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訪れたことはないが、生涯1度は訪れたい、しかしプーチン体制の専制ロシアには行きたくないので、いつのことになるやら皆目見当がつかないのが、ロシアの旧首都サンクト・ペチェルブールクである。帝政ロシアの夏の離宮の「琥珀の間」この郊外に、「ツァールコエ・セロー(ЦарскоеСело)」というロマノフ朝後期の皇帝の夏の離宮・別荘がある。ロシア語の「ツァールスコエ(Царское)」は「ツァーリ(皇帝)の」という形容詞で、「セロー(Село)」は「村」という意味だ(写真)。
ピョートル大帝の業績のすさまじさは、世界の数いる偉人と比べても特筆もの。西欧化を目指し、ロシアで初という事業を数限りなく始めさせた。なんせそれまでのロシア宮廷は、長い髭を生やしたどこか東洋風の臣下たちが、旧弊な生活をしているだけだった。そこへ改革の嵐。ピョートル大帝には常識なんかない。ただ「やるのみ」。オランダへは、ひとりの職人として出向き、ただの「船大工ペーター」として働いたという。技術オタクであり、なんでも新規な技術にはキョーミを示した。困ったのは歯医者の技術に熱中し、進化の歯を
初めて訪ねたのは、まだソ連時代の1990。手配は行き届かず、ある日などは昼のレストランを当日探すはめに。さんざん「食事可能」なレストランを探して、やっと行けたのは午後三時過ぎ。出てきたのはピザ1ピース!ソ連末期の物資欠乏を身をもって体験した(笑)。モスクワの有名なデパート「ツム」にも行ったが、ホント―になんもない。食品売り場では、わずかに冷凍庫に肉がいくつか包まれていたが、すべて札が付いていて予約済だった。ところがロシアとなって2003年に行ったときは、アメリカ並みの「質より量」。夕食
ラノベ「双頭の鷲―ハプスブルク家物語―」あってはならぬ事~外交革命と7年戦争~④間一髪!フリードリヒに女神が微笑んだ。ロシアのエカテリーナ2世が心臓発作の為世を去ったのだ。後を引き継いだピョートルは熱烈なフリードリヒ支持者だった。1辺のほころびで総崩れとなった世に言われる「3枚のペチコート作戦」は終わりを告げた。※3枚のペチコート作戦とは、フランスのポンパドール夫人、オーストリアのマリアテレジア、ロシアのエカテリーナの女性3人の間で結ばれた作戦だった事に由来する。
サンクトペテルブルグ芸術巡り②【エルミタージュ美術館⑴】-歴史と文化・巡礼の旅日記ロシアのサンクトペテルブルグにやってきました。エルミタージュ美術館さあ、いよいよエルミタージュ美術館に入館していきます。エルミタージュ美術館は、巨大な宮殿です。主に4つの建物から成り立っています。左から、エルミタージュ劇場–〜旧エルミタージュ〜小エルミタージュ〜冬宮殿(新エルミタージュは旧エルミタージュの背後にある。)収蔵美術品の数・300万点…www.jukensyakai.net
サンクトペテルブルク歴史巡り⑥【ツァールスコエ・セロー、エルミタージュ劇場】-歴史と文化・巡礼の旅日記ロシア旅行記です。サンクトペテルブルク市街地から25キロほど南下し、プーシキン市というところに行きます。ツァールスコエ・セロー「ツァールスコエ・セロー」に到着しました。「ツァールスコエ・セロー」とは、皇帝の村の意味。ロマノフ朝皇帝の夏の宮殿として使用されていました。学習院アレクサンドル一世が19世紀初頭につくった、貴族子弟を対象にしたエリート教育機…www.jukensyaka
サンクトペテルブルク歴史巡り⑤【血の上の教会、聖イサク教会、ネフスキー通り】-歴史と文化・巡礼の旅日記ロシア旅行記です。サンクトペテルブルク観光。バスで市街地ぐるり。カザン聖堂正教会の大聖堂です。あっさりスルー。旧海軍省からネフスキー通りの辺り。ドストエフスキー「罪と罰」の舞台の辺りの観光スポットを巡っていきます。血の上の救世主教会塔の「ねぎ坊主」がロシアっぽい感じです。修復中のようですね。比較的新しく1907年に造られたそうです。日露戦争の後で…www.jukensyaka
去年の今日来ていた『イルクーツク』について調べてみました。再び来たとの印がありました。今日は、ウィキのほうを読んでみましたところ、大変に、日本との関係も大きいとのことで、そこに気づかないままでいました。イルクーツク-Wikipediaそのことに気づかないので再び来ていたのだと思います。この記事は、一回目に来て記事にしていたものです。今日は、ウィキをきちんと読みなおすとかなり大きな見落としが感じられました。伝兵衛-Wikipediaのこと大黒屋光太
「ピョートル大帝の妃洗濯女から女帝エカチェリーナ1世へ」河島みどり著草思社2002年こんばんは。今日は西洋史ですけど、久しぶりにヒストリア(史書)の記事です。もう半月は前だと思いますが、草刈民代さんがロシアを旅する番組をBSで再放送しておりまして。以前にも観たので軽く映像を流していたのですが、なんかそれ以降ロシア女帝が気になってしまい借りました。エカチェリーナ1世の本↓ピョートル大帝の妃―洗濯女から女帝エカチェリーナ一世へAmazon(アマゾン)
歯医者さんに行く治療の椅子に座って1人待つ間トレーに乗っているいろいろを観察いつも思うのはこの小さな道具一つ一つに名前があって歯医者さんは全部覚えてるってことすごい殆ど同じような小さな先っぽ用の尖ったやつは全部昔々の歯科治療の工夫や失敗から今の形に至っているってことすごい歯医者さんや歯科衛生士の元気な女性に私が子供の頃は治療の時に麻酔なんかしなかっただから治療は激痛で子供の私は女医さんの指を思いっきり噛んでしまったってな話をしたら信じ
2019年5月のロシア旅行記です。さてロシア紀行後半戦は、サンクトペテルブルクからモスクワへ、特急列車で移動していきます。モスコフスキー駅Московскийвокзалサンクトペテルブルクの「モスコフスキー駅」へと向かいます。モスクワ?実はロシアでは、列車の行き先ごとに駅が存在するようなのです。サンクトペテルブルクからモスクワへ向かう駅は、サンクトペテルブルク市内にある「モスコフスキー駅」なんですね。逆にモスクワからサンクトペテルブルクへ向かう駅は、モスクワ市内にある「レニン
2019年5月のロシア旅行記です。サンクトペテルブルクからモスクワと巡る予定です。成田国際空港まずは成田第二ターミナルに到着。JALでまずはモスクワに向かいます。だいたい9時間の旅です。ドモジェドヴォ空港Междунаро́дныйаэропо́ртМосква́-Домоде́довоモスクワのドモジェドヴォ空港に到着しました。けっこう暑いですね。寒いかと思って上着持ってきたけど、今日のところは要らんかった。自販機。ヘンテコなロシアゆるキャラ。
ロシアルーブル銀貨1721AWの落札品が漸く届きました。ロシア帝国初代皇帝、ピョートル大帝のルーブル銀貨です。状態表記はNGCのVF35。他の国のコインだと微妙に感じるコンディションですが、ロシアのコインだとこれでも十分良い部類なのです。50と53という高グレードの品に前後を挟まれていたためか注目が弱く、割とあっさり落札できてしまいました。手数料込み10万くらいは覚悟していたので嬉しい誤算でしたね。というか今更ですが、何でロシアの銀貨はこうも綺麗なものが残っていないんでしょうね?新
まだ競りは続いていますがとりあえず自分のAWは終了しました。3925、1721年ピョートル大帝のルーブル銀貨を落札して終了です。事前に86000で入れたところそのまま80000でフィニッシュでした。両隣を50と53という同種の高グレードに挟まれていたお陰で注目が薄かったようですんなり落ちてくれました。二年ほど前のAWで同年同グレードが90000で落ちていますので今回それなりにお買い得な落札だったのでは?と思っています。ピョートル大帝のルーブルは人気なのもあり中々手が出せる値段では出てきません
いや〜三浦春馬の自殺ニュースは、久しぶりにフリーズしましたすごいファン、というわけではありませんでしたが、比較的好きな若手俳優という感じでしたし、活躍されていたので「え!?何で!??」という感じでした。他人にはわからない色々な悩みや苦しみ、人それぞれ多少なりとも抱えているもんですよね。私も今、実は結構大きな問題にぶち当たり中です・・・仕事とは関係ありませんが。さてさて、気を取り直して。ロシアに出張するとついつい物色してしまうのが意外にも紙袋!日本では
ここにきて一気に新型コロナ感染者数が激増しているロシア!ついに10万人を越えましたロシアの首相に続き、建設住宅相も感染が確認されたようです。残念ながらロシアはまだ増加の途上。緊急事態宣言は5月11日まで延長されたということですが、果たしてここ1週間くらいで解除出来るほど解決するというのでしょうか!?プーチン大統領の手腕が問われるところそしてマリンカにはそのプーチン大統領を筆頭に、歴代ロシアのトップが描かれたマトリョーシカが入荷しています(10ピース
ロシアの初代皇帝ピョートル大帝が登場します。この人物は英才として誉れ高いのですが、忍耐強い性格でもありました。即位直後は政権基盤が弱く、派閥抗争のバランスを取るために、イヴァン5世という皇帝と並立していました。共同統治は1696年のイヴァン5世が崩御するまで続きます。ピョ-トル1世は14年も時が来るのじっと待ち続ける性格の持ち主でした。1696年以降、ピョートル大帝の真骨頂が発揮されます。まずはアジアですが、アジアに進出していた原動力がコサックです。彼らはよく訓練された銃兵集団で、シベ
連休期間に入り、ステイホーム週間だと、各地の行楽地が観光客の来訪を拒否していますな。宿は予約可能だったりするのに、来てくれるなと、矛盾したことを言ってもなー。神奈川のサーフィンだって、近所の公園だって、混雑しなければ大丈夫だと、つい最近まで言っていた。サーファーを批判する人たちも、混雑したスーパーには行く。混雑する時間を避けたくても、外出自粛のおかげで生鮮食品が売切れてしまう前に行かなくちゃならないから、混雑する時間は避けられない。混雑する電車に乗って、毎日通勤する人たちがまだまだ数十
ドラキュラ公、ピョートル大帝から毛沢東、スターリン、フセイン大統領まで、世界に悪名を残した暴君たち。彼らは欲望を満たすためなら、手段を選ばず国中を処刑場とした・・・・・例えば1972年頃マルコス政権下のフィリピンでは、鷲の死骸を口に押し込む、囚人の耳を削いで本人に食べさせる、性器に電気ショックを与えるなどの拷問が日常的に行われていた。その”狂鬼”が目覚めたきっかけは何なのか?
エリートシュンガイトの原石。少しだけシュンガイトに含まれる成分についてお話しますね😄シュンガイトの中には天然のフラーレン(C60炭素フラーレン)と呼ばれる成分がたくさん含まれています。炭素のみがサッカーボール状の球体に近い分子構造で、シュンガイトだけが唯一それを含むのだそうです。ボール型炭素分子とも呼ばれています。まるで魔法陣のような五芒星と六芒星が結合した球体形をしています。フラーレンは効果の高い抗酸化物質として、アンチエイジングの美容液などに配合されている成分です。老化の原
11月7日、サンクトペテルブルク。サンクトペテルブルク市の南東25㌔にエカテリーナ宮殿がある。エカテリーナと言うと、あのロマノフ朝第8代皇帝にして啓蒙君主。文化、教育、医療、経済面で帝国を欧州に負けぬ近代民主国家の基礎を固めただけでなく、オスマントルコとの2度の露土戦争に勝ち、ウクライナからポーランドまで領土を拡大した、あのエカテリーナ2世(1729~1796)ではなく、大北方戦争でスウェーデンに打ち勝ち、初代全ロシアの皇帝となり首都をサンクトペテルブルクに建設したピョート
11月7日、サンクトペテルブルク。今日は1日フリータイムという日だが、朝から夕方までランチ付きのオプショナルツアーが組まれている。共に郊外にある二つの宮殿を見に行く。郊外へ出る前にガイドさんが素敵な教会があると、クリュコフ運河に面したニコライ海軍聖堂で止まる。1745年建設、サンクトペテルブルク市内には200の教会が建つが、22の教会はソ連時代も活動が許されたという。ここはそのうちの一つであり、海軍にまつわることから日ロ戦争戦没者の碑などもあるという。さて市内から30㌔、
11月6日、エルミタージュ美術館。さてそれではロマノフ王朝、美術コレクションを見ていこう。1812年、対ナポレオン戦争に勝利するロシア帝国、ロシアは強く寒かった、ヨーロッパを席巻したナポレオンのナチスもロシアの冬にやられることに。帝国下の貴族たちの肖像、イケメンがストロガノフ氏。イケメンだが歯が悪く牛肉を柔らかく煮たと言う。ここにもピョートル大帝玉座の間、ここにもいる双頭の鷲は1480年からのモスクワ公国時代から続きロシア帝国でも紋章となる。この柱、この捻れ、このモザイ
11月6日、サンクトペテルブルク。エルミタージュ美術館、建物はロマノフ王朝(1613~1917)がモスクワからサンクトペテルブルクに首都を移転したピョートル大帝の1712年から王朝最後の王ニコライ2世までが増改築を繰り返しながら住んだ宮殿。いや宮殿は数あるなか冬を過ごしたので冬宮と呼ばれる。ピョートル大帝の娘エリザベータ女帝に見込まれたイタリア人建築家ラストレッリによりサンクトペテルブルクはバロックで飾られていく。無数の外国使節団を迎えた、ラストレッリ作大使の階段から宮殿内
つい3週間以内前こんなことを言っていたやつが今ロックダウンを口にしているんだからな今同じことが言えるのかよ東京五輪中止はまずありえない延期してできるという根拠があるのか?俺は無理だと思っているがな延期というのは死刑宣告撤回どうぞご自宅でと言う事結果は同じだから遅かれ早かれってことよ民主主義とは何のためか?王政はある意味効率的だけど歩留まりが悪いロシアがいい例だろうピョートル大帝は傑物だったがしかしその後どうしようもない奴が何代もそういうことを防ぐためだところが
11月6日、サンクトペテルブルク。ロシア連邦、面積1707万平方㌔は日本の45倍で世界一。人口1億4652万人、ロシア人他180を越える民族構成。9世紀から12世紀にスラブ人、またはヴァイキングのノルマン人によりバルト海に面しノヴゴロド公国が成立、キエフルーシ朝に始まる歴史。15世紀から150年間モスクワを中心としたモスクワ公国が権力を握るが、1613年に始まり1917年まで続くロマノフ朝時代、1712年にピョートル大帝がバルト海に面する沼地を大開拓しサンクトペテ
ビーフカツを求め全国各地を彷徨う超変人の超マニアックなブログです。今回は、オンストリート編。過去の旅などで脳裡に焼き付いている街角の光景などを画像1枚でご紹介します。今日は、ロシア・サンクトペテルブルク市の『空港のモニュメント』です。同市の表玄関プルコヴォ空港の巨大なモニュメント。ピョートル大帝でしょうか?2014年9月次回は、明日3月10日(火)に番外編。台湾新竹市の食堂『豊晟小龍包』をテーマにします。
1月22日(水)朝食はホテルにて先ずは【世界遺産】サンクトペテルブルク市内観光へ血の上の救世主教会へ丁度、塔の真ん中の所が修復中でしたが見た目だけで圧巻その横には👇周りも散策ペトロパヴロフスク要塞👇ネヴァ川👇ピョードル大帝の青銅の騎士像