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世界でたったひとつのあなたという楽器を響かせてボイストレーナーのHARUMIですいつもありがとうございます本日も元気にレッスンしてます!陶彩画家の草場一壽さんが好きで作品集もスタジオにこっそり置いてあります。本物も飾りたいなぁ草場一壽|KazuhisaKusabaonInstagram:"光りを届けられるよう陶芸家というか芸術家、河井寛次郎(1890~1966)は、戦時中のある日、山科を散策していてひとつの発見をしま
美術館の絵画や、陶器を見てしまうと、物欲が失せてしまう。ネットでオークションなんて見てる場合とちゃう。
京都旅行の続きになります。最後にどこを取り上げようかな…と迷ったのですが河井寛次郎記念館にしてみました。清水五条駅から歩いて10分くらいのところにあります。河井寛次郎氏は、大正から昭和にかけて京都で活躍した陶芸家ですが陶芸のほかにも彫刻や書、詩や随筆などの作品も残されています。記念館となっているところは、住居兼工房だったところですが氏の日々の暮らしと仕事、佇まいを感じるとても素敵なところでした。囲炉裏や吹き抜けの
こんばんわ今年最後のボランティア役員の定例会に参加。楽しくワイワイと盛り上がり「よいお年を~」でしめくくりましたら、「いややわぁ~、また一個おおきゅうなるわ」だって(笑)小林正観さんの「河井寛次郎のことば」から。清水寺の入口に五条坂というところがあります。五条坂の南に、河井寛次郎記念館というものがあります。河井寛次郎の生まれは1890年、亡くなったのは1966年。76年の命でした。陶芸家です。京都に窯
河井寛次郎記念館を後にして、恵比寿神社へ鳥井のところに熊手があって、お賽銭を投げ入れるところがあって誰もいなかったので、こんなにチャレンジしていいものかとも思いつつも4回目で入りましたw参拝した本殿には、高島屋さんと大丸さんの提灯も飾ってありました大丸さんには日頃よりお世話になっているので、感謝を伝えてそのまま次は建仁寺さんへ境内の枯山水がとても美しかったです健仁寺は以前8年くらい前に母ともきているのですが、その時にも枯山水に感動した記憶があります健仁寺さんの枯山水をみつつ、
最終日、あっという間の3日間本当に今年の秋の京都も早すぎました・・京都五条にある、河井寛次郎記念館へずっと行ってみたいとおもっていましたが、今回で実現!京都に行ったら是非お勧めのスポットになりました本当に素晴らしかったです民藝・工藝の世界のトップの河井寛次郎氏紡ぎだされる言葉の数々や作品、この場の空気も相まってしばしたたずんでしまします自分自身を進化創造していくために仕事をするお仕事を通して学ぶこと、本当に沢山です写真を全てご紹介したい所なのですが、撮りすぎてブログに貼り切
河井寛次郎さん。1890年(明治23年)に島根県安来で生まれ、21歳でバーナード・リーチに影響を受け、陶芸や木彫など数々の作品を作り上げた民藝活動の父。1966年(昭和41年)に76歳で亡くなられています。先日、京都に行った時に、この河井寛次郎さんの工房兼ご自宅を観に行きました。京阪七条駅から歩いて15分ほどのところにあります。斬新でモダンな陶器やユニークな木彫、工房、ご自宅のユニークな造りにも惹かれました。あちこちに河井さんの書かれた言葉が展示されていて、それも素敵に面白かった
風立ちぬ、ではなく「冬立ちぬ」である。今日は二十四節気の「立冬」。しかし京都市の最高気温は22℃で、これまでの夏日からは下がったものの、やはり「暖かい」日になった。そして何より、今日もまた真っ青な空。とはいうものの、今日の午前中はなんとなく出掛けるタイミングを逃してしまったので、昼食後に散歩を兼ねてちょっと出掛けていた。その行先は、ずっと〝行きたい〟と思いながら、何となく〝行きそびれていた〟という感じの場所である。しかも我が家から、決して遠い場所ではない。ということで、今日はそ
原始・古代にはいる前に私が、子供に歴史を学ぶ意義を問われたときいくつか対応した答えがあります。何ごとも根元から自分の頭で考えるのが教師をやってついた習慣です。現在の自分から将来を考えると…自分が中学校だった今から50年も前漠然とした将来への不安がありました。将来への期待より、漠然とした不安です。それは、先が見えないからだったと思います。結局中学校の時は高校入試に高校の時は大学入試に大学卒業する頃は…この時どうするか決めていなかったわけです。教師になるとやっと
〈お元気ですか?今日は、何の日・〉https://sunnyhomewor.thebase.in/ドライりんご発売中です。おはようございます。「完璧な仕事をする人間はまず道具を磨く。」孔子終日晴れ最高気温19℃の予報です。本日、今年度の#旧寿原邸一般公開最終日です。お待ちしております!今日は、道具の日です。東京浅草のかっぱ橋道具街が語呂合わせから制定します。美しい道具、民藝、河井寛次郎、いいね!Ifwerethelastdayofmylife,
約100年前に思想家・柳宗悦が説いた民衆的工藝、「民藝」。日々の生活のなかにある美を慈しみ、素材や作り手に思いを寄せる、この「民藝」のコンセプトはいま改めて必要とされ、私たちの暮らしに身近なものとなりつつあります。本展では、民藝について「衣・食・住」をテーマにひも解き、暮らしで用いられてきた美しい民藝の品々約150件を展示します。また、いまに続く民藝の産地を訪ね、そこで働く作り手と、受け継がれている手仕事も紹介します。(中之島美術館HP)生活の中の美。手仕事の素晴らしさ。こんなのが家
年地元観光協会の記念行事で「木喰まつり」があり行ってきました。記念講演が河井寛次郎さんの孫鷺珠江さんのお話。彼女は1980年同志社文学部卒の方、非常にお話が上手で講演慣れされている方でしたね。題目は「木喰仏を愛した河井寛次郎」民藝運動主催者の柳氏とのかかわりや木喰仏との出会いなどを写真を使って上手にお話されました。南丹市八木町清源寺に木喰仏があるということを今回初めて知りました。YouTubeにオリジナル曲230以上の作品を紹介しています。「ミスタークーのチャンネル」下記
こんにちは😺金曜日ですね!今週は月曜日もお休みだったので普段よりはイージーモードでしたが、期末が近いのでやらなきゃいけないことがあったりでなんだかんだ疲れました…今日の仕事が一段落したので昨日に続いてブログを書いております。書きたかったのが、京都に行った時のこと。6月にいったのでもう三ヶ月ほど経っておりますが🙃たまたま応募した懸賞の宿泊券が当たって計画したこの旅行。最後に行ったのが5年くらい前でした。久しぶりの京都で行きたいところは山のようにあったのですが今回は一
2023年9月21日--------------------------------------------傷ついた分、深みがでます、、、でも痛い。2022年9月21日--------------------------------------------河合寛次郎の言葉。「心の刀で身を彫る、、、自分をつくるのは他の誰でもなく、自身の心の刀である」痛みを伴うことなんでしょうね。1日1話、読めば心が熱くなる365人の生き方の教科書Amazon(アマゾン)1,74
…などの作品が展示されている陶工と云えば?東山・五条の自宅兼仕事場が現在の記念館になっているのは、「河井寛次郎」。大正9年、五条坂に窯を開き「鐘渓窯(ショウケイヨウ)」と名付けた。当初は中国・朝鮮の古陶磁の手法を追求したが、その後、民芸品の美に目覚めて、柳宗悦(ヤナギソウエツ)らの提唱する民芸運動に参画。古民芸品の素朴な美を自身の作品に生かした実用的な陶器制作を目指した。重厚で変化に富む作品は、昭和12年パリ万博でグランフ
とろりんonInstagram:"祇園「ZENBI-鍵善良房-KAGIZENARTMUSEUM」鍵善良房コレクション「河井寬次郎とその系譜Ⅱ期」⭐︎12/17(日)まで中之島から祇園へ「民藝」の系譜をめぐる旅一部の隙も見せない、研ぎ澄まされた美意識いつもながら徹底した美への探究心を感じる美しい人の心が生み出した「用の美」を五感で感じ尽くした、初秋の小さな旅#zenbi#kagizenartmuseum#鍵善良房#コレクション#河井寛次郎とその系…22likes,0co
小さな郷土博物館だけれども、この地は棟方志功のアトリエ兼住居のあった場所。生誕120年棟方志功暮らしの中の芸業(げいごう)(郷土博物館分館)杉並区公式ホームページwww.city.suginami.tokyo.jp四の五七という末広がりの住所が気に入り、画家が久我山に引っ越す際、家を譲って欲しいともちかけたという。一度も見ずに。お孫さんが覚えている限り書きおこした家の見取り図から建築家を交えて作り上げた大きな図面はあたたかく、彼らが生きていた昭和の時代の暮らしを想像する楽しさ
確か10年ぐらい前にたまたま見た番組に衝撃を受け、とても気になる存在になり、今では大ファンの土井善晴さん。きょうの料理だったかな?たまたま見ていたら土井さんが出ていて、なんとなんと塩むすびだけを作って、それで番組が終わった回がありました。毎回違った先生が出てこられて色んな料理を教えてくださる番組で、10分ぐらいだったかな?ただただ丁寧に丁寧に1つのおむすびを作ってみせてくれたのが当時の私にはかなりの衝撃でした。本当に"たかがおむすび、されどおむすび"を教えてくれた回でした。それから土井さ
京都が好きで好きでたまらない女子による京都案内です。おいしいもんやかわいい雑貨、おしゃれな喫茶店、季節の催しなど、女の子好みの京都案内ですが、ミーハー爺さんもこういうのが大好き(笑)。京都市内に長男(会社員・独身)が住んでいて、独身なのに家族用のマンションなので、ここ10年くらい、半年に1回ほど泊りがけで遊びに行っています。宿泊代は、掃除と洗濯と飯炊きで相殺(笑)。ということで、ときどき図書館からこういう京都案内の本を借りてきて、「どっかいいとこないかなぁ」と眺めています。長男がい
先勝の日に行く京都は本日で6回目となりました。これで一旦打ち止めとなります。これからはもう少しNobとの時間を大切にしていきたいと思います。本日も四条祇園の後京都観光を行います。先月12日は体力的に無理だと判断しましたが今日は比較的元気にこなせました。まずはお食事です。調べてもうまく行かないので今回も行き当たりばったりにしました。もうお出かけでのお食事には期待しませんよ~♪ということで、てくてく歩いているとすだちうどんのメニューを見かけ
河井寛次郎の「美を追わない仕事仕事の後から追ってくる美」という言葉を常に考える。美・・・美しい形美しい線美しい絵美しい心美しい音職人は、常に良いモノを作ろうとします。時には、美を追いかけます。美を追いかけるというのは、良いようにも思いますが、自分の美を追いかけているともいえます。100人が100人とも美しいとするものは、ないように思います。自分の美と使用者の美が共鳴して、本当は美が生まれるのではないだろうか。そういう意味で仕事の後から追ってくるものなのかも知
私にとって17年目の寺内町燈路が無事に終わった。(今回はまったくよその行灯の撮影に行けなかったので自分の所の写真だけで失礼🙏)初めて古本と雑貨で参加した2006年には駅近くの芦田書店さんの所で、こじんまりと出店。売れてくれるかなぁ?と心配だったあの日、ある女性が宮沢賢治の『貝の火』という復刻版の本を買って下さったことを、よくおぼえている。今年、いつの間にかその女性も、あの世の人となってしまわれた..。去年も一昨年も「〇〇ちゃん、しっかりしてるから、大丈夫
蝉時雨の庭を通り抜けて、松本民藝館へ。草むらにひっそりと、蝉の大合唱に聞き入るかのような野仏。柳宗悦の日本民藝館で無銘の職人達の我の出ない美に出会い、柳宗悦の思想に共鳴し、家業の老舗問屋を経営する傍ら松本で蒐集を始める。1962年収集品6000点以上を収めた松本民芸館を創設。私設美術館として運営。73才になった時、その全てを松本市へ寄贈し、市の運営となる。彼が設計から作り上げた民藝館は、意表を突かれるような構造で、見て歩くのが楽しい。少し暗い室内か
陶芸家・河井寛次郎の住まいと登窯金澤成保京都五条坂に、近代陶芸家で知られる河井寛次郎の旧宅が記念館として公開されている(拝観料900円)。以前から訪れたかった場所で、寛次郎の住まいと、実際作陶していた工房や登窯が見られるのが嬉しい。寛次郎は「暮らしが仕事、仕事が暮らし」といい、「美しい仕事、正しい仕事は、美しい暮らし、正しい暮らしから生まれてくる」といっていたという。その寛次郎の生き方と美意識が、展示されている彼の作品や自らデザインした住居・家具など、記念館のすみず
こんにちは!先日富山は福光に行ってきました。というか隣の市なのでしょっちゅう行ってるわけなのですが、、生誕120年ということらしく。改まって棟方志功を見に行こうかと。近くにあリ過ぎて本当に改まらないとなかなか行けない所なんです。南砺市福光町光徳寺。青森出身で富山とはなんの関係もないのに、こちらに家族で7年近くいたということで、福光はすっかり棟方志功の町となりました。その理由は後ほど、光徳寺の住職が傾倒した民芸運動。棟方志功以外にも河井寛次郎や柳宗悦
神楽坂でのランチを終え、ずっと行きたかった日本民藝館へ。飯田橋から代々木で乗り換え、渋谷で乗り換え、東大駒場前で下車。なかなかここへの訪問は叶わなかった。と言うのも民藝館創設者の柳宗悦の住まいである、西館の公開日が第2、第3の水曜、土曜しか公開されておらず、ピッタリこちらの都合に合わなかったから。まずは日本民藝館へ。「民藝」という日常の生活美の概念を確立し、所蔵品も17,000点と数多い。館内の説明書きに彼のこだわりがあった。
にほんブログ村今が過去になったとき、、、。こんにちは夢を実現させるために常にあなたと向き合っていくコーチングTêteàtête(テタテットゥ)です。将来、不安だらけ、、、。今に生きる人は思う。人は悩み苦しみ生きる。悩みのない人などいない。今が過去となったとき報われていたらそれでいい。過去が咲いている今、未来の蕾で一杯な今。陶芸家・河井寛次郎(かわいかんじろう)の言葉河井寛次郎-Wikipedia【幸せレシピ~自分の未来を予約す
京都玄想庵に集う素敵な人達!河井寛次郎先生の孫記念館の学芸員をなさってる鷺珠江さん。元禄から続く植木屋さん加藤さん玄想庵オーナー、小田先生、珠江さん、加藤さんニ胡演奏家吉川普子さん
祇園祭四年ぶりの通常開催に京都の町は凄い賑わい。テーブルには素晴らしいお料理が並びました。器も素晴らしいのです!これは、明か清?古伊万里かわいい錦手には冬瓜河井寛次郎さんの器こちらの屏風は「日」ニ胡の演奏家吉川さん伊砂先生と小田先生玄想庵、廣田紬社長の発声で乾杯❣️
出雲でお土産用に買った#三英堂の「日の出前」のハーフサイズ。こし餡を温かいうちに手で何層にも押して固める「しののめ作り」で作られたキメが細かくふわっとろした食感に散らされた小豆がいいアクセント。河井寛次郎によって日が登る前の情景をイメージする「日の出前」と名付けられた名品。出雲の実家は田舎すぎて、大阪にいるときのほうがまだ出雲の銘菓を買いやすい&大阪でも売ってるものをお土産に渡してもありがたみが薄れるけど、「日の出前」は都会のデパートには売ってない(私調べ)のに、出雲の生活センターには