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阿闍梨【外伝】一隅を照らす❖「一隅に照やく人となれ。」(倦まず、弛まず)引用天台宗公式サイト法話集師父の詠まれた歌『一隅にかがやけとこそ、のらすなる、祖師の、み旨に、何如にか応えん。』あれはもう随分昔の事。今は亡き父母から私が幼き時分によく聞かされ、また、教えられた言葉が今更ながらこの年齢になりこころに沁みるように甦って参ります。それは、私が小学生当時、家で勉強していると、近くで鳴っているテレビの言葉がどうしても耳に入り、勉強に集中できないことが度々ありました。すると、「
阿闍梨【外伝】一隅を照らす❖おすがりしましょう引用天台宗公式サイト法話集菩薩遊戯坐像(伝如意輪観音皆様には、信仰している仏様はおられますか?比叡山には沢山の仏様がおられます。比叡山を代表する行に、回峰地獄として知られる「回峰行」、掃除地獄で有名な浄土院の「籠山行」、看経地獄と呼ばれる元三大師堂での「読経三昧」があります。回峰行は、比叡山上山下のお堂をはじめ木々や石にも宿るあらゆる仏様を順に拝みます。特に「堂入り」では、行者は九日間、断食・断水・不眠・不臥で不動明王のご真言を
◇人生こそ無始無終の行、、(酒井雄哉大阿闍梨)二千日回峰を満行した、酒井阿闍梨は今、深い感慨の中で、「天台宗に偶然拾われて出家し、行というものにめぐり逢えたからこそ、わしのような『落ちこぼれ人間』もここまでこれたんや」と仏縁に感謝し、「人生こそ無始無終の行」という。「行には、始めもなければ終わりもない。死ぬまで行をやるだけだ。回峰行は人生の旅と同じで、谷もあれば山もある。雪や雨の日もあれば、爽やかな日もある。人生と同じや。そのときそのとき精一杯生きていれば、その人の人生にとってマイナス
ご縁あるみなさま朝になんだかまだ肌寒いなぁそんな風に感じてもお日様がでてくるとポカポカあったかくなりあっという間に温かく四季折々のよさがありますがあったかいというだけでなんだか気分があがってお出かけしたくなりますなんだか光が違うなぁと見上げてみるとキレイな日輪✨✨✨用足しがあり向かうさきの神社が⛩️気になるなぁと自分の直感を頼りに寄るとお祭りごとをしていましたご祈祷の音や雅楽音お猿さんの芸もあり賑わっていましたみるみる上昇する気分神様はお祭りを喜びみなさ
皆様、新年明けましておめでとうございます!年末年始は忘年会や初詣帰りの皆様にお越しいただきました。ありがとうございました。(毎年恒例の謹賀新年バージョン桜島大根!)新年会のご予約もいただいており、賑やかな年明けになりそうです。まだ場所が決まっていない・・・というご用命がございましたらお気軽にお問い合わせくだい。☝️ランチ営業を土日祝日限定に本年より変更致します。昨年末からこれからの和総のあり方について必死に考えてきました。素晴らしい食と人がいると言っていただける鹿児島の繁華街
本当は・・・目に見えないと思っている世界がリアルで目に見えていると思っている世界が光を失っていて思い込みだけの世界なのかもしれない・・・っとフッと感じることがある。価値観は、時代と文明により変動し人間の本能を狂わせそして、余計な想念が生まれる。迷う奴らが(オバケ)増えたのも人間の自業自得なのかもしれない。もう油断も遊び部分も大分なくなってきていると感じる。二極化がドンドン進み、少しの隙を見逃さない奴らがそこにいるのを感じる。何かよく判らないが、、何とかベルトのせい?何かよ
内村鑑三の長男内村祐之(ゆうし)の妻である美代子氏によって書かれた姑の評伝。内村鑑三は、1861年文久元年に高崎藩士の長男として生まれ、16歳の時、札幌農学校時代に洗礼を受け、クリスチャンになる。その後伝道者を目指して渡米、27歳で帰国、一高教員、30歳の時、明治天皇のが署名に敬礼しなかったことで、有名な「不敬事件」を起こし、大いなる迫害を受ける。その後は、教育者、思想家、聖書研究者、聖書講演者、独立伝道者として世に多大な功績を残し、70歳で心臓病にて逝去した。著書に「余はいかにしてキリ
阿闍梨【外伝】❖大自然と共に引用天台宗公式サイト法話集私どもは、30年近く奥駈(おくがけ)と申しまして大峰山系熊野から大峯・吉野(紀伊山地の霊場と参詣道・世界遺産)を歩いています。山林抖擻(さんりんとそう)、大自然と触れ合う機会を持っています。山中では七十五靡(なびき)(行所・拝所)の一木一草に手を合わせ読経しますし、急峻な坂道では「六根(眼・耳・鼻・口・身・心)清浄懺悔懺悔」と掛念仏を唱え、身も心も清浄にして悪いよこしまなこころを悔い改めるよう願い前に進んで行きます。大
2024年3月12日月曜日今日はダーリンの5回目の命日です。メッセージやお供物を届けて下さった方々心を寄せて下さっている方々本当にありがとうございます。今日の沖縄は風が凄くて波も荒れ荒れでした。以前ダーリンと観光に来ていた時二人で釣りをして夕陽を見てノンビリしたビーチに行って(いつものビーチですが)今年は5本のお花とお酒をお供えして来ました💐🍶風が強くてどんどん遠くへ行ってしまうお花を見ながら「またね」って呟いたけれどやっぱり大量に泣いてしまいました。5年たつけれど
❖阿闍梨【外伝】一隅を照らす常不軽(じようふきょう)を実践した回峯の祖・相応和尚引用天台宗公式サイト法話集現在、相応和尚(そうおうかしょう)の千百年ご遠忌にあたることと、若かりし頃に無動寺で小僧修行したこともあり、相応和尚が創始した回峯行の話をいたします。私は大正大学を卒業して直ぐに、寺の院代を一年半の間、勤めた後に、化粧品会社に入社しました。十二年間勤務しましたが、将来の事を考え、南総の寺に行くことになり、娑婆の垢を洗い流すため、比叡山に再修行に行くことになりました。当時、回峯行
桜も咲いてきましたね^^嬉しい季節です電車広告「あをによし」が目に入り前々日に撮った花を思い出します紅白の、大変見事な梅の花でしたふと就寝前こうして美しい花が愛でられるのも「今生きているからこそ」その想いを投稿させて頂きました人生の折り返し地点も過ぎました「命ある今」を大切にしたいものです恩師を始めお世話になった方、国宝や世界遺産素晴らしい関西に自分の足で逢いに行けるのは「今」だけかもしれないからです来たる春休みを目一杯楽しみたいと思いますご訪問ありがとうご
❖食事は一日二回千日回峰行のうち、七百日までは自利行という自分が不動明王に近づくための修行をする。そのうち百日につき一日だけは、利他行といい、人のために祈る修行をする。七十五日目のこの日、『京都切廻り』をする。この日は比叡山を下り、京都市中四十五キロを行をしながら歩く。多くの人々が沿道にひざまづき、首(こうべ)を垂れて阿闍梨さんのご加持を待つ。不思議にこの日には便意をもよおさないと阿闍梨さんはいう。千日回峰行中でも最高に体調がよいときは何日も便意がない。便そのものが体中にないのだとい
今日を命日のつもりで生きようみなさん、おはようございます今年度の最終週です早いですね一日一生今日を命日のつもりで生きたいものですアリガトウ「3月25日」の國史です「蓮如、没」明応8年(1498年)鎌倉時代に親鸞が開いた浄土真宗を蓮如(八代法主)は室町時代に教えをわかりやすく説き強大な本願寺教団の基礎を築きました5度の結婚で13男14女の計27人の子供をもうけ各寺に出します子供たちは北陸、近畿、東海の中枢寺院で活躍するのです
逢ひ見む事は命なりけり
シンガポール在住、つづれ織り作家のシャーマ佐知世です。私の仕事であるアートの話題と、インド系の夫と、2人の子どもとの暮らしについて発信しています。くわしくはこちらをご覧ください。↓https://profile.ameba.jp/ameba/hedgehog-2020/みなさん、お久しぶりです。いかがお過ごしでしょうか。今日もまた、朝、目が覚めて一日を始めることができました。そして、みなさんと気持ちや情報をこうして共有