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NHKのテレビ番組が偶然に録画されていて、今それを観ています。さきほどやっと今日の仕事が終わりました。14時間ぐらいかかりました。そのテレビ番組は、セネガルの地方の村から一人ずつ女性が研修に行き、太陽光発電の機材設置を学ぶというもの。しかし、村人たちが女性の研修に大反対するという内容です。その中でネネと言う女性が、家出して研修先に向かうことになりました。「いま、変革を起こさなければ何も起きない。村の男たちには言いたいだけ言わせておけばよい。私が成果を上げて帰ればみな黙るだろうから」本当
講演会が終わった後、次のようなご質問をいただきました。「ヴェルディの初期の作品で、主役の一人が全身金粉塗りをしているものがあったんですが・・・」youtubeとかに出ている短い見せ場紹介の類いなのかな?と思いながら、家に帰って所蔵リストを確認すると、なんと、その映像を私は持っていました。でも、すっかり忘れていたのです!躊躇わずに、どんな問いかけでもなさって下さることで、思わぬ効果が生まれます。質問した方も、質問を受けたこちらも。10月以降の講演会シリーズで必ずご紹介することに決めまし
上演中のMETライブビューイング《ラ・ボエーム》で、素晴らしい新進ソプラノに出会いました。アルメニア出身のジュリアナ・グリゴリアン。ムラのない響きで澄んだ音色ですが、中低音域に強い翳りがあり、篤い心を感じさせてくれます。こんなに若くてこんなに完成度が高いとは。ひたすら励んできたのでしょう。他人と自分を比べることもないようです。自分と自分を日々比べているのでしょう。役柄に傾注し、若い娘役を本物の若さで演じ切っていました。肉体的な若さではなく、フレッシュな精神力で。十年先、彼女はどん
世界観を理解できたかどうか分からないのですが、とても面白い2時間強を過ごすことが出来ました。男性脇役の人のセリフに一瞬「えっつ?」となるところがあり、胸が熱くなったりもしましたが、その熱くなった背景が最後の方で回収されていたようで、「ああー」と思ったりも。オペラ以外のジャンルを拝見していると、「分かるまでには時間がかかるけれど、結果、分からなくても良いのだ」という気がしてきます。覚えている場面が多ければ多いほど、自分にとっての良作なのだと思います。出演されている俳優の皆さんの「声」を覚え
オペラでよく「コロラトゥーラ」という言葉を聴きますね。一般的に、超高音を含むパッセージを美しく滑らかに歌い上げられたなら「コロラトゥーラの名手」と呼ばれることでしょう。ただ、オペラの現場から言うと、コロラトゥーラという言葉はまずドイツ語由来のものであるということが一つ。イタリア語では本来、同じような概念をフィオリトゥーラと呼ぶのだと思います。でも、いまはまあ、コロラトゥーラと言えば大体伝わりますね。ただ、オペラ研究の観点から言うと、コロラトゥーラとは「たくさんの音符を繋げて一息で歌いま
先日行われた譚盾(タン・ドゥン)作のオペラ《Tea》の再演に伺いました。ホールの音響特性が作品の音楽美をより際立たせていたようでした。初演の時の模様は発売されたDVDでも確認して認識していたはずが・・・かなり時間がたったとはいえ、全く別物のオペラの如く聴こえてきたのには本当に驚きました。以前、彼の別のオペラ《ザ・ファースト・エンペラー》の国内盤DVDの解説を書いたことがあり、この作曲家の作風にはある程度慣れているつもりでした。それに、上述の通り、《Tea》のDVDも持っていることで、自分の
CD評を書くべく躍起になっているのですが・・・MalinaやKalinaという名前のキャラクターがどちらも男性の役であったオペラが出てきて面食らいました。前にも書いたように自分の先入観を崩すのが仕事なのですが、これはさすがに、女性と思い込んでもしょうがない、と感じました。Malinaはおじさんの議員。バスの役。Kalinaはおなじく議員さんですがちょっと若い。バリトンの役。この二人と向き合うメゾソプラノの役はRózaという名で、これは確かに女性名ですね。このローザさんはマリナさんの娘だ
届いたばかりの英『Opera』誌を広げてみたら、演出家ピエール・ルイージ・ピッツィの特集記事が出ていました。驚いたことに、1951年に舞台美術家としてデビュー以来、95歳でなおも現役の演出家。いまはヘンデルのオペラ2作を手掛けていて、次に演出するのはヴェルディの《スティッフェーリオ》だとか!ピッツィといえば、「色を混ぜない演出家」。スタイリッシュでしなやかで美しい舞台を作ります。グルックの《アルミ―ド》をミラノ・スカラ座で演出した際は、割れんばかりの拍手喝采が20分続き、劇場の記録を塗り替
《カルメン》のいろんな映像を見比べる講演会の席上で、「エスカミーリョ役の理想的な歌手は誰でしょうか?」というご質問が出ました。これが、実は、結構難しいのです。例えば、超有名指揮者、超人気指揮者が振っている場合、特に、彼らは実は「耳の真実」をあまり気にしていなかったりします。つまりは、発音が酷くてもそんなに気にならないようなのです。そういうのは、見た目は役に相応しそうでも、一回聴いたら心が萎えてしまうのですね。といって、花形闘牛士となると、美声でもあまりに太っていると、「次の試合でダメになる