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(アブチラガマ)嘉数高台を出発して、南部に向かう。平地や窪地と同時に、盛り上がった丘が組み合わさった地形。(途中に見かけた横断幕)次に住民たちがどのような逃げ道をたどったのか、丘陵と平地が組み合わさったような南部の地形を眺めながら、ガイドさんのわかりやすい話に耳を傾けながら、糸数のアブチラガマへと向かった。沖縄本島南部の地質は、もともとはサンゴであり、それが石灰化した地質が多い。そうした地質から、雨水、地下水によって、沖縄の言葉で「ガマ」という鍾乳洞が数多く生まれ、戦中は
こんばんは。だいぶ間が空いてしまいました。無事、沖縄から帰ってきましたよひとり旅最高!すっごく楽しかったです表現者としてもひとつの階段登れましたね!今回は、そんな沖縄旅2日目に迷いに迷って行ったひめゆりの塔のお話をしようと思います沖縄は10歳、17歳、そして今回21歳の時訪れましたが初めて、というとお恥ずかしい&勉強不足なのですが、、初めて、沖縄戦、そして戦争のむごさを物凄く身に染みて感じました。未だにひめゆり学徒隊の女の子達の顔が浮かびます。なんだか、戦争というものを沖
那覇から車に乗って30分ほどで「ひめゆりの塔」に到着。これが「ひめゆりの塔」。「ひめゆりの塔」の前にはガマと呼ばれる自然の防空壕が。ここに「ひめゆり学徒隊」96人がアメリカ軍の攻撃を逃れて隠れていたんだよね。※そのうち87人が命を落としてしまった「ひめゆりの塔」の左奥には「ひめゆり平和祈念資料館」が。大人1人310円。ここでいろいろ勉強させてもらい、戦争の酷さを改めて実感させられたと同時に、国の言うことを鵜呑みにするのは相当危険だと改めて認識させられた。ほんと考えさせられる。
昨夜は仕事の後娘の舞台を観に行ってきた両性具有の性を持つ人の役だけど作品そのものは喜劇と聞いていたのだが全然!😖違う作品になっていた。リハが始まってから、内容がどんどん変化して行ったらしい今回娘は監督兼演出家の先生の求めるところ、意図するところが掴めずにどん底まで落ちたそうである。娘のせいで稽古がそれ以上進まなかった事も。要するに『出来ないならもう知らん!』と匙を投げられた訳であるその夜は家に帰って大泣き泣きに泣いて泣き疲れて涙も出なくなった頃
琉球ガラス村を出た私達はひめゆりの塔(母のリクエスト)の近くに到着‼琉球ガラス村からひめゆりの塔までは車ですぐでビックリどこが駐車場か分からず、とりあえずでかい看板だった県産品ショップを通り抜けてひめゆりの塔に行く無料駐車場に停めましたこの県産品ショップの中はまるで外国…。何が外国かというと…諸外国のお店みたいに店員さんのセールスしますよモード&オーラがスゴかったなもんで、ただ単に家族を待っていただけなのに、物を見ていようものならセールストークが始まり、聞いてない&探してない事を丁寧に教えて
ぽかぽか陽気で歩くと少し汗ばむこんな過ごしやすい気候の中首里城を散策歴史の流れを感じ感慨深い母とインスタ映えを狙い写真を撮りまくる娘達…笑笑それから首里城を後にしたらまた車でひた走り我が娘達世代に1番見て欲しかった場所に移動ひめゆりの塔娘達と同世代の子達が青春も味わう事なく恋愛も結婚もできず戦争と言う名の恐ろしい出来事により無念にも命を落とし犠牲になった…この石碑の真下が病院とされていた壕の穴があります。合掌…娘達と重なり涙無しではいら
ひめゆり部隊だけではなかった、沖縄戦での女子学徒による看護部隊。ひめゆりの塔は、数年前に訪れたことがあります。手記を拝見すると、皆さんが、いかに日本を、沖縄を守るために懸命であったか、よく伝わりました。日本人として、必死に役目を果たそうとされた女子学徒の少女たち。そして、無辜に命を奪われて行った沖縄県民の方々、そして焦土からなんとか立ち上がって今に至る礎を築いてこられた方々の為に、沖縄分断工作に乗ってはならない。沖縄県民の皆さん、どうか道を誤らず行って欲しいです。反社会勢力の傍若無人な
2017年8月の沖縄旅行記です。2日目は沖縄バスの「おきなわワールドと戦跡めぐり」の観光バスツアーに参加しました。おきなわワールドを見学した後、沖縄平和祈念公園〜ひめゆりの塔へと移動していきます。1945年4月から沖縄本島の地上戦が始まりました。嘉数高台、前田高地、シュガーローフなどの防衛線を、激戦の末突破され、首里攻防戦も苦戦の日本軍は1945年5月末に首里の放棄を決定。梅雨の豪雨のなか、南部の喜屋武半島へと撤退します。おきなわワールドに行く前ですけど、現在の南風原(はえばる
こんにちは!昨日から沖縄修学旅行です!初日は平和学習でした。沖縄の悲惨な歴史を理解し感じることができました。同世代の女子学生が看護のために戦争に駆り出されたものの、現実は被弾した兵隊の汚物処理や身の回りの世話、ノミの除去、手術後の処理など…16歳の学生が何の疑いもなく「お国の為に」従事した三カ月。その後、突然出された解散命令。思春期の心の揺れを感じることが出来ました。現在の日本が平和であることは沖縄戦の反省があって成り立っていることを改めて実感
おはようございます!沖縄修学旅行レポ1日目!ということで、何から話そうか悩みましたが、行ったところを頭から簡潔に話させていただきたいなと思います。まず最初に行った所はひめゆりの塔、ひめゆり平和記念資料館こちらは写真はありません。ひめゆりの塔伊原第三外科豪にて看護要因として動員されたひめゆり学徒隊で亡くなった方、ガス弾で犠牲になった方の慰霊碑です。ひめゆり平和記念資料館伊原第三外科豪の実物大で再現されています。また、ひめゆり学徒隊にて戦場に動員された後犠牲になった方、米軍攻撃にて
やっと沖縄ダイジェストに取り掛かれました~よろしければ、しばしお付き合いくださいませ今回は、私が沖縄の地を初めて踏んでから20周年の「記念旅行6日間」でした。6日間の旅行と言えばいかにも長そうですが、母のショートステイの送り出しと迎え入れがあり、ましてや行先が沖縄のため、初日と最終日は移動だけで終わってしまうのが現実それでも、ショートステイのイケメン責任者さんが、「いつもより10分くらいなら早くお迎えに行けますよ」とご配慮くださったおかげ
2018年9月末から10月頭に沖縄旅行した。新婚旅行以来なので実に4年ぶりである。今回は友人との二人旅であった。この友人とは結婚前から毎年の様に沖縄へ来ていた。以前から戦争の歴史には漠然とした興味を抱いていたが、大体の同行者は「気持ちが暗くなるから」と言い、戦争に関する資料館等に行く事を躊躇した。その為、今回ひめゆりの塔へ同行してくれた友人には感謝した。僕は沖縄戦や、ひめゆり学徒隊の悲劇について何一つ知らない。中へ入ると、各章によってテーマが異なり、戦前の学徒編成や、動員に至る経緯を知
2日目、起床して、ホテルの朝食バイキングです。普通のものが食べることができたので、ついつい食べすぎました。午前九時にホテル出発!本日、最初の見学地は「ひめゆりの塔」です。併設されている、ひめゆり平和祈念資料館を見学しましたが、凄惨なことがあったのですね。ひめゆりの塔・ひめゆり平和祈念資料館を見ると、戦争当時の政府・軍がどれだけデタラメで、ウソつきだったかが良くわかります。そして、権力者のウソで、出さなくて済む犠牲者が大量に出たのです。安倍晋三らが嫌われるのは、ウソつきなので、当
ふと、この曲を思い出しました。昨年の夏の終わり頃、中野の小さな映画館で、「ひめゆり」と云う映画を見ました。この映画のエンディングで流れていた曲です。この映画は当時、ひめゆり学徒隊に参加していた方のインタビューを集めたドキュメンタリー作品です。経験した方の生の声はとても衝撃的でした。言葉に表せないくらいです…これからもこの話は伝えていくべきと思います。ほぼ毎年、沖縄へ旅行していますが、南部はなぜか避けていまし
八神純子さんの沖縄公演に行かれたHIRARAさんのブログによりますと、八神純子さんが、「ひめゆりの丘」を、ひめゆり平和祈念資料館前館長島袋さんを前に、歌われたそうです。関連リンク:八神純子さんの沖縄公演前の投稿→八神純子公式Facebook八神純子さんが中日新聞に寄稿されたコラム「平和願う心受け継いで」八神純子公式WEB「生きて平和のために頑張る」ひめゆりの島袋館長退任→琉球新報弊ブログの関連記事:4年前の広島SPEAKLOW公演レポートこちら*「ひめゆりの丘」
くっ!結局日が空いてしまった(T_T)不覚!有言実行したい∠(゚д゚)/と嘆いても仕方ないので〜無事に南風原公演終了しました!ブログ書いてない間にやはり色々体験をしました!まずは沖縄と言ったらゴーヤチャンプルーとか海ぶどう等ありますが、まずはステーキ!しかも目の前で焼いてくれる鉄板焼き屋さんが多く、観光の名所の一つ国際通りには沢山のステーキ屋さんがあるんですよ〜しかも素敵なパフォーマンス付き!美味かった!後輩二人と今回旅に同行してくれている。トラックの社長と共に行きまし
レンガ調の理容室愛知県西尾市ヘアー&フェイスオクヤのミホです!ミホちゃんでも♡ミホさんでも好きに呼んでくださいね♪→オクヤってどんなお店?癒しの炭酸ヘッドスパHEADSPA(DENヘッドスパ)絶賛癒し中!!『沖縄母娘旅~最終日~』ホテルで朝ごはんを済ませ、先ずは『アメリカンビレッジ』へ若者がいっぱい集まりそうなとこだね~『おきなわワールド』文化王国・玉泉洞へこちらのアクロバット並みのショーは、感動したよ~終始笑顔で、汗だくで元
終戦記念日にあなたは何を思う?▼本日限定!ブログスタンプあなたもスタンプをGETしよう平和が一番ですね🕊1日でも早く世界から戦争という争いが無くなることを願います自分は修学旅行で沖縄の平和資料館訪れましたが未だに覚えてますひめゆり部隊の語り部さんから聞いた話展示されてたもの全てが目を背けたくなるような光景でしたしかしこういうことがあったってことを知って後世に語り継がなきゃいけないと思い向き合って見ることにしました。戦争をしても何も良いことはありませんお互いに傷付
こんにちは。昨日,一昨日と続けて書かせて頂いてきた「予科練から神風特攻。そして,ひめゆり学徒隊」ですが,本日その3で終わりにしたいと思います。一昨日は「予科練」について,昨日は「特攻隊」について書かせて頂き,今日の最終日では,日本本土上陸で激戦地となった沖縄「ひめゆり学徒隊」を書かせて頂きます。若い世代の人たちには「ひめゆり」や「ひめゆり学徒隊」と言っても聞いたこともない人も多いのではないではないかと思います。私も自分で勉強するまで知りませんでした。ちょうど今の高校生と同じ頃の若い女子学生を
ずっと観に行くタイミングを逸していたミュージカル座の夏の代表作『ひめゆり』。22年間演じ続けられてきた、いわばミュージカル座の名刺代わりともいえる力作。ひめゆり学徒隊の実話をベースに演出を加えたもの。演者も含めた作り手側の、作品への強い想いが感じられる一方で、数あるシーンがオムニバス的に進んでいく(行くように感じてしまう)ため、話の流れが都度分断されてしまっているのと、個人的にはあえて必要のないシーンを省いていくと、より誰でも流れが理解できるものになるのでは?と感じ
先日、広島に行きたいと書きましたが大分にも行ってみたいです。知覧特攻平和会館数年前、テレビで知りました。こちらにも是非行ってみたいです。今、高校野球のシーズンですね。子どものころからあのサイレンがとても苦手でした。怖いような寂しいような、、、大人になってもしかして、前世と関係あるのか?と感じています。毎日、蒸し暑いですが、沖縄に行った夏もものすごい湿気でしんどかったです。ひめゆり部隊の方たちはそんな中毎日あの洞窟で身を潜めていたかと思うとこの蒸し暑さ私たちでも耐
▼昨年書いたものはこちら。『ひめゆり』と沖縄戦⑴https://ameblo.jp/a-k-a-n-e-m-u-s-i-c-a-l/entry-12295146006.html⑵https://ameblo.jp/a-k-a-n-e-m-u-s-i-c-a-l/entry-12296477952.html⑶https://ameblo.jp/a-k-a-n-e-m-u-s-i-c-a-l/entry-12297834517.html▼今年書いている続き。⑷https://ameblo
沖縄は今日もいい天気午前中の用事を済ませると「今日は58沿いまっすぐ那覇越えて行ってみるか」と旦那。糸満にあるひめゆり平和記念資料館へ行ってきました。入口に併設されている献花売り場でお供花を買い平和への祈りを込め献花をし・・・資料館に向かいました。資料館は第一展示室ひめゆりの青春第二展示室ひめゆりの戦場第三展示室解散命令と死の彷徨第四展示室鎮魂第五展示室回
▼昨年書いたものはこちら。『ひめゆり』と沖縄戦⑴https://ameblo.jp/a-k-a-n-e-m-u-s-i-c-a-l/entry-12295146006.html⑵https://ameblo.jp/a-k-a-n-e-m-u-s-i-c-a-l/entry-12296477952.html⑶https://ameblo.jp/a-k-a-n-e-m-u-s-i-c-a-l/entry-12297834517.html今年も、皆さんから頂いたご感想やSNSで読んだものの中
知り合いの娘さんが出演されるミュージカル「ひめゆり」を観に北千住へミュージカル「ひめゆり」は、長く上演されている作品ですが、今回が初観劇です。沖縄を舞台に、史実に基づいて描かれている、と言うのは知っていましたが…💦普通に青春を謳歌していた女学生が、家族とも離れて、戦争の渦に巻き込まれていく。戸惑いながらも、甲斐甲斐しく働く。彼女達が何故死ななければいけなかったのか?戦争を知らない私。演じているのは、もっともっと戦争とは遠い世代の人達。彼女達は、この作品に参加し演じるにあたって、各