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北九州から陸路で島根県まで走って来ましたが、あいにくの雨の中に松江城へと立ち寄ります。まずは城内にある興雲閣という迎賓館を見学します。1912年に正面の階段を奥に移動するなどの改修が行われ、松江市の公的な歓迎所として、また、各種の展覧会場・会合に使用されました。1973年からは「松江郷土館」として活用してきましたが、2011年に閉館、階段室を移設して、1912年当時の姿に復元したそうです。そして建物そのものの持つ歴史と魅力を生かした新たな活用のため、2013年か
おはようございます昨日は神戸からバスで徳島入り。高松から瀬戸大橋を通って岡山県へ。岡山は津山でレンタカーを借りて数カ所周り、姫新線周りで帰って来ましたお金をだいぶ使った(旦那さまが)割にはマンホールカードは3枚(26弾が2枚)。歴まちカードが1枚。まぁ、楽しく周れたからイイかな旅程7/25(1日目)・野洲市上下水道事業所(野洲市A)・八日市駅前観光交流施設(東近江市B)・ミモザキッチンラブベジでおランチ・八日市→大垣から養老鉄道で北池野駅・池田町役場(池田町A・B
丸岡城のお膝元、丸岡町で開催されていた「生命のメッセージ展in丸岡」を訪問してきました。会場は、**5月27日(水)~7月5日(日)**まで約2か月間、一筆啓上日本一短い手紙の館で開催されていました。武家屋敷を思わせる重厚感のある門構えをくぐると、館内にはたくさんの「一筆啓上」の手紙が展示されています。生命のメッセージ展は、一番奥にある「企画展示室」で開催されていました。会場には約30命のメッセンジャーが展示され、その間には「いのち」をテーマにした一筆啓上の入賞作
3階に上がるのは折れ階段です。最上階です。天井が貼られていますが櫓で天井が貼られているのは珍しいです。これは御窓台でもともと天守閣の最上階にあったもので城主が眺望を楽しむための台です。上には畳が敷かれていたそうです。柱には金箔を使った釘隠しがあります。櫓にこういった装飾が使われているのも珍しいです。天守側に唯一造られた窓からは天守閣がよく見えます。窓を額縁に見立てるとアート的な映え
松本にひとり旅した記録を綴っています。旅行2日目は他の宿泊客の方がまだ朝食を食べている(もしくは寝ている)8:00頃にお宿チェックアウト。松本城の開門待ち朝イチで訪れたのは国宝・松本城。スケジュール調整の為、初日に訪れたい気持ちをぐっと抑えていたので、やっと来られた!という感じです。松本城の観覧時間は8:30~17:00(最終入城は16:30)。私が松本城公園に到着したのは8:10頃だったので、まだ門が閉まっていまし
山陽新幹線の新岩国駅。ここまで500系こだまに乗ってきました。乗車した車両は、元グリーン車の6号車。快適でした。改札を出ます。新岩国駅から岩国市内中心へのアクセスはバスと第3セクターの錦川鉄道があります。今回は錦川鉄道との接続が良かったので錦川鉄道でJR岩国駅へ向かいます。錦川鉄道の駅は新幹線の駅から少し離れています。駅を出て新幹線の高架下を歩きます。錦川鉄道の駅が見えて来ました。駅の名前は、清流新岩国駅。ホームへ
福岡を造った父と子・黒田如水公と長政公令和7年(2025年)の6月末、福岡城址天守台の学術的な発掘調査が開始された。天守閣が実在していたのかの議論が長く続いているが、その謎が早く解明されれば嬉しい。↓実在していたならば、こんなにも勇壮で素晴らしい天守が建っていたことになる。福岡城むかし探訪館CG再現の天守閣しかし、結果がどうであれ、福岡県(市)民のシンボルとしての天守閣は舞鶴公園(セントラルパーク構想)内に求められているのではないか。インバウンド含む観光の目玉としても
12月16日エスパシオナゴヤキャッスルで朝食を食べた後は、クラブラウンジやレストランがある4階フロアーから屋外庭園に行くことができるので、散策してきた。庭園からも名古屋城天守閣がしっかり見え、ホテルの宿泊棟も一望に見渡せるロケーション。4階にある庭園散策を終えて、次に1階ロビーからエントランスに出ると、ロビースタッフから周辺地図を貰いホテル周辺を散策。ホテルの周りをぐるっと歩いて見ると、3階部分迄が石垣で、4階以上が天守閣と、ホテルが名古屋城を意識して造られている事がよく分かる。更に散
広島城中御門跡石垣広島城中御門跡の石垣は、原爆投下による火災で赤く変色し、ひび割れて所々剥落しています。広島城中御門跡石垣何とも痛々しげな姿で、心が痛みます。花崗岩は炎に当たると赤くなるんですね。広島城中御門跡本丸の入り口にある中御門は、爆心地から北北東に約780mの場所に位置し、建物の大半が全焼・全壊した半径2kmの壊滅エリアにすっぽり収まります。上の写真は右方向(南)が二の丸、赤く変色した石垣は爆心地とは反対方向(北)を向いています。焼失前
2026.3.9今回の旅行の同行者夫息子(二男←大学卒業旅行)筆者私の3人です。松山城に行きます松山に遊びに来たらお目当ては道後温泉だと思うんです。となると、道後温泉⇔松山城この行き来ですよね。手っ取り早いのは路面電車に乗って大街道まで来る。大街道から徒歩で来る。これが一番楽だと思います。が、徒歩圏内でもあります。↓ゆうて1.7キロくらいなので路面電車の大街道から松山城ロープウェイまでもまぁ、50
ひでです。お早うございます。バスに乗って湖畔の崖の上に建つブレッド城に来ました。この城は1000年頃に神聖ローマ皇帝のハインリッヒ2世によって建てられたとされます。その後、イタリアのブリクセンの司教アデルベロンに与えられました。その後はじっとブリクセンの司教が所有していてましたが、以降、城主はハプスブルク家、ナポレオンと幾度となく変わり改装や地震等により手が加えられて現在の姿になったそうです。因みに、このお城はスロヴェニアで最古の城の一つだそうです。最古のお城だけあって、決して広くはありま
二日目、喜多方の朝ラー後お久しぶりの鶴ヶ城、到着です。鶴ヶ城(会津若松城)賑わっていますね。10時過ぎに到着しましたが結構人がいました。お城へ入るのに大人410円、小中学生150円です(未就学児無料)。【余談】鶴ヶ城は一度取り壊されていた明治維新後の明治7年(1874年)、明治政府の命令(廃城令など)により、城は取り壊されました。しかし昭和40年(1965年)、多くの市民の要望を受け市民の寄付などによって天守閣が鉄骨鉄筋コンクリー
2月の松山旅。妻とは別行動でお昼ご飯を食べ、僕だけホテルに戻ってきた5分後くらいに、妻から電話で招集がかかりました。なんでも、お昼を食べたところからすぐのところに、松山城に行くロープウエイ乗り場があるので、松山城に行ってみたいと。当初の予定では松山城は行ったことがあるのでスキップするつもりでいたのですが、彼女が「行きたい」というのは珍しいので、準備してあわてて駆けつけます。たぶん前回来た時からリニューアルされているロープウエイ乗り場。巨大な壁画がインパクト大です。ロープウエイとリフ
こんにちは先日ですが、家族と一緒に会津若松・日光へ行ってきました🚗✨東京を出発し、まず向かったのは会津若松。会津若松に到着したのは11時半頃。お城へ行く前にランチにすることにして、念願のわっぱ飯をいただきました。こちらはわっぱ飯発祥と言われている田季野さん。これが大正解!混雑する前に入れたので待ち時間もなく、ゆっくり食事を楽しめました。息子の希望だったわっぱ飯。「美味しかった〜」と大満足でした😊お腹も満たされたところで、いよいよ鶴ヶ城へ🏯青空に映える白い天守閣が本当に綺麗。
連続テレビ小説『ばけばけ』のロケ地へ小泉八雲とセツに思いを馳せて巡りましたドラマではヒロイン・トキとヘブンが松江のお堀端を歩く姿が印象的松江のシンボルであり天守閣が国宝に指定されている松江城千鳥が羽を広げたような優美な屋根の形から別名「千鳥城」とも呼ばれています天守に向かう階段(本坂)の途中にハートの石垣見っけ松江城は全国に12城しか残っていない現存天守の1つ入場しま~す地階石垣に囲まれた階で籠城に備えて塩や物資などを保管松江城の構築念が
あと残された「城郭建造物」の「塀」「橋」「供侍」「馬見所」等を紹介する「その他の城郭建造物を巡る」シリーズでは、毎回各お城毎に「その他城郭建造物」をお届けしていきたいと思います。併せて、そのお城の特徴的な建造物や普請物の写真もモニュメント的に掲出していきます。「塀(城壁)」の現存は少なく、復元(復興)、摸擬が大半ですが、「塀」の再建によってお城や城下町の雰囲気を醸し出す努力がされていますので、そのような「塀」も採り上げたいと思います。また「橋(土橋は除く)」も「堀」に架かる等かなりの数のモノ
みなさんこんにちは、RAKOです😊熊本県熊本市の人気スポット「熊本城」を深掘りしました。【何度倒れても立ち上がる、不屈の名城】実際に行ってわかったのは、“事前に知っておくべきポイントがある”ということ。✔「今どこまでみられる?」熊本城の復旧状況✔カッコいい写真を撮るならどこがベスト?などなど、失敗せず楽しむコツをまとめています!【熊本城の詳しいガイドはこちら】▶熊本城見どころ┃復旧状況・モデルコース・食べ歩き&お土産・駐車場情報【🏨
おはようございます観光遊覧船でゆったり~城下町松江の眺めながら~松江城の大手前で下船この広場に来るまでの石段は規則正しく並んで左側通行と決められて歩きやすかった美しいお城でした天守閣へこちらの階段の木材は「桐」上り下り別々で手摺有り段の高さ奥行きも現代的。天守の中に深い井戸もありました。籠城のための備えだそうです。5階まであがると天守閣気持ちいい風でしばし汗を忘れましょ汗だくでお城を後に観光遊覧船に再乗船初めに乗った所まで川面の風に吹かれてます。一
(6月16日)本丸御殿を出たところから眺めた天守と小天守天守の左側の小さいのが小天守。天守に近づいてもっと近づいて金の鯱不明門から裏側へ出て天守の北側を周り西側へ。西側は木々が生い茂っており天守の全容をうまく捉えられません。その後、西の丸御蔵城宝館を見学。表一之門に飾られてた銅の鯱が展示されていました。膝の調子が悪かったので二之丸庭園はパス。これだけで1時間半を超えました。名古屋城で買ったものクリアじゃないホルダー中仕切り
川廓通りから一段高くなった場所に「中央公園」なる広場が存在しますが、この場所が三枚橋城と沼津城の本丸があった場所です。城趾としては残念極まりない公園で、ここまでわざわざ足を運んできた全国のお城ファンを落胆させ続けてきた罪深き城址公園です。因みに、郷土史研究家の方のお話しによると、城趾につくられた公園でお城と全く関係のない名前が付けられているのは、全国広しといえどもこの公園だけだそうです。中央公園下の川廓通りの案内板この上が中央公園(本丸跡)となります。川廓通りから本丸跡へ続く階段城址