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抗がん剤5日目の母。少しずつ体調も落ち着いてきて、今日は銀行へ行ったり丸山ワクチン打ちに行ったり、少しだけ運動もしてたみたいです。昨夜はだるくて夕食もあまり食べれず、お風呂も入れずに寝たようでした。あまり弱気な事も言わない母だけどきっと辛いんだと思います。体調が悪い時に帰っても迷惑かなと思い、抗がん剤が抜けて体調が落ち着いた時期にしか帰省しなかったので、辛そうな母をまだ見ていません。次は体調が悪い時期にも帰って、何かしてあげたいな。でもそんな時期の帰省は気を遣って母が疲れてしまうのかな
3連休、1ヶ月ぶりに母と会えると思っていたのですが会えませんでした。私の下の子供(5歳)が風邪をひき、咳が長引いていたので何となく実家へ行く事を躊躇していました。先週の金曜日に1ヶ月ぶりに抗がん剤を打った母なので万が一、風邪などうつしてはいけないと思いました。それに加え、母も自分の兄や父の姉に会いに行く予定があり何となくタイミングが合いませんでした。👵退院してから今は元気だし、急を要することは無いから無理ない時に帰っておいで。23日もまた来るんだよね?👩そうだね。チビの風邪菌持ち込んだら
今日は実家へ行きます!母と会うのは1ヶ月以上ぶり。楽しみです😊3年ぶりに地元のお祭りがあるので家族全員集合です。母には孫が9人👦👦今夜は賑やかになりそうです。『再びの高熱、、、?!』3連休、1ヶ月ぶりに母と会えると思っていたのですが会えませんでした。私の下の子供(5歳)が風邪をひき、咳が長引いていたので何となく実家へ行く事を躊躇していまし…ameblo.jpあれから熱は上がらずにすみました。夕方40度近くまで上がった時は、また入院かも、、と思ってしまったけど、抗生剤を飲んだらすぐに
今日、母は大学病院を退院しました。父と兄と私の3人で迎えに行きました。ずっとベッドで寝ていたので歩くのもフラフラで、、、今の状態の退院はすごく不安です。病室を出て、フラフラしながら歩く母。父に捕まって腕を組んで、二人並んで歩いていました。痩せてしまった後ろ姿。。でも、父と母がこんなにくっついて並んで歩く姿を初めて見てなんだか気持ちがすごくほっこりしました♡仲良し夫婦っていいな。わたしも子供にこんな姿、見せたいなって思いました。駐車場までは車椅子で移動して自宅に戻りました。パジ
久しぶりにブログを開いた理由。87歳になる母がいます。1人で元気に暮らしていたのですがこの5月にお腹が痛いと軽い気持ちで行った病院で血液の数値が異常ということがわかり即入院。そこからはもう怒涛の毎日スタート。病気の深刻さもさておき、母の病院への拒否感がすごくて。最初は検査入院ということで入院したのにその日の夕方にはどこにも悪くないのに検査は必要ないと勝手に帰宅。その数日後に検査は途中だったけれど血液内科のある病院へ紹介状を書いてもらい即入院。その病院で母も姉も私も3人い
1/3親族が母に会いに来てくれました。母には3人の兄がいます。伯父たちも覚悟はしていたと思いますが、亡くなった母に涙を流していました。特に二番目の伯父と母はとても仲が良かったです。頻繁に電話やラインでやり取りをして、世間話や孫の話などしていて母は心から信頼していました。伯父はいつも母に高級フルーツや美味しいものをたくさん送ってきてくれて本当に可愛がってくれました。そして母の姪、甥もみんな会いに来てくれました。退院後も自宅に会いに来てくれて、マッサージをしてくれたり言葉をかけてくれたり。み
明日から母は入院です。12/1に抗がん剤が効いてないと言われてから私はずっと落ち込んでいます。痛みもあるせいか12/1も私とはあまりおしゃべりはせずウトウト寝てばかりでした。この2,3日、なかなか電話にも出てくれないしラインも返信がないですきっと母も色々思うところがあるのだと思います。お母さんが大好きで、大学一年生の春、一人暮らしをするために借りてくれたマンションを2ヶ月足らずで引き払い、実家から2時間かけて通学した私。実家に戻るまでも、毎週毎週帰省していました。👵また帰ってきたの?!
母の病気がわかり私の兄弟4人で集まって母の今後について相談しました進行性の病気という事もありこれから、病気の進行にどう向き合っていくか…それぞれ、今できる事を話してとにかく今、できる事を協力してやってみよう!と、団結そんな話をした帰り道私は、夫と義母の待つ義母の家に立ち寄りましたそこで、私は今日の出来事や母の病気について今後の話しをしました次の瞬間…義母は…「○○!←夫の名前○○!!!わたしも一人暮らしなんですけど〜」ってはーーーっ私、いま母
母はこの2,3日はいつも以上に眠っています。昨夜もモゾモゾして坐薬で落ち着かせたりしましたが、今日はまだ目を覚ましません。坐薬の量を増やすと起きなくなると医師から説明があり、父としても葛藤の末、坐薬を入れているのだと思います。うなるような声を出し、モゾモゾして居心地の悪そうな母を見るのは辛い。だから楽にしてあげたい気持ちと、少しでも起きてまだお話がしたい気持ち。父は母の隣に添い寝してずっと体を寄り添って一緒にいます。元々特に不仲ではない夫婦でしたが、母が病気になってからの父は本当に一生
母は、12/5から入院しています。12/1の診察の際、癌が胆管の根本あたりに広がっているため、胆管の様子をみるために内視鏡を入れるとのことでした。父が母に聞いた話では、前回入れた金属ステントが欠けていたとか?!そんなことあるのかな。直接医師に聞いたわけじゃないから正しいことは分からないけれど、おそらくステントや胆管に何か異常があったから入院になったのだと思います。母は相変わらずほとんど何も食べられていないそうです。もう2週間位な気がします。。食べないから体力もどんどんなくなり、ベッドか
先日からお腹の痛みがある母です。大学病院の主治医の診察が11/17を最後に次回は明日予定。それまで、飲み薬を変更したり追加したりが出来ず、とりあえず近所のクリニックで痛み止めの点滴で耐えているそうです。夜ももう何日もぐっすり眠れていないそうです。痛み止めの点滴をすると、その日は少し軽くなるらしく昼間はひたすら寝てるそうです。夜に眠れていないから身体もきっと疲れているんだと思います、、、痛みで食事もほとんど取れず、父からもう5日もほとんど食べられていないと連絡がありました。ちょうど1
12/30の午後、私の子供達との会話を最後に、母はずっと眠っています。31日も起きることなく、目を開けることもなく眠る母。👩お母さん!という呼びかけはきっと届いているはずだけど、もう母の声で返事をしてくれません。元旦🎍この日も看護師さんが朝から来てくれました。そして昨日まで安定的に120前後あった血圧が70になっていると報告を受けました。母との時間は、もう残りわずかなのかな。夫が子供達を連れてきてくれました。返事は出来ないけれど、子供たちの存在には気付いてくれていると思います。
昨日は胃カメラ、大腸カメラの結果を聞く日でした。この10日間色々な事を考え、時に大きな不安に襲われ、時に前向きにもなれたり、を繰り返し過ごしていました。本当は夫についてきて欲しかったけど、👨「無理無理。その日は接待🍶」と言われてしまい。ついにこの日がきた。今日は17時から私の運命はどう変わるのだろう。あと、2時間。あと、1時間。心臓がとにかくバクバクでした。でも、母の事があったから慣れっ子というか、期待は簡単に外れることも分かっていました。待合室ではとにかく緊張で呼吸が苦しか
今週、仕事を休んで父と母とわたしの3人で温泉へ行ってきましたわたしには2人の兄がいて、子供の頃、海やスキーの家族旅行は毎年行っていたけど、3人は生まれて初めてでした。40歳の私、72歳の父、69歳の母👵行けるかな、どうかなと思っていたけど誘ってよかったです『旅行に誘いたいけど、、、』この数日、東京の秋晴れが本当に気持ち良いです☀️在宅勤務の私は昼休みに近所をお散歩してたくさん日光あびています。母とこの空気、一緒に感じてテラスの気持ち良い席…ameblo.jp私には11歳の娘と6歳の息子がい
母が退院して明日で1週間です。👵やっぱり家のご飯は美味しいね!病院のご飯、まずくて全然食べれなかった。。あのご飯じゃ余計に痩せちゃう、、退院後、母からそんな言葉が出るなんて少し意外でした!でも、母も病院のご飯に文句言うくらいワガママ?に自己中になれたんだと安心もしました。退院後、自宅で穏やかに過ごしています。この3連休で1ヶ月ぶりに母に会えるのが楽しみです!!胆管炎の長い入院のせいで、1ヶ月間、抗がん剤治療が出来ずにいました。。明日はようやく2クール目?4回目の点滴です。👵ちゃんと
5/9に医師との面談の際、出来るだけ早く抗がん剤治療を開始するように勧められた私たち。このまま治療をしないと細くなっている門脈はいずれ潰れるとのこと。そうすると脳障害等様々なリスクが出ると。ゲムシタビンと、アブラキサン(ナブパクリタキセル)の2剤の抗がん剤で治療をすることに同意しました。ゲノム医療のためのパネル検査を希望しているが結果が出るまでに1,2ヶ月かかるため、まずは一次治療を始めた方が良いとのこと。かつ、この4ヶ月で出来た癌のため、1,2ヶ月放置することも懸念。ただ、私たち家
久しぶりの更新です。今回は、自分の記録用として、母の事とそれにまつわる事柄について残しておこうと思って、ブログに書きます。「春になったら・・・」そう言い残して、母は1月に天に召されました。あっという間のできごとで・・。今も心の整理が、感情がおちつかない。そんな心情で過ごしています。こんな桜を母と見るはずだったのに・・・。今は母がいません。寂しいです。私は、20歳になるまで、母1人で姉妹2人育てられました。4つ下の妹は、もう10数年前に亡くなって
ひいろです。お立ち寄りくださって、ありがとうございます!この1カ月、次々起こる落石から身を守り続けているような気分でした笑2月に母がホスピスに入院して、1カ月半がたちました。当初は「痛みが落ち着いたら、退院できるかも」というお話でしたが、今のところそれは難しそうです…この1カ月、正直なところ本当に苦しかったです。なぜなら、すごい勢いで母が変わっていったからです。入院時にがんの痛みが強かった母は、これまで使用していた
弟が蒲郡にある無病息災厄除けがん封じの無量寿へお札を貰って来てくれました。母の病気の時は私が貰って来たのですけど、今回は弟がご利益あるからとありがたいです^_^
今日から母の病気の事、話していきます。なのでジャンル変更します。今までブログ見て下さったりフォローしてくれた方、ありがとうございました。
母は、私が中学2年生の時に大病を患いそれから約25年間入退院を繰り返すことになりました。(ここ数年は落ち着いています)検査結果が悪かったり、体調不良が起こる度に母は不安と恐怖を感じていたと思います。私も同じように不安と恐怖をその都度感じていました。母の前では元気に振る舞おうとしても、どこかで顔にでたりしていたと思います。「引き寄せの法則」を良いことで使えればよいのですが、厄介なことに、悪いことを考えるとやっぱり悪いことが引き寄せら