。というわけで化学療法に意欲的なのです。キツいもんは早く終わらせたいしね!
気付けば骨肉腫と診断されてから半年以上が経ってました。入院生活はとても辛いけど、意外と時間が経つのが早いと感じます。つい先日、「もう7月なの?」とツイッターで言ったような気がします。手術からもうすぐで3ヶ月、松葉杖は我が身を離れていき、なんちゃら杖が新入りとしてやって来ました。見映えはよくなりました。こんな感じで、この様な生活に慣れてきてしまいました。最初の頃にあった不安も消えて行き、視野も広くなった気がします。そうなるにつれ、新たな不安が波寄ます。よく暇つぶしにテレビをみるのですが、
診察を終えて↑続きです!・進行が早いこともある・前回悪性腫瘍だったことを考えると急いで取らなければならない・リンパが近くにあるので転移したら危険・前回の腫瘍を取ったときの剥がした上に出来ているので切除が難しいかもしれない診察の結果はこんな感じでした。まずは次の日、会社の上司に相談。再発していたので入院+手術をしなければならないこと。前回とほぼ同じ状況だと思われるけれど、色々とリスクが増えていること。先生から聞いた内容はしっかり伝えました。上司は
大分書いていなかった。7月31日に腫瘍がどれくらい小さくなっているかの検査があった。その前に何の相談もなく7月18日からなんと仕事に復帰していた。私は少し怒りを感じている。こんなにも早く仕事復帰できるのは喜ばしいことなのだがあまりにも早すぎる気がする。4度の抗がん剤33台の放射線治療何の副作用もなく終わったので本人もあまり自覚がないんだと。しかしここのところまた咳が出始めている。癌なくなったわけではないので再発を私は心配している。ところで最近芸能人の人を始め肺がんがとても多く感じ
違和感さて診察の日がやってきました。先生「どうですか?変わりない?」私「実は…手術の部分にまたしこりみたいなものがあって、気になってます」先生「え?」→触診・・・ぐりぐり(痛い)・・・先生「う~~ん…ちょっと検査しようか。」私「え」先生「今日撮ってもらって、また後日来てくれる?」私「わかりました」次の診察日を予約し、その日は急遽MRIを撮ることに…(MRIを撮るって言い方今更ながら正しいのかな)大学病院なので予約があ
入社しました☆(いきなり何)↑こちらの続きです。新卒の数人が研修後の1~2ヶ月で辞めたいという感じで。私は研修で半分洗脳されかけていましたが、かといって制作部(デザイン職)として入ったのに営業部で1年間は研修なんて…(聞いてねえよと思った)から半分嫌だなという気持ちもあってもやもやしつつも少しずつ手を動かす作業も増えてきたのでこのままさっさと制作側に行ってやる!と思いつつ毎日をすごしていました。そしたら入社して2ヶ月くらいたった6月はじめのこと。朝トボトボと歩きな
退院したときの話↑続き。無事に退院できた時が大学三年生の冬。そこから大学四年生になり、卒業制作が始まりました。それと同時に就職活動開始。つらい。ダメ人間の烙印を押されお祈りをされる日々…退院後は1ヶ月後に診察があり、麻痺の回復度合い等、傷の具合などを見ました。そこから3ヶ月おき、半年おき、といった感じで診察期間が長くなっていきました。卒業制作は充実していましたしゼミは少人数制で結束力が高かったです。私は集中力があまりなくて卒業制作自体は正直微妙な出来でし
退院しましたの続き?です。実家に戻るとはじめに祖母につかまりました。無事でよかったと何度も涙ながらに言われました。じんわりと、治ってよかったな…っていう気持ちがわいてきました。ただ、やっぱり口の動かしにくさや引きつった顔を見て時々悲しくなるのは避けられず。傷跡は本当にわからなくて、耳の後ろに3センチ程度。髪おろしてたらわかんない。剃った髪も剃っただけなんでジョリジョリしながら復活してきましたし。冬でよかったワァ~。私尋常じゃないくらい頭皮に汗かくか
今日は、最近比較していたアルトラサンのブログでも書こうかな~なんて思っていましたがお昼ご飯を食べながら、ネットサーフィンしていたら衝撃的な高濃度ビタミンC点滴の論文の記事を見つけてしまったので、それに変更です日焼け止めの記事を呑気に書いている場合じゃなかった(((;゜Д゜)))ビタミンC点滴の信者以外の方にも、←wもちろん読んでほしいし、ICUの先生は、今すぐ臨床試験を組んで?診療に取り入れてほしいと、切に願う内容です。wwどんな論文かというと、
ゆうちゃんゆうママの想い願いリブログさせて頂きます。そして、今、この1秒1秒現在進行形でユーイング肉腫や癌と戦っている、あたな達へ早く治る事、病気が消えるよう願い込めて憎っくき、ユーイング肉腫め。消えろ〜このリブログ拡散されます様に私がブログを始めた頃。ゆうちゃんが友達申請してくれました。年齢は違うけど、遠くからブログを通じてユーイング肉腫と闘い、励まし合っていた気がします。お互いのブログを読み合い、いいねしていました。ゆうちゃんの家族の事、彼氏の事、病気の事教えてもらい
入院中のこと②↑の続きです。入院自体は1週間くらいでした。傷口も4日目くらいにはくっつき、抜糸もできました。人間の体ってすごいなぁと思うよね。あんなにざっくり切ったのに。入院中に病理検査結果が出ました。(あの鶏肉のような塊(ヤメロ)をスライスして検査するそうな)結果は「粘表皮癌」でした。wikipedia[粘表皮癌]このウィキのページにもあるけど唾液腺や耳下腺にできるのはほとんどこの癌みたいです。【抜粋】悪性唾液腺腫瘍としては頻度の高い
Facebook上で、ある人(以下Nさん)が次の内容を投稿されました。「近藤誠」のところにかかって、10年以上生きている人の記事は初めてだったので、私はじっくりじっくりと読みました。このような生存者の記事は、ネット上でもなかなか見られないので、皆さんにご紹介したいと思いました。尚、「近藤誠」の名前は、あまりにも有名で、様々な所で出てきます。私もそのまま「近藤誠」の名前を使います。尚、途中の(注)は私の記載です。『近藤誠医師の患者だった私の顛末』16年前、
わたし。調子がいいと毎朝、やるよ。我が家のミニ・ジム。わたし、走る。歩く。ヨガ好き。ウェイトもまた再開しはじめたよ。白血球数が足りなさすぎ、てなっちゃったからね、癌発覚後。怒られてしまうくらい、白血球数なかったよ。医者にね、『ヘラヘラしてるんじゃない!』って怒られたのですよ。アラフォーなのに。いい大人が、って呼ばれる年齢なのに怒られちゃったんだいま?いまね、わたし、白血球数、普通の人並みなんだ。お陰様なんです。愛のちから。祈りのちから。わたしね、実は企んでいることがあるんだ。話がまとまっ
晩ごはんを食べて暇だったので屋上へ。夕日がキレイだなぁフェンスの向こうの世界に出れるのはいつになるのかな。せっかく気持ちいい風が吹いてるのにたなびく髪がなくて悲しい…でも気持ちいい風の中で聴くフォーリミの曲はいいなぁ気づけばフォーリミを好きになったのは2年前ライブが中々当たらず今年こそはと思った通り矢先のガンはやくライブ行けるようになりたいなフォーリミの曲全部好きだけどswimは格別色んな思い入れがあって自分を思い出せる曲是非聴いてみてください「信じろ未来を」
去年のCTは、肺の炎症でひっかかり今年は卵巣ですよ。私の執刀医が移動より戻ってきて、今回の評価を書いてくれました。いつもはコメントなど無いけど。昨日はかなり気落ちしました。不安もあるけど。24日再検査行ってきます!