ブログ記事14,180件
毎朝虎に翼を楽しくみています女性というだけで、地位もなにもなかったような時代じゃない今の時代で有難いと思うのですが・・・・・・。昨日の両親の所での出来事です父の手術後、3か月に1回の検診から6ヶ月に1度となり昨年の4月には1年後で良いと言われたのですが、父のかかりつけの病院の先生が引退し、新しい先生に変わってしまったこともあり、そろそろ1年後の検診では?と言われ、慌てて私に電話してきた父。どこかにメモしていないかと。私の手帳には病院へ行った日付しか書かれて
ホールでマジョラムクラス全員で『ジャンケン列車ゲーム』をしました始める前に季節の歌『ぶんぶんぶん』『こいのぼり』『おかあさん』の歌を歌ってスタートしましたゲームをしていく中で、ジャンケンをする時に年長さんや年中さんが、年少さんに勝ち負けを教えてあげる姿が見られたり・・不安そうにしている友達に優しく「一緒にしよう!!」と優しく声をかけてくれたりと所々で微笑ましい場面を見ることが出来ましたまた勝負にこだわり、負けると泣いて悔しがる姿も見られ、子ども達は真剣そのものでした集団あそびを通
こんばんは私のpCloudですプチプチ・アニメロボットパルタ「パルタの大そうさく」-1まだありますよまたね
ハレルヤ今日もひとりひとりを守ってくださっている優しい大きな神様に感謝します✨久しぶりに、娘と孫を連れて実家に行ってきました。夕方には、仕事帰りの弟妹や姪っ子も集まって、一緒に夕食を食べながら、にぎやかで楽しい時間を過ごしました。81歳になる母は、自慢の料理をたくさん作って待っていてくれました。夕食の準備もほとんど立ちっぱなしで、私はただお手伝いするだけ。母は、みんなにごちそうをふるまった最後に、ヨイショっと自分の分を持ってきました。「これ、おいしいよ!」「上手に漬かってるね」
愉しめるかな私のpCloudです「パルタたんじょうのひみつ!」-1「パルタの大あたり」-1「パルタの鬼たいじ」-1「パルタの大そうさく」-1「宇宙たんけん隊」-1たのしめたかなまたね
3月13日、晩8時からBS11で放映された「あのスターにもう一度あいたいGSザ・テンプターズ」ランキング形式で示されていて、順番に確認してみると、10.中学生で急きょステージにダンスパーティがあった時、信頼できる人間がいないから、クロークをやってくれと言われた。ボーカルの女の子が腹痛でいなかったので、1曲歌ってくれと言われて歌ったら、仲間内だから受けた。そして入ってくれと言われた。9.「神様お願い!」に隠された秘話ヒットしたが、神様にお願いしたい位、嫌だった(笑)アップリ
広島東照宮広島は外様大名だったにもかかわらず東照宮があります。徳川家康の3女(振姫)が広島初代藩主の浅野長晟(ながあきら)の正妻だった縁によります。家康は豊臣家の分断を図るために北政所・ねねにゆかりの大名を厚遇して手懐けました。長晟は、ねねの血のつながった甥だった。浅野家でも後に家康を祀って幕府に忠誠の姿を見せた。外様大名の悲しいほどの処世術です。…と、そんなことを思いながら東照宮に参ってきました立派ながら急な石段です「人の一生は重荷を負いて遠き道をゆくが如
うれしい子どもの成長またね
甲子園の入り口付近で缶ビール、外野席上段の席に着くなりのビール🍻。試合が始まったら、座ったまま爆睡のおかんちゃん。これが、気持ちええーーーー。あかーーん‼️なにしとんねん‼️うわーーあ、死ぬーー‼️頼むでーー‼️勝ってーー‼️いきなり、夢の国から引き戻された。私の真後ろの爺さんが、ぼやいとる。ほんで、ビール🍺、こぼしとるがな。ごめん、ごめん、すんません。あ、おかあさんも、ひと口飲みます⁉️ジジイの飲みかけかい‼️ま、謝ったし、許したろ‼️しかし、そこから、そ
子供たちに制限をかけることが多くて子どもたち特に長男と次男とはなかなかうまく関係が作れないあの人と暮らせば何時に帰ってこようが連絡せずに出かけようが怒られることもないあの人がそういう人だから全ての問題はお金で解決できる食べ物、無ければ買えばいい駅まで送迎必要ならタクシー使えばいい(子供だって、女の子だって関係ない)自転車は電動自転車買い与えられてるしSuicaのチャージだってすぐにお金もらえる(私も贅沢はさせられないけど不自由はさせてないけど)
夢の中の母はしゃべらない。私は母と話をしたいのに。苦しみは増すばかり。哀しみは深くなるばかり。お母さんとの時間が煌めく時間だったと今頃になって気づくなんて。だったらもっともっと大切にすべきだったと毎日後悔している。10回旅行に連れて行ってあげたことよりも20回旅行に連れて行ってあげなかったことで詫びたい気持ちでいっぱい。私は前にも書いたけど死後の命は信じていません。でも機会があれば手を合わせて思い出の中にいる母に「ごめん」と謝っている。母の世話は私の命
母が亡くなりそろそろ1ヶ月が経とうとしている。わたしの毎日は仕事で忙しく過ごしているせいか母が亡くなった実感はあまりない。遺影に手を合わせたりお水やお茶を供えたりすることはもう淡々とした日常だ。だけど何気ない日常の中でふと母を思い出すときがあってそんなときは「おかあさん」と声に出して、つぶやいたりする。そのときは切なくなる。今までは普通に「おかあさん」と呼ん
おうちにいる子どもや孫と、おとうさんおかあさん、おじいちゃんおばあちゃんが、一緒に楽しめる工作や遊びを紹介します。ネズミ、カメ、犬、ウサギ、バナナに続いて、今日はハンカチで作る🦋です。使うのは、ハンカチです。ハンカチを中心が少し重なるように左右から折り、☆の部分をひろげます。☆の部分を折り上げます。上部を折ります。↑の方向に、ひだを取りながらつまんでいきます。こんな感じです。上までつまんでいったら、上の部分を細く折ります。細く折った部分を、裏か
息子の話です。昨日の土曜日は、精神科単科病院の診察日でした。このところ、「夜が怖い。寝にくい。」と言っていたのですが、今までは寝られていました。昨日は、朝早くから眠いところを診察に行きました。明日は、「カラオケに行きたい。」と寝る前に言っていたのですが、寝床に入ると「寝られないよう~」となり一睡もできませんでした。午前3時頃、「お腹が空いた。」と言ってカップ麵とオカズを食べました。それでも、「頭がクラクラする。おかあさんと助けてよ~」と言っていましたが、そのうちに「眠くなって来た。」
もっともっとしてあげられることがあったのに、ついつい先延ばしにしたこと。時間はあったのに。最近それを考えると心がえぐられるほど苦しい。私は本当に母を愛していたと母を失って始めて思い知らされる。正月も、桜も、つつじも、紫陽花も冥土の旅の一里塚。めでたくもありめでたくもなし。
8月21日月曜日娘の遺した孫が帰ってからなんだかやけに娘の名前を呼んでいました孫が帰ったあとの誰も居ない部屋で呼んでみたり孫が来ているときには孫を見守って一緒に我が家にいるのかなそうだったらいいなと思いながら過ごしていました母は夢にも出てこずそれでも毎日お仏壇に手を合わせ「おかあさん」と呼びかけています昨年の今ごろは病院からメールが毎日着ていました以前からブログを読んで下さっている方は懐かしく思われ
過去の話です『おうちにかえってから⑤』過去の話です『おうちにかえってから④』過去の話です『おうちにかえってから③』過去の話です『おうちにかえってから②』過去の話です『おうちにかえってから①』過去の…ameblo.jp「今は結婚して家族もいるかもしれないし、簡単には会ってくれないかもしれない。それを理解した上で探して連絡をするのはかまわないし、手伝うつもりやで」と伝えています。あと、すずは最初から親指吸いをしていました。右手親指が硬くなってタコができて血が出ても吸い続けていま
口うるさいお母さんだと自覚しています。もともとの性格もあるけれど、ステージ4、転移がわかってからはこの先私がいなくても常識を持った人間として育って欲しい気持ちで時には叱っていました。子供は子供、私が産んだけれど、私ではない。失敗したらそこから学んで成長すればいい。でもその時に失敗から成功に導いてあげたくても私はいないかもしれない。だから今のうちに!!という焦りが、悪循環になってしまって、せっかくの親子時間も険悪になるという、、、本末転倒。見守ると見張るは違う。も
その日、学校が終わって、いつものように家に帰った。玄関のドアを開け「おかあさ~ん、ただいま。」と叫ぶ。2階から「はあ~い」と声がした。2階に上がると誰もいない。・・・おかしいな・・・。すると、今度は裏口のドアが開く音がして「しゅんすけ、帰ってるの~?」と声がする。「うん、今帰ったとこ。」そう言って下に行くと、やっぱり誰もいない。「おかあさ~ん。どこ~?」今度は洗面所の方から「はあ~い」と声がした。洗面所にも誰もいなかったので、風呂場をのぞいてみた。「おかあさん?」す
この時はまだ元気でした。ただ旅行後すぐに脳梗塞になったので旅館の温泉に入ったのはこの時が最後でした。87歳でしたがまだまだまだまだ死なんて遠い先のことでしかなかったのです。介護も必要ではありませんでした。楽しかった。本当に楽しかった。涙が止まらない。思い出は笑って話せるるものじゃない。世界で最高に愛した母です。この母が晩年は私を頼りにしたのです。
今日は夜、仕事帰りにお母さんがお家に来ましたお寿司、お肉弁当、焼きガニ、イカ、ホタテ、おつまみ、お菓子など…た〜くさん持ってきてくれました昆布ががんにいいとかそれを届けに来たのにお店の人が忘れちゃったんだってその代わりとろろ昆布食べなっだって甲状腺がんだったので、昆布はほとんど食べていません。一緒に食べて飲んでお母さんにパパが泊まって行って〜って言ったら、明日仕事早いのに泊まっていってくれましたみんな何年くらい会ってなかったかなぁ私の育った家庭環境がちょっと複雑で…親子・姉妹関係が普
夫の両親も創価学会の人ですうちの両親と比べてゆるくまったり〜で学会第一というより人として大切にするところは大事にし、何より家族が一番!という感じ何か問題が起きても、うちの両親のように題目をあげまくり、組織の中で動きに動き!ガンガン折伏し!!!ではなく、手を打つだけ打ったら後は成るように成る…と流れに身を委ねるような生き方です正直結婚した時は困ってることがあれば何でもっと真剣に悩まないの??解決しようと努力しないの?とモヤモヤしていました旦那は5人兄弟の長男で、唯一活動をしています
おじゃまします。なおぞうです。ハイハイ期がとにかく短く9ヶ月半にはヨチヨチというよりスタスタ歩いていて今や走り回っている1歳3ヶ月の男女双子の育児奮闘中のシングルマザーです。またブログ書きながら寝落ちしてしまい早朝の投稿に‥昨日は母ちゃんも君たちも大好きなばぁばの誕生日でした。父ちゃんと母ちゃんは、家が隣で生まれた病院から職場までずっと同じ道を歩んできた幼馴染月齢は4ヶ月しか離れてないけど究極の早生まれの父ちゃんは母ちゃんの1学年上さらに父ちゃんには6学年上に3つ
私のpCloudですたのしめるかな?ぽぽりす&フレンズ「あこがれのファッションショー」ニャッキ!「アイスホッケー」メニャッキ!「ガラクタDANCE」ニャッキ!「きりかぶレコード」おまけ帰ってきたドラえもん25分そろそろいれかえがありますいっぱいになったのでまたおしらせしますまたね
母が良く通っていたデイケアではお風呂用にバスタオルとタオルを一枚ずつこちらで準備しなければなりませんでした。私はいつも白い大小のバスタオルとタオルを入れていました。白だと清潔感があるからです。区別するために名前も書いていました。ご存じのように白いタオルはしばらく使うと、水に濡れると真っ白ではなくなるやや黒ずみます。それが嫌で白いタオルはしょっちゅうまとめて買っていました。1か月に10枚くらいかな。家でもフェイスタオルやハンドタオルには白のタオルを使用していたので結構使い
私は学生時代はほぼ皆勤賞で体調を崩すのはかなり珍しい。熱が出るとこんな感じオリンピックか!(正確に数えたことはないが、熱は数える程度)インフルエンザにかかったこともない私がウイルスに強い理由はちょっと潔癖な母だと思う。我が家の実家ルール①手洗いうがいは基本中の基本!ドアノブは触らない外出しても共用で手の触れる部分は触ってはいけないというルールだった。②タオルは共有しない家族でも個人別でタオルを使う(最近はバージョンアップしていて、小さいタオルを使ったら即洗濯機という方式で
今日はあまり寝ないでクルマで1時間ほどかかる病院へ朝に出かけました。阪神高速湾岸線が工事のために通行止めになっており渋滞していました。「眠たいなああ」とつい口に出しました。今まで横にいた母は「ねんといてや」と言っていましたが、その声を聴くことはありません。そのことを思い出して「何で何も言うてくれへんの、お母さん」と何度も繰り返していると大号泣。おかげで目が覚めました。母の思い出が守ってくれたんですね。
先方は一回中止ではなく、『1ヶ月延期なら了承』とのこと。たった1ヶ月延びただけで、子どもが行く気になるかどうかはわからない。それに、先日その方向へ別の用事があり車で走っていると「おかあさん、イヤだのとこにはいかないよ!!」って。「きょうはちがうところ。たくさんのおともだちとあそぶんだよ」と。「じゃあ、いく〜」って。記憶力がついてきているから、もう見ている風景で覚えている様子。「次も行かなくていいよ」と言ってあげたい。ダメなんだろうけど。。。でも、子供の気持ちを考慮する
初めての方はこちらをどうぞ☆家族紹介記事九ヶ月になって明らかにママと呼んでくれるようになってきました。ママという発音がしやすい単語を発してそれにお母さんが反応するから、子どもは「この人はママなんだ」って認識するのですね。ママと呼んでくれて尚更愛おしくなる。そうして知ったことは…↓子ども産んで初めて知ったことコメント有難うございます!同じく猫の毛むしりまくりですか…笑!無我の境地ww★Twitter→@kikumaki00☆Instagram→@kikumakisan
過去の話です『おうちにかえろう④』過去の話です『おうちにかえろう③』過去の話です『おうちにかえろう②』過去の話です『おうちにかえろう①』過去の話です毎日毎日暑い中、研修に通い3週間が過ぎる頃、…ameblo.jpすずが私を選んでくれたやっと私を"おかあさん"と認めてくれた瞬間でしたこんなに唐突にこんなに素晴らしい瞬間がやって来るなんて夢のようですしばらく走ってから涙で視界がぼやけて、運転するのが怖いので、少し脇道に停めて後ろを向き、すずを見つめるとキョトンとした顔をして