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8月8日数時間から数日と宣告された旦那の余命。会社に電話がかかってきて急変を知らされたあの日から私は自宅と病院を往復する日々を送っていました。旦那の様子も心拍や脈拍も落ち着き、おしっこもそこそこ出ていて、安定していたと思います。時折目を覚まし、少しの会話ならできる事もありました。旦那の顔を拭いたり、口を開けて寝るので、乾燥防止のお口のケアを数回するのが私の日課になっていました。これはしてもらっている旦那も気持ちがよさそうな顔をするので、私の楽しみの1つでもありました。急変
8月6日私は朝、起きてから携帯を開き、旦那からメールがきていないか確認した。前日の様子が気になり、起きたら見るはず・・・と思いメールを送っていました。が、返信はなし。ずっと眠っているんだ・・・そう思い、仕事へ向かいました。お昼休みも終わり、午後からの仕事に取り組んでいたところ、外線で私に連絡が入り、名前が呼ばれました。嫌な予感が咄嗟に頭の中をよぎりました。「私に外線?誰だろう・・・きっと病院だ。」そんな事を考えながら電話に出ると、やっぱり病院からで、病棟の看護師さんからでし
その日の夜主治医からの電話です。腸管内の出血、炎症で腸管内にも浮腫が出てきています。そのため、お腹がどんどん張って呼吸が苦しくなるため挿管して呼吸が苦しくないようにします。状態的には昼と変わりはないのでまた明日面会をお願いしますね。とのことでした。そして次の日の面会にてどんどんお腹が張ってきている。貧血は少し良くなっているが、まだ低いので輸血が必要。腸管の浮腫が取るための薬剤を投与しており浮腫が取れれば1番ベストです。もし、これを、手術するとなると大量に出血する
8月9日容態が急変し今日で4日目。旦那は昨日まではそこそこ目を開けて、たまに会話ができたりもしていました。しかし、見た目には安定しているように見えても徐々に徐々に体の方は衰弱が進んでいました。寝ている時、目が半開きになっている事があります。看護師さんに「今の状態って目が開いてるように見えるけど、これは意識がある状態ですか?」「開いていても意識がある・・・とは言えないです。意識があって目を開けているなら目が合うと思いますが、今は半開きの状態で目を合わす事ができないので、おそ
うみです♪今、金星がキープラネットでパートナーとの関係や恋愛、金銭的な事での急な動きが起こりやすい!『9/27(水)月は魚座へ!&現在のキープラネット金星について』うみです♪すっかり空気が秋ですね!!涼しくなってきて娘と公園に行く時間も増えました帰りに満月に向かって膨らんできている月を見ながら帰って来ました…ameblo.jpという事をお伝えしていたところ芸能界でもそんな話題が出てますねぇ大抵ネットニュースで知る👀芸能人
こんにちは。東大阪病院医療安全管理室のMです当院には2つの重要な院内コードがあります。「ブルーアラート」と「コードホワイト」です。【ブルーアラート】病院内の入院患者、外来患者、来院者の急変発生時に発生現場の職員では対応できない時の職員確保のために発するもの※他院ではスタットコール、コードブルー、ハリーコール、ハートコールなどとよばれています。【コードホワイト】不審者の発見、患者・家族からの暴力等の対応(発見報告・応援依頼)の為の職員確保のために発するものこの2
8月11日急変後6日目。今日から早いところはお盆休みです。私の会社も旦那の会社も休みに突入しました。旦那の様子は落ち着いてると言える状態だったと思います。しかし、落ち着いてるとはいえその病状は快方に向かうことはありません。主治医が言っていた通り、徐々に徐々に衰弱していました。急変直後はまだ、体を起こす事も話す事もできていました。しかし、この辺りから体を起こすことはなくなり、会話も途切れ途切れで、話すというより単語で訴える・・・と言った方があっているかもしれません。腹水も溜ま
8月9日急変5日目になり、付き添いのペースも体に慣れて、時間をうまく使えるようになってきました。義母をお昼前に迎えに行き、病院へ連れて来る事さえも日課になっていたある日の事。いつものように義母を迎えに行き、車を少し走らせた所で義母が私にこう話しかけてきました。「あんた、香典とかはどうするの?」「・・・?」何を言ってるのか意味がわからず「香典は葬儀費用に使いますよ。」「そうでなくて。近所の町内の人が家に香典とか持ってくるしょ」「それは近所の方が旦那にって持ってきてくれ
急変し、蘇生された後、5日目に人工呼吸器が外れました。絶食がしばらく続き、一段と痩せてしまいました。その間、肝機能もじわじわと悪化し、黄疸が出始めました。頻繁に徐脈が起き、心拍数が60台を切ることもありました。息子は急変する前に覚えた「指しゃぶり」をぱたりとしなくなりました。敗血症性ショックによる急変から、少しずつ回復して、新たにできるようになった指しゃぶり。小さなことかもしれませんが、私にとってそれは、厳しい状況の中でも息子が成長していることの証であり、一筋の光明でした。息子が指
8月6日急変をあちこちに知らせて、たくさんの人が旦那に会いに来てくれていました。会社の方々が、病室を後にする少し前には友人達も駆けつけてくれていました。友人達も旦那の変わってしまった姿に驚いている様子で「この前会ったときは普通だったのに、いつから?」とがんであった事を知らない友人もいたので、これまでの経緯を話すと、「なんでもっと早くに知らせてくれなかったんだ・・・」と旦那が言えずにいた事やその時の気持ちを伝えると、黙って頷いていました。前日会っていた友人も、夜にはこ
今日、初七日が終わりました。バタバタと慌ただしい1週間が過ぎ、旦那の葬儀も24日、25日と無事に終わる事ができました。正直、もぬけの殻です。喪失感だけが残っていて、何もする気がおきません。入院中、付き添いなどで家にいなかったこともあり、家が掃除しないと汚いです。でも、気力がないのです。昨日は1日、掃除もせずに旦那の写っている動画をひたすら見ていました。もちろん号泣です。しかし、このままでいる訳にはいきません。なんとか気持ちを奮い立たせて、前に進まなければな
腸を取り除く手術を1週間後に予定します。とのことでした。そして、日齢52日目3回目の手術を行いました。しかし、そううまくはいかず恐らく胃から約30センチまでは綺麗に残っていましたが、そこから下の小腸は癒着が激しく、団子みたいに1つの塊になってしまっています。無理に剥がすと大量出血するのでこの癒着が改善するのを待たなければいけない。そして、のあちゃん自身の全身状態が改善してほしいなので、一旦人工肛門を造設しました。そして、栄養を再開して、少し大きくなるまで待ちたい。今の段階では
先月下旬くらいからずっと体調イマイチなさえ。そこからもう4回も受診してます。でもずっと体調イマイチ。このイマイチ具合を病院に伝える・理解してもらうイマイチが急変につながるかの判断これが難しくて難しくて…本当にしんどいです。分からなすぎて気が狂いそうというか…発狂しそうというか…どうしたらいいのか泣けてきます先月下旬の深夜0時からの注入中その日はずっと緊張強めで嫌な予感はあったのですが…突然発作!なのかな…私以外見てないし、結局いまだにこの発作のようなものに対し
手術から2週間後採血での炎症反応は高いままでしたがミルクを再開し便も出ていたため順調に戻ってきているとだろうと思われていました。しかし、数日後再びお腹が張ってきたのです。様々な検査を行いましたが、便が溜まっているだけなのか、お腹の中で何が起きているのかは、開腹をしないと原因がわからないと言われました。そして生後44日目2回目の開腹手術を行いました。手術時間は約4時間程でした。結果説明結果、腸管は壊死しており、穿孔、また酷い癒着を引き起こしており、この時の手術では全身状態も万全では
8月6日病院から急変の連絡を受けてから、とても慌ただしく時間が過ぎていった。娘を自宅に送り届け、病室に戻ると、昨日会っていた友人が旦那の側にいて、連絡してから急いで旭川まで来てくれて、ずーっと旦那の顔を見ていた。昨日の事を振り返り、お互いの昨日の行動の後悔の話をした。先生からされたこのタイミングで自宅へ帰る事ができた事、会いたいと思う人に会えた事、がんの進行が早く、いつこうなってもおかしくない状態だった事など、私の口から話す事でお互いの後悔が後悔でなくなればいい・・・そん
4月17日(火)7時33分ひかたんがお空に旅立ちました。16日(月)は記事にも書いた通りひかたんは穏やかな顔をして調子も良く一緒に抱っこしながら過ごしていました。退院の目処もたっていて私たちの希望としては家族みんなの風邪がしっかり治ってから連れて帰りたかったので土日あたりにしてもらおうかなぁなんて話をしていました。ひかたんも少し痰と鼻水が多めではありましたが、熱もなく呼吸状態も非常に安定していたので、明日からお風呂にも入りましょうと看護師さんと約束をして帰りました。今思えば…いつも家
かれこれ30年以上?の顎関節症。もうズレ落ちてしまった関節円板は元に戻ることはなく、関節内のクッションは無いまま開閉の時のグジグジ音は消えることが無いそうですでも、炎症を起こしてる水を抜くと6〜7割の人は痛みが緩和するとのことで、関節の洗浄(パンピング)をすることになりました。『顎関節症MRIの結果』引きこもり、なっちゃん謎の嘔吐のことをまだ投稿してない色々忙しいなぁ整形外科は水曜日で、昨日は口腔外科に行きました。朝の渋滞にハマってしまい、2時間以上かかり…ameblo.jp高血圧の
後日外科の先生(執刀医)から詳しく説明を受けました。⚫︎なぜ、炎症反応が高い(CRP:10〜20を行き来していました。普通の人の基準値は0.3以下です。点滴による感染症かもしれないので抗生剤を続けていますと言われていました)のに、壊死や穿孔していることに気づかなかったのか。→確かに炎症反応は高値ではあったが、ミルクも飲めていて便も出ていた。正直、腸内の様子は、エコーやレントゲン、CTなどではわからない。開腹してみないとわからないことだった。そこは難しい判断だった。⚫︎今後、壊死した腸はど
お母さんが11月に入院してから私の頭の中には終末期という言葉がグルグルするようになった。今の状態はどの辺りなのだろうか。覚悟しないといけないのか。仕事しながらお母さんに寄り添っていけるのか。自宅で1人にしてていいのだろうか。ネットで調べるも明確な答えがある訳ではなく、これからどんな症状が出てくるんだろうって不安がどんどん膨らんでいった。これからの事を考えると仕事も考えなければいけないのかな。不安だらけの11月だった。
再び急変するICUから戻ってから3日目。深呼吸はできないし、酸素を上げないと息が苦しすぎると訴えていました。苦しくても息を深く吸えないので、これが結構しんどいんです。主治医もおかしいと思い、呼吸器内科に緊急コンサルをしたらしく、そこからはすごい速さで展開していきました。私は知らなかったのですが、私の両親と夫に「急変しました。挿管したら話せなくなるので、出来るだけご家族ですぐ来てください」という連絡があったらしいです。ただ、私は割と落ち着いていたので、ICU入ったらまた水し
手術室の前まで一緒についていき頑張って、どうか助けてくださいとの思いで送り出しました。手術は約2時間、夫も病院に到着し、手術が終わるのを待っていました。結果説明結果、腸捻転を引き起こしていました。新生児期の腸捻転は、腸回転異常症という先天異常がある場合に引き起こされやすいとのことでしたが、乃愛の場合は腸間膜形成異常症という珍しい病気で腸捻転を引き起こしたのではないかとのことでした。捻転を起こした先の腸は血流が滞っていましたが、腸を元に戻すと血行がよくなったとのことで、そのまま手術は
わかりました。とその日は面会を終了し帰宅しました。翌日、面会に行くと個室に移動していました。主治医からお腹が張ってきていてヘモグロビン(貧血がわかる血液データ)が3しかありません。(こどもは11以下だと貧血といわれるそうです)壊死性腸炎になっていると思います。おそらく、腸管内で大量に出血していて、貧血になっているんだと思います。その貧血を改善するために輸血をしています。結構な量の輸血をしているため、肝機能は今よりもさらに悪くなりますが、ここを乗り越えなければ治療ができませ
4回目の手術が終了し1週間後、レントゲンで、ガスが肛門付近まで達していることを確認し、ミルクが再開になりました。しかしミルクを再開して2日後朝、病院から電話がありました。嫌な予感です。やはり執刀医からの電話でした。昨夜からお腹が腫れて熱が出ている。炎症反応も高い。おそらく縫合不全を起こし、腹膜炎(吻合部から便がお腹に漏れている)を起こしています。緊急で手術をするので来てくださいとのことでした。はぁ、、、なんで。もう、この言葉しか頭にでませんでした。可能性はあると説明はされ
【2023年1月19日の出来事】帰りに嘔吐した後、唇の色が真っ白になっていました。貧血??嫌な予感がしました。急いで自宅に向かいながら、訪問看護の方に連絡をしました。お帰りになられたらすぐに伺います。と。帰宅し、看護師さんが来て下さり、バイタルの確認。しかし、パルスオキシメーターがうまく感知しない。血圧もうまく測れない。手足がかなり冷たくなっていて、湯たんぽで温め、再びサチュレーションを測ると、酸素は96前後。脈拍が180超えていました。初めてみる数値でした。胸騒ぎがし
とりあえず、面会時間は1時間と決まっているため、何かあれば連絡しますとのことで、一旦帰宅することになりました。しかし、その日の夕方主治医から電話がありました。「やっぱり開腹手術をしなければお腹が張っている原因がわからないので、今から緊急手術をします。病院に来れますか?」という内容でした。この時、私は怖くて怖くて仕方ありませんでした。何事もなく過ごしていたのに、いきなりどうして。もしかしたら今日が最期になるのかもしれないとまで頭をよぎりました。夫にも急いで電話をし、内容を説明しまし
生後16日早朝、病院からの電話が鳴ります。朝からの電話なんて今までないので、何かあったんだと察しました。看護師さんからの電話でした。「昨日の夜からお腹が張っていて、呼吸が苦しそうだったため、口から管を入れる呼吸器をつけてます。個室の部屋に移動になってます。面会時に主治医より詳しくお話ししますね」お腹が張っている、、?コロナもあるため密を避けるために、面会時間が1人ずつ決まっていたので、私は気持ちいつもより早めに病院に向かいました。病院に着くと、変わり果てた姿の娘がいました。お腹は膨
職場での出来事です私は6年前から高齢者施設で働いています。高齢者施設なので入居されている方が亡くなることも多々あります。先週、いつも通りに食堂で夕食を食べていたAさん。車椅子の方で食べ終わったあと静かに座っていました。顔を見ると顔面蒼白あり。すぐに声かけし、バイタル測定。体温、血圧、脈拍、Spo2(酸素飽和度)全て異常なし。食べ物で窒息した様子もなし。「なんか調子悪いのよね…」と話されていました。「お部屋に戻って休みましょう」と声をかけ、車椅子を押しながらお部屋まで付き添いまし
いつもこんなに反応がないなんてありえない。というか朝から泣いてないならおかしいことに気づかないのか。耳元で声をかけても少し目を開いて、また眠ってしまいます。血色も悪いし貧血?反応がないってことは頭に何か起きた?でもなんか、いつもよりお腹も張ってる気がするし、、と色々考え看護師さんに、なんかお腹張ってる気がするんです私の気のせいかもしれないけどと言いましたがそうかなぁ〜うーん、なんだろうね〜寝てるだけなのかなぁ〜そんな会話をしてるときに少しずつ飲んでいたミ
その日の夜も先生からの電話です。状態は変わらないがお腹の張りがさらに強くなってきている。もし、何かあれば夜中でも連絡しますのでよろしくお願いしますとのことでした。なんで、ひどいこんなに頑張ってる子になんでなんで急にこうなった、、?展開が早すぎてただそれだけでした。
5度目の手術を終えて2週間ほど待って縫合不全が起きていないかを肛門から造影剤を入れて検査をし、確実に腸の外に漏れていないことが確認できたためミルクを2mlから徐々に再開しました。その後何度か状態をみて、ストップしたり再開したりとありましたが、大きな変化はなく、徐々にミルクを増やしていきました。ミルク=エレンタールという消化吸収の早い栄養剤です。5回目の手術から約2ヶ月半ほど経ちましたが、今でも慎重にお腹の状態を見て哺乳をしています。2023.04.15ハーフバースデーを迎えました🎂