ブログ記事169件
2022年11月5日朝9時に国営平城宮跡歴史公園に来て観光をしています。「平城京あらまし」の説明書きがありました。平城京は、奈良時代の日本の首都のことです。藤原京から遷都するにあたり、710年に唐の都長安城を模倣して大和国に建造された都城になります。中央北域に宮城・平城宮(大内裏)を置き、東西8坊(約4.3km)の面積をもち、中央を南北に走る朱雀大路によって左京・右京に二分され、さらに南北・東西を大路・小路によって碁盤の目のように整然と区画され、全域が72坊に区
どうも、かめたくさんです。つらつらと記事にしてきた、7月の自転車旅ですが、今回が最終回です。大和神社をあとにして奈良公園を通過して、到着しましたのは平城旧跡公園です。復元された「朱雀門」です。時間もちょうどよかったので、「天平うまし館」でお昼ご飯にしました。はっきりした名前は忘れましたが、シルクロード・カレーみたいな名前だったと思います。旅二日目からは、気温がグンと上がって
奈良時代の学者・阿倍仲麻呂(あべのなかまろ)(※1)は、養老元(717)年に、吉備真備(きびのまきび)(※2)らと唐にわたり、唐の役人に登用されました。以降、35年間唐にとどまり、ようやく帰国の途につきましたが、その船がベトナム(安南)の沿岸に漂着してしまったため、とうとう生きて祖国の地を踏むことなく没しました。このように、当時、唐への行き来が如何に困難だったかがわかります。宝亀9(778)年には、大伴継人(おおとものつぐひと)(※3)らを乗せた遣唐使船が、唐からの帰路、激しい波浪で艫(とも