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★★★4-19割れんばかりの大歓声で幕は閉じ、劇場全体が揺れているようにさえ感じた。シェークスピア四大悲劇の中で最も長編のこの戯曲は、デンマーク王国の若き王子ハムレットの復讐劇。国王である実父の突然の死、義父になった叔父への憎悪、実母への不信感、友人の裏切り、恋人との別れと不慮の事故死。怒涛の絶望の中で狂人を装いながら生き方を模索する王子ハムレット。複雑で繊細な心を持ちながら、時に大胆で国民からの人望も厚い孤高の存在。そんなテリュース・グレアム演じるハムレットの圧倒的な存在感に、観客の
★★★6-7時計の針が二十二時を半分まわった頃だった。ラフなガウン姿で部屋から出てきたテリィを待ち伏せするように、アーチーは四階の廊下に立っていた。「テリュース、部屋を出るなよ。見たところ就寝準備も終わっているじゃないか。明日に備えてさっさと休んだらどうだ」対峙した二人の顔は大人の紳士とは程遠く、まるで学院時代に戻ったかのようなトゲトゲしさだ。「君こそ、何故未だにタキシード姿なんだ?監視当番なのかい?ここはセントポール学院の寮じゃなかったよな。就寝時間の規則などなかったはずだが」足を
★★★2-16暖かな陽の光が部屋いっぱいに広がっている。目を開けた時、一瞬自分がどこにいるのか分からなかったが、バスタオルの上に置かれた小さなメモを見て、キャンディは昨夜の記憶をゆっくり手繰り寄せた。バスルームは部屋を出て左だよテリィの字―・・ここはテリィの家だ。(・・そうか、この家に着いた途端眠っちゃったのね・・)キャンディは体に掛っていた毛布を脇に寄せ、「・・テリィ・・?」小さな声で呼んだ。静寂が広がるリビングに、人の気配はない。「―・・二階で寝ているのかしら・・?」低い
★★★1-13母親からもたらされた情報に勇気づけられたとはいえ、実際に手紙を出すまでには、ニか月間のイギリス公演を挟まなければならなかった。このタイミングでの渡英は当初もどかしく感じたが、これもまた運命と言うのか、イギリスでは数々の予想外の出会いがテリュースを待っていた。それらに突き動かされるように、イギリスの劇団、RSC―ロイヤル・シェークスピア劇団と電撃的な移籍契約を交わすことになったのは、自分でも全く想定外の出来事だった。帰国後テリュースは直ぐにキャンディに手紙を書いた。移籍の時
★★★2-17「―・・キャンディ、俺・・イギリスへ行くんだ」「・・え、また?この前行ったばかりよね?随分頻繁にあるのね」「・・いや、公演じゃなくて、――いや、公演だな。・・実は昨日でストラスフォード劇団を退団したんだ。今度イギリスの劇団で芝居をすることになった」突然の告白に、キャンディは一気に混乱する。「・・・イギリスに、帰るって・・言っているの・・?そうなの!?」頷くようなテリィの動作に、キャンディはショックを隠し切れない。「どうして!?どうして今になって・・。こんなにアメリカで
★★★4-9稽古が早く終わり、夕刻帰宅したテリィは、馬小屋にセオドラがいない事に気が付いた。まだキャンディも帰宅していないようだ。「―おや、セオドラを連れてご出勤でしたか」やれやれ、と思いながらセオドラを迎えに川沿いの小道をゆっくりと歩き始めた。キャンディが届けてくれた脚本。確かにあの脚本でずっと稽古はしていたが、新しい脚本を渡され、劇もほぼ完成した今となっては、絶対必要という代物ではなくなっていた。「これからはキャンディに無茶をさせないように、きちんと話さないといけないな―・・俺も
★★★4-3家事がひと段落し、午後になるとキャンディは昨日の病院を目指して歩き始めた。「どうしてあんな奥に家を建てたのかしら、ロード沿いだったらこんな苦労はしないのにっ」敷地内の移動だけでも結構な時間が掛る。重い袋をぶら下げ、ぶつくさ文句を言いながら門扉までたどり着いた時、近くに小屋があることに気が付いた。警備員の駐在所にしてはボロすぎる。「物置小屋かしら・・?」もしや誰か住みついていないかと、キャンディがおそるおそる中を覗いてみると、そこは厩だった。「―・・どうしてこんな所に」ジ
今までの考察を受けて、個人的なイメージをまとめてみました。あのひとの謎かけには全て答えていますので、宜しければ一読ください。ある程度の検証と主観が混ざった長い物語時系列スザナが死亡した後にテリィが手紙を書き、その後再会し、キャンディが30才前後に結婚しイギリスへ移住したと思っています。※三章の手紙の順番は、出来事の時系列と解釈こちらの記事参照★ファイナルで大幅に加筆されたテリィへの恋心。破局した二人が密かに想い続け、その成就を描くことで『真実の愛の物語(ファイナル
★★★4-10川沿いまで歩くと、遠く対岸に劇場の展望塔が見えた。悠久の時を告げる様に延々と流れるエイボン川。その歩みさえ一本の弦のように取り込んでしまう、彼方まで続く黄昏色の景色。再会してから十日。この間の出来事が遠い過去のようにも感じる。「―・・なんだか、にせポニーの丘にいるみたいだわ・・―」川辺に座ったキャンディの隣で、腕を枕に寝そべったテリィはおもむろに話し始めた。「・・・五年前かな。最初のロンドン公演の時、一人の観客が走り寄ってきたんだ。国王陛下の子息で、同じ幼年学校
★★★4-12「じゃ、公演頑張ってね。微熱のせいで普段よりアルコールが回りやすかったのね。お酒は抜けたと思うけど、喉に痛みを感じるようならこれを飲んで。たばこは絶対ダメよ!もし熱が上がってくるようなら緑の瓶の方を飲んで。本当は飲んでほしくないけど、明日は休演日だから大目に見るわ」ジェイの店の前で、母親のようにお小言を言いながらキャンディは車を下りた。「待て、キャンディ。君の方こそ熱は大丈夫なのか?・・その―・・昨夜俺と、接触・・したのなら―」言い籠るテリィに「私なら大丈夫よ、早めに対処し
★★★3-6大広間では管弦楽団による生演奏が加わり宴もたけなわだった。程よくお酒をたしなんだ紳士や淑女であふれかえり、食事を済ませた乗客たちが花の様に舞い始め、ダンスに参加しない者も経済や政治、芸術や娯楽の話で大いに盛り上がっている。数日間同じフロアーで過ごしてきた一等の乗客たちは、既に全員が顔見知りの間柄だ。――にもかかわらず、見慣れぬ若いカップルが突然現れたものだから、人々は一斉に好奇の目を向けた。彫刻の美しい大階段にも負けていない、そのカップルの堂に入った立ち居振る舞い。「
💛前回までのあらすじ代役の依頼を受け、急遽渡英することになったテリィ。テリィの説得に応じる形でキャンディも海を渡り、イギリスでの新生活が始まった。新しい劇団では、テリィは妻と死別したばかりとまことしやかに囁かれていた。プライバシーに触れてはいけないと気遣う団員達をよそに、テリィのハムレット公演は無事大成功を収め、二か月間の幕を閉じた。その後の打ち上げパーティで、テリィが「再婚」していたことを知った劇団員は混乱したが、裏で何を囁かれていたかなど知らないテリィとキャンディは、無邪気にダンスを楽しん
★★★4-2「なんて素敵な人・・!ジャスティンさんとは真逆のタイプ。恋人いるのかしら?」アメリカから来たハムレットを見て、研修生のオリビアの目がキラキラと輝いた。指を組んで祈っているようなオリビアのしぐさを見て、ミセス・ターナーは冷ややかな目を向けながら忠告した。「―・・テリュースは結婚しているよ」「あ、そうなんですか・・・」オリビアの淡い期待はあっという間に砕け散る。「なーんだ」側にいたオフィーリア役のカレンも、殆ど同時に声を上げた。するとその会話を聞いていた研修生の少年が
★★★3-12門がある場所から、常緑性の広葉樹に囲まれた道を車で移動する。童話に出てくる魔女の家かお菓子の家でも現れそうな雰囲気。「・・本当にこの先に家があるの?」「あるよ、マリーアントワネットの隠れ里、ハムレットって感じかな」ブルーベルの鮮やかなブルーの花が、木の根元を埋めるように一面に咲き誇っている。五月祭の頃学院の森にも咲いていた花。レイクウッドの草原にも咲き乱れていた―「・・・初めて来た感じがしないわ・・」「ブルーベルの花言葉、知ってるか?」さも知っていると言うよう
★★★2-14「さぁ、最後の患者を診るとしよう」「今の人で最後のはずでは?」キャンディが不思議そうに尋ねると、先生はキャンディの肘をゆっくり持ち上げ、二の腕を指した。「・・あっ、忘れてました。傷口は直ぐに水で洗いましたから平気です」「いやいや、破傷風は怖いからの。わしのバッグの中に薬が―」「私は実験台ですか?全て認可前のですよね・・?」できれば遠慮したいと引きつり笑いをするキャンディに、先生はバッグの中をあさりながら「いや、特効薬がな・・おっ、これこれ、就寝前の一杯」先生は携帯用
「男アルバート①②」の検証から、ブログ主の意見を書きます。ハイ、主観ですファイナルに描かれていない部分あのひと考察に於いては、漫画とファイナルで異なる部分はファイナル優先なのは当たり前ですが、ファイナルに描かれていない部分はどうするのか?🙄ファイナルでは、シカゴ編が描かれていません。漫画のシカゴ編のアルバートのグイグイ発言があったと仮定するのとしないのとでは、妄想に大きな差が生まれそうです。個人で妄想するには自由でしょうが、「考察」としては、漫画の表現をどこまで採用したら
★★★4-15一緒に住んで分かったことがある。テリィはかなりの読書家だ。帰宅が早い日は、夕食が済むなりカウチで読書に耽っている。「ふぁぁぁ~、・・おやすみなさい。先に休むわね」「あ、ごめん、もうこんな時間か。直ぐ行くよ、部屋で待ってろ」仕事と家事で疲労困憊のキャンディは、『直ぐ』を一秒も待てない方が多かった。雨の休演日は、ひねもす書斎に籠っていることもあるテリィ。先週は古語辞典を片手に難読そうな古書と格闘していたが、青天の今日はそんなことは無さそうだ。「テリィー!テリィー
★★★4-4「ふぁあー・・」これ以上ないほど両手を広げ、思わず声が漏れるほどの大あくび。のけぞる様にカウチに投げ出した頭は、天を向いたまましばらく浮上してこない。キャンディはスーツの上着をハンガーに掛けながら、そんなテリィの様子を心配そうに覗いた。ハードな稽古の上に初日の緊張感もあっただろうが、それに追い打ちをかけるようなお偉方との会食。昨夜の睡眠時間が全く足りていないこともキャンディは知っている。「明日もスリーピースで行くの・・?」「・・いや、幹部への挨拶は今日で済んだから・・
★★★4-18劇場の係員にチケットを渡した時、エレノアはキャンディに訊いた。「テリュースに会わなくていいの?」「はい、開演前はもう役に魂が入っているから、終わってから楽屋に来てくれって。フフ・・役者って皆そうなんですか?あ、でも私たちが到着したことは耳に届いていると思います。さっきの案内係に伝言を頼んでおいたので」妻らしい配慮を見せるキャンディに、エレノアは目を細めた。「あの子がそうなだけよ。私は開演直前までおしゃべりをしているわ」予約したバルコニー席に入るとアルバートの姿はなかった
★★★6-6夕食会も終わり大御所たちが引き上げたタイミングで、イライザの金切り声が長い廊下に響いた。「あなたたちが何と言おうと、私は騙されないわよっ!」部屋に戻ろうとしていたキャンディとテリィの足は、階段を数段上った所でピタリと止まった。「――どうぞご勝手に」まだ言い足りないのかと内心舌を打ちつつテリィが振り向くと、イライザの三白眼がキラリと光った。「キャンディ、あんたって本当に卑しい泥棒猫ね。スザナが死んで傷心極まるテリィの心の隙間に押し入るなんて、図々しいったらないわ!」「イラ
★★★1-7いつもより一時間ほど早い帰宅だ。まっすぐ帰る気持ちにはなれない。キャンディはポニーの丘に寄り道をして久しぶりに木登りでもしようかと考えた。大人になってからその機会はめっきり減っていた。常に時間に追われる二足のわらじを履いた生活は、些細な気分転換の時間さえ簡単には許してくれない。「わぁ・・、いつの間にかこんなにきんぽうげと白つめ草が・・」もうすぐ一面に白い絨毯を敷いたような、一年で一番美しい季節を迎える。頬をかすめる風はまだ冷たいものの、湿った心が少しだけ軽くなった
★★★3-11いつ用意したのかと訊いたら、アメリカを発つ前日だとテリィは言った。ドレスではない、指輪の話だ。結婚指輪はキャンディの指に吸い込まれるようにピッタリと収まった。「入念な下調べをした上での当然の結果だよ」テリィは得意げに言ったが、再会した夜、寝入ったキャンディの左手にこっそりキスをし、指のサイズを確認していたことは秘密にしておこう。「入念ね・・」キャンディはクスッと笑った。指輪の内側には何も刻まれていなかった。メッセージも名前も日付も。指輪も結婚式もおそらくその瞬間を
★★★1-10ストラスフォード劇団は春の公演『ハムレット』が始まったばかりだ。数年前から断続的に演じてきた役名は、今やテリュース・グレアムの代名詞となっていた。これほどのロングランを誰が予想しただろう。作品賞、演出賞、主演男優賞―。ある年の演劇界で最も栄誉ある賞の三冠に輝いた『ハムレット』の人気はいまだとどまる所を知らず、観客を動員し続けている。ブロードウェー関係者数百人の投票で決まるこの賞の栄冠を手にする事は、演技が認められたことに他ならないが、それにあぐらをかくつもりは
★★★3-13川岸にいたキャンディの耳に、どこからともなくピアノの音色が聞こえてきた。「・・・テリィ?」グランドピアノから流れ出るその旋律は、水面にうつった光の様に、キラキラと空を舞う。初めて耳にする曲・・。美しく、どこか切ないメロディ。音に導かれるように戻ると、テリィが鍵盤に長い指を走らせていた。上着とタイを外したラフなシャツ姿。弾きなれた曲なのだろう。目を閉じている。その姿にしばし言葉を忘れて見惚れていると、フッと音が途切れた。「―あ、ごめん。邪魔しちゃった?・・相変わら
小説FINALSTORYに出てくる「エレノア・ベーカーへの手紙」を基にした一話完結の物語です。ファイナル、SONNET本編が未読でもご覧いただけます。※ネタバレには絡みません11年目のSONNETスピンオフハムレットの招待状★★★ごめんなさい、ミス・ベーカー。ミス・ベーカーのお気持ちは痛いほどありがたいのに。この招待券を見つめているだけで、わたしにはテリィの舞台が観え、歓声と鳴りやまぬ拍手が聞こえてくるような気がします。この招待券はわたしの宝物として大
★★★2-6それは先ほど眺めていた、緑の瞳を持つ女性の肖像画だった。「ローズマリー・ブラウン。歳の離れた僕の姉だ」歳が離れていると言われてもテリュースにはピンとこなかった。二十代に見えるこの貴婦人がアルバートさんの姉だという事だけを頭に入れた。「姉は幼いアンソニーを残して若くして亡くなった。ばらを愛する優しい女性で、自慢の姉だった」「亡くなった・・?アンソニー・・?」どこかで聞いたことがある名前―・・・。少し考えてテリュースは思い出した。夭折したキャンディのばらの君―なんども
★★★1-12山の中腹にあるその家のテラスからは、遠くにニューヨークの港が望める。朝陽を浴びた海がキラキラと光り、その中をいつものように船舶が行き来している。つい昨日まで感じられなかった南からの風が心地よく髪を揺らす。「・・もう春か」広い空を自由に飛び回る鳥たちを見ながら、テリュースはくわえた煙草に火をつけた。「今すぐ・・、飛んでいければな・・―」イギリス本土を縦断できるほど離れているキャンディとの距離。今の公演が終るまでまとまった休暇はない。その休暇も一ヶ月以上先。もどか
※「アルフレッドの独白」の一ヶ月後のお話です。本編8章㉑「誕生日プレゼント」に関連したお話ですが、そちらを未読でもお読みいただけます。テリィVSアルバート11年目のSONNETスピンオフ★★★ロンドン。デュークス劇団系列のロイヤル劇場。テリィの所属するRSCは、ここを間借りして活動を再開することになった。楽屋は二人で一つ。贅沢は言えない。「良かったな、テリィ。俺と一緒で嬉しいだろ?俺も嬉しい!」ジャスティンは、衣装戸棚に衣装を掛けながら、
★★★4-13――お守りよ今日はずっとあなたの側にいてあげる誰に何を言われても気にしないでキャンディの言葉を噛みしめる様に、テリィが本番前のリハーサルに行くと「みんな聞いてくれ、カレンが体調不良で声が出ないそうだ。オフィーリアは代役を立てる。テリュース、シャロンと入念に確認を。ナイルを発端にどうやらこの手の風邪が蔓延している。注意しろ!」監督のリーチが檄を飛ばすように言った。「あ~、この喉の痛みの発生源はナイ
★★★4-20「シカゴのアードレー家と言えば、アメリカでも屈指の大富豪。国王と同じ出入り口を使うなんて普通じゃないと思って警備関係者に確認したら、どうやら正真正銘アードレー一族の総長のようだ」アメリカの事情には明るいミセス・ターナーの説明に、劇団員は固唾を飲んで耳を傾ける。「それが今あそこでダンスをしている人物なんですね?」「ほら、出入口付近にアタッシュケースを持った黒服の男がいるだろ?あれは凄腕のSPか秘書だね」ミセス・ターナーが指をさす方向に一同は一斉に刮目する。パーティ