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鹿児島屈指の観光名所といえば島津77万石の殿様が別邸として使用してきた仙巌園。別名、磯庭園。1658年に第19代当主であった島津光久によって造園され、その後歴代当主が改築していき、現在の姿となった。借景技法を用い、桜島を築山に、鹿児島湾を池に見立てた素晴らしい景色が有名。桜島と鹿児島湾が自分の庭の一部かのように利用するなんてなんとも贅沢な話であり、力の象徴ともいえよう。僕は昔から島津斉彬が好きだ。その当時では「ハイカラ」であったが、より進んでいた西洋諸国に追いつかなければなら
今朝の話です。朝方うとうとしていると、「丸に十字!」と強い主張が飛び込んできました。時間は朝の5時...無視して寝ますが、「丸に十字!」「ま〜る〜に〜じゅうじ〜!!」と、向こうも諦める気がありません諦めて起き、丸に十字の家紋を調べると...。島津家の家紋でした。よーく集中してみると、立派な兜をつけた武将がにこにこ立っているのが見えます。「なんのご用でしょうか?」「お前を信じて頼みがある。ここに進軍してもらいたい!」
板垣、久光説得に駆り出される前回、板垣退助が史談会で語った、明治政府の急速な近代化に反対する島津久光を上京させて、木戸孝允が久光のところへ説明に行った時の話をご紹介しました。今回はその話の続きです。(読みやすくするため、一部漢字を平仮名にしてあります)ついでに申しますが、とうとう私にも久光公の所へ行けという事でありまして、参りました。そのとき私は久光公に向って、「今日はお叱りをこうむりに参りました、私は常々容堂に叱りつけられて居りますから、お叱りを受けることは案外慣れて居ります」
5月5日散策/富海幕末史跡富海の町をぶらりお散歩防府駅からひと駅なんだけど、市内中心部とはちょっと雰囲気が違うのね江戸時代の富海は、飛船による回船業で栄えていて、幕末には多くの勤皇志士を大阪方面へ運び、明治維新に深く関わったとされている今も石垣な船蔵に当時の名残をとどめているし、飛船繁盛の証しが伺えるわ飛船は天明2年(1782)頃、河内屋平左衛門が萩の飛脚を大阪まで受けあうことから始まっていて、お米20俵が積めるくらいの小型船だったんですって多いときは60隻くらいの飛船が活躍されてい
ポルトガル語と言えば、現在の日本ではポルトガル検定が「有志」レベルで実施されている程度。ところが、中世においてポルトガルは、鉄砲の伝来や南蛮貿易で知られるように世界屈指の有力国家。必然的に、ポルトガル語も我が国でも非常にウエイトの高い言語となっていったのでした。(外来語として未だその痕跡を留めている事は良く知られていますね。)(1)NHK新番組「西郷どん」、いきなり、トンでも設定!さて、本日1月6日より、新NHK大河ドラマ「西郷どん」の放送開始。御存じの様に、西郷隆盛は薩摩(鹿児
9月28日(水)~29日(木)の2日間ですが、「関西空港」からフライトして「鹿児島空港」へ降りたち、鹿児島県のお城巡りに出かけました。9月29日(木)、5城目は「鹿児島(鶴丸)城」(鹿児島県鹿児島市)です。「伊作城」の最寄りバス停「ふもと」から鹿児島市内(金生町)行バスに乗ってから、フッと「谷山駅」で市電に乗換えて「鹿児島城」近くまで乗車してみようと思い、スマホでお城の最寄駅と時刻表を調べると、約10分毎に電車があり「市役所前」まで170円で行けることがわかりました。鹿児島市電
「ハコヅメ」の泰三子先生の最新作が発売されました❗️だんドーン(1)(モーニングKC)[泰三子]楽天市場759円私は「ハコヅメ」が凄~く好きだったので、それを終了させてまで描きたいものなの❗️❓️と半信半疑。でも、泰三子先生のギャグが好きなので、楽しみに連載を待っていました。少し待っての連載。どうやら泰三子先生は夫さんを亡くされ(しかも突然)、大変な状況。一時は漫画家を辞めようか、とまで思い詰められていたようです😢※「ハコヅメ」最終巻のおまけ漫画も、なんとか描いた状