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「おい、朝倉。マヤさんは、朝から何を難しい顔しておるんだ?」朝食の後、速水家のキッチンで腕組みをして唸っているマヤを遠巻きに眺めながら、ヒソヒソ会話をする義父の英介と執事の朝倉。朝倉に至っては、今やマヤの姑のようなものだ。「・・・御前は、ハロウィンなるものをご存知でいらっしゃいますか?」「朝倉・・・老いてもこの速水英介を馬鹿にするなよ。儂とてハロウィンくらい知っておるわ。」自信満々のシニカルな笑みを湛える英介に、朝倉が『ほう?』という顔をする。「・・・アメリカのカボチャの祭だ。」
◇Prologue「真澄、お前に最後のチャンスをやろう・・・。」義父の英介が真澄に突きつけてきた条件・・・それは。「北島マヤをお前に惚れさせてみろ・・・。そして、紅天女の全てをその手中にするのだ。それができたなら、鷹宮との婚約は諦めてやる。ただし、期間は三ヶ月・・・その間にお前が、北島マヤを手に入れられなければ、お前は紫織さんと婚約し、結婚をするのだ。そうなればもう、お前には選択の余地はない。その時は、儂があの子にお前の秘密を明かしてやる・・・お前が二度と過去に逃げられないように
プラタナスの並木が黄金色に輝く舗道を二人で歩く。穏やかな昼下がり。こんな風にこの人と過ごせる日が来るなんて思いもしなかった。夢に見てはいたけれど・・・「久しぶりのオフなのに散歩でいいなんて、相変わらず君は欲がないな。」「速水さんはつまらないですか?」このオフは彼にとっても久しぶりのオフ。他にしたいことがあったのかもしれない。「いや。俺は君と一緒に過ごせるだけでいいんだ・・・君がリラックス出来るところが、俺にとっても安らげる場所なんだよ。」この人はいつもサラッと、凄い台詞を口にす
prologue吾輩は猫である。名前はもうある。(でも今はまだ明かさない。)どこで生まれたかは知らないが、ボクのパパとママはロシアンブルーの世界じゃあ、ちょっと知れた猫(ひと)達で、いわゆる血統書付きのお坊ちゃん、お嬢ちゃんなんだって。ボクはそんな事気にしないんだけど、ボクが預けられたお店ではそれがとっても大切らしいんだ。ペットショップ店員のお姉さんが、ボクはきっとセレブなお客様に可愛がってもらえるって、毎日のように言ってたな。セレブな人ってボクにはよくわかんないんだけど、どうやら
『大都グループ速水真澄引責辞任!鷹宮財閥の事業提携中止と令嬢縁談破棄!』いつだってマスメディアの見出しは、聴衆の興味を掻き立てるように、無責任かつセンセーショナルに書かれる。そんな事は百も承知・・・それでもマヤは週刊誌の表紙を忸怩たる思いで握りしめて、破り捨てた。世間は何もわかっていない。速水真澄という男の本当の姿を。わかって欲しいとは思わないが、興味本位で真澄について有る事無い事を実しやかに書くのは許せない。だが、それを言ったところで仕方がない事も、マヤはよくわかっていた。マヤ
人気のないオフィスビル。会社もまた生き物なのだな・・・と水城は思う。どれだけ近代的で立派な建物であっても、一流デザイナーによる洒落たインテリアの部屋であっても、そこに息づく人がいればこそその魅力が発揮されるのだ。世間は大人も子供も皆夏休みであり、この大都本社も一部のグループ会社や部署を除いて、このお盆三日を挟んで、夏休みの真っ只中である。生まれ故郷に帰省する者、海外旅行へ行く者皆様々だ。そんな中水城はひとり、人気なのない役員フロアの一角にある秘書室で仕事をしていた。普段ではできない事
真夜中の執務室。上期の決算状況の報告書を読み終えた俺は席を立ち、部屋の大きな窓を見上げる。ビルとビルの間の空に丸い月が浮かんでいた。「満月・・・十五夜か?」こんな時間にこんな場所で独りで月見とは、風情のかけらもない。元々俺はそんな情緒を解する心など持ち合わせてなどいないのかもしれない。己の恋ひとつ、まともに遂げられない不器用な俺には、あの光に満たされた丸い月が眩しすぎた。「今夜はもう十六夜でございますわ。昨晩が十五夜でしたから。真澄様、お疲れでしょう?もうお帰りになられてはい
『速水真澄、鷹宮グループとの事業提携解消の責任を負っての大都グループ役員辞任』日本の財界を巡ったこの騒動も今では過去となりつつある。己の甘さが引き起こした問題だったのだから、誰にも愚痴を言う気などない。マヤへの思いを断ち切るための政略結婚が、マヤへの思いをより強めてしまっただけでという結末には自分でも呆れてしまうが、それが揺ぎようのない真実だったのだ。だから、たとえそれがどれ程の困難を極めようとも、真澄は紫織との破断を決めた。それをしてもまだ、マヤの心を手に入れられるかどうかわからない
深まる秋の夕暮れ・・・都内にある黒沼のスタジオ。北島マヤと共に演劇界では今や不動の地位を確立した彼は、自分の演劇研究所として稽古場を作った。紅天女を始め、数々の作品がこの稽古場から生まれる。東京とは思えない閑静な佇まいの黒沼のスタジオは、多くの木々に囲まれていた。そんな庭の一角にある駐車場に車を停めて、速水真澄はマヤの帰りを待つ。三ヶ月程前に正式に鷹宮との破談を決めた真澄は、積年の思いをマヤに伝えた。マヤも同じ思いでいてくれたことを知り、真澄はマヤの側にただの男として存在したいと強く
この婚約に愛はない。真澄のかつての婚約者の紫織もそうだった。単なる政略結婚の道具だった。その事に嫌気をさした紫織が自ら破談を申し出たのだと、マヤは真澄から聞かされていた。紫織の時は大都の事業拡大が目的の政略結婚だった。だが、結局は真澄の手腕で鷹宮との合併などなくても、大都の野望は果たされた。だから真澄もあっさりと紫織との破談を受け容れたのだろう。そして真澄が次に狙ったのは紅天女・・・その上演権だ。故にその上演権の継承者であるマヤとの結婚を言い出したに違いない。そうでなければ、マ
「Trickortreat〜!きゃははぁっ!」今日は10月31日。今や世間ではクリスマスに次ぐイベントとして認知され始めたハロウィンの日である。夕方になって、ハロウィンの仮装をした怜が家の中を走り回っている。蝙蝠の羽根を模した悪魔風の衣装に、黒い角の生えたカチューシャ、悪魔のしっぽの黒いパンツ。そして怜の顔といえば、マヤのドレッサーの前で悪戦苦闘した見事な芸術品になっている。マヤの使い古しのシャドウや口紅を自由にさせてもらって、真っ赤な口に、青紫の瞼、そして頬にはハロウィング