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会場に着くと、井上さんがいた。「託生くんが二人を呼んだって言ってたから、席を横にしてもらったんだ」なるほど、最初から決まってた席じゃないんだ。おかしいと思ったんだよな…。普通ならVIP席にいるはずの人がこんな後ろにいるなんて。「託生くん、二人が来てくれるって凄く喜んでたよ。ご両親なんて一度も来たことないのにね。あの親は昔から託生くんのこと低く見てるんだ、許せない」井上さんは脅迫状のことだって手紙のことだって知らないのに、葉山さんの両親のこと知ってるんだ…。ちょっと不思議に思った。それを
アラタさんをベッドにそっと下ろす。「アラタさん、オレも横になればいいっすか?」小さく頷く。今日はホントに素直だ。「じゃ、どうぞ」一緒に並んで横になり、オレはアラタさんに両手を広げて『おいで』をした。そこに、少しずつ距離を縮めて収まりにくるアラタさん。行動すら、今日は小動物みたいだ。やっと胸に辿り着いたアラタさんをギュッと抱き締める。「アラタさん…大好き」久しぶりに口にした言葉。祠堂の時は顔を見るたび言っていた。何処にいようと、誰が見ていようと関係なかった。自分の気持ちを出
「おはよう、赤池くん!」葉山がテンション高くおはようを言ってきた。「おはよう、葉山。なんだか、機嫌がいいな」余程良いことがあったのか、ニコニコと『うん!』と返事がきた。そして、続く言葉に僕は切なくなった。「だってさ…なんだか赤池くん、この家のお父さんみたいなんだもん!そう思って声かけたらさ、ちゃんと返事が返ってきたし。それって嬉しいじゃない?だから楽しくってさ!」あの家では、普通の挨拶も儘ならないのか。僕をお父さんと言う葉山に、「それなら…仕切り直そうか。おはよう、託生。よく
正月4日。電話が鳴り、画面を見ればそこには井上佐智の名前が明々と照らされていた。「もしもし…井上です」声も間違いなくその人。「おはようございます。どうかされましたか?」この人から電話があることなんて、恐ろしいことこのうえない。「とりたて、大変なことが起きた訳じゃないんだけど。実は僕、きのう日本に帰ってきたんだ。それでね…」それでね…と言われた内容で僕は三洲、真行寺、野沢、駒澤に連絡を入れることになった。ーーーー「赤池、急な召集の理由はなんだ?」三洲がここに葉山が居ないことに
「で、どうだったんだ?感想を聞いてやるよ。それと聞きたいことがあるなら、分かる範囲で答えてやる。多分僕より三洲の方が詳しいだろうがな。もし、僕でわからないことなら三洲に聞けばいいさ。答えてくれるかわからんが…な」やはり、思った通り章三より三洲の方が近かったのか。ラインの繋がりも章三より多いとは思ったんだ。なら感謝は三洲にも伝えないと。「三洲、こっちに来れるか?」タクミの傍に居た三洲に声をかける。無表情のまま振り返りオレを見た。「何か用か?お前といるよりここに居たいんだが…」そのク
例の話し合い。結局…アラタさんの休みのうちに話す方が都合が良いだろうという事で、「翌々日に」と決めてきた。「真行寺…明後日、葉山と井上佐智と三人で例の件を決めてくる。引っ越しは確定だろう…その時は手伝ってやってくれ」引っ越しは確定というアラタさんは、もう辛そうな顔はしていなかった。何度も葉山さんがいなくなる日をシミュレーションして、それこそ覚悟を決めたんだろう。「オレは構いませんよ。アラタさんはそれでいんすか?」本音を今なら言ってくれるんじゃないかと思った。「いいも何も、葉山の気持
「三洲、これは何だ?」その写真はどうみても二人が同じ部屋から出てきたものに見える。しかも、ニコニコとこの三洲が笑ってる…。どういう経緯でこうなる?「葉山からホントになにも聞いてないのか?」「聞いてるなら、確認なんかしないだろ」タクミが隠している訳じゃなさそうだ。多分、話さなくてもいいと思っていること。「そうか…。なら話してやる。俺達は同居してたんだ」何て言った?同居?あの、一緒に同じ家に住むっていうあれか?それともオレが知らない日本語か?「確認だが、同居というのは同じ屋根の
葉山と買い物をし、アパートに帰り夕飯の準備をした。「なぁ、葉山。さっき井上さんに会ったんだが、コンクール辞退したのか?」これは以前聞いたことだがあの時聞ける状態じゃなかった。だから、さも今日聞いたかのように話題にする。「…うん、ちょっとね…自信ないんだ。こんな状態で受けてもまともな音出せないかなって思って…。それなら他の人が受ける方が実のある話でしょ?」まるっきり自信を失ったんだな…。其れも此れも全てアイツのせい。腹立たしい…。あの秋ですら葉山はバイオリンを手放さなかった。それはギイと
ママゴトのやり取りも終わり、「葉山、そう言えばバイオリンは返してもらったんだよな?」赤池がケースは見たが中身を見てないからと確認する。「うん…帰りの飛行機に乗る前に税関に寄ったら、もう準備されてた。それにね…書類を見せようとしたら、必要ないって。さっさと持ってけって感じで渡されたんだ。それなら最初から書類見てくれればよかったんだよね。なんだか、時々あるってドイツの大学の先生が言ってたよ。書類が揃ってなければ税金を払えって、凄い額を請求してくるんだって。詐欺みたいだよね…」確かにそうだな。
「赤池、お前も葉山を友人以上に思ってるんだろう」そう言われた僕は、触れないでおこうと思っていたことを止めた。「お前もってことは三洲はそう思ってるのか?」聞き返された三洲は悩むこともなく「あぁ、俺にとって葉山は友人以上だな」アッサリ言いのけた。聞かないでおこうと思った時間を返しやがれ。「赤池はどうなんだ?」僕に再度答えを求める。「友人以上と言うのはどの辺りを指すものなのかわからんが、ただの友達とは違うかな。そんな低い位置じゃない…」それは言いきれる。間違いなくタダトモとは言えな
「久しぶりだな、赤池」これまた相変わらずなポーカーフェイスだな。「元気にしてたか?なかなか来れなくて悪かったな」三洲だって医学の勉強でかなり時間を必要としてたはずだ。それを僕は自分の為だけに費やした。申し訳ない気持ちがたつ。「なんとかな。それに、これでも高校の生徒会の時に比べれば寝れている」あのときの方が大変だと言えるお前は流石だよ。「そうか。なら葉山が作ったカレーを二人で評価するか…そう言えば真行寺はどうした?」今は20時になろうとしている。真行寺だって学校が終わってるはずだ。「
あれから、葉山さんは沢山のコンクールに出てあちこちで賞をかっさらった。そしてその度にコンサートの回数が増えていった。「葉山さん、ちゃんと休めてるんすかね…」週末になると慰問とか、自治会とか、町のイベントとかに呼ばれて演奏してる。葉山さんは『こんなぼくの演奏を聴いてくれるだけでも有難いから』そういって嬉しそうに出掛けていく。だけど、あんなに細くて華奢な葉山さんの体力がオレは心配なんだ。「最近は顔色もいい。多分精神的に安定してるからストレスを感じずに演奏出来てるんだろう。その相乗効
結局モヤモヤしたまま、葉山と待ち合わせすることになった。井上さんとは何か判ったら連絡することを約束し、携帯番号とアドレスを交換した。「使うことがないに越したことないんだがな…」葉山のパキッ!とした音ってどんな音なんだ?音楽に造詣のない僕には検討もつかない…。ただ、あの秋から音は綺麗だが寂しさは感じる。仕方ない…そう思った。聴いてほしい相手が側に、いや日本にいないんだ…そうなって当たり前だろう。三洲と僕が葉山の力になりたくても、そこだけは無理なんだよな…。それなのに、更に葉山の元