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私が1年生の夏その日も姉と今日はどこでご飯を食べさせてもらおうか。。。と考えていたそして父がお世話になっていた知り合いの家に行ってみる事になったいつものように2人で手を繋いでその知り合いの家に向かった知り合いの家の前に到着したその時。。。姉が私と繋いでいた手を振り解いて突然走り出した私は?と思って姉の走る方に目をやるとそこには若くて綺麗な女の人が立っていた姉はその人の方にまっしぐらに走って行くと何か話をしていた私は誰やろ?私の知らん人。。
結局何も買う事が出来ないまま入学の日を迎えた。もちろん入学式にも行けなかった。私には入学式に着て行けるような綺麗な服もないし一緒に行ってくれる親もいなかった。。。姉からこの間聞いて初めて知ったんだけど向かえに住んでいた幼馴染のお母さんが筆箱をくれた。えんぴつと消しゴムは姉の使い古しを貰った。1度だけ学校に行った記憶が残ってるきっとその日は新1年生の登校初日ランドセルもまだいらないし私は何も持たずに学校に行ったんだと思う。私にとっては初めての登校日
ご訪問いただき、ありがとうございます♡+++++日々の暮らしのことや、日々の中で受け取ったこと、気づいたことなどを、楽しみながらゆっくりペースで書いています。こうして素敵な体験の場を与えてもらっていることに感謝の気持ちが溢れます♡+++++ブログに込めた、大切なあたたかな想いになります♡もしよろしかったら、読んでもらえたら嬉しいです✨『「恩送り」という素敵な体験♡循環♡』ご訪問いただき、ありがとうございます♡+++++日々の暮らしのことや、日々の中で受け取ったこと、気づ
●自分の本音に触れる為に心の奥に潜ってみるどうもです。さくです。うまくいかない事が起きると自分を責めてしまうけれど責めてる時はある意味自分の本音に届いてない。だから自分を責めるのではなく【どうして私は今この状況を選択してるの?】【この状況を通して本当は私は何を言いたいの?】【どうしてイヤな状況なのに私は今もここを選んでるの?】そんな風に質問をして自分の心の奥に潜って自分の本音に触れていく。-------あなたの悩みが消えていくカウンセリング自分を責めるのをやめてあ
スピリチュアル案内人さおりんです。こんにちは。自分はポジティブ思考だと思っているのに思い通りにいかないことが多い人は心の奥にネガティブな思いを持っていないか確認してみてください。現実にブレーキをかけるのはあなたの思考です。期間限定セッション(対面・遠隔)>>霊視&タロットリーディングプラス直感的にカードリーディング>>サイキックタロット講座生年月日から読み解きます>>資質アナリスト講座メニュー・料
オーストラリア在住26年愛龍が龍🐉からのメッセージやヒーリングをお届けします💕愛龍ってどんな人?こちらをクリック私がどん底で苦しかった時に龍のメッセージが励みになり希望になり人生を変えてくれました。同じように辛い方へ希望の光を届けたい!龍のメッセージを伝えたい!そんな思いで個人セッション及びブログ投稿しています。愛龍です今日のヘマタイト龍からのメッセージ動く時で
私もいよいよ小学校に入学する時がきた。と、言っても親は子に無関心。。。父も継母も私が小学校に入学する年だという事すらもわかっていなかったのではないかと思う。入学準備はもちろん何も言ってもくれないし何もしてもらえなかった。いつから?どうやって?学校に行けばいいのかもわからない。ランドセルも体操服も給食服も筆箱もえんぴつも消しゴムも何もない。。。どうしよう。。。学校に行けない。。。姉と途方に暮れていた。そしたら姉が部屋の隅っこから貯金箱を引っ張り出してきた。
ある時その日は食事ができなくて2人で途方に暮れていた。。。そしたら姉が継母の母の家に行ってみようと言い出した継母の母は私達に会うといつも優しく接してくれる人だった少し前までは私が1人でも行けるぐらい近くに住んでいたのにしばらく行かないうちに継母の母は私達の住む所から5駅も先に引っ越していたもちろん当時の私は5駅も離れているなんて知らなかったし家の場所も覚えていなかっただけど姉はちゃんと覚えていたどれくらい歩かないといけないのか想像もつかないまま
周りの反応や評価を気にしたり、周りの人の機嫌に左右されたり、1割の外側に一喜一憂して、ぶんぶん振り回されながらずーっと生きてきた。9割の内側を全然大事にしてこなかった。どうしてそうするようになったのか自分では分からないけど、今、『自分の寂しさを、他のもので埋めない。』ということを教わっています♡寂しいや悲しいに蓋をせずちゃんと感じようと心掛けたら、これも気づいて!こっちもあるよ!と、寂しいと悲しいがたくさん出てくるし、寂しいと悲しいを感じる出来事が次から次へと起こる。私の中の寂しい
これはさちこさんの日記ですようこそしあわせの風へ駅前ロータリーで息子を待ちますサイドミラーに写る人影のなかちゃんと分かるものですね歩くときの体の揺れかたあ、来た半袖Tシャツにダウンをひっかけた息子に「おかえりなさい」この春社会人になる一番下の息子のスマホ私の名義から切り離し料金支払いも息子の銀行口座に切り替える作業の為に帰ってきたのです春からは自分のお給料ですべてをやりくりすることになる息子反対に私は肩の荷がちょっと軽くなってホッとするようなさ
もちろん毎日誰かのお家でご飯をご馳走してもらえる訳ではなかったしゲートボールだって毎日集まりがある訳ではない何日も何も食べられない時もあった私達姉妹は空腹のあまりに公園に咲いているツツジの蜜を吸ったりして空腹を紛らわせる時もあった私は今になって思うけど空腹って普通に食べれる環境であるから感じるものなんだと思う毎日常に空腹だとそれが自分にとっては当たり前の事で空腹があまり辛いとは思わなかったし空腹を空腹と認識さえしていなかったかもしれない客観的に
朝ドラ舞い上がれ!毎回一喜一憂しながら観ています。舞いあがれ!NHK連続テレビ小説『舞いあがれ!』ヒロインは福原遥!向かい風を受けてこそ、高く飛べる!空を見上げて飛ぶことをあきらめないヒロインの物語を通して、明るい未来への希望を届けます!www.nhk.or.jp歯痒かったり、切なかったりの恋心何とかしたいと思う気持ちが故のすれ違いそういう気持ち、ドラマを通して自分の反応を見るのも楽しいですね。*ちょっとだけネタバレ含みますヒロインの幼なじみで後の旦那さまとなる貴司くんが狂おし
長年悩まされているからだのトラブルまたは、こころのトラブルありませんか?ずっと薬を飲み続けているけれど良くならない。何年も通院しているのに原因が分からないまま。もう嫌になって諦めていませんか?諦めなくても大丈夫☆それ、脳が疲れているだけかもしれません!原因の分からない不調の8割は脳疲労が原因といわれています。当サロンでは、脳を癒す事に特化した施術で今までなかなか改善しなかったからだやこころの不調を改善していきま
私も6歳になると1人でいる時の行動範囲も広がってきて姉が学校に行っている間1人で近所をウロウロするようになった。午前中〜お昼頃にかけての公園は子供達は幼稚園や学校に行っているからか誰もいない。。。いつも貸切状態1人ぼっちの公園で私はよく遊んだ行動範囲が広がったと言っても6歳の私にとっては自分の住む住宅街がとても広く感じたしその1画から1人で出る事はなかったいつも通り公園に行ってみるとお爺さんお婆さんがゲートボールをしていた私は1人滑り台の上からじ
オッジオットのヘア用品最高^_^育ててる感凄いっ
私の当時の記憶はとても端的で印象に残ってる出来事も少ない幼過ぎたからか感情みたいなものが思い出せない辛さや悲しさや不安みたいなものを感じていたのかな?ただただ毎日を必死に生きるそれだけで精一杯だったのかもしれないそんな事を考えていたら姉はどうだったんだろう。。。ってふと思った2人で昔の出来事を話す事はたまにあっても姉の当時の気持ちを私は聞いた事がない私は生まれた時から隣には姉がいて姉が側にいる事がもちろん当たり前だった辛い生活を2人で乗
ライフコーチの中澤ひろえです今日もありがとうございますHappyマインドシフト=視点を変えることで毎日をHappyにみなさんの毎日が心からの笑顔とHappyであふれますように『心からの笑顔で輝きたい人集まれ〜✨』ライフコーチのひろえです明けましておめでとうございます今年も自分の想いに気づく問いかけをお届けしていきたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたし…ameblo.jp2023/02/14『今の私を
おはようございます。一木ヨーガスタジオの布施です。全世界で累計1500万部を売り上げ、2021年の本屋大賞小説部門第1位の「ザリガニの鳴くところ」ディーリア・オーエンズ著面白かったですひとつの殺人事件をめぐるミステリーと両親に捨てられ、ノースカロライナの湿地帯でたった一人で、自然に寄り添いながらたくましく生きる少女の物語です作者のディーリア・オーリンズさんは、動物行動学の博士号を取得した動物学者で、動物や鳥や虫の様子にリアリティがあります昨年11月に映画の公開もされて、映画
ここだけの話💖毎朝、『おはよう』のスタンプと天気の話だけのLINEに相手と同じタイミングで受送信だとお互い同じ気持ちで心がかよったかと錯覚して朝からニヤニヤ(。-∀-)しちゃう💕そう…それ以上は、何も望まない🍀✨チョコレート🍫💕受け取ってくれてありがとうそれだけで充分🍀それだけで私は生きていける✨✨✨
ライフコーチの中澤ひろえです今日もありがとうございますHappyマインドシフト=視点を変えることで毎日をHappyにみなさんの毎日が心からの笑顔とHappyであふれますように『心からの笑顔で輝きたい人集まれ〜✨』ライフコーチのひろえです明けましておめでとうございます今年も自分の想いに気づく問いかけをお届けしていきたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたし…ameblo.jp2023/02/12『今の私を
私達は家で食事を与えてもらえなかった。姉は学校がある日は給食があった。だけど朝も夜も家での食事はない。私には給食もなかった。何も食べれない日もあった。姉は私の手を引いて毎日考えてくれてたんだろうな。今日はどこでごはんを食べさせてもらおうか。。。家の真向かいには幼馴染の子が住んでいた。姉と同級生の男の子そこのお母さんは優しい人だった。よくお家に入れてくれた。冬は暖かいコタツがあった。ゴハンを食べさせてくれたり。。。おやつを食べさせてくれたり。。。みんなでT
私には2つ年上の姉がいる。2人目の継母と暮らし始めた時姉は小学1年生で私は5歳。私はとにかくお姉ちゃんっ子でホントに常に姉といた。私達は自分達でも認める程の超仲良し姉妹。というか、その頃から私は姉が居なければ生きていけないと思っていたし姉しか頼れる人がいなかった。父親も継母もほとんど家に居ないし居ても寝てるし何かをしてもらえるわけでもない親無し子も同然の生活だったから。私は家に居たくなかったのか姉が学校に行って寂しかったのか毎朝、姉の登校に付いて行く。学
神から人。神から人に、伝え、与え、備わせ、育て、育み、養わせしものに、ことばあり、光あり。知恵あり、能力あり、思考あり。なれど、全ての素は、ことばと文字。神から与えし最大の恵みなり。恩恵なり。慈愛なり。なれば、人は、ことばと文字、その二つによりて、ものを考え、ものを作り、ものを伝え、ものを楽しみ、文明文化を発展させし。人の人たる由縁(ゆえん)のものを、神に近付く手がかりを、神自らに賜りし。なれば、人は多いに感謝。神に祈り捧げ、物を納め、奉仕報恩、神の手助け、手伝
2人目の継母は日に日に私達姉妹の生活に苦をもたらしていく当時40歳ぐらいだった父が私達に‘’新しいお母さんだよ’’と言って連れてきた2人目の継母は19歳の若い女性だった。父はその女性を家に置いたままずっと何日も帰宅しない。そんな若い新しい母親からは食事も与えてもらえなくて完全に放置状態。自分の子どもが産まれてからは家にいるようになったんだけど。それでも、何もしてもらえなくて。。ある日。姉も学校へ行っていて私はあまりの空腹に「お腹空いた」って継母に言った。
母が居なくなった翌日には父が知らない女の人を連れてきた。母が居なくなってから2回継母が変わっている。1人目の人は私にはあまり印象に残っていない。その人はわりと私達の面倒を見てくれていたような記憶はあるかなぁ。ただ、私は保育園に行ける事もなくて毎日1日中家の中にいた記憶しかない。1人目の継母と過ごした期間はホントにほんの短い期間だった。それから、すぐだったと思う。2人目の継母に変わった。この人の記憶はかなり残ってる。めっちゃくちゃ若い継母だった。彼女のお腹には父
母が居なくなった時私の記憶の中に母が居なくなった時の不安な気持ちや悲しい気持ち母を探し回ったりママと泣き叫んだ記憶もないでも姉に聞いたら母が居なくなった時2人で凄く泣いたんだってそしたら父が物凄く怒ったらしい。。。私の記憶には全く泣いた記憶なんて残ってないんだよね父に怒られた記憶も残ってないけど姉も私も泣いたらダメって思って我慢するようになったんだろうな私にはねちゃんと母と居た時の記憶は残ってるんだよボロボロアパートに住んでた時はお風呂が家になかったか
私は当時3歳4歳ぐらいだったから記憶は途切れ途切れだけど1度大きな施設の様な場所で母と姉と私の3人。しばらく沢山の家族と集団生活をしていた記憶がある。どの家族もお母さんと子ども達だった。2段ベットのある部屋でよその家族と一緒に生活した。子ども達みんなでホールの様な所に集まってまーるく円になって座っておやつを食べたり。。。大きくなってからわかったけどあれはいわゆるシェルターみたいな所だったんだろうな。母は私達を連れてきっと父から逃げないといけない理由があったんだろ
3歳ぐらいから始まる私の記憶は…父と母と姉の4人暮らし風呂無しの6畳二間のボロボロアパートだった。父が家に居た記憶はほとんど無い。いつも母と姉と3人で居た記憶が強い。この当時の写真が残っていて私はカメラを向けられると変顔ばかりする茶目っ気たっぷりの女の子だったみたい。(今の私からは想像もつかない!あの頃の私どこ行った?)保育園の先生と母の保育手帳のやり取りを見ても、かなりのおてんば具合が伝わってくる。自分の記憶でも保育園に行くと男の子と園庭を駆け回る。お遊戯会で他の子
癒されたり、開運できるのは、本質の自分に還る時お香で自分自神に還り、今を生きる「私」になるレッスン、ワークショップを開催中求めたものがちゃんと現実化されていくことをものすごく体験した2022年。求めなかったら出会えなかったし、出会えたものから、さらに新たな出会いが繋がるという体験。新しいことは、はじめちょっとパワーを使うけど、広がりゆく世界はやはり楽しさがある。その求めるだけれど、頭の中の
刻まれていた言葉の答えあの時あの言葉があったからこそあの言葉の意味が分かってきた、それは「なにかあっても1人じゃない仲間がいるんだ大きな壁にぶつかっても大丈夫、ありのままの自分を信じるしかない」と誰かがそう言ってくれた。あの言葉を胸に託すほど必要な権利がある、あの頃言葉の答えがずっと目の前にあった。心の奥に刻まれていた跡が残されているあれはあの言葉が隠れ家として隠していたのである。