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※閲覧注意※この記事には腫瘍写真が含まれますこの記事は私が今まで選んだ治療①色彩療法私が今まで選んだ治療②コロイドヨードの続きになりますこの頃の私は腫瘍が大きくなりすぎて厚みは6cm……約人差し指1本分皮膚から腫瘍が飛び出していました腫瘍の厚みと重さが凄すぎて胸を伸ばして寝ると血管が切れて、出血しそうで……平らなベッドで寝ずにソファに傾斜をつけて寝るようになりましたこれは、普段から"後悔とかしても意味ない"と考える私も後々後悔せずにはいられませんでした
もともと病気を知る前の私はアパレルで販売員を17歳から病気を知った26歳までずーーーっと本当に仕事人間でしたどれくらいって仕事第1で"親の死に目にも会えない覚悟で居ろ"って上司に言われてそれを覚悟として受け止めてるくらいでしたそして体調悪くても、熱があっても休まない。てか休めない。なんでって……"まだ倒れてはいないから"そんな事本気で思ってました今、思えば本当にありえないのですが笑どこかで聞いた話"癌になった人はガンばりすぎた人"これを聞いた時凄く納得
※閲覧注意※この記事には腫瘍の写真が含まれますこの記事は私が今まで選んだ治療①色彩療法私が今まで選んだ治療②コロイドヨード私が今まで選んだ治療③テラヘルツの続きになりますこの頃辺りから今までで1番しんどい時期になりますテラヘルツ治療で腫瘍は小さくはなったものの……毎日大出血で常に貧血で息するのもしんどいもう1人では歩けなくて誰かに支えられないと歩けないすぐ近くのトイレに行くのも激痛で両杖ついて泣き叫びながら10分くらいかけて行くもう座っても寝ても激痛でも
ご訪問ありがとうございます子宮頸がん1b2期から再発転移を繰り返し余命3ヶ月生存率0%から生還した月日を書き綴っています。がんの告知をうけて【2011年8月の回想】病気からの電話を受けてがんであることを確信して向かう道のり、、、どのような道順で行ったのか?全く覚えていません。ただ、晴れていて暑い日だった、、、突然病院からの電話善本考香『病気発覚まで~病院からの電話』忘れもしないあの日は、娘の夏休み登校日でした。娘を送り出し二度寝をしていた
昨日久々に写真フォルダ見てたら出産時の動画が出てきた懐かしいな〜とか思いながら見てたけど皆んなにも見て欲しくてブログにしようとまあ皆んなも知ってる通り予定日から12日遅れて産まれてきた娘想像以上にbigbabyで中々出てこず本当大変だったまず吸引から始まり〜何回してもそれでも出てこん!ってなって「次出てこんかったらお腹押してお手伝いして!」と院長先生。案の定、出てこなかったので2人がかりでお腹を押されましたこんな感じ笑↓↓この時1人だけど
※閲覧注意※この記事には腫瘍の写真が含まれますこの記事は前回の私が今まで選んだ治療①色彩療法の記事の続きになりますちょうどこの頃の私の状態は出血も激しくなって外で大量出血したら命が危ないのですが……それでも大量のガーゼを持ち歩いてなるべく車移動とかで動いてましたこの時ぐらいからケトジェニックの食事療法をしていたので外食はままならないのですが……それでもこんな風にカフェに行って私はお茶だけ飲んだりしてました笑そして色彩療法にも限界を感じてた頃知った
今、振り返ってみて私が一番しんどかった時期が2019年9月末に余命宣告を受ける前の2019年の4月頃歩けなくなり始めた頃から始まりましたこの時の事を詳しく今まで書かなかったのはあえて書かなかった訳ではなくあまりにも、その時の私はもう毎日を生きるのに大変で必死で正直、記憶もあいまいで思い出すのも少ししんどくて……でも、この時の事はこの経験が誰かの何かの参考になるかもしれないしいつか書いておきたいと思っていたのでようやく少し落ち着いた今、思い起こしながら
第3子妊娠そして3度目も普通の帝王切開で産むんだろうなと思っていた今回の出産妊娠中期に前置胎盤なおかつ癒着胎盤を疑われ妊娠後期の度重なる出血により32週からMFICU=母体胎児集中治療室に入院しておりましたが昨日、明け方に突然の大量出血そして午前中には緊急帝王切開が決まるという大変な1日となりました35週と2日正産期まであと12日でしたが2498gのそこそこしっかりと体重のある女の子が我が家に仲間入りしました手術室では約3時間の長丁場をドキドキ
明け方なんとなく目が覚めてなんとなく違和感があったので確認しようとしたらベッドが血の海!軽くパニックでナースコールけどなかなか来てもらえず押し損じたかな?ともう一度ナースコールその間も流れ続ける血そして来てくれた夜勤の看護師さんに状況を伝えるもナースコールは一回だけしか押さないでと軽く窘められるそして、血でベッドが汚れたから立って、着替えて、ナプキンつけて下さいと言われるこんなに血が出ててたくさん血が流れ続けてるのに自分でトイレまでナプキン取りに行けない、、
そういうわけで、前置胎盤という?なワードを診断され28週丁度に近所の産院から大きな病院へ転院することが決まりました。その時に山のような疑問をぶつけ、前置胎盤の説明を近所の産院と転院先の病院の両方でお医者さんからして頂きました。前置胎盤とは通常は子宮の上の方についているはずの胎盤がなんらかの理由で下の方についている状態で、全前置胎盤部分前置胎盤辺縁前置胎盤低置胎盤に分けられます。前置胎盤になる割合はお産全体の0.5%ほどだといいます。私はその中でも1番リ
「子を産む形十人十色普通はなし」by命がけ超・長期入院患者の仲間が急変。産婦人科の実情。みつご事件簿ー入院編ー・「大量出血しちゃうから、2週間に一度200ccを取っておくの。」自己血(じこけつ)というらしい。手術中、大量出血で輸血の予定がある患者は、自分の血を少しづつとっておき、手術時、輸血に使う。自分の血を取っておくことなんてするんだぁ。太い太い針を腕にさして、そこから血が吸い取られているように見える。
「プロ意識こんなときこそ沈着冷静」by動揺3つ子母大量出血・緊急手術で運ばれてきた妊婦彼女のことばに、激しく学ぶ。みつご事件簿ー入院編ー・・・「お母さん、大丈夫だからっ!深呼吸してっ!」廊下でひびきわたる、看護師さんの声。えっ?なにっ?ここは、病院だ。おだやかな管理入院生活の昼間に時々、救急患者が運ばれてくる。突然、病棟が緊張感にあふれる。エレベーター前に、救急隊員。医師と看
今日は下の娘の2歳の誕生日!早いものです。誕生日の度に、産まれた時のことを思い出します。娘の予定日は3月20日でした。その前日に妻は最後の検診を受けに行き「特に問題はないけど予定日は過ぎそうかな?」なんて話を先生としていたそうです。しかし順調に来ていて安心に包まれる中…突然の事態に!検診を終えて帰る準備をしている妻に、突然の大量出血が⁉︎保育園から息子と帰る僕に病院から電話があり「今、奥様が原因不明の大量出血がありました。緊急手術の可能性もあるのですぐに病院へ来て下さい!」と
以前、もう腫瘍も皮膚に飛びだしてるけどそれでも、食欲もあり元気に動けてた頃……私は、よく定期的に断食をしていましたというのも、断食をすると食べないことにより内臓が休まりその時に、身体の回復力だったり普段、力を回しにくい所にパワーが行き結果身体がみなぎるからです!私は、だいたい3日くらいの断食その後、3日かけて復食(3日使ってなかった胃を同じ日数かけて少しずつ慣らしながら戻していきます。この復食が断食をする上で1番大事!とも言われています)する事が多かった
皆さんの経験、とても為になります。本当にありがとうございます。先ほど母が心配して連絡をくれました。母も60を過ぎてから子宮を摘出しています。ずっと検査をしながら摘出せずにいましたが60を超えて大量出血。摘出に至りました。私も立ち会いました。子どもも1人産むことが出来たから摘出を選んでも…とは思いますが、やはりまだ残しておきたいです。もしかしたらまだ産むチャンスだって…とそれこそちょっとの可能性でも残しておきたいな…と。ないかもしれないけど!!ないかもしれないけど!!!治療頑張
ご訪問ありがとうございます子宮頸がん1b2期から再発転移を繰り返し余命3ヶ月生存率0%から生還した月日を書き綴っています。がん告知までプライベートでも色々と心労があり疲れ気味だったあの頃大量出血がなければ、、、疲れが溜まっている夏バテかもしれないと病院に行くのが先延ばしになっていたかもしれませんでした。見たこともない大量出血善本考香『病気発覚まで~がんかもしれない』2011年8月お盆明けた頃性交渉での不正出血・生理での出血の量がとても多く
一昨日?の縫合から2日経っても出血が止まらず本日救急へ👣そして入院となりました。更科あかね『円錐切除術入院』2泊3日で今日まで入院してまして、入院と手術についてちゃんと残しておこうと思います✨ちなみに大きな病気とかじゃないです✋というのも、ここ数年で子宮頸がんのレー…ameblo.jp更科あかね『出血』円錐切除術をしてから8日。経過を書こうと思います✨初日から多少出血はあったものの薄い色、だし少量の出血だったため気にもせず。一週間経った昨日、朝から鮮血が。。…ameblo.jp更科あか
まだ見てない方はこちらから↓↓でっぱりん『出産レポ①2日かかった壮絶なお産』2日かかった壮絶なお産なんやかんやで、出産の時の話をするのは初めてかな…ある程度は"ご報告"のブログでお話しましたが、詳しいことはお話してなかったですねって事…ameblo.jpでっぱりん『出産レポ②急遽選択した無痛分娩…』こんにちは出産レポ①を見てない方はまずこちらから↓でっぱりん『出産レポ①2日かかった壮絶なお産』2日かかった壮絶なお産なんやかんやで、出産の時の話をするのは初…ameblo.jpでっぱりん『出産