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髪をなびかせたイヤミのイラストが特徴的なマシン。レースには銭(=カネ)がかかるために私財を投げ打って、将来有望な若手ドライバーにレース参戦の機会を与えていたのが赤塚不二夫先生のTEAMZENY(=銭)。この画像のマシンでは、まだイヤミが小さいですね。TEAMZENYが「痛車の開祖」だとか言ってるのは、それこそ痛々しいですね。赤塚先生からすれば「ただの宣伝」でしょうし。そんな赤塚不二夫先生が車好きであったのがわかる画像がこちら。昔のフジオ・プロでの1枚ですが、後ろにオイルメーカー「バーダ
最高の音質、豊富な内容!ソノシートのトップ!――。ちょうど60年前の昭和41(1966)年3月、朝日ソノラマの新聞広告。左上、世界のニュースを音で記録する雑誌朝日ソノラマ4月号から、流行しつつあったフォーク・ソング、木馬座ファミリー劇場からの世界名作童話シリーズ、丸出だめ夫、オバケのQ太郎、ウルトラQ、おそ松くん、戦え!オスパー、おはよう!こどもショーなど子ども番組からの楽曲、そして倍賞千恵子の大ヒット曲さよならはダンスの後にまで、たしかに硬軟自在にして豊富すぎるラインア