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トルソー症候群についてのほとんどの方が知らないと思うので再度皆さんに少しでも知って頂きたく書く事にしました。主人は2022年12月27日朝仕事を始めた9時半頃突然の視野狭窄病院に行って診断される迄なんで目が見えにくいかも分からず話も手足も普通なので、それがまさかまさかの脳梗塞母も義理の姉が脳梗塞になった時血栓溶かす点滴治療だったので主人の場合も安易に考えでましたERの先生の説明で脳の中に沢山梗塞が飛んでいて血液サラサラにするしか対処の仕方が無いと言
小雨降る相模原です今回、暗い内容ですので、苦手な方はスルー願います先週、伯母が脳梗塞で倒れました。自宅で倒れたのですが、一緒に居た伯父はビックリしてしまい、私の母の所に助けを求めて来たそうです。(私の実家は、伯母の家の隣にあります🏠)母が、伯母の掛かり付けの病院に連れて行き、そのまま入院になったそうです。幸い、軽い脳梗塞だった様ですが、「しびれ、口を何か食べてる様にモゴモゴ動かすのは残ってしまうでしょう。」っと医師から説明されたそうです。2ヶ月位、入院するらしいのですが、実母は、す
三ヶ月めに、はじめてこちらでご報告できます。少し長いです。今日、家族四人で病院に行ってきました。入院して直後‥いったん心停止したのですが、自力でもちなおしたそうで。脳のダメージを受けた範囲がかなり広く、高齢なこともありとてもじゃないけれど、希望的な面はなにもなく‥コロナ禍の中、付き添いはもちろん、面会もできず、ただただ病院からの連絡待ち状態の中「もう仕方ないのかな」と、おかんは思っていたのですが‥どっこい姑っちはそうじゃなかった。本当に、まさかここまで回復するとは!とオトンと驚
退院後は一人暮らしの自宅。不安なことばかりだけど、近所の人にどんなふうに見られるのかを考えると気持ちが落ちる。しばらく見かけなかったけど、どうされたのかしら?いつもは車か自転車で出掛けていたのに、あんな姿で。。声をかけてもらえれば、説明できるし、むしろ声をかけてもらって説明したい。遠くからかわいそうに、、という目で見られるのかな?辛い。いや、そもそもどこまで一人で動けるのか、、通っていた美容院には車に乗ること断念したので、タクシーじゃないと行けないし。。普通に歩けば5分くらいで着く駅前の小
しております。2回同じようなことが起こりました。健ちゃんは歩く練習はしてますが、スーパーや商業施設などは他の人のご迷惑にならないよう車椅子を使用してます。車椅子といっても3歳の時に購入したものなので、いわゆるバギータイプの車椅子、こども車いすです。まず一度目は商業施設内のスタバ。健ちゃんフラペチーノ大好き子供三きょうだい(おそらく5~2歳)が席を探してぐるぐる。席を見つけると店内に響く大声で1人が「ママここー!」。私たちが出ていこうとすると、ママを呼んだ時並みの声で「あの子おっ
結構無理矢理ではあったが退院した。またもやリハビリ病院は断って。また近所の総合病院で外来リハビリを受ける事を条件に。しかし今回は前回の退院と比べると全くと言っていいほど左手が動かない。入院中から片麻痺の方のブログを拝見したりネット検索して片麻痺でも使える調理器具などを探して帰宅後爆買いした。まず右手でサポートすると調理器具の持ち手は握れたのでニトリの1台7役でコンパクトに収納できるスライサーザルボウルセットを買った。レビュー特典付き水切りザルボウルセットSざるぼうる水切りザルらく
6ヶ月を超えたらやるべき、と、リハビリ病院でケースワーカーさんに教えていただいていたので、先日手続きを済ませました。2ヶ月位かかるそうなので、まだ手元には来ていませんが、流れを記録しておきます。6ヶ月になるタイミングを見計らって、主治医の先生に、障害者手帳申請のための診断書を依頼しました。障害者手帳には、大きく分けて2種類あるそうです。・身体障害者手帳(肢体不自由)・精神障害者保険福祉手帳夫の場合、脳梗塞の麻痺→身体障害者(肢体不自由)高次脳機能障害→精神障害
さきほど、脳神経内科を受診しました。脳血栓治療のためのヘパリン注射を続けるかどうかの診断のための受診でした。その時に聞かれたのが、札幌で脳梗塞を起こした時の血栓が飛んだ部位が何処か覚えていますかということ。そういえば、血栓が飛んだということ以外、聞いていません。もしかしたら説明を受けたのかもしれませんが、朦朧としていて覚えていないのかもしれません。家族が身近にいなかったので、詳細な説明を聞く人もいなかったし。脳梗塞による麻痺は残らなかったと思っていたのですが、右手と左手の握力が弱くな
病気は、突然やってきます。私も12月3日の夜中にトイレへ行こうと思ったら左足が全く動かないけれど10分ほどで普通に戻り、また眠り。その後また目が覚め、やっぱり左足が変。起き上がろうとしたら全く体を起こせないその時はわからなかったけど今、思うと身体が麻痺していたんだと思う。やはりその後、普通に戻り、脳かなぁ?と思ってすぐ母に電話して、朝イチで内科の先生に電話しました。折り返しの電話で、すぐ脳外科に来て受診しなさいと看護師さんから先生の伝言を聞き、朝一番で脳外科へ行きました。そ
朝一番で病院へ行き、新規受付の手続きをしてる間に左足に力が入らなくなってきていて、脳外科の診察室まで行ける感じではなく、母が車椅子借りてこようか?と言ってたら近くを通りかかった看護師さんが車椅子を走ってとりに行ってくれた。有りがたかった。脳外科へ行くと、すぐ検査を次から次とおこなう。採血、レントゲン、MRI。MRIの時には検査のベッドにも乗れない状態になってた。レントゲンの時は自分で立って検査できたのにMRIが終わった時には、左手にしてた腕時計も無理と思い母に預けた。検査結果、医師から、原
当院の手技であるトータル・リリース(トータルに組織をとらえて、柔軟性・滑走性を改善して、血流・神経の通りを良くして、筋肉が働きやすい状態を作っていく手技)の施術をする際の補助として、テラヘルツ鉱石のカッサを使用することがあります。また、患者さんご本人やご家族さんにもご指導して、使っていただいたりもしています。私自身、最近6年半ぶりに新しいテラヘルツ鉱石のカッサを買いまして、以前のものと使い分けながら使っています。以前のカッサ↓テラヘルツ鉱石かっさ【ノーマル型】AMERIオリジナルポー
初めての投稿でやり方もよくわかりませんが頑張ってみます。2023.8に脳梗塞を発症。今現在、回復期リハビリ病院に入院中。4ヶ月目に入ってきました。退院後の不安と色んな感情が出てきてます。少しずつ投稿して、自分の心の整理もしたいと思います。
夫のおばあちゃんに会いに行きました。夫はよく「世界で一番大好きだったおじいちゃん(血のつながりはないステップグランドファザー)」の話をしましたが、何故かあまり夫の話にあまり登場しなかったおばあちゃん。夫のおばあちゃんは、脳梗塞を起こした後遺症で、子供に戻っていました。そんな夫のおばあちゃん家で驚いたもの。それは…。アメリカにはリビングが2つある家があり、1つは来客用、もう1つは家族用。その家族用のリビングの壁一面には、孫ふたり(私の夫と弟)の写真が18枚ほど、飾られていま
おかん疼痛緩和外来どなどーな前回胃いたい胃薬のんでないとかふざけたこと抜かして勝手に胃薬と血液サラサラ薬混ざった薬に処方に換えてもらいやがったせいで薬局さんでパニックおきた内科でがっつり胃薬もらってるからダブリが起きるし余計やばいつーので🙄💦薬局さんが電話やりとりで元の薬に戻して貰う手はず整えてくれたのでおかん診察に内科胃カメラと処方薬リストお薬手帳もっていきやがれー💢😡💢どなどな
私が子供の頃から使っている昭和を感じる柄の引き出しが壊れた。母からネットで注文してと頼まれたが、指定されたサイズの引き出しで安価なものがなかった。ちょっと高いなと思ったけど、車がないから仕方がない。配送料込みと考えればいっかと思った。その引き出しが、日曜の朝に届いた。母から「組み立てられないから、組み立てて」とヘルプが来た。母の部屋に入ると、中途半端に組み立てられた板と部屋中に広げられた部品と、袋から出された部品が目に飛び込んで来た。「これじゃダメだ」ネジを外して、全部バラバラに
金曜日、定時で上がった仕事の帰り道さくら満開桜並木を通る、介護タクシーいつもの総合病院とは別の病院母は、そこの歯科がお気に入りで義歯を作り直してもらうことになりました予約した介護タクシーは時間通りに施設に到着施設から、病院までは車で約30分1月に骨折してから、しばらくリクライニングの車椅子に乗っていたので通常の車椅子は、腰が辛そう普段でも、食事以外はほぼ寝たきりですそんな母の気を紛らわそうと介護タクシーの運転手さん(介護士でもある)「外に出られたの、久し振り
また超久しぶりの更新になってしまいました。旦那氏、12/23に退院が決まりました。退院後は平日はデイサービスへ、土曜日に訪問リハビリを受ける予定になりました。デイサービスの事業所を見つけるのがまた超大変でした。週5日送迎を頼んでいましたが週2日しかできないと言われてしまったり…入浴も週3回頼んでいたけど1〜2回しか無理と言われてしまったり…結局送迎はもう一度検討してもらい週5日していただけることになりました。お風呂は希望者が多すぎてどうにもならないとのことだったので週1〜2回で了承
配属されていた福祉用具部門もまだ処理は残っているものの、『廃業届』が正式受領されて廃業になった。介護報酬の返還もあとわずか。数人の利用者様の遺族と連絡が取れぬままだけどゴールが見えてきた。業務の契約更新が先日行われた。福祉用具部門はなくなったので、私の処遇も会社は悩んだのか法務関係を取り扱うことになった。法令などを網羅しなくてはならず言い回しの難しい文章と睨めっこする場面もある。そんな新しい職務において、ヘルパーステーションの契約書問題でここひと月ほど取り組んでいるのだけども、今ま
夫のおばあちゃんは、脳梗塞を起こした後遺症で、子供に戻っていました。お世話をしていたのは、独身で一緒に暮らす長男。(私の夫の父の兄、夫の叔父にあたります。)夫の叔父いわく、介護は辛いそうです。夫の叔父は、「深夜にお母さんが嫌がらせで、僕の名前を呼ぶ、何時間も。オムツをしているのだから、そこでしてほしいのに、深夜に何回も『トイレに連れて行け』と。この前は、あまりに腹がたったので、お母さんを突き飛ばして、朝までトイレに放置した。」悲しく、辛いです。私は祖父母が大好きだったので、こう
社会復帰が決まって、この1ヶ月、体を良く動かしていたせいなのか、左手の握力が少し回復してきたようです。今まで、指の力が入らなくて、左手で爪切りを持って右手の爪を切ることができませんでした。が、何となくできそうな気がして、左手で爪を切ってみたら、パチンと切ることができました。脳神経外科の医師からは、病気前のようには回復しないと言われたのですが、完全じゃなくてもいいんです。少しでも、自分でできることが増えれば自分で切ることができなかった時は、母や訪問看護師さんに爪を切ってもらっていました。
施設に入っている母がコロナワクチンを打ってから脳梗塞を起こし、次に内蔵からの少量の出血で貧血になりました。ワクチンはもう打たない事にしました。今は認知も治り元気になりましたが…—綿貫久美(@tGWWx3I9r7vwjtB)October26,2023ワクチンはバカが打つモンだよと夫婦で懇々と言ってたので、5人の子供は誰も打たずにすみました。でも友達でまだ10代で脳梗塞とかきくと、やるせないですねー。ちなみに実父は猛反対を押し切り5回打った結果、血小板減少症で入退院を繰り返して
皆さん今日も見に来てくれてありがとうございます。昨日はアメトピ豪華2本立てで、沢山の方に見てもらえたようでありがとうございました。おかえりモネの記事にもコメントありがとうございました!あと残り2回と思えない展開に気持ちの整理が追いつきません…。今日の放送もどうなるのか、もしアレだったらまた記事書いちゃいそう→朝ドラ大好きっ子なんですよ、本当に。今日の話です前回の話→⭐︎『入院絵日記68楽しみだったご飯も…』皆さん今日も見に来てくれてありがとうございます昨日の記事のコメントに返信し
皆さん、暖かい励ましの言葉、一緒に祈ってくださるお気持ちありがとうございました。父、退院しましたまだボーッとしていたり、車の運転は控えるように言われたりと、心配は尽きませんが、とりあえず一安心です。母の時に比べたら贅沢な悩みだと分かっているのですが、やっぱり、ボーッとしていて、いつもの父じゃない姿を見ると心が潰されそうになります。でも、とにかく生きている。動ける!少しずつ、日常生活を取り戻していく内に、どんどん良くなると信じて頑張っていくしかないですね。沢山の暖かいコメント、本当に
そのまま入院になり、病着に着替えさせられ。病棟からのお迎えを待つ。入院する病棟は3年前に足の手術をした形成外科と同じ病棟だった。お迎えに来てくれた看護助手さん、久しぶりに挨拶部屋に入り、色々と点滴や処置をして、顔の知ってる看護師さんが来てくれたりした。その日のうちに理学療法士と作業療法士と言語聴覚士も来てくれた。その時は指も足も動いていたから、少しの麻痺なんだと思っていた。次の日指、手、足は1ミリも動かなくなっていた自分の身体じゃないみたい左側半分が重いコンニャクみたいどう
脳梗塞から80日がたちました。医師から脳梗塞ですね、と言われてワイが?ワイの事ですか?私が~ウソでしょ?なんて思ったけど、そのまま入院そして次の日には左足左手左半身がピクリとも動かないもう絶望その一言だったな今まで生きてきた中で一番ショックで自分自身どうして良いかわからずに泣いてばかりでしたこれから毎日、今に至るまでの心と身体の葛藤を書き綴っていきたいと思います。最初の頃の事は、あまり覚えてない事もあるけど、自分の為に文章に残したくてブログを始めようと思いました。今、お世話にな
ご訪問いただきありがとうございます。いいねやフォローありがとうございます。はじめての方はコチラ↓をご覧くださいこの世で一番気の合わない姑と同居がはじまった。日々のバトルと嫁としての赤裸々白書です。登場人物は主にこちら➡☆お聞き苦しいこともあるかと思いますが嫁姑問題でお悩みの方の励みになると嬉しいです。いつもたくさんの方にご覧いただきありがとうございます。更新の励みになっていますさて、何度も書いていますように我が夫は42歳で脳梗塞の後遺症が残り右半身麻
何も考えれない。ずっとひたすら泣く、泣くしか出来ない。3年前に手術してもらった形成外科の主治医きてくれて泣く内科の主治医きてくれて、私の手を握って優しく、ゆっくり頑張ろうね。と声をかけてもらい号泣😭😭😭優しい言葉が苦しい。私、どうして生きてるの?生きないといけないの?辛い現実を受け止めようがなかった。次へ続く→
バックニーとは、ヒザの関節が伸び切ってしまって、過伸展する状態のことを言います。歩行時などの足裏を床につけて体重を乗せていく際に起こりやすい現象です。バックニーと同じ現象を表す表記として、反張膝、ロッキングなどがありますが、呼び方が違うだけで同じことを言っています。要するに、ヒザがガクッと後ろに反りすぎて、下のイラストの右側(反張膝)のような状態になることを言います。神経マヒによって下肢の運動機能が衰えると、バックニーが出ることがよくあります。バックニーの原因はさまざまです。一般的には