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(エカチェリーナ・ミハイロヴナ・ドルゴルーコヴァ1847〜1922)エカチェリーナ・ミハイロヴナ・ドルゴルーコヴァは1847年11月14日に没落貴族ドルゴルーコフ家のミハイル・ミハイロヴィチ・ドルゴルーコフ公爵とヴェラ・ヴィスネフスカヤの娘として生まれました。エカチェリーナの父親、ドルゴルーコフ公爵がなんの財産も残さずに死亡すると、時のロシア帝国皇帝アレクサンドル2世は、ドルゴルーコフ公爵の娘エカチェリーナとその妹が貴族女学校、スモーリヌィ女学院の寄宿生となれるよう取り計らってあげました
(ジナイーダ・ユスポヴァ1861〜1939胸元には大粒の美しい真珠が見えますがこれは「ラ・ペレグリーナ」という名の大変由緒ある品だそうです。)ロシア屈指の名家出身で、絶世の美女、ロシア皇帝一族であるロマノフ家より裕福だったユスポフ家の唯一の女相続人で脚光を浴びた美女、ジナイーダ・ユスポヴァですジナイーダの実家、ユスポフ家はモンゴル帝国のジョチ・ウルス重臣マンギト部に出自する14世紀タタールの雄エディゲ後裔ユスプを家祖にするロシア屈指の名門で、ジナイーダはユスポフ家の最後の男系子孫として
シュンガイトと出会ってから、どうしてもたくさん欲しいと思い、2019年6月、フィンランドに近いロシアのカレリア共和国へシュンガイトの買付けに行く計画を立てました。雪解けの暖かくなる6月中ごろにバンコクからデリー経由でモスクワまで、そこからカレリア共和国の街、ペトロザボォーツクに行きました。そして、シュンガイトを113キロ買いました。#シュンガイト球体#シュンガイトピラミッドぼくがシュンガイトに出会ったころは、シ
婚活とは関係ないので、興味の無い方はスルー願いますなんだか、帰国早々、婚活ブログをする気がなかなか起こらなくて、ちょっと遊ばせてけろ笑ロシアに行ってきたのですがまず、「ロシア旅行に行きます!」と人様に言うと、十中八九「なんで、ロシア!?」って言われるよね笑私、趣味が海外旅行+ミーハー過ぎる性格なもので、有名どころの国には既に行ってしもてるのだ。それでも世界は広い!!行っていない国もまだまだ沢山あるのだが、その中でロシアを選んだ理由…何が有名で、何があって、何を食べていて、どんな街並
ロシア・ヤクーツクで滞在したルグランドホテルと同じ建物にスタローバヤ(ソ連時代から続く大衆食堂形式)とレストランがありました。スタローバヤのほうは「新しいソ連」という興味がそそられる名前だったので、そちらに入店。ソ連時代の食堂のイメージは、「冷たいサービスとまずい食事」ですが、果たしてどうなんでしょうか?そういえば、ソ連時代はスタローバヤの店名が例えば「第57番食堂」とか、非常に素っ気ないものだったとか。スープはラッソーリニクという、酸味のあるサリャンカスープに穀物が入ったバージョン。そして
(エリザヴェータ・ペトロヴナ1709〜1762)エリザヴェータ・ペトロヴナはロマノフ朝第6代目の皇帝(女帝)です。エリザヴェータは愛、権力、美、金、地位、名誉など女性の欲しいものはすべて手に入れたパワフルな女性です(エリザヴェータの父、ピョートル大帝)エリザヴェータはピョートル大帝の娘として生まれましたエリザヴェータの父、ピョートル大帝は偉大な君主でロシアの近代化に力を注ぎました。ピョートル大帝の治世になるまでロシアの皇女たちは結婚することができませんでした。皇女たちが結婚でき
成田空港、行ったことある?初めてのヨーロッパ旅行の時が、成田利用の最初でした最後に利用したのが、ロシア旅行の時ですロシア語が難しくドキドキしながら旅した思い出がありますいつも搭乗機を見ると、出発前の不安と期待が高まります乗り遅れるのが不安で、海外で搭乗手続きをする時が一番緊張します▼本日限定!ブログスタンプあなたもスタンプをGETしよう
1530年に生まれたイワン4世。イワン4世は生涯になんと7回も結婚しました。多くの妃を持ったことで知られるイギリスのヘンリー8世の6回を上回る数しかもイワン4世は多くの妃を持っただけでなく、極めて残虐、冷酷で複雑、苛烈な性格のためロシア至上最大の暴君(ロシア皇帝、イワン4世1530〜1584)そんなイワン4世の妃となった7人の妻たちの人生はイワン4世のその残虐な性格に翻弄され、それぞれ波瀾万丈の人生を送る羽目になってしまった(父親、ヴァシーリー3世)1530年8月25日、イヴァン
(ダリヤ・サルトゥイコヴァ伯爵夫人1730〜1801)ダリア・ニコラエヴナはロシア帝国の貴族女性で〝血の伯爵夫人〟こと有名なエリザベート・バートリと並ぶ大量殺人犯です。(血の伯爵夫人、エリザベート・バートリ)1730年11月3日、ダリア・ニコラエヴナはロシア帝国の貴族の令嬢として誕生しました。ダリヤは裕福な家庭に生まれ、莫大な持参金を持ってサルトゥイコヴァ伯爵と結婚しました。ダリヤはサルトゥイコヴァ伯爵夫人となり、結婚生活はとても幸せなものであったと言われていますダリヤとサルト