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いただいた言葉「これからすることは自分の心に気持ち良いか」何が残る野球の祭典WBCで侍ジャパンが世界一…女子サッカーとバスケットボールのW杯、世界陸上に水泳、バレーボール…そしてアジア大会、ラグビーのW杯・・・その間もウクライナでは砲弾が飛び交っていた。今度はイスラエルでの戦闘激化である。スポーツと戦争しかなかったような一年…自然災害の激化…猛暑…何かを教えている…訴えている‼2人の言葉2人にとって「助けてほしい」と「大丈夫だよ」の言葉は「助けてほし
近鉄奈良駅から市内循環バスで、破石町へ。(わりいしちょう)ここは、柳生街道のハイキングコースのスタート地点でもあります。近いうちに柳生街道へもまた行く予定ですが、今回は大和十三仏霊場の第七番札所新薬師寺へ行きます。バス停から閑静な住宅地を歩いて約10分。裏手から行ったので、東門につきました。ここからは入れません。東門は、本柱の上が二つに割れ、板蟇(かえる)股を挟んでいる珍しい方式で、鎌倉時代の様式です。入口は、南門です。こちらが南門鎌倉
本日は奈良県をランニング。『橿原運動公園』からスタートし、先ずは『橿原神宮』を参拝。我が国の神社の中でも、最も由緒ある場所。神武天皇に争いのない世の中をお祈りしました。その後、『近鉄大和八木駅』を通過して、大和路を走ります。約10km走ったところで、『大神神社』へ。大神神社は、日本最古の神社といわれています。ご神体は三輪山そのもので、本殿はなく、拝殿から三ツ鳥居を通して山に向かって拝みます。帰路は『まほろばキッチン橿原店』に寄って
ようこそ、いらっしゃいました!爽やかな1日ウォーキングコースでは、コスモスが咲き始めていました。もう少しすれば…法起寺前のコスモス畑も見頃を迎えます。奈良から離れた能勢電鉄の駅で見かけたポスター能勢電鉄沿線の皆さん秋の奈良大和路へお越し下さいませ。😊いつもありがとうございます!
この記事は前に一度リブログしたことがあるのですが、前回「奉安殿・奉安庫」のことについて書いたので、その関連でもう一度取り上げます。5年前に大和路を歩いた時、奉安殿の跡を探した話です。このハイキングは教員組合退職者会の催しで、10キロぐらいも歩いたあと最後に「奉安殿探し」をして歩き回っているのですが、今同じことをする元気は多分ないだろうと思います。私自身は老いが進んだという話になりますが、この時元気に皆を案内してくれたTさんが、この三年後の2021年8月に、同じ退職者会ハイキングの下見にドン
本日は東京⇔関西の復路。納車して伊丹空港に向かってます。関東は涼しかったですが、こちらは朝から暑い!日差しも眩しい中、サングラスを忘れてしまいました…体調に気を使いながら安全運転に努めますよ!お昼は何を食べようかな(^^)ではまた。
今、近鉄百貨店奈良店、大和路コーナーにて、、、キッチンスタジオカチートさんの、ナラカラカリーの実演販売がなされている。(実演は11時半と13時頃のみ)深鍋型ホットプレートで、15分ほどで、あっという間に出来上がる。ちょいと頂いたのだが、、、最初にコクと重量感のある旨味が来て、その後、ピリピリとしたスパイシー感が、舌を包んで長――く余韻を残す。しかしヒリヒリした感じがなく(👈ややこしいかな?)辛いのが苦手なおたぬきでも、美味しく頂けた。周りの人(職場関係者)にも好評
8月29日占い🔮#感じるままのあしたの占い🔮(*´꒳`)ノ"今日もお疲れさまです♡🍓わたしが見た景色🪟大和路恵比寿神社大神神社長谷寺今月も友人とお参りに行けた幸せ時間♡今月も長谷寺さん風鈴の音色帰りの電車🚃から虹🌈見えた😍では❣️今日も心を込めていってみよ〜♫٩(ˊᗜˋ*)وィェーィ♬*゜牡羊座🍓ちょっと先みながら牡牛座🍓巻き込んで楽しむ♫双子座🍓ほらちゃんと見えた蟹座🍓一か八かどんとこいだ獅子座🍓心も開いて風通し🍃乙女座🍓手をちゃんと伸ばす天秤座
今年のお題は「和」と聞いて、「平和」しか思いつかず、平和とはかくも儚きものなるか専制国家の横暴無惨という歌を詠んでみたが、全く面白くない。(^_^;)最近ふと、「大和」「大和路」という言葉が浮かんだ。美しき日本目指せし大宰相大和路に散る無念幾何(いくばく)う~ん、前者よりましかもしれないが、やはり面白くない。(^_^;)民間軍事会社ワグネルの代表プリゴジンが飛行機事故で死んでしまった。おそらくプーチンによって殺されたのだろう。プーチン政権に反旗を翻していおいて無事で済むわけはな
「利他の心」に基づく日本航空再建の三つの意義稲盛和夫「他に善かれかし」と願う純粋で一途な思いが強大なパワーを発揮して、破綻した企業を救ったばかりか、高収益企業へと変貌させた。今思えば、日本航空の再建も、善きことを思い、善きことに努めた結果であるように思えてなりません。私は航空業界には全くの素人であり、また高齢でもあります…引き受けてよいものかどうか大変悩みました。私はその任ではないと思い、何度も何度もお断りいたしました。また私の友人や知人、そして家族の誰もが大反対でした。「晩節を
皆さんこんにちは。天王寺駅に到着する113系。逆光ですいません。快速大阪方面行きです。現在の大和路快速にあたります。113系の阪和線色(新快速色)が運用に入っていました。当時の国鉄では、あなたとなら大和路。とならと奈良を掛け合わせた観光キャンペーンを実施していてそのメインになる大阪ー奈良間の快速にヘッドマークがつけられていました。天王寺発環状線を1周して奈良に行く快速奈良行きです。朱色帯の関西線快速色の113系。本来の奈良行き快速になります。御覧
数年前明日香の犬養万葉記念館で購入したDVD「万葉の大和路」。犬養孝氏が愛した万葉の歌がベースとなって様々な土地を歩く内容だった。その中でも紹介されていた奈良県と和歌山県の県境にある「とびこえ石」万葉人が通ったであろう神代の渡し。ナビで調べて行ったんだけど最初に「目的地到着」と出たのは国道沿いの道端で「ここどこ」あれぇ?再度検索するとあぁ、もう少し先に道があるのかな?
猛暑の中、関西本(大和路)線へ緑の201系を求めて行ってきました。ツーリングがてらのプチ遠征でした。片道2時間ぐらいの道中でしたが、暑いのとおしりが痛くて、やっぱり車の移動がいいです。昨年の夏は、ニーナを追いかけていたことを思い出しながら、汗を拭いていました。次は、水上へ行く予定。春以来の大和路線。緑の電車もことごとくなくなっていきます。次の桜の頃には、河内堅上の桜は、見られなくなるのでしょうか。次回は、街の中でも撮ってみようかなあとも思っています。
こんばんはHickeyです今日7月20日中国、近畿、東海地方に梅雨明けきたぁ㊗️いよいよ夏本番☀️さらばジメジメよ🙌俺の季節がきたぁ〜梅雨明けしたので改めて…皆さん暑中お見舞い申し上げます今年は梅雨明け前から猛暑日が続いておりますが、皆さん元気に過ごしていらっしゃいますかいよいよ夏本番☀️夏は楽しいイベントもたくさんそんな楽しい夏を夏バテしらずで過ごすには、ガッツリ食べる事しっかり汗を流す事ぐっすり寝る事この3本柱につきますねあと甘酒も忘れずに飲みましょう
こんばんは熱男のHickeyです俺のTwitterのフォロワーさんが最近やたらと凍結になったり鍵アカになったり休眠アカになったりしています皆さん日本のためを思いTweetしていたのに俺は右でも左でも議論が出来る人であれば積極的に関わりを持つ事にしていますただ残念ながら世の中には議論が全く出来ない人がいますその人達は自分と意見の合わない人を見かけると、相手の心を折るために色々な事をしてきます(俺も以前は色々されました!まだ読んでない方は下をクリックしてください⬇️)『わ
こんばんは猛暑の申し子Hickeyです今日は仕事の関係でトラブル対応やらお得意さんに御中元を持っていったりして気温38℃の中を1日中ずっとスーツでした汗の湖の中に俺がいるみたいな感じ気温が高いのは全然OK👌でも蒸し蒸しは嫌早よ梅雨あけろてぇ遠慮せんでええて連日の猛暑で疑問を持った人がいたようです【けんちゃん】さんですhttps://twitter.com/snt495?s=21どんな疑問だったかと言うと‥👇😁素朴な疑問アイホンってさリチウムの特性で周囲温度が
ならの鹿🦌お行儀良く横断歩道を渡りますお隣の県で楓浜が交通安全夢大使をしています(๑˃̵ᴗ˂̵)北の大地のエゾシカお行儀良くなんて出来ません厳しい北の大地で生きて行くため🦌炭酸煎餅をくれる人はいません。。。たくましいエゾシカのんびり過ごす奈良の鹿どちらもそれぞれ良さがあってどちらも好きです♡鹿って良いなぁ〜♡この前奈良で鹿を見れずでまた鹿に会いに行きたいな〜冬‼️₍₍(๑॔˃̶◡ ˂̶๑॓)◞♡炭酸煎餅は修学旅行のときに買って鹿にあげました♫調子に乗って
こんばんは昨日からの三連休を利用しプチ旅行しているHickeyです今日は諏訪から戸隠まで足をのばしましたこの話は後日ブログでねさて昨日からスタートした平成28年の【Hickey自転車夢紀行・大和路編】これを振り返るシリーズ!その1どうでしたか(まだ読まれていない方は下をクリックしてください⬇️)『平成28年【Hickey自転車夢紀行・大和路編】を振り返る!その1』こんばんは三連休を利用し【ぶらHickey】の取材旅に出ているHickeyです今回の旅もMSでの旅じゃありませ
では、毎度おなじみ参拝の雰囲気を味わってください茅の輪は7月9日まで設置してるそうですではまたわたしゃこのあとローカル電車でGO!
「ならまち」を南に真っ直ぐ抜けて表通りに出る左手に、古民家を改装した和菓子の『樫舎』(かしや)があります。古民家を改築した店の入り口の左に、【樫舎】の文字。生成りの麻暖簾には、「結び柏」の紋。右上には、『萬御菓子誂處』(よろずおんかしあつらえどころ)と書かれています。「樫」は、非常に堅い木で、英語では「oak」英語に、「AHeartOfOak」と言う表現があります。日本語では、「堅忍不抜の心、精神」と訳されています。どんなことがあっても心を動かされない、じっと
奈良東部を代表する観光地の「長谷寺」には、近鉄大阪線の長谷寺駅で下車。改札を出ると初瀬(はせ)街道への緩やかな坂道が、だらだらと続きます。その途中に豪快な造りの古い町屋が何軒か目にしました。共通していたのは壁に設けられていた、白くて太い楕円形にスリットの入った格子状の枠でした。この漆喰?で造られたと思われるものの目的は、色々な人に聞いてみましたがハッキリとしたことは分かりませんでした。このような造りは、奈良では各地で見られるようです。表側にしか設けられてい
4年ぶりの「大和路」の旅から帰って、一ヵ月が経ちました。描き溜めたスケッチには、寺社以外にもたまたま巡り会った路地や古い民家、訪ねて行った人たちがいました。そんな、「大和路の落穂拾い」のようなスケッチを何枚か……。『生活を刻む路地』円成寺への忍辱山(にんにくせん)バス停近く…。『塔の見える路地』元興寺近くの交差点(ならまち表通り)から見えるのは、興福寺の五重塔。静かな路地でしたが、観光客で賑やかだった猿沢の池はすぐそばです。
(121)初夏の出会い黄緑色だった若葉も梅雨時ともなると、美しい深緑や青緑へと色合いを変えていきます。雨の日の山あい宝塚長谷にて奈良盆地の北部、大和郡山市にある矢田寺を訪ねた日の朝は、昨日までの雨は止んだものの、まだ一面灰色に曇った空模様でした。天武天皇勅願寺の古刹と云えば少し硬いイメージですが、この時季の矢田寺は紫陽花に彩られた境内で優し気なお地蔵さんと出会え、気持ちが和らぐ感じです。紫陽花に包まれたお地蔵さん奈良・矢田寺にて
「ならまち」は迷路のように入り組んだ細い路地が行き交う、白壁や格子窓、古民家などが軒を並べるレストラン、カフェ、土産物店、雑貨店街です。そんな「ならまち」をのんびり歩いていると、突然出くわしたのが『元興寺』(がんごうじ)でした。日本最古の創建である飛鳥京の「法興寺」(現在の「飛鳥寺」)が、平城京遷都とともに「南都七大寺」として移されたのが元興寺の始まりです。南都七大寺とは、東大寺、興福寺、元興寺、大安寺、薬師寺、西大寺、法隆寺。『元興寺山門』創建時から波乱万丈の歴史
法華寺の隣り、と言ってもいいような近さにあるのが、『海龍王寺』です。法華寺とゆかりの深い光明皇后によって、731年(天平3年)に創建されました。開基は、唐に渡った留学僧の玄昉(げんぼう)。『海龍王寺本堂』暴風雨の中、唐から日本に無事に帰り着いた僧・玄昉にあやかって、旅行者や留学の安全祈願に訪れる人も多いと聞きました。『五重小塔』(国宝)創建時の遺構である西金堂(重文)に安置されているは、高さ4.5mの「五重小塔」。薬師寺の三重塔に様式が似ているなど、当時の建築技
今回の大和路の旅の終わりは、「佐保路の寺」と「ならまち」を訪ねることにしました。佐保路は、東大寺の転害門(てがいもん)から西へと、一直線に伸びている道です。少し離れて南側を佐保川が流れています。訪ねたのは、寄り添うように建つ法華寺、海龍王寺、不退寺の3寺。最初に訪れたのは、佐保路の一条通りを突き当たったところにある『法華寺』(ほっけじ)です。法華寺は佐保路の中心とも言える、格式高い尼寺です。『法華寺本堂』奈良時代に光明皇后が、父の藤原不比等の邸宅を宮寺として建
『薬師寺の東塔』は、創建時から残る唯一の建物です。今回の大和路の旅の最大の目的は、この薬師寺の東塔を見ること。この日は、薬師寺の東塔を見るだけの一日に決めていました。薬師寺の東塔は2009年(平成21年)から、12年の歳月をかけて全面解体修理が行われました。1300年の歳月を耐えてきた、天女の舞う水煙も新しく取り換えられました。『薬師寺東塔』(国宝)どこから観ても落ち着いた雰囲気。全層に「裳階」(もこし)を配した流れるような安定感には、何の不安感も感じられません。
近鉄大阪線を「長谷駅」で降りて初瀬街道を歩くこと20分、賑やかな門前町の先に雄大な総門が出迎えてくれます。総門は、1894年(明治27年)の再建。『長谷寺総門』三間一戸母屋造り本瓦葺きの仁王門です。長谷寺は全国に関連寺院3000寺を有する、真言宗豊山派の総本山。長谷寺では人が使う暦よりも、季節を間違えることなく咲く”花暦”が生活の基本ではないかと、思えてくるような「花の寺」です。総門を潜ればすぐに、399段あるという「登廊」(のぼりろう)を緩やかに上がって行きま
聖林寺の拝観を済ませて、バス停で『談山神社』(たんざんじんじゃ)行きのバスを待ちます。聖林寺からは15分ほどです。「談山神社境内案内図」談山神社は山の中腹に築かれた神社ですが、あまりにも見どころが多いのでパンフレットで境内の様子をご覧ください。談山神社は明治の初めに神仏分離令が出るまでは、藤原鎌足(かまたり)の長男・定慧が建てた妙楽寺(多武峰(とうのみね)寺)と、その弟の藤原不比等(ふびと)が建てた神社と一体でした。分離令後に寺が廃止となり、神社が残されました。神
この日は3年前、4年前の忘れ物を取りに行くような日でした。行く先は『聖林寺』(しょうりんじ)から『談山神社』(たんざんじんじゃ)へ。バスの本数は極端に少ないのですが、二つの寺社を訪れるには都合の良い時間設定になっています。と言うことで、朝一番のバスに乗り遅れてはいけないので、余裕を持ってJR万葉まほろば線で桜井駅に向かいました。桜井駅から10分ほど、聖林寺バス停で降りると山裾に聖林寺の屋根が見えます。長閑(のどか)な田園地帯の中、聖林寺への道が続いています。聖林寺の