ブログ記事186件
★★★1-3テリィの演じるハムレットは瞬く間に評判になり、劇団創立以来の大ヒットを記録した。秋の公演に続き冬の公演、春の公演と延長が決まり、役者として順調にステータスを築き上げていく様が、手に取る様に分かった。大人びた顔つきや一回り大きくなった体格からは自信も垣間見えた。テリィのお芝居を観ることが決して叶わない夢だと分かっていても、自分が応援団長にでもなったかのようにテリィの活躍が嬉しくて、記事を目にする度心が躍った。ハムレットの初演から一年あまりが過ぎた頃、世界を巻き込んだ戦争が
★★★4-23「フハっ・・―、ハハハッ・・!」深夜のリビングに笑い声が響く。帰宅してもまだ笑いが収まらないテリィは苦しそうにお腹を抱えている。「ククっ、俺たちが駆け落ちだって!?どうしてそんな話になるっ」お酒も入っているせいか上機嫌だ。「どうして否定しなかったのよ!あんな風に答えたら、まるで本当みたいじゃないっ」真相を確かめようとクリオが伝説の内容をキャンディ達に話した時、それはたぶん俺たちの事だ、とテリィは可笑しそうに答えたのだ。「噂なんていい加減なものさ。大げさだったりねつ造
★★★5-2今、狭い車内にバターと小麦粉の香ばしい匂いが充満している。キャンディは忠告通り襟のついたワンピースという清楚なスタイルだ。ロンドン郊外にあるグランチェスター家。正式な結婚に向けての話をするためだが、テリィの心は今日の空の様に快晴とはいかない。「着いたよ、ここだ」「あら、普通の家なのね。お城かと思ってたのに」学院ではテリィはお城に住んでいると噂が流れていた。確かアーチーもそんなことを言っていた。「そうだな、アードレー家に比べたら普通の家だ」「いっ、いえ、そんな意味
★★★2―22マンハッタン区。路地裏の隠れ家的なレストラン。テリィの馴染みの店のようだ。窓際のテーブルに向かい合って座った時、キャンディは気が付いた。「あら、変装してなかったのね。もういいの?」「変装なんかする気は無いって言っただろ。事実を撮られたところで痛くもかゆくもないね」今日一日散々変装していた人のセリフかと、キャンディは半笑い。「それに帽子やサングラスをしたままで食事なんかできるか?マナーに反する」テリィはすました顔で答えた。「マナー?」学院の礼拝堂の机を土足で踏ん
★★★6-7時計の針が二十二時を半分まわった頃だった。ラフなガウン姿で部屋から出てきたテリィを待ち伏せするように、アーチーは四階の廊下に立っていた。「テリュース、部屋を出るなよ。見たところ就寝準備も終わっているじゃないか。明日に備えてさっさと休んだらどうだ」対峙した二人の顔は大人の紳士とは程遠く、まるで学院時代に戻ったかのようなトゲトゲしさだ。「君こそ、何故未だにタキシード姿なんだ?監視当番なのかい?ここはセントポール学院の寮じゃなかったよな。就寝時間の規則などなかったはずだが」足を
★★★2-20猛スピードで家に戻る車内でキャンディは気が付いた。「・・ねえ、このガタガタ聞こえる音は何・・?」「ああ・・、鉢だよ。後ろの座席にあるんだ。倒れてないかな」「鉢・・?」家に着いた途端、テリィは階段を駆け上がった。部屋の机の上には今朝書いたキャンディ宛の手紙と共に、小さな小包が揃えるように置かれている。「手紙はもう用済みだな・・」テリィは手紙を破くと、小包を手に取った。後部座席を覗いていたキャンディは、鉢の苗を見て目をゴシゴシとこすった。「これ・・、スウィート・キャ
6章⑭「すっぽかした授賞式」のスピンオフです。本編を未読でも読める話になっていますが、6章まで読了されていない方には壮大なネタバレになりますのでご注意ください。★★★「残念だわ、クリスマスのミサが終ったらパーティをするのに。カートライトさんもジミィも来るのよ?」キャンディは不服そうに口を尖らせながら、アードレー家のエンブレムが誇らしげについた黒塗りの車のハッチバックをあけた。「うわっ!ありがとう、アルバー・・大おじさま!!」大量のプレゼントの箱が顔を出すとキャンディの表情は一変し
★★★2―15寄り添うように直ぐ横を歩くテリィをキャンディはちらっと見上げた。(テリィはこんなに背が高かったかしら・・・)すっぽりと包まれてしまいそうな大きな体。自分がとても小さく感じる。これが十年の歳月なのだろうか―片手で軽々とトランクを持ち、もう片方の手はキャンディの体にしっかりと添えられている。その腕から、テリィの想いが伝わってくる。・・もう離さない―キャンディは雲の上を歩いているような感覚になった。現実なのか夢なのか。自分はいったい、いつ建物から出たのだろう。いつの間
エピローグ帰りの船でキャンディは船酔いがひどかった。それが船酔いではなかったことに気付いたのは、自宅に到着してからだ。春先、シェークスピア・メモリアル劇場は火事で全焼してしまった。「・・何か呪いでもかけたのかよ、川が近くにあって消火できないなんて―・・」もはや誰が対象なのかも分からないRSCの壮行会の日、皮肉交じりでテリィに愚痴をこぼすジャスティンの横で、アルフレッドは嬉々とした声を上げた。「キャンディ~!!ああ、やっと会えた。僕だよ、僕を覚えてる?ほら、雪の日に会っただろ?ニューョ
★★★1-4思い出ごと封印したあの日からちょうど六年が経つ。引き出しの鍵はずっと閉められたままだ。あれ以来、一切の邪念を捨てるようにテリィとスザナの幸せを祈ってきた。ブロードウェーのスター、テリュース・グレアム。もう手の届かない存在。それが今のテリィ。――ぼくは何も変わっていない突然手紙の文字が頭に浮かんだ。「・・あ、そうか。手紙が来たんだったわ。昨日――」あれは夢だったかと一瞬思ったが、確かに封を切った覚えがある。朝起きた時、机の上には確かに白い封筒が置かれていた。「・・
小説FINALSTORYに出てくる「エレノア・ベーカーへの手紙」を基にした一話完結の物語です。ファイナル、SONNET本編が未読でもご覧いただけます。※ネタバレには絡みません11年目のSONNETスピンオフハムレットの招待状★★★ごめんなさい、ミス・ベーカー。ミス・ベーカーのお気持ちは痛いほどありがたいのに。この招待券を見つめているだけで、わたしにはテリィの舞台が観え、歓声と鳴りやまぬ拍手が聞こえてくるような気がします。この招待券はわたしの宝物として大
★★★2-2劇場の外は、朝から降り続く雨が一層激しさを増していた。まるで先ほどの出来事を象徴しているかのような荒れた空模様。本番前のリハーサルが終わり、衣装に着替えるまでのしばらくの間、建物の窓越しに通りを行き来する車や人をぼんやり眺めながら、テリュースは腹の底から深いため息をついた。「―・・計画は全て白紙か・・、クソっ・・!」キャンディと過ごせるのはわずか一日、いや、おそらくほんの数時間。家族への挨拶など出来るはずもない。イギリスへ旅立つ時は一緒に、と決めていただけに、簡単には心
★★★4-21アルバート達と殆ど入れ替わる様にして、ハムレットの出演俳優たちが続々と会場に姿を現した。真っ先にお偉方へ挨拶に向かう一行。その様子を遠巻きに観察している招待客達。その視線を阻むように、テリィは挨拶が済むや否や移動を開始した。タイミングを誤ると一斉に囲まれ、逃げ場を失うからだ。(キャンディ達はどこに・・)おとなしく壁の花に収まっているはずがないと思っていたが、案の定花の蜜に寄ってくるように、キャンディの周りには、目障りな蜂が一匹、二匹、三匹。(ちっ、油断も隙もないな・・
★★★8-17「どうされましたか?ウィリアム様」運転席のジョルジュは、笑いをこらえているようなアルバートの声に気付き、後部座席にちらっと目を向けた。「いやぁ~、この設定はすごいよ。キャンディは住み込みの看護婦で、テリィがマーロウ家に入り浸っていたのはそのせいだって。ゴシップのプロの発想はすごいな。そんな筋書き、僕には思いつかない」ニューヨークで調達した新聞を見て、アルバートはしきりに感心していた。「グランチェスター様はインタビューに応じたようですね。その記事、どうなさるおつもりです?」
★★★1-11草木も眠る真夜中、けだるいエンジン音がこの家の門前で止まった。暗闇で目の自由がきかない。冷たいポストに手を伸ばす。小ぶりだが厚めの封筒が一通だけ入っている感触に突き当たる。無理して帰ってきた甲斐があったと思ったのはその時だ。そこからは、先ほどと同一人物とは思えないほど俊敏な行動を見せた。勢いよくエンジンを再点火させると、深くクラッチとアクセルを踏み込んで敷地内に侵入し、急いで部屋の灯りをつける。差出人の名を確認するとようやく夢ではないことを実感し、笑みがこぼれた。
★★★5-3「セカンドフォリオはここにあったのか」テリィは書棚にあったシェークスピア全集の中の一冊を取り出した。「うちにあるものと同じ?」「いや、発行年度が違う。この全集はファーストフォリオの次に古いんだ」テリィが『マクベス』を流し読みしていると、執事の押す車いすに乗って公爵が部屋に入ってきた。部屋は一気に張りつめた空気に入れ替わる。公爵はすぐさま人払いし、三人だけが部屋に残った。数年ぶりの親子の対面。キャンディには自分の心拍音がやけに大きく感じられた。――グランチェスター公爵
★★★2-18「おいしい!!空腹は最高のスパイスね!」テリィの作ったスープは、意外にもとても美味しかった。「それ、褒めているつもり?けなしてないか?」「褒めているのよ!このクロワッサンもおいしいわ!久しぶりに食べたわ」朝食というよりは既に昼食に近い時間だ。「パン屋ぐらいシカゴや町にだってあるだろ?」「分かってないわね。毎日二十人分手作りしているのよ?クロワッサンなんて手の掛るパンを作るわけがないじゃない。バターと小麦粉を何層にも重ねるなんて、ストレス以外の何者でもないわ」テリィは
★★★4-9稽古が早く終わり、夕刻帰宅したテリィは、馬小屋にセオドラがいない事に気が付いた。まだキャンディも帰宅していないようだ。「―おや、セオドラを連れてご出勤でしたか」やれやれ、と思いながらセオドラを迎えに川沿いの小道をゆっくりと歩き始めた。キャンディが届けてくれた脚本。確かにあの脚本でずっと稽古はしていたが、新しい脚本を渡され、劇もほぼ完成した今となっては、絶対必要という代物ではなくなっていた。「これからはキャンディに無茶をさせないように、きちんと話さないといけないな―・・俺も
★★★8-8グランチェスター家の封印が押された手紙が届いたのは、それから間もなくだった。父さんの直筆で書かれたその手紙には、たった一言『帰国せよ』。外国在住でしかも外国人との結婚は異議が多く、議会の承認が下りないと書かれた弁護士の書簡も同封されていた。グランチェスターの名を捨てることは絶対に認めないとも。不肖の息子とはいえ公爵家の長男であることはゆるぎない事実。どこか納得している自分もいた。実家と縁を切り結婚話を進めることも出来たが、もうそんな必要もなかった。マーロウ夫人を諦めさせる
★★★4-20「シカゴのアードレー家と言えば、アメリカでも屈指の大富豪。国王と同じ出入り口を使うなんて普通じゃないと思って警備関係者に確認したら、どうやら正真正銘アードレー一族の総長のようだ」アメリカの事情には明るいミセス・ターナーの説明に、劇団員は固唾を飲んで耳を傾ける。「それが今あそこでダンスをしている人物なんですね?」「ほら、出入口付近にアタッシュケースを持った黒服の男がいるだろ?あれは凄腕のSPか秘書だね」ミセス・ターナーが指をさす方向に一同は一斉に刮目する。パーティ
★★★3-8劇は登場人物もセリフも必要最低限にカットされ、テンポよく進んでいった。子供からお年寄りまで楽しめる大衆向けのアレンジは、テリィが披露している演劇とはおそらく全く異なっているのだろう。第一線で活躍しているシェークスピアアクターの目にはどのように映っているのか。(喜劇に見えたりして・・)そんなことを思いながら、キャンディは隣にいるテリィを時折見たが「・・・・」度々目を閉じてうつむくテリィに、キャンディは何かを感じていた。物語がクライマックスの霊廟のシーンに入った時だった。
★★★1-10ストラスフォード劇団は春の公演『ハムレット』が始まったばかりだ。数年前から断続的に演じてきた役名は、今やテリュース・グレアムの代名詞となっていた。これほどのロングランを誰が予想しただろう。作品賞、演出賞、主演男優賞―。ある年の演劇界で最も栄誉ある賞の三冠に輝いた『ハムレット』の人気はいまだとどまる所を知らず、観客を動員し続けている。ブロードウェー関係者数百人の投票で決まるこの賞の栄冠を手にする事は、演技が認められたことに他ならないが、それにあぐらをかくつもりは
★★★7-10閑散としたプラットホームのベンチに座り、乗り換え列車を待っていた時の事だ。「印象派の巨匠もびっくりだな。マーチン先生にこんな才能があるとは」マーチン先生が昔描いたというアルバートの似顔絵に、テリィはしきりに感心していた。「傑作でしょ?これも宝石箱に収めようと思って」キャンディはマーチン先生から餞別に貰った知恵の輪をポケットから取り出した。「・・宝石箱に何を入れても構わないとは言ったけど、このままだと単なるガラクタ入れになりそうだな。・・しかし、なんだって君たちはアルバー
★★★3-9まっさきに大型船から降ろされたボンネットが凹んだテリィの愛車。持ち主である本日の伯爵は、髪を下ろし、黒縁メガネの代わりにサングラスをかけていた。髭はもちろん跡形もない。「テリュース・G・グランチェスター様、及びキャンディス・W・アードレー様、どうぞ」二人の名前が一番に呼ばれた。スウィートルームの乗客なので当然、と言いたいところだが、伯爵が権力を乱用したに違いない。真っ先にタラップを下りる二人の耳に、船上からさまざまな声が聞こえてくる。「・・例の伯爵カップルか?この前と
★★★8-4「愛の言葉をねだられることも、俺を試すような会話も幾度となく繰り返されたが、俺は応えた。言葉やキスでスザナの気持ちが落ち着くなら、こんなたやすいことはな・・・――キャンディ・・?」・・・ダーリン、まだお休みにならないの・・?マイアミのホテルで聞いたスザナの声がふと蘇り、キャンディは殆ど無意識に、ギュッと目を閉じ、固く結んだ手を胸にあてていた。覚悟していたとはいえ、テリィの口から他の女性との生活が・・――スザナとの生活が語られると、まるで一枚ずつ写真を見せられているよう
★★★8-9手紙を隠したスザナ・・――誰かを心底、愛してしまったら、きれいな気持ちのままではいられない―自分のエゴイズムに負けてしまったスザナ。そんな自分の罪の深さをスザナは知っていた。きっとつらかったに違いない。そう、私達以上に・・。「・・何も知らなかった・・、私――」蒸気で曇った窓に手をあて、キャンディは建物と建物の隙間からわずかに見える空を見上げた。今にも雪が降り出しそうなよどんだ空。――わたしはテリュースの心がどこを向いているか知っていました。テリィがあなたのこと
★★★3-6大広間では管弦楽団による生演奏が加わり宴もたけなわだった。程よくお酒をたしなんだ紳士や淑女であふれかえり、食事を済ませた乗客たちが花の様に舞い始め、ダンスに参加しない者も経済や政治、芸術や娯楽の話で大いに盛り上がっている。数日間同じフロアーで過ごしてきた一等の乗客たちは、既に全員が顔見知りの間柄だ。――にもかかわらず、見慣れぬ若いカップルが突然現れたものだから、人々は一斉に好奇の目を向けた。彫刻の美しい大階段にも負けていない、そのカップルの堂に入った立ち居振る舞い。「
時系列のヒントハムレット役に抜擢されたのはいつ?ロックスタウンでの幻の再会はキャンディが16才の早春。ハムレットの初演は「秋の公演」です。この「秋」が何年後なのかは書かれていませんが、春に劇団に戻りその半年後に主役ゲットではあまりに許されるのが早すぎます。「ロミオとジュリエット」を打ち切りにさせるほどまずい演技をし、その後失踪してしまった身勝手な行動は、社会人としてあまりに無責任だからです。最短ミラクルで1年半後でしょう。公演が始まる頃、エレノア・ベーカーから招待券
★★★2-11ニューヨーク、グランドセントラル駅。まるで欧州の宮殿のような立派な駅舎だ。壮大な吹き抜けのホールを持った巨大ターミナル駅には何本もの路線が乗り入れる。三日三晩地面を濡らし続けた雨がようやく止み、この日は四日ぶりにお陽さまが顔を出していた。「到着は三番ホームか・・・」テリュースは十年前とさほど変わらない変装でキャンディを迎えに来ていた。頭に深くハンチングをかぶり、サングラスをかけて顔を隠す。「先頭車両からおりると書いてあったな。確かにこれなら探しやすい」二十五歳のキャ
★★★2-19事故で騒然としていた昨日とはうってかわり、今日のグランドセントラル駅は貴婦人のようなよそ行きの顔を取り戻していた。シカゴ行の特急列車は下り方面のみ運転を再開したようだ。「本数が減ってる・・。今日はあと二本しかない。―・・次の便に乗るか?」列車は既にホームに入っていた。出発する人、見送る人でいつもより人が溢れている。「・・そうね、残念だわ。これじゃ乗り直しが一回しかできない」キャンディはおどけるように言いながら、帽子とサングラスで顔を隠したままのテリィをちらっと見た。