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私が園芸を始めたころには、どの家にもゼラニュームの鉢があった。こんな色鮮やかなものではなかった。しかし差し芽の練習にはうってつけだった。ゼラニューム午後の雲満ちひろがるも有働亨ゼラニューム花露ぐもり海ぐもる石原八束ゼラニューム咲かせアビタシオンの窓々成瀬桜桃子ゼラニュームひそむ餘寒のつぼみかな久保田万太郎流寓抄以後ゼラニュームだらだら雨に打たれをりももすずめ30歳の頃ドイツの地方都市で数カ月生活した。農家でも窓辺は白いレースのカーテンをハの字
こんにちはご訪問いただきありがとうございますのんびり日々のお片づけ。なおみおです☺️現在、火曜日と金曜日に投稿更新していますよろしくお願いします娘を試験会場の大村市まで送迎した際、お迎えまでの間に大村市内の神社へ参拝富松神社へ境内の木々は色づき始めてましたシンプルながら存在感のある御朱印雨上がりの綺麗な紅葉が見られました。七五三の時期でしたので、晴れ着を着たかわいいお子様たちがたくさん癒されましたお読み下さり、ありがとうございました
娘一家の住む近所に富松神社があります。由緒正しい立派な神社ということは聞いていたのですが、一度もお参りしたことがないままでした。今日孫の子守に行き、初めて孫と一緒にお散歩に行って来ました(*^^)v参道の途中に車道があるのが、ちょっと不思議でしたが、聞いていた通りにとても立派な神社でした☆彡おそらくご近所の方だとは思いますが、30分くらいの中で結構ひっきりなしにお参りに来られていました。お参りをして境内や慶大内の公園で、ハトやアリを見て遊びました。参道の植え込
富松神社(とまつじんじゃ)は、約1250年前に、聖武天皇の勅願により、僧・行基が猪名野笹原を開拓した時の二十三ケ坊の一つで、素盞嗚尊、薬師仏を祀り、厄災除祈願所として造営されたことに始まると伝えられている。そして、平安時代(794~1185年)には、集落は富松庄として藤原摂関家の荘園を守る鎮守の社であった。戦国時代には、度々の兵火によって社殿や堂塔は焼失してしまった。その後、江戸時代に尼崎藩主・松平遠江守より、厄災除祈願所として特別の庇護を受け盛況を誇った。現在の本殿は、寛永十三年(16
かなり暗い場所に1か月以上置いているが今のところ元気。あまり弱った気配はない。みんなの趣味の園芸NHKの解説:学名:Aglaonema和名:リョクチク科名/属名:サトイモ科/リョクチク属(アグラオネマ属)アグラオネマ・コンムタツム‘シルバー・クイーン’我が家のものが↑のシルバークイーンという品種かどうかは自信はないが、ほかのものとの比でこれが一番よく似ている。他のHPを見ていたら映画「レオン」で利用されていたらしい。殺し屋が毎朝、この鉢を窓の外において日光
7月15日(木)大安!新しい家族「ブリちゃん」の納車でした。新旧交代ですね。アルちゃんの最終走行距離は150,650㎞でした。お疲れ様でした。m(__)mオツカレェ~★ブリちゃんの乗り出しは23㎞です。さあ、富松神社でお祓いして頂きます。暑い・・・(〃´o`)=3フゥ神主さん、ありがとうございました。安全運転でブリちゃんと仲良くします。(*^.^*)ブリちゃん、今日からよろしく!!
いつもごきげんなあなたへすきなモノ💕すきなヒト💕すきなコト💕いっぱい詰め込んだ「たからばこ」一緒にひらきませんか?狛犬から世界が見える大好きなTARAカフェさんの特別講座に参加してきました。面白かった😄今までスルーしてました。狛犬さん、ごめんなさい🙇♀️これからは、狛犬ウォッチャー⛩楽しみが増えました。狛犬には角のあるものとものとないものがあります。角がないのは獅子、あるものを狛犬と区別するらしい狛犬さん、目に見えない災いから守ってくれる頼もしい存在ですね。それでは
宇宙の法則や神様とのお付き合いの仕方を教えてくれる、universeというオンラインサロンに入って、勉強させていただいているのですが、今、そこで教えてもらった空間管理を実践しています!空間管理とは、目に見えない存在に敬意を表し、その空間が繁栄発展していくように場を整えて管理していくことを言います。はにやかよさん考案の仏様アート♪パステルで仏様も描けちゃいます!!人はひとりでは生きていない。目に見えない存在、つまり、神様と一緒に人生を歩んでいる。神様と共に世の為に活動し
ゾロ目の日こんばんはルリです。今日は6月6日ゾロ目の日。私は今年からゾロ目の日には神社に参拝することを日課にしている。なぜって?さぁ〜わからない(笑)ただ、私がそうしたいって言うからそれを叶えてあげてるだけ。今回は大村市にある「富松神社」知る人ぞ知るパワースポット。なんとも言えない空気感が好きな神社。いつも到着時間がお昼くらいになる。こちらはお昼休みがあるので御朱印を頂くことがない。今回もお昼過ぎ。諦めていたんだけど御朱印帳だけはいつも持参していた。
先日、お宮参りに行ってきました☺️二人目の孫です(笑)女の子は32日でお宮参りするのですが、気候が悪くて先延ばしになりました💦最近は良く笑ってくれます。よーやく首もしっかりして抱っこしやすくなってきました😆息子も可愛くてたまらないみたいですね〜♬パワースポット??こんな写真も撮れましたよ😊良い日だったのかもしれません・・・。#富松神社
1月15日は、『とんど神事』に富松神社へ♪これがアタシ達の今年の初詣になりました*本殿に新年のご挨拶^^そして、巨大なご神木にもご挨拶@@お正月、年神さまを家庭や事業所などにお迎えするために飾った注連縄を福火に入れ、昨年の古い御神札、御守は納札所へ納めて、感謝の心で神さまへお返しする日本の伝統的な神事です*灰を持ち帰り自宅の周囲にまくと、その年の病を除くといわれていますね☆去年までは、お店の裏口は、コンクリートだけなので、灰を頂けなかったのです
17日の日曜日の朝、諫早市のコメダ珈琲店で、1年ぶり久々にモーニングを食べて、改めて「あんこ」って最強だなという思いを新たにしつつ、今年最後(5~6回目)の初詣の為に大村市の三城町へ向かいました。今年最後(笑)の初詣は「富松神社」さん。初めて参拝させて頂く神社さんであります。知り合いの職人さんに、「ここは地元の会社関係の人が多く参拝してるみたいだから、商売にご利益があるかもですよ?!」と聞いたので、なぬぅ~それは是非とも参拝させて頂かねばと、馳せ
15日の本日はとんど祭自宅近くの富松神社⛩へしめ縄を持っていってきました今日もこっちから入りました↓ここをとぼとぼ歩くのが好きです癒される御神木↓今日もちゃんと参拝してきましたよ↓舞殿↓とんど祭の受付橙や針金、プラスチック等を取り除いているところ↓家を出る前に橙や針金等を取り除いて持ってきたのだけれど、まだ、取り忘れが2箇所もあった藁だけにして焼きました↓御朱印ももらった↓家族がコロナ等の病気を患うことなく、1年、健康に過ごせますように🙏
こんにちは店長のまもるんです😃✌️今朝のランは、途中、嫁と待ち合わせその名もとんど焼きランニング※地域によって、呼び方が違う07:30に富松神社にて待ち合わせ💖嫁は、通勤途中にもかかわらず、正月飾りを持って、神社へ寄って下さるので😁何があっても、遅れる事は許されません❗06:30スタート時からプレッシャーで、手は震えるし、ど緊張でしたが、ギリギリ、間に合いました😅嫁の顔見たら、何や、ほっとしてもーて、急にお腹が痛くなりました😁嫁、撮影👀📷️✨とんど行
「6日予定空いてるでしょ?」とラン友さんからお誘いがあったので、池田市〜伊丹市〜尼崎市と、日頃あまり行かない神社を巡って来ました。朝9時に千里中央駅をスタート。まずは大阪モノレールの線路に沿って、中央環状線をひたすら西へ走ります。この辺りは車で走ることはあっても、まず1人では絶対走らない地味なルートですね。大阪大学豊中キャンパスの前を通り過ぎて最初に通ったのは、池田市にある亀之森住吉神社。小さな神社なのでここは参拝せずにスルー。海の神様のある住吉神社というくらいなので、大昔はこ
今日は、春の七草粥を頂いた後、お昼から両親を連れて、近所の生島神社⛩へ初詣へ行ってまいりました御朱印も頂きました↓昨年は、人が多すぎて、車が止められなくて、断念した生島神社⛩今日は誰もいなぁ〜い神社の入口に車🚘を置いて※昨年は人が多すぎて、車を止めることができなかったので、事前にちゃんと駐車場があるか調べてから行きました両親も高齢で特に母は長く歩けないのと自転車にも長く乗れないので車でしか行けないのです昨年より、近くのお詣りしたことのない神社を調べて初詣に行っております1番目の鳥
1月2日に家族3人で初詣に出かけました。残念ながら、娘は職場から佐世保市外に出ないようにというお触れがあり、帰省を断念しました。本当にコロナには困ったものですね。ε-(ーдー)ハァ氏子でもある「富松神社」に詣でます。朝一でカミさんと歩いてたんですが、途中で雨が降り出したため、カミさんの実家に一時避難して息子に車でピックアップしてもらい、3人で詣でることになりました。小雨になりましたね。神門で一礼して境内に入ります。1年ぶりかな。<(^∀^*)ゞコ
今日から仕事始め。今年も富松神社での新年祈願祭からのスタート。今年一年、従業員共々健康で明るく笑顔で過ごせますように今年もどうぞよろしくお願いいたします。午後からは諏訪神社と大村神社へ行って元旦からの三社巡りが終了。祈念に干支の盃をいただきました1月2日には近所の神社へ新年のご挨拶。ラブとピースを連れて行ってきました。ひっそりとした小さい神社ですがそこがなかなか良いです♡昨年はコロナの影響でほとんど神社には行けず今年は、また御朱印集めも再
明けましておめでとうございます。明るい未来が想像しづらい状況が続いていますが、一人一人のあり方で、一人一人の心のありようで、必ず明るい未来につながると信じています約17年前、三途の川の手前から引き返し、今を生きることができている自分だからこそ感じることを明確にしながら、自分にできることに精一杯取り組んでいきます2021年、新年の始まりに、改めて心に誓います2021年1月1日氏神様の空は爽やかでした!2021年1月2日妻、長女、義母と4人
皆さまこんばんは真心です突然ですが夢はありますか?大人になっていくにつれ無自覚にもいろんなことを諦め、自分に制限をかけ呪いをかけ続けてきてしまい夢を持つことがはまるで幼稚なことのような感覚になっている方もいらっしゃるかもしれませんね。私がそうでした自分にとってはとても大きくてでもとても輝いていて美しい夢を持っていました。それなのに無自覚にも、他人が軸になっていたし少しでも否定的なことを言われた
今回は【富松神社(とみまつじんじゃ)】のご紹介です御朱印はこちらです授与所にて書いていただきました【富松神社】長崎県大村市三城町に鎮座します御祭神天児屋根命(あめのこやねのみこと)天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)伊邪那岐命(いざなぎのみこと)伊邪那美命(いざなみのみこと)健磐龍命(たけいわたつのみこと)神倭磐余比古命(かんやまといわれひこのみこと)神武天皇菅原道真公(すがわらのみちざねこう)御神徳家内
秋の大祭のシーズンです。ご招待を受けていたので富松神社へ行ってきました。久しぶりの神社はやっぱり空気が清々しい。朝方まで雨だったのにすっかり雨は上がって秋晴れに。こういうのを清めの雨というらしい。なるほど祝詞が上がっている間中頭の中にいろいろなことが思い浮かんで過去と現在。良いことも悪いことも全てが今につながっているような不思議な感覚で全てが必要なことだったような気がしました。今年はコロナウイルスの影響により祭事のみで相撲大会
尼崎の3大野菜。アマイモ、富松一寸豆(武庫一寸豆)、そして田能の里芋必ずしも生産量が多いというわけではない。『南部再生』33号の記事から:尼いもとは、尼崎産の早生のサツマイモのこと。臨海部の塩分を含んだ砂地の畑で育つため独特の風味があり、大阪や京都では高値で取引された。1905年には旧尼崎町だけで耕地面積200ha以上の規模を誇ったが、34年と50年の台風の打撃を受け絶滅。畑は工場地帯へと姿を変えた。田能の里芋田能地区の特産品だったが、いつしか自家用に細々と作られる「知る人ぞ知る」存
前回の富松神社(とんまつさん)の二の鳥居の横に黄色い鳥居がありました今回はそこから…(^.^)(黄色い物を見るとつい「幸せの…」って言いたくなります)↑セミのぬけがらも。黄色い鳥居の先は社務所でした。(写真なし)↑とんまつさんの三の鳥居から少し登ったこちらで、前回は左折しました(神門がありました。)今回は直進しますよ↑すると市杵島神社の鳥居ですまたこちらでわかれみち╬選択肢はつ左折→Aへ直進→Bへ右折→Cへ↑A左折すると祠群かぎ穴が…中はどうなっているんでしょうか
ダウンタウンの松本人志監督作品↑…に似た木を見つけました↑…とんまつさんで(長崎県大村市)↑燈籠の火袋の窓は大村家の紋「いつもっこ」↑こう言う平らで真っ直ぐな参道は、わたしの住まいが山の多い土地柄なので、あまりお目にかかれません(^.^)でもちょっと先からさっそく登りです↑ニと三の鳥居扁額の松の字は異体字「容の下に木」二の鳥居横の黄色い鳥居はまた次回↑三の鳥居から左折します。直進した所はまた次回(^^)↑「灯ちらちら疱瘡小家の吹雪哉」一茶あかり(?)ちらちらもがさ
尼崎市内の神社(神社庁公認ないし登録)は66社。しかしその半分以上は無人(隣接神社管理)である。私の通常の散歩圏内にある神社は4社。富松神社、生島神社、塚口神社と西富松神社バスを利用して阪神尼崎駅前へ出れば尼崎戎神社、貴布祢神社、大物神社などがよく出会う神社である。バスを途中下車すれば、西難波の熊野神社、東難波の八幡神社、水堂神社なども訪問回数は多い。尼崎戎神社北門ただし大鳥居が建つ場所は神社の境内ではなさそう。公設の神田公園過去の経緯、歴史は知らないが、神社の固有の地所は
やり遂げた2年前失意と共にすべてを手放し長崎に戻ってきたあの時の自分はもういないその奥から新たな本来の自己が現れた自らに課した課題をやり遂げたありがとうございます最後まで読んでいただき、ありがとうございます現実というのは訳もなく起こっているのではありませんあなたの現実はあなたの中のエネルギーによって
新聞情報で、午後、駅前の農協へ直行行列に参加して購入2袋1キログラム富松神社では富松一寸豆だが、最近は武庫一寸豆が一般的呼称エコバッグのおまけつき。1袋400円行基さんが難波津で迎えたインド僧から譲り受けたものを武庫の村で育てたらしい。行基さんはどういう手段でインド僧の到達をしったのだろう。今瀬戸内海に入ったので、3日後には難波津到着予定などという電文の受け渡し法は?Wikipedia:行基(ぎょうき/ぎょうぎ、天智天皇7年(668年)-天平21年2月2日(749年2月23