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♪さよならのあとで~昨日の朝日新聞朝刊で三原綱木さんの訃報を知った、、、80歳、腎臓がんだったのか、、、、GSザ・スパイダースの堺正章(80)の追悼コメント互いに交流があったとは言えない関係性でした。2組とも相手を認めたくない素晴らしさをもっていたと思います。その中で、三原綱木さんはその壁を取っ払ってわれわれと話をしてくれた唯一の人間です。彼のおかげでわれわれは少しずつ交流をしていけるようになりました昨年の10月の「徹子の部屋」ではまだまだ元気でしたが、、、『10
昨日、新聞の朝刊で、1960年代に若者の心を捉え、一世を風靡したグループサウンズの中で、実力&人気ともに、グループサウンズの隆盛を支えたブルーコメッツのリードギタリスト、三原綱木さんの訃報に接しました三原綱木さんギタリストとしての腕前は『ブルーシャトー』のイントロ、間奏、エンディングで証明され、当時、TVの歌番組で数多く出演している姿、演奏技術、指の動きなどをお父さんは食い入るように観ていました!そして大ファンになり、お父さんに大きな影響を与えました♪ブルー・
音楽家・三原綱木が亡くなった。この人は、昭和40年代に大流行したグループサウンズの草分け的存在「ブルー・コメッツ」の中核メンバーだった。「ブルーコメッツ」という音楽グループをご存じだろうか。日本の「グループサウンズ」の先駆者だった5人の音楽家たちだ。主なメンバー5人はこちら:ジャッキー吉川ドラムス:1958年-2020年(2020年死去)高橋健二ベース、ボーカル:1962年-1963年、1965年-1972年、2002年-2020年(実質上、2
出演予定だったコンサート演歌歌手の松原のぶえさんが9月13日に急逝されました。14日に事務所から発表がありました。13日未明に病院に搬送され、早朝に亡くなられたそうです。まだ65歳の若さでした。松原さんは幼少期から慢性腎不全を患っており、2009年には腎不全の治療のため、弟さん(現事務所社長)からの生体腎移植を受けていました。その後は元気に歌手活動を続けられていました。11月には名取文化会館で開催の北島兄弟(大江裕、北山たけし)のコンサートにゲスト出演が決まっていまし
一昨日、10月28日(火)の午後1時からテレビ朝日で放映された徹子の部屋ゲストは三原綱木、ケイ・アンナ夫妻番宣情報では三原さんは2023年に脳梗塞を起こした。夜中にトイレで倒れて救急搬送されたが、当時のことは全く覚えていないという。妻の素早い機転で幸い後遺症もなく、今もギターを弾いている。その脳梗塞の前に血栓が原因で失明したこともあり、脳に行かずによかったと思っていた矢先のことだったのだとか。ほかにも、肺に水がたまったり、糖尿病の悪化で足の指が壊死して切断したりしたこともあ
息子が「母さん、今いる?」「えっ、いるよ。」と返信したら「母の日のプレゼントが遅くなったけど…何と持ってきてくれたのビニールコーティングが施されたジュリーのポスターでした💖「えっ❓この間の母の日にお嫁ちゃん👰と二人に食事をご馳走になったので十分だったのに…「その時に間に合えばよかったけど...なかなか来なくてねと、母さんが一番喜ぶプレゼントだと思って部屋に貼ってね👍そばで聞いていた主人はなんとも微妙な顔をしていましたが😅ええ、貼りました
YouTube、なにげなくみていると、思わぬ映像が、、、、1978(昭和53)年の甲斐バンド、LP「この夜にさよなら」の頃映像は1978年2月5日の「コッキーポップ」司会は大石吾郎、GS(グループ・サウンズ)の寺内タケシとバニーズのギタリスト!1970年代の甲斐バンドのシングル♪裏切りの街角(1975年6月発売:オリコン6位)♪HERO(1978年12月20日発売:オリコンNo1)この2曲が一般ピープルが知っているヒット曲ですが、、、、『タモステで思い出した1