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みなさんは「百済三書」という名前を耳にされたことがあるでしょうか?『三国史記』(「高句麗本紀」「新羅本紀」「百済本紀」からなる)の「百済本紀」とよく間違いそうになりますが、まったく異なる書物です。百済三書とは、『百済記(くだらき)』『百済新撰(くだらしんせん)』『百済本記(くだらほんき)』という3つの書物を指します。これらは『日本書紀』の神功皇后摂政紀から欽明天皇紀において合計26か所で引用されています。具体的には、『百済記』は神功皇后摂政紀・応神天皇紀・雄略天皇紀で計5か
テソ。扶余テソ(プヨ)・金蛙王(クムワワン)の長男で高句麗(コグリョ)の初代王である朱蒙(チュモン)こと東明聖王(トンミョンソンワン)の兄・帯素王(テソワン)を紹介します。●チュモン(高句麗王)とテソ(扶余王)の間に戦争はなかった!ドラマではチュモンとテソは激しく争っていたが、史実ではチュモンとテソは戦争をしたのだろうか。結論わ、急げば、戦争はしていなかった。記録によると高句麗王チュモンとテソの間に、戦争は一度も起き