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2025年6月今月に入り空咳が出るようになった。今まで風邪引いた時は咳が長引きがちで喘息持ちに近かったので、あまり気にしていなかった。6月13日(金)に肩甲骨の裏側が痛くなり1日営業周りで疲れたからかな〜と思い背中をマッサージして翌日整形外科を受診した。整形外科では、背中のレントゲンを取り電気治療をしてもらい、痛み止めの薬をもらったが咳をする度に激痛が走る日々。幸いにもその激痛は数日で治まり、また再発したが、それも数日で収まった。咳は、頻度は多くないが空咳が続いていた。
2025年6月29日(日)日曜は検査が休みなので、落ち着いた日。夫や親と電話して過ごした。夫とは泣きながら電話する毎日。時間がある時はなるべく電話したいと言ってくれるのが嬉しい。たくさん娘の写真や動画も送ってくれる。娘のお世話がワンオペとなって大変だけど来週から1週間程、夫のご両親が来てくれるので少し安心。親と電話した時は、お父さんは泣いてた。お父さんの涙をみたのは人生で2回目。1回目は私の結婚式のとき2回目は癌と告げた今。夜に珍しくお父さんからの長文メールが届いて私も
2025年7月7日(月)今日は少し嬉しいニュースが。ようやく気道が広がり、右の肺が膨らんできました。ビフォー(4日)アフター(今日)そのおかげが呼吸がしやすくなり昨日までは酸素なしで生活できてた。ただ肺が潰れた時同様に、肺が広がるときも呼吸困難になるようで、再び酸素吸入することに。それと他に嬉しかったことも。4日ぶりに髪を洗ってもらってもらいました☺️呼吸ができないときに汗かいて髪がベタベタだったのでやっとさっぱりして嬉しい限りでした。午後からはレントゲンと放射線
2025年7月2日(火)2:30頃から咳が止まらなくなり血痰がたくさん出て呼吸困難へ。看護師さんにベッドこと別室に移動してもらいたん吸引をしてもらったり、酸素を吸入させてもらい、なんとか呼吸ができる状態へ。ベッドのままレントゲンをとり、右側の肺が潰れていることが判明。その影響で心臓の位置もずれてきているとのこと。4:30頃に個室に移動してより酸素が吸える吸入器に変更。これでもだめなら人工呼吸器になるとのこと。当直の先生が夫に事情を説明してくれたみたい。朝早くからびっくり
2025年7月3日(木)薬や点滴のおかげでかなり呼吸がしやすくなり1日ぶりにぐっすり寝れた。午後から放射線治療と抗がん剤治療を開始。今日は放射線の部屋まで車椅子で移動。放射線治療から戻ってきたら夫が部屋で待っていてくれた。毎日きてくれて、ありがとう。1日半ほど食べれてない私にゼリー飲料を買ってきてもらった。そして夕食はこれが出ました。食べきれなかったけど。。抗がん剤の影響か、夕方から気持ち悪くなり薬を飲んで再びよく寝ました。