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「待たれよ、護軍」振り返るとイ・セクが、小走りでやって来るのが目に入った。「先程の、もう少し、詳しく、聞かせてくれぬか」文官故に、普段駆ける事などないのだろう。二の句を繋ぐのに、随分と息を整える時が要るらしかった。「医仙は、今どちらに?」「……探しております。元に行かれたのか、高麗内に身を隠しておいでなのか、まだわかっておりませぬ」イ・セクが、俺の言葉に訝し気な目を向けた。互いが視線を外さずに沈黙する。しばらく睨み合った後、イ・セクが声を落として「……護軍」「はい」「某の
俺とイムジャが腰掛ける真向かいに、意思の強い目をしてスンオクが座っている。その脇には、困ったような笑っているような顔で、娘のソニが立っていた。「あの……お風呂を沸かしてくれてたって?ス…スンオク」スンオクの無言の圧に耐えかねたのか、イムジャが笑みを含んで口を開く。「——はい、奥様。今日にでもお戻りになるだろうと、ウォンスク様からお知らせいただきましたので」ウォンスク……?小さく呟くイムジャの耳元に、コモの名です、と、俺は顔を寄せて囁いた。それを見て、コホン、と咳払いを寄越したスン
迂達赤に稽古をつけた後、自室で身形を整えた俺は康安殿へと向かった。王様に暇を終えた報告と、北へ行く許しをいただく。王様のご様子といえば、このところ御前会議が長引いているらしい。それもそうだろう。元との関わりを今後どうしていくのか、キ皇后はどう出てくるのか……問題は山積みだ。いかさま、王様は宣仁殿(ソニンデン)からまだお戻りではなかった。出直そうと踵を返した俺に、「護軍が来たら会議の場に来るように、とのお言伝でございます」と、内官がうやうやしく言う。俺は己れにしかわからない程度に溜
「大護軍ーーー‼︎」イムジャと件(くだん)の飯屋へ向かう途中で、テマンが俺の姿を認めて走り寄ってきた。「た、大変です!すぐ幕舎へ戻ってくださ……」大慌てでやって来たのが、俺に寄り添うイムジャに気づいて、瞬時に固まる。「——うっ、医仙⁉︎」「——テマンくんっ!」イムジャが、腕を広げて駆け寄ろうとするのを阻止し、俺は手短かに聞いた。「テマナ、見ての通り医仙が戻られた。詳しい話は後だ。チュンソクが来てるのか?何があった?」口を開けたまま、声も出せずに俺とイムジャの顔を交互に見ていたテマ
王宮の立て直しが済んだ頃、ウンスが、「ねえ?ヨン?木炭と硫黄と硝石は手に入る?」「ああ、何とかなるが?何に使う?また研究とやらか?」「うん!ちょっとね。」火薬はこの時代にもあったがちょっと実験したい!とリケジョの魂に火が点く!早速用意してもらったものを粉状にして、硝石の割合を増やし、少し大きめのおにぎりくらいの大きさに丸く固め、乾かす。乾いた物に燃えやすい紙を貼り付け中に少し長めの紐のようなものを入れて、その玉に付ける。玉に紐がぶら下がるような感じで。二日後
いよいよ、明日国境付近へ向かう。今までにない数だが、白蓮教徒と農民の集まり。数で押寄せる。ヨンは、少し長めの竹筒を用意させた。そこに、ウダルチ特製爆弾を詰めさせた。短い竹筒も用意し、二個ほど入るもの、何本も作らせたが、残った爆弾も多数。そう!竹筒は、ウンスのペンからヒントを得た雨対策の為の爆弾だ。雨が降った場合、一点に投げ込み爆発させるのを繰り返すはずだったが、作戦を加えた。筒の中なら、爆弾は、濡らさず済むし、火矢も狙い易い。敵は、強くはないが、宗教という
「おやまあ!久方振りに見る顔だねえ!」「よう、マンボ姐。元気にしてたか」相変わらずの派手な衣裳と化粧、そして更にそれらを上回る姦しい様子が、昔馴染みの店にやってきたのだと実感させてくれる。するとその後ろから師叔ものっそりと赤くなった顔を出し「ゆっくりして行けや」と、飲み掛けの盃をひょいと掲げた。店内は繁忙時を過ぎ、客がちらほらと居るものの、それももう暫くすれば立ち去るだろうという雰囲気を醸している。二人の手が空いていると見た俺は、素早く周囲を見渡し声を潜めた。「師叔、マンボ姐。この度
宣仁殿(ソニンデン)から出ると、コモが、いつもの無愛想に、やや不安を貼り付けた顔で待っていた。「どうであった?無事遣りおおせたか?」俺とイムジャ、そして、先に出て行った左政丞(チャジョンスン)達を、目で追いながらコモが言う。「ああ。無事済んだ」そして、俺が言うのと、イムジャの親指を立てる謎の仕草を見て、はあぁーーー……と、大きく息を吐いた。「良かった。此処に居ても中の様子はわからぬ故……途中、何やらどよめいていたが、何があった?」「あっ…大した事じゃありません。大丈夫です!」「……
ヨンは、まずウンスの所へ行った。「皆、よう耐えた!もう、普通の生活に戻って良い!」「ここの生活も快適でした!」と皆が言う!「ヨン、何一つ困る事等なかったわ!ただ、ヨンが側にいない事だけが寂しかっただけ。」くうーーーっ!全くもう!堪らん!「帰ってきたら、その分、可愛がる故」と、頰を包んだ!キャーーーッ!素敵!カッコイイ!「うん!そうしてね。」「取り敢えず面倒だが、凱旋に合流して、報告を済ませてくる故」「うん!いってらっしゃい♡」と自分の、右手を握り、親指と人差し指で
暇も終わる日に、二人、書斎でサジュナの診察を受け、張り止めの薬湯も飲んだ!「旦那様!営みは、もう暫くしたら、ゆるりとお願い致します。今は、普通で大丈夫です。」「あ、あいわかった!」サジュナが去った後、「普通?普通って、どの程度?ヨンの普通は、普通じゃないわよ!」「何を申す!普通じゃ!加減しておるぞ!」なんだか嬉しそうだ。ぶつぶつ言いながら、何か絵を書いて、ヨンにみせる。「これを竹か何かで作れる?」「ん?これは、注射というやつか?そういうば、ちと待っておれ!」少し
「駄目だ。どこにも隙がない」「どうする?姐さん。あれじゃあ、屋敷に近寄る事すら出来ないよ」ジホとシウルは途方に暮れた様子で、店先の椅子に腰を下ろした。町中に配置している構成員から連絡が入ったのは、今朝早くのことだ。日頃はキム家の敷地内を警備している私兵達が、今日はなぜか鼠一匹通すまじとばかりに、屋敷の周囲一帯をぐるりと取り囲んでいるという。司憲府(サホンブ)の大司憲(テサホン)であるキム・ヒョクという男の怪しげな策動については、かねてより手裏房でも把握しており、行幸啓の間もキム家の屋敷
【至福】ふ、と目が覚めた。燭台の蝋燭はすっかり小さくなっていて、もう少しあと少しと揺らめいている。まだ外は真っ暗ね……吐く息が薄っすら白い。おお、寒い寒い。ここが……布団の中が一番だわ。私は身体を捩って隣りで眠る夫に向き合うと、その愛しい顔をじっ、と見つめた。自然と頬が緩んじゃう。誰よりも強くて誰よりも凛々しくて何処までも果てしなく優しい私の最愛の旦那様。ここは安心。ここに居れば暖かいわ——私は迷わず、その懐に入り込もうとしたのを、はっと思い留まった。目
蘇芳色の頭がゆらゆらと揺れている。俺が椅子を寄せて座り直すと、イムジャはこちらに凭れて小さな寝息を立て始めた。そんな俺達の様子を、アン・ジェが頬杖を突きながら、ぼんやりと見ている。「なあ。チェ・ヨン」「何だ」「お前…今、幸せか?」いい年をした幼馴染みの男から掛けられるには、些か面食らう内容の問いだった。「藪から棒に何だ」「良いから。聞かせろよ」付き合い切れぬと軽く往なすつもりが、アン・ジェの口調はいつに無く神妙で。(どう答えたものか…)一瞬思案するも、取り繕った言葉で応じて
こんにちは。やっと週末ですねー🎶さてさて長いことお待たせ(?)しております、雪の降る夜の更新です!パラレルになりますので、それでも良いよという方はどうぞ♬6「ちょっと!仕事中に笑わせないでって言ったでしょ!?」「されど、ウンス殿も納得されたでしょう」「なによ、自分は悪くないって?」ヨンが家に来てから一週間、その間毎日仕事についてくるヨンにウンスは頭を悩ませていた。いや、ついてくる事自体は別段構わない。診察の合間に目を大きくとはどういうことか、鼻
からりと扉が開く音がしてようやく現れたチェ・ヨンが、俺を一瞥して呆れたような顔をした。「何だ。人を酒に誘っておいて、もう出来上がったような顔をしているな」ようやく訪れた待ち人に、俺は傾けていた盃を目の高さまで持ち上げて仕草と表情で応えた。差し向かいに座ったチェ・ヨンは駆け付け三杯とでも言うように、すいすいと水の如く酒を呷って行く。「お前と酒を飲むのは紅巾軍討伐の時以来か…月日が流れるのは早いもんだな」俺がそう切り出せば、チェ・ヨンは僅かに片頬を上げた笑みを浮かべ「歳月不待、老けたかアン
駆けつけた禁軍の助けもあり、俺達本隊は大きな被害も無く、夜明けと共に王宮へと到達した。四百もの兵を率いて来たアン・ジェは、兵の半数をこちらに寄越し、残りの半数の兵達と共に、ヒョンウ一行と一足先に帰還を果たしたという。テマンに軍馬を預けた俺は南大門をくぐり、随行の迂達赤隊員達に労いの言葉を掛けた後、急ぎ自室へと戻り身支度を整える。もう一時もすれば王様にお目通りを願い、この度の帰還の件や残して来た北方国境警備隊の駐屯地の様子など、報告をせねばならぬ事案が山積みになっている。そうなれば果てしな
サジュナを呼び、屋敷に連れて行って良いか聞くと。「大丈夫でございますよ。しかし、旦那様!奥様に気鬱を与えるのは、良くありません。奥様には、旦那様だけが頼りなのですから!」サジュナにも怒られたヨン!そうだ!ウンスは何もかも捨て、俺の元へ戻ったのに、俺は何をやってるんだ!屋敷に戻るとスホンに「テマンを呼んでくれ!」と言う。少しすると、テマンが脱兎の如くやって来た。「どうされましたか?」「ウンスの具合いがすこぶる悪い!さっきも倒れた。明日は、王宮に行かぬと伝えよ!」
その日のうちに、何回も、重臣がやって来て、「大護軍はおらぬか?」「奥様と出かけたきり、帰ってません。」夜まで続いた。次の日、王様はチュンソクに「大護軍の屋敷を探せ!王命じゃ!」チュンソクは、「大護軍を罪人扱いして良いのですか?」と聞いた。王様は「違う!行方がわからぬ故探すだけじゃ!ウダルチで探せ!」内心ビクビクの王!あの折、第二夫人や側室などの話は、余が尽力する!と約束したのに、裏切ってしもうた。倭寇討伐の折りも当たり前のように思ってしもうた。余は、いつか
今日も戻りが遅くなってしまった……俺は、既に薄灯りの寝所へ音も無く入ると、ぐっすり寝入っているイムジャの…額にかかる絹のような髪を、そっと撫でつけた。そしてすぐ側の、べびーべっとで静かに寝息を立てている息子の傍に立ち、その微かに聞こえる呼吸の、心地よい反復音に耳を澄ます。……何とも愛らしいことだ。我が子とは、このように愛おしいものか。聞いていた話ではあったが、まさかこれほどとは——己れの子というだけでなく、最愛の女人(ひと)との間に授かった子だ。タムは俺とイムジャの……違う刻を生き
「セラさん、ちょっといいですか?」休む間もなく次から次へと雑事をこなすセラさんに、私はいよいよ声をかけた。セラさんは、ふわりと微笑んで私を見る。そして、私に引っ付いている息子に、少し困り顔で手招きをした。「構いません。懐いてくれて嬉しいの。それより、ここへ座ってください」私はお寺の軒下に先に腰掛けると、セラさんを隣に導いた。戸惑う母親を、ミンが手を引いてやや強引に座らせる。「今から少しだけ、私に時間をください。聞いてもらいました?私、医者なんです。セラさんの診察がしたいの」遠慮す
「ヨンァ。ご飯にしましょ」典医寺の私の部屋の、窓辺に座ってヨンが外を眺めていた。振り向いたその顔には、火傷の痕が残っている。私の技術を持ってしても、元のように綺麗には治せなかった。あれからひと月余り。あの爆破事件で、助かった人、亡くなった人……ヨンのおかげで命拾いしたとはいえ、重臣たちもかなりの重傷だった。イ・ジェヒョンなどは、高齢も重なり未だ床に伏せたままだという。ヨン自身も、繋ぎ合わせた右手がうまく動かせず、今もリハビリを続けている。あの事件で皇宮の状況は大きく変わった。
明日は北方へ発つという晩。俺は王様に出立の挨拶をすべく、康安殿を訪れていた。「来たか。しばし待て」王様はアン内官を傍らに、黙々と筆を走らせていた。そして、書き上がったものをアン内官に渡すと、立ち上がって俺の前まで歩み寄る。「そろそろお休みになられては。お身体に障ります」「其方たちだけを働かせてか?大事ない。そこへ掛けよ」だいたい、其方を待っておったのだ。顔を見せに来ると思うてな。王様が柔らかく破顔した。「卯の刻(午前6時前後)には出立いたします。7日程で安州の軍と合流できるか
叔母様と涙の再会をして、私は坤成殿(コンソンデン)でも同じように、王妃様と抱き合って泣いた。王妃様にハグなんて、本当は咎められる所なんだろうけど、今日はそんな事はなかった。「医仙……医仙……良かった。必ずお戻りになると、信じておりました、医仙」王妃様が、変わらない美しいお顔を、涙でぐちゃぐちゃにして喜んでくださった。おそらく、それに負けないくらいヒドイ顔で、泣き笑いの体の私は、畏れ多くも王妃様の涙を拭った。ひとしきり再会に喜び泣いた後、私は心配事を口にした。「王妃様……少しだけ聞きま
閉め切った窓の隙間から微かに日の光が差す。それが、しん、と冷え切った部屋に僅かな熱を伝えている。手裏房の隠れ屋の奥の奥——。俺はひっそりと調息を続けていた。目を閉じ深い呼吸を繰り返す。丹田に集めた気を、全身に回してゆく。じんわりと汗ばむ身体から、冬の冷気と相まった湯気が白く立ち上っていた。ここに篭って3日目になる。戦の後はここで調息し、気を整えるのが常だった。しかし、いつもなら1日もあれば戻せたものを……。集中し切れず、俺は何度も目を開けて中断していた。「……はぁ……はぁ…
一刻も早く家に戻って、イムジャと2人きりになりたかった。本音を言えば、常に傍に居て、片時も離れたくない。コモに呆れられようが、イムジャから失笑を買おうが、俺がそう思うのは仕方のない事だ。4年だぞ?4年……俺はあの方を待ったのだ。その姿を目にする事無く。その身に触れる事も無く。その声を聞く事も……それは一度だけ…あったな。そうだ。あの時の事を、イムジャにまだ話していなかった。きっと他にも、話し足りない事、聞き足りない事がある。ようやく己が腕に取り戻せたものを……都へ戻っ
「私はただ、あそこに貴方がいるってリュ・シフ侍医から聞いただけよ。あんな所で女性と抱き合ってるなんて、思わないじゃない。だいたい貴方ってば、恋人がいるならいるって言ってくれないと…手を握ったりこんな風に部屋に入ったり、しちゃダメだと思うのよ。ねえ、聞いてる?」またいつものように、心を守る為に言葉の鎧を纏う自分を止められないでいた。しかし意外にも、そんな私を見てチェ・ヨンは微笑んで見せる。今まで周りの人は皆、こんな私に辟易するか困惑するばかりだったのに、一体この人は何を思って、これ程優しい目
昨日は、二度愛でた!暴れん坊将軍が言う事を聞かず、ウンスと愛を交わした。ウンスの不安を取り除くように。ウンスが目覚め、おはようの口づけをする。この至福の時間は、誰にも味わえないだろう!とヨンは心底思う。朝餉を食し、いつものように「今日は、何をするのだ?」「トギと薬草の研究よ」ニコッと笑う美しい妻。ああーーっ!もう!役目など、放り出したい!後ろ髪を引かれながら、出仕する。ヨンは、まずは、王様の所に行った。「大護軍、どうした?」「王様に伺いたい事がございます。この先、某に
【少々過激と思われる表現があります】【拷問的なシーンに耐性のない方にはお勧めできません】「アン・ジェ護軍!チェ・ヨン大護軍がこちらに向かわれているそうです」「おう!ご苦労だった。お前達もう下がっていいぞ。あとは俺とチェ・ヨンの仕事だ」建屋まで言伝に来た直属の部下と牢番兵を下がらせると、俺は今から行われる糾問を見越して、鬱々とした思いで深色の冬空を仰いだ。「今夜は酒が必要になりそうだ…」城内の一角にあるこぢんまりとした建屋内には地下へと続く石階段があり、その先は石造りの地下牢へと繋
「な…ん…ちょちょちょっと待ってください!テホグン!待ってくださいってば!」抜き身の鬼剣の先はヒョンウの首筋に添い、それを見たトクマンが盃を放り投げて止めに入る。その時既に、チュンソクは俺の利き手を両手で固め、テマンは俺の腰を抱き込み後ろへと引き、チョモに至っては捨て身で俺とヒョンウの間に飛び込んでいた。「今お前は、ユ・ウンスと言ったな。それは、見た事のない医術を施す、明るい色の髪を持った女人のことか」「イェ」微動だにせず、辛うじてそう言ったヒョンウのこめかみから冷や汗が流れるのを見て
翌日もウンスの側を離れず、甲斐甲斐しく世話するヨン。「なんか私、介護老人みたい」「介護老人とは?なんぞや?」「年を取ると、自分の身の回りの事が出来なくなったりする場合があって、それをお世話してもらうのよ。ご飯を食べさせて貰ったり、下の世話をして貰ったりね。」「ウンスの下の世話なら、喜んでやるぞ?」「もうーっ!ヨンったら!」サジュナが診察に来た。「お腹の張りもなく、脈も落ち着いたようです。お子様達も元気です。」「良かったぁ。元気に産まなきゃ!」「ですが、奥様もご存知