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広島県の瀬戸内海に浮かぶ倉橋島。現在は呉市に編入されて「呉市倉橋町」となっているが、昔は「広島県安芸郡倉橋町」だった。この島には、私の母方のご先祖様のお墓がある。私はこの島で生まれ、約2年間をこの島で過ごした。当時既に両親は東京近郊の官舎に住んでおり、母は里帰り出産のために倉橋島に戻っていたのだが、母の母(小町のあばあちゃん)が広島原爆の影響が疑われる胃がんに罹患していたため、母は私を出産したあとも倉橋島で小町のおばあちゃんの看病を続け、それに合わせて私も生ま
aespa「きのこ雲騒動」のニンニン欠場で3人堂々パフォーマンスも「男性アイドル曲」と“そっくり”の声12月31日、『第76回NHK紅白歌合戦』(NHK)が放送され、4人組ガールズグループ『aespa(エスパ)』が初出場を果たした。出演が決まった当時から物議を醸していた彼女らの出演。パフォーマンス中には別の“疑惑”を指摘する声が多数あがっていた。「そもそもaespaをめぐっては、メンバーのNINGNING(ニンニン)が、過去に原爆のきのこ雲を連想させるランプを購入し、SNSに投稿していた
祈りが護る國アラヒトガミの霊力をふたたびAmazon(アマゾン)1,061〜5,940円神様につながった電話:―我を消すと、神が降りてくる―Amazon(アマゾン)1,050円浅川嘉富・保江邦夫令和弍年天命会談金龍様最後の御神託と宇宙艦隊司令官アシュターの緊急指令Amazon(アマゾン)905〜6,595円保江邦夫KunioYasue岡山県生まれ。2017年3月にノートルダム清心女子大学を定年退官。理論物理学者。プロフィール|星
某所にクソ高画質なものがアップロードされていて、細部まではっきり見て取れたゆえ、改めて映像作品として評価せざるを得なかったもので書いてみる。なお有名な話だが、番組名は『ウルトラマンセブン』ではなく『ウルトラセブン』である。そもそもウルトラマンシリーズは『ウルトラQ』の続編相当でしかなく、「マン」をつけないほうが本来は正しい名前ですらあった。が、後に登場したウルトラA(エース)が商標の都合で使えなかったので、「ウルトラマンエース」に改名し、結果的に全てがウルトラマンナ
本日は被爆体験伝承者のグループ有志で新井俊一郎さんの94歳のお誕生日のお祝いをしました。これからも新井さんのご長寿を願い、グループ有志で協力して毎年お祝いする機会を続けます。
新年早々、アメリカがベネズエラを攻撃し、現職の大統領夫妻を連行するという暴挙で、世界の平和がますます脅かされている。第二次世界大戦後の枠組みを作ったアメリカが、国際法違反であり先制攻撃を禁止している国連憲章違反を自ら進んで実行したことになり、これまでは、世界平和の危機をもたらすのは、「ロシアであり中国だ」という話だったが、この事態はアメリカも世界の危機をもたらすことが明らかになったといえる。ただ、アメリカは第二次世界大戦以降、自国の利益のためにたびたび他国の主権を無視した行動を繰り返
初めまして!!そしておはようございます!!「Aチーム」の今野優夢理(こんのゆめり)です。本日、“STRAYDOG"さんの『夕凪の街桜の国』に出演させていただきます。広島原爆の戦争のお話です。今年で80年ということで、少しでもお客様の心に届けられたら良いなと思いました。私がずっと生まれた前の不思議で、私はこの舞台を通して、原爆の恐ろしさや戦争の怖さなどを学びました。たくさんの人が一瞬にして平和を奪われ、何十年も苦しめられ続けたことに、平和な今では考えられない世界だなと思いました
ゴールデンウィークもいよいよ終わる。...ああ、また結局前に進めず自己嫌悪...もういいよ、開き直るしかないじゃん。という訳で今日はNHK広島で放送された2013年のドキュメンタリードラマ「基町アパート」を観たという話を少しだけ。5月3日の朝にNHKで放送されたんだけど、広島県限定ということで当然東京では観られず。放送される前にたまたまTwitterでその情報を目にして色めきだったものの、観られないということでスルーしようとしてたんだけど、ひょっ
2021年にスペイン語で『戦争俳句』(SeikoOta&ElenaGallego)を出版された太田靖子(俳号SEIKO)さんが、この夏出版された『おらしおん』です。私は、スペイン語で俳句を紹介する仕事をなさっているSEIKOさんとは2011年頃から京都での句会の帰りの電車の中でお話しするようになりました。その頃から、SEIKOさんはご自身の句集を出すなら、スペイン語で原爆についての句集を出したいと言われていました。戦後生まれのSEIKOさんは、それから広島へ長崎へ取材に出かけられました。
「新型コロナ騒動」「911事件」「東北大震災」など、真実とは異なるプロパガンダが世間の常識として流布しています。広島長崎の原爆についても、真実は別にあるのかもしれません。公式的に語られる「原爆投下説」、そして陰謀論と切り捨てられてきた「地上原爆説」とも異なる、もう一つの可能性。広島・長崎の悲劇の裏で、本当は何が起こっていたのか。本ブログは物理学的・医学的見地から書かれた書籍「偽装された原爆投下」の結論をベースとして、公表されている記事や写真などを書き加えたもので
<ストーリー>1945年8月8日の長崎で、一組の結婚式が行われようとしていた。花嫁は看護婦のヤエ(南果歩)、花婿は工員の中川庄治(佐野史郎)だった。戦時下ゆえいつ空襲になるかわからないこともあり、つつましやかに執り行われた。写真を撮り終えたところでヤエの姉で臨月のツル子(桃井かおり)が陣痛を訴えたため、披露宴はお開きとなった。帰り道、ヤエの同僚の亜矢(水島かおり)は、恋人の高谷藤雄は呉へ行ったきり音沙汰がなく悩んでいると、同僚の春子(森永ひとみ)に打ち明ける。
「TOUCHタッチ」を観てきました。ストーリーは、アイスランドでレストランを営むクリストファーは、初期の認知症との診断を受ける。医師に「やり残したこと」を問われた彼は、旅に出ることを決意。それは、50年前に学生時代を過ごしていたロンドンで出会い、恋に落ちた女性ミコを捜す旅だった。というお話です。アイスランドでレストランを営むクリストファーは、コロナウイルスの世界的流行が始まった頃、初期の認知症の診断を受ける。医師に「やり残したこと」を問われた彼は、旅に出ることを決
こんにちは。マインドコーチ&「居待月」という居酒屋を運営&大人の女性の会・チアフルの代表をしております丸山伸予です。今日もこのブログを開いてくださり、ありがとうございます。数年前に、やられたら倍返しだ!なんていうドラマもありましたが、やられたらやりかえしてやりたいと思いますか?やられてやり返したいと思う人は、負けず嫌いの人が多いですね。ゲーム(競技)などでも、次回は絶対負けない!と思う人ほど、勝つまでやり続けますものね。また、正義感が強かったり、自分には非がない・・・つまり
最近ニュースとかではなく、肌で実感している日本の衰退。でも、そもそも日本は自力で先進国になったのか、と。核の実験場になることで、恒久の平和と繁栄を約束された、だけだったのではないでしょうか。海外からの招待客のおもてなしをするたびに、日本が過去輝いていた時代をする世代の外国人、50代やアラカン世代の方は特に感じるそうです。日本の社会は、2000年で時が止まっている、と。80年代の全盛期から90年代。日本だけでなく、海外の大都市におけるの日本の存在感は大きく、それは素晴らしかったそうです。
ちょっと前からアマプラにあがっていたので、観たかった作品。監督の長谷川和彦は寡作ながらその激しい生き方で、カルト的な人気を博している。原爆を作って国を脅迫するという衝撃的な内容だが、そんなタブーを扱えたのも、長谷川自身が胎内被爆者であるという事実があったからだ。戦後30年あまりのこの時代に、原爆、それも反原爆・核ではなく、原爆そのものを犯罪に使うというテーマを扱うこと自体、現代では考えられないのだが、物語の冒頭で主役の城戸誠(沢田研二)と、彼を追うことになる刑事・山下(菅原文太)が
夜半アップしようとしたら、突然すべて消えてガッカリ。気を取り直して、2日目のつづきです。四国の中学生は修学旅行先に九州、が多かったんだけど、わたしの学年のときだけ何故か京阪神に変更され、九州は結婚後初めて行きました🚙以来、犬と一緒の旅行先は九州で、熊本、大分を中心にあちらこちら出かけてきたのですが、長崎は初めてに近い訪問です。長崎平和公園は外せない。何度も来ている夫も自ら案内してくれました。平和祈念の像。想像より青く、迫力ありました。足元に水が湛えられています。像の作者の言葉が
吉田修一「ミス・サンシャイン」まず最初に言いたいのはこの本に出会えてよかったということです。わたしが大好きなミステリではありませんが間違いなく忘れられない作品の上位に入りました。終盤は号泣です何度も何度も、涙を拭いまるで日々の感情がとても小さいと思えたのです。ちなみに「ミス・サンシャイン」とは原爆の被爆者である日本人の女優を米国社会が揶揄する言葉です。この作品では、ですが。さて印象に残った言葉をいくつか載せますねその前に余談ですがわたしは小説を読む時に印象に残
【被爆体験談】Ⅰさんは、旧陸軍被服支廠(きゅうりくぐんひふくししょう)で物資の運搬をしていました。1945年8月6日、Iさんは爆心地から約0.6㎞離れていた場所で作業をしていました。原爆の爆風が来た時、自分は死んだと思いました。数分後、爆風により数メートル吹き飛ばされ、意識を失い、気が付いた時にはうつ伏せになっていました。※原爆により宮島小学校の窓ガラスが割れて、大野浦の民家にも被害がありました。父方の祖母によると、祖母は地御前に住んでいるのですが、原爆投下の日には広島市方面の窓ガラ
行って参ります。朝ドラのあんぱんで行ってきますではなく、行きますと言いなさい!とあったのを思い出す。行ってきますは行って帰ってくるという事、帰って来てはいけないのだから、行きますと言いなさいと、、、。もとは善良な母だったはずの普通の人間がこう言えてしまう異常な時代。時が経ち、、こんな言葉が自分の口から出てしまったこと、、一生忘れる事が出来なくなるのではないだろうか、、しかもよそ様のご子息に対してだ。当時の行って参りますの意味はわからないけれど現代においては概
■大きな疑問を感じるNHKの対応今回の記事ではaespaの紅白出場を巡るNHKの対応に絞って考察したいと思います。前回の記事ではaespa側の対応にも問題があると述べましたが今回はNHKに絞ります。結論から言えば,「公共放送」としての今回のNHKの対応には大きな疑問を感じます。そのあたりを前回とは異なる視点から考えてみたいと思います。■8時15分という時間の持つ意味今朝の投稿でも書きましたが紅白でaespaが登場した時刻は午後8時15分でした。これは広
原爆キノコ雲ランプの「aespa」を強行出場させた紅白歌合戦広島県出身の司会有吉弘行さんと綾瀬はるかさんが異例の「無言スルー」が話題
こんばんは~。今日は、伊与原新さんの「翠雨の人」の感想です。女性科学者猿橋勝子さんの史実の中にフィクションを交えた作品です。~あらすじ~「雨は、なぜ降るのだろう。」少女時代に雨の原理に素朴な疑問抱いて、戦前、女性は科学の教育を受けるとはなかなか難しい時代に研究を重ねた猿橋勝子の物語。勝子ははじめ女子の医学の学校へ進もうと考えます。しかしそこの創始者の吉岡弥生の言葉を聞いて、勝子はここに行きたいのではないと思い、医学とは違う研究所へ進みます。そこで三宅という師に教
これはただの偶然なのか…それとも、すでに定められていた未来なのか。2024年、ハンガリーの修道院の地下から発見された一冊の古文書...それは、100年前に封印された“預言書”だった。書いたのは、1920年代に実在した神父、ボイ・ペトル。彼の予言の的中率は、驚異の82.7%。第二次世界大戦、原爆、コロナ、インターネットの到来までもが、すでにその記録に刻まれていた。そして今、彼の最後の預言が動き出そうとしている。——舞台は日本。登場するのは、「東方の志士」と呼
今日の昼間、たまたまTVで、スティングさんの秋から始まる日本全国LIVETOURの話題をやっておりました。自分がロックを好きになったのは、スティングさんの存在があったからこそなのです。人生に躓いて、途方にくれていた時、あの当時、初めて聞いた【EnglishmanInNewyork】は、衝撃的でした。こんなに魂奪われた事は、無いほどCDを何度も何度も聴きました。そして、負けないで力強く生きていこうと励まされた気がしました。⏬️EnglishmanInNewyork若かりし頃
令和7年度の「広島平和学習」が終わり、箕輪へ帰ってきました。箕輪町では、昨年に続き、2回目の広島へのバスの旅。小学生8人と保護者7人、中学生9人の総勢24人と随行者で5日から2日間の日程で行ってきました。1日目は早朝4時集合、2日目の帰りは11時という強行日程でした。子どもたちは、心に大きな財産を持って、事故なく元気に帰ってきました。主な行事は、1日目が、平和記念公園内や平和記念資料館の見学、2日目が、平和記念式典への参列と全国こども平和サミットへの参加でした。今年は
コメの安定供給に向けて、現政府が増産にかじを切る方針を表明したことについてNHKの世論調査で賛否を尋ねたところ「賛成」が76%、「反対」が13%でした。NHKは8月9日から3日間、全国の18歳以上を対象にコンピューターで無作為に発生させた固定電話と携帯電話の番号に電話をかける「RDD」という方法で世論調査を行いました。調査の対象となったのは2739人で、42%にあたる1137人から回答を得ました。記事以下↓https://www3.nhk.or.jp/news/html/
「あの夏の絵」の上演に向けて協力を得ているらしい「第四の被爆」を広める会の催しが平塚の中央公民館で開催されるとのことで本日、聞きにいきました。ビキニ環礁の第五福竜丸事件は知っていますが、拓洋とさつまの被爆で一人の方が亡くなっている、ということ。そして、それが65年もの長きにわたりほぼ日の目を見なかった事を私は初めて知り衝撃を受けました。この亡くなった人の奥さんだった人が住んでいたのが平塚だったらしいです。これ、間違いなく、放射線被ばくによる急性骨髄性白血病なのに、政府はその因
1945年8月6日、広島に原爆が投下されました。それから80年。今日は、東京目黒の五百羅漢寺へ行ってきました。毎年8月6日、広島原爆投下の日に行われている「移動演劇桜隊平和祈念会」主催の「移動演劇桜隊原爆殉難者追悼会」。「桜隊」は劇団「苦楽座」を前身に、戦争末期の1945年に結成されました。とにかく演劇をしたいと上演の機会を求め、内閣情報局主導の「日本移動演劇連盟」の一員として、全国各地の病院や軍事施設を慰問していました。中国地方での活動のために東京を離れていた団員9人、丸
ゆり~百合~ユリ~⚜️⚜️⚜️⚜️⚜️⚜️⚜️2ヶ月前の6月に次女と掛川にある「可睡ゆりの里」行ってきました。一面の黄色の百合⚜️ずっと奥まで全部ゆり~😃🎶5秒こちらは一面、真っ白なゆり先日の金曜日、TVで「あの花が咲く丘で君とまた出会えたら」放送していましたがご覧になりましたか?8秒ここが、あの映画のロケ地です。終戦記念日を前後に、毎年、戦争をテーマとした映画やドキュメンタリー番組が放送されますが、辛くなるので目を背けたくなるかもせれませんが、自国の
原水爆禁止を求める署名運動が始まる前、広島では被爆者の実態調査が行われていた。被爆者の実態調査を最初に始めたのは1952年に結成された「原爆被害者の会」で、翌年の9月に会員の家をまわって44人から回答を得ている。その報告書には、「原爆被害者の生活実態は原爆前と比較して急激に低下している。しかもその三割は苦しくてどうにもならない様な追い詰められた生活をしている」と書かれた。(宇吹暁『ヒロシマ戦後史』岩波書店2014)ついで医師会と広島市が協力して1953年1月に設立した「広島市原爆障害者治療