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《新古今和歌集・巻第八・哀傷歌》816小式部内侍身まかりて後(のち)、常に持ちて侍りける手箱(てばこ)を誦経(ずきやう)にせさすとてよみ侍りける和泉式部恋ひわぶと聞きにだに聞け鐘(かね)の音(おと)にうち忘らるる時の間(ま)ぞなき☆☆☆☆☆【新編日本古典文学全集「新古今和歌集」☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆(訳者・峯村文人・小学館)の訳】☆☆☆☆☆☆☆☆小式部内侍が亡くなってのち、いつも持っていました手箱を誦経の布施にさせるというので詠みました歌和泉式部恋い悩
2020年9月19日姫路の一つ目の観光は、書写山圓教寺に行きました。姫路の「書寫山圓教寺」は、千余年の歴史があり、あまたの人々を魅了する播磨の名刹です。性空上人によって開かれた天皇や貴族の信仰も厚かった圓教寺は、花山法皇によって命名された天台宗の修行道場であると同時に、西国三十三観音霊場弟二十七番札所でもあり今も人々に絶大な信仰心を集めています書寫山圓教寺へは歩いて行くこともできるのですが・・・・・・道が結構険しいらしい!!2kmほどの道のりで200mほど登りま
先ず、昨日の記事『【信長の野望20XX噺】三増峠ExCを力押し(2/12記事編集)』恐らく本日中に追加ステージがある三増峠イベントであるが、残り約4日程である。さて、今回ExCであるが……壁を用いた持久戦が楽らしいが、面倒臭いしSクリアを目指…ameblo.jpを少し編集した。予告通りだな。さて、普段星5の入っていないガチャは評価しないのだが……話のネタが昨日の記事に追記した事のお知らせだけというのは、なんぼなんでもあんまりだと思ったので、ついでに。先ずはお市さん。周囲味方防バフ40
置いてかないでニャーーーン🐾塩の沢温泉旅館しおやでポカポカ温まるラジウム泉とめっちゃ美味しい手打ち蕎麦に大満足したら次にやって来たのは車1台分の激狭橋を渡った先にあるこちら和泉式部ゆかりのおやど猫啼温泉井筒屋ででーん!川沿いには桜の木?この日はぜんぜん咲いていませんでしたが^^;日帰り入浴時間は午前9時〜10時半まで途中清掃が入るとかで午後は12時半〜18時までとなっており利用時間は1時間とのことでした料金は600円ホムペをみると、部屋を借りての日帰り昼食付プラ
【京都】浄土宗西山深草派総本山誓願寺【誓願寺御朱印帳】(大判サイズ)【誓願寺御朱印】オリジナル御朱印帳限定御朱印【誓願寺限定御朱印】以前お受けした【誓願寺限定御朱印帳】(大判サイズ)洛中洛外図屏風(誓願寺本)がモチーフになっています【誓願寺御朱印】【誓願寺御朱印】【誓願寺御朱印】【誓願寺御朱印】新西国霊場【誓願寺御朱印】左【円光大師二十五霊場】右【洛陽六阿弥陀霊場
【平成28年7月29日(金)参拝】七度目の宇治陵です…。一条天皇皇后太皇太后藤原彰子宇治陵所在地:京都府宇治市木幡藤原彰子(ふじわらのしょうし/あきこ、永延2年(988年)-承保元年10月3日(1074年10月25日)は、第66代一条天皇の皇后(号は中宮)。第68代後一条天皇・第69代後朱雀天皇の生母(国母)、女院。院号を上東門院(じょうとうもんいん)といい、のちには大女院(おおにょいん)とも呼ばれた。女房に『源氏物語』作者の紫式部、王朝有数の歌人として知られた和泉式部
利休さんの方のガチャがあったから、田鶴姫さんの方も来るとは思っていたけど、来たな。個人的には結構良いラインナップだと思う。ハズレらしいハズレはない。先ずは今回の目玉。周囲攻バフ60%生命力最多敵に物ダメ0.90×3毒付与(5倍を3ターン)うーん、悪くは無いんだよ。ただ、毒は普通の毒なんだよね。物ダメも普通。バフもやや物足りない寄りの普通。ソロだと厳しい普通3点セットで星5へ届け!って感じ……グループアイドルみたいなものだ。固有はまさに握手券だな。ボスアタッカーに嬉しい3
大河ドラマ『光る君へ』第8話「招かれざる者」では、盗賊団がお勤めに入った「東三条第」で逮捕されてしまいました。散楽一座の一員で、盗賊団の一味でもあり、まひろパートと道長パートの間を行ったり来たりしながらストーリーをグリグリ動かしていた直秀が、絶体絶命のピンチ。直秀@毎熊克哉さん大河ドラマ『光る君へ』より⇒★「現行犯逮捕」なので、助かる見込みはかなりキビシイ。SNSでも「直秀は来週で出番終了かな…」なんて見方もチラホラ。歴史上の人物ではなくドラマのオリジナルキャラクターで
今回取り上げるのは、古典の中でも特に有名な歌で載っている十訓抄大江山です。大江山というのはタイトルでは無いのですが、その文章を表すワードとして用いられています。〇冒頭和泉式部、保昌が妻にて丹後に下りけるほどに、京に歌合ありけるに…となっています。一度は目にした方も多いのではないでしょうか。〇登場人物和泉式部(いずみしきぶ)…保昌の妻であり、丹後地方に行っていた歌づくりに大変長けている小式部内侍(こしきぶのないし)…和泉式部の娘藤原定頼…歌人和泉式部が保昌の妻とし
14:30叡山電鉄「貴船口貴船口」駅から貴船神社へ向かいます徒歩約40分右手には貴船川が流れていて川に沿って歩きます緑いっぱいで空気も美味しい気持ちいいです蛍岩駅から約100mほど歩いたところで大きな岩が目に入ります平安時代に、宮廷の女流歌人の和泉式部が貴船神社に参詣して恋の成就を祈りこの周辺に舞う蛍の情景を歌に詠んだという場所です夫の愛を取り戻そうと思い悩んだ式部が貴船神社の奥宮に参拝したと伝えられていて貴船神社奥宮までのこの
~大江山いく野の道の遠ければまだふみも見ず天橋立~古来、和歌にも詠まれてきた大江山へ、真名井神社からの帰り道で差し掛かりました。和泉式部の娘・小式部内侍の余りにも有名な歌。当時、母の和泉式部と同じく女官として出仕する傍ら、歌人としても知られ始めていた小式部内侍でしたが、一部には、彼女の詠む歌は母の和泉式部が代作しているのでは?などと悪評を流す人々もおり、その噂がまことしやかに都人の間で流布されていたそうです。この噂を受けて、とある歌合せの場に参加していた小式部内侍に対し、同席した
大河ドラマ光る君へは、まだ二回と始まったばかりで、まひろも紫式部とは呼ばれていません。しかし、相関図で発表された清少納言は、ファーストサマーウイカさんが演じられるそうです。よく、清少納言について、紫式部はあまり良い印象を持っていなかったようだといわれています。さて、もう一人の女流歌人で、和泉式部がいますが、こちらはまだ誰が演じるのか、発表されていません。調べて見ると、清少納言は紫式部より5~10歳年上で、宮中に出ていたのも、紫式部より早かったので、実際は接点はなかったのではないかとの説も
2023年8月18日以前テレビで和泉式部は「こじらせ女子」というか、奔放な私生活の女性だと言っていたのを思い出しました。平安時代中期を代表する女流歌人の一人・和泉式部は、源氏物語の作者として知られる紫式部と文通を繰り返す中でした。「紫式部日記」には、和泉式部の人物像について、「けしからぬ方こそあれ。うちとけて文走り書きたるに、そのかたの才ある人、はかない言葉のにほひも見え侍るめり」と評論されています。「人間的にはダメだが、文章の才能は言葉の端々からもかんじとれるようだ」といっています。
📚読書記録#平安文学の沼、続いてます🫠「和泉式部日記」和泉式部作川村裕子編著近藤みゆき訳注蜻蛉日記の次は和泉式部日記へ。和泉式部日記は1008年頃に書かれたといわれています。和泉式部が敦道親王と出会って恋をし、親王の邸宅に迎え入れられて北の方が出て行くまでの10ヶ月間が描かれています。#当時の帝は一条天皇で、藤原道長の天下特徴的なのは、日記の筆者・和泉式部のことが「女」と三人称で書かれている場面があり、和泉式部ではない視点のお話が入ること。日記というよりは第三者か
『古今著聞集』小式部内侍、歌に依りて病癒ゆる事和泉式部がむすめ、小式部内侍、この世ならずわづらひけり。限りになりて、人の顔なども見知らぬほどになりて臥したりければ、和泉式部かたはらにそひゐて、ひたひをおさへて泣きけるに、目をはつかに見あげて、母が顔をつくづくと見て、息の下にいかにせむ行くべきかたもおもほえず親にさきだつ道を知らねばと、弱りはてたるこゑにていひければ、天井のうへにあくびさしてやあらんとおぼゆるこゑにて、「あらあはれ」といひてけり。さて身のあたたかさもさめて、よろしくなり
今回は国道走ってるとこで目につくとこのことです国道9号線を走っていると、国道沿いにこんな看板を見ます小倉百人一首やかりの地京都方面からこちらは福知山方面からこの辺りは看板に書いてある、百人一首でご存じの大江山いく野の道の遠ければまだ文も見ず天のはし立小式部内侍が書いたまさに生野の里になります実は幾度となく記事にしています→生野の里『福知山散策その2京街道周辺を探索!?する2(生野里)(かごの木・むくの木)』福知山散策の続きです梅田神社を後にして、国道9号線に戻
正観さんによると…。(旅じょうず入門…昭和57年)●より楽しい旅のアイデア面倒くさがりやでない人は、旅行ノートをつくろう。書き方に決まりがあるわけではない。旅の前に調べたことやコースづくり、データなどを書き込む。旅先で出会ったこと、面白い店なども書き込み、ついでに旅日記風の文章も書くといい。年に何回かの旅の場合は、1回の旅で1冊というようにすれば引き出すのに便利だ。年に何十回も出かける人は、1年単位でノートをつくっておくのもいい。80年代はこんな旅をした。81年にはこんな旅だ
*:..。o○○o。..:*リーディング短歌書き下ろし『源氏物語』を使った心理学講座。次回講座は12月22日、弘徽殿女御の人生を題材にします。*:..。o○○o。..:*題しらず黒髪の乱れも知らずうち臥せばまづかきやりし人ぞ恋しき和泉式部後拾遺和歌集恋三、755【口語訳】この黒髪の乱れも構わず恋の、肉体の喜びに我を忘れ打ち臥す時、まず満足げに私の髪を掻き上げ顔を覗き込んできた恋人……。独り寝のいま、やはり髪の乱れも構わず打ち臥して、あの人のこと
赤染衛門は、源倫子・藤原彰子に仕えた平安中期の女流歌人。紫式部や和泉式部の同僚で、藤原定子に仕えた清少納言とも交流があったのだといいます。夫は文章博士・大江匡衡で、子の挙周の六代孫には鎌倉幕府の政所別当を務めた大江広元がいます。『栄華物語』の作者という説も。☆☆☆☆☆
京都大原を満喫して、次なるは一度は行ってみたかった神社へと向かいます。あっ、そうそう、この話は物凄~く長いからスル~してもかまいませんよ・・・(笑)大原、京都バス乗り場から目的地の貴船に向かいます。このバス乗り場から貴船には休日しか運航していないので、気を付けて下さいよ!さて、バスに揺られて出発、とにかく運行本数が限られているので車内は超満員!ここでもSuicaが使たので一安心です。これが貴船エリアマップ大原~貴船口停留所で下ります。っとここからちょいと歩いてま
《新古今和歌集・巻第八・哀傷歌》775小式部内侍(こしきぶのないし)、露(つゆ)置きたる萩(はぎ)織りたる唐衣(からぎぬ)を着て侍りけるを、身まかりて後(のち)、上東門院より尋ねさせ給ひけるに奉るとて和泉式部置くと見し露もありけりはかなくて消えにし人をなににたとへん☆☆☆☆☆【新編日本古典文学全集「新古今和歌集」☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆(訳者・峯村文人・小学館)の訳】☆☆☆☆☆☆☆☆小式部内侍が、露の置いた萩を織り出した唐衣を着ていましたが、それを、