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もう気づいた時には無理、無理だったよ、わたしが警戒心ないとかじゃなくてね、咄嗟だったんだから、逃げられなくなっちゃってた。あの人、結構大柄な体格してるから、助手席に座ってたわたしに、ぐわってね、覆いかぶさってきてたんだ。「今日はなんできたんだよ、誘ったら断ったらよかったろ」柏木さんの言葉、すごい低音で、それね、今でも思い出すと、鳥肌立っちゃうくらいね、体の奥から、震えるように怖かった。だからね、最初、わたしは体動かなくなっちゃって、硬直したみたいになって、
柏木さんを、意識したんだ。それは、恋とかじゃなくてね(順平の話では、ミクちゃんはやけにこれを強調したらしいのですが、ほんとのところ、恋愛なんて、始まる前はひどく曖昧で、どちらでもよいのかもしれませんが)とにかくさ、ちょっと気にしちゃったからそれが行けなかったのかな、あと、倉庫であんなとこ見て、話したりしちゃったから。柏木さんね、なんかあると、他の人に話さないような、要は、会社の愚痴とか、田舎馬鹿にしたような話を、わたしによくするようになったんだ。わたし、自分の地
「高崎、2年くらいいたかなあ、続けてたら、そのうちね、東京も行こうかなって思ったりしてたんだ」ミクちゃんは、心なしかまた距離を縮めて、順平のそばでそう口を開きました。彼は、吸い続けていた煙草にも飽きて、それを灰皿でもみけすと、腕を枕にそのままベッドに仰向けになりました。なんだか座っていると、緊張感ばかりが続く気がしたからです。それで、ミクちゃんのほっそりとした背中を見ながら、話を聞いていたのです。肩甲骨がくっきり見えるほど、彼女はひどくやせていると思いながら。「
峠道にさしかかる前に、ガソリンスタンドと並んで、ど派手なネオン看板のモーテルはありました。そこに、2人は入っていったんです。ミクちゃんは、カラオケ2人きりでできるとこ行こう、そう言っていました。たしかにここでは、カラオケの設備もあって、ベッドに座って、歌唄うことだってできます。ミクちゃんは、こないだみんなでいた時は、一曲だって唄ってなかったんですが、今、気持ち良さそうに、目の前で最近の楽曲を歌っています。それを順平は見ながら、彼女の思惑を推し量れずにいました。
それから、2人は、ごく楽しく会話をしながら、安っぽい寿司をほおばりました。無論、寿司の味なんてわからないでしょうから、順平にとっては、久しぶりに、ずいぶんご馳走だったようです。店を出て、またバイクにまたがると、そこで煙草を吹かし始めました。ミクちゃんは煙草は吸わないようで、となりに立って、順平をただじっと見つめていました。「ねえ、どこ行く?」「え?」順平がなぜ聞き返したかというと、もう、9時をまわっていたからです。そろそろ帰らないと、まずいでしょう。明日はまた、
「どこ行く?」順平はバイクに跨ったまま、前面に現れたピンクのスクーターのミクちゃんに言いました。陽はすっかり暮れています。遠くの街灯にぼんやりと、彼女の姿が見えています。こないだカラオケで会った時と、化粧が少し違うな、そう思いましたが、どこがどうとかは、彼にはよくわかりませんでした。ただなんとなく、大勢でいた時と、雰囲気まで違って見えました。ミクちゃんは、「回転寿司する?」「回転寿司?」「おすしきらい?こないだね、新しいとこ出来たんだよ、少し遠いけど、」「
その日の、夕方でした。いつものように軽トラの荷台に揺られて、寄宿舎へと帰る途中です。順平は1日中見ていなかった、携帯電話を開きました。メールが着ています。これは、予期していなかったと言っていい、本人はそれをすごく強調して話していましたが、本当に、全く、考えてはいなかったのでしょう、カラオケの時にそれとなくメルアドを交わしていた、ミクちゃんからメールが入っていました。夕暮れ時のキャベツ畑を背にして、荷台にがたがたと揺れながら、順平は携帯電話の画面に見入りました。
キャベツ畑が広がっています。しめった軍手をして、額の汗を拭いながら、順平は晴れた空を見上げました。「なんか腰悪くしそうじゃね」となりの畝でかがんで働いていた同僚が、立ち上がって伸びをする順平に言いました。今さらだろう、毎日こんな格好してたら、腰おかしくするに決まってる、順平はそう思いましたが、「まあ、腰だけじゃないけどね」同僚も立ち上がり、一緒に伸びをして、「どこよ」「どこって、」順平は彼を見ながら、「全部じゃね」「ははっ、そりゃそうだ」2人で、力ない笑いを
寄宿舎に戻ったのは、午前2時くらいでした。順平は薄手のふとんに潜り込んで、まんじりともせず天井を見上げていました。ミクちゃんの膝小僧の、赤い点々が、頭の中にちらついていました。そのうち、ようやくうとうとしてきて、眠りについた、と思ったら、もう目覚ましのベルが鳴り始めていました。朝、4時です。目を擦りながら起き上がります。部屋は3畳半の1人部屋、となりの部屋から、起き出して着替えるざわつきが聞こえています。順平は起した上半身は、もう1度、ふとんにあずけようとして
順平は、カラオケボックスに富田君といます。居酒屋では周囲の目もあるし、すぐに知り合いに出くわしますが、彼らにとっては、個室のボックスの密閉された空間が、中々よかったのです。まわりに気兼ねなく騒げます。曲を唄うこともありましたが、飲み物とお菓子を食べて、ほとんどはおしゃべりして過ごしていました。後輩を買出しに行かせた後、富田君は、向かいに座った順平に、「俺もさ、東京出て働こうとしたことあんだ」と言うのです。「へえ」順平のどうでもよさそうな返事。「高校出たら、まんま
順平が地元の不良連中とカラオケに行って、数日もおかずに、また彼らから誘いがありました。携帯電話のメールです。女子もくるから、と書いてあります。~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・「それ、やっぱ行っちゃうんだ?」僕は話し続ける順平に、ふいに口をはさみました。彼はあぐらをかいて、腕を組むと、ちょっと考え込むようにしてから、「まあねえ、、それよか、田舎じゃ、女の子のこと、女子って言うんだね」「へええ、おなごかと思ったあ、おなご」笑ってそう返したのはサトちゃん、
嬬恋の地元ヤンキーとカラオケに行った翌日は、さすがに目まいがするほど疲れたようです。高原の夏の朝は少し寒いんですが、日中はずっと作業をして汗ばんできます。キャベツをむしる手を休め、空を見上げると、ぐるぐる回って見えます。じっとりと体にはりつく汗、浅間山から吹き降ろす涼風は、ささやかすぎて、身体を覚醒はさせてくれないみたいです。順平は、そもそも起床が4時の仕事で、2時過ぎまで遊んで帰って、身体がもつわけがない、それを身をもって感じていました。これじゃ、続かない、
田舎のコンビニで不良連中に絡まれた順平でしたが、その危機を回避したばかりでなく、なんと打ち解けて、その夜、彼らと町にあるカラオケに行ったんだそうです。順平はその日、いつもだったら寝る時間に寄宿舎に帰ってきました。それも、なぜか意気投合した、暴走族の連中が、併走して走って帰ってきたのです。翌日、バイト仲間の1人が、眠そうな目を擦りながら、「昨日うっさかったなあ、田舎の族だろああいうのさ」順平はそれを聞いて、すぐに彼らのバイクの排気音だと気づいたんですが、「え、
場所は田舎の国道沿いのコンビニ、灰皿が1つだけおかれた喫煙スペースで、順平はバイクからおりて煙草を吸っていました。頭にパーマあてたり、金髪だったり、田舎のヤンキーが、10人ほど、敵対心むき出しで順平を見ています。彼は大柄です。サトちゃんほどではないですが、身長は180センチ以上ありますので、必然的に、その不良たちを見下ろすようにしました。それを見上げた、1人の男が、「おい、さっぎから見てんだろ!おい!」ちょっと訛りのあるだみ声です。「え…、なにを?」順平は少し
1週間ぶりに愛車に跨ると、それはもうずいぶんひさしぶりな気が順平にはしていました。毎日ドナドナで、キャベツ畑と寄宿舎の往復だけ、決められた時間に就寝して起きて、決められた場所で食事をとり、ただただ単調な畑作業を繰り返していた身には、まるで自由に羽ばたける翼を得たようなものです。自然、アクセルハンドルを握る手にも力が入り、カーブを大げさに車体を倒して曲がっていきます。夜道を疾走し、行きかう車もほとんどありません。鼻歌も出てきます。どうせ誰にも聞こえませんが、彼の口
とかく現代人の禁欲生活に対する姿勢について、考えるところがあるのです。蟹工船は、抑圧された労働で、著しく自由を制御された、いわば、あまり選択肢のない、逃げ場のない労働であって、根本的に資源の豊富になった現代では、中々生まれにくい環境ではあります。だから、このキャベツ畑だって、逃げ場はあるのです。船板一枚海の底、そんな遠洋漁業船に乗って、大海原のど真ん中にいるんじゃないのですから、逃げる場所はどこにでもあって、選択肢は存在します。要は、たとえ逃げたって、次の日の食
軽自動車に乗せられ、キャベツ畑に行くことを、順平はドナドナするって言っていました。ドナドナの唄、ご存知でしょうか?ユダヤ系アメリカ人ショロム・セクンダが作曲、同じくユダヤ系アメリカ人アーロン・ゼイトリンが詞を書いた唄です。1940年頃、ミュージカルで使われてたそうで、市場へ売られていく子牛をなんともかわいそうにせつなく唄っています。ナチスによるホロコーストで、ユダヤ人が連行される描写なんて話もあります。話がそれました。とにかく順平は、他のアルバイト連中とともに、毎
順平が、なぜ嬬恋から、リゾートバイトの期間にならずして、帰ってきたのかです。彼は、少し照れくさそうにしながらも、淡々とことの経緯を語り始めました。「ま…、」彼はちょっと考えるふうに天井を見て、それから、「とにかくきっついってのもあったかなあ、とにかくきつかったよだいたいさ」と、僕を睨むように見つめると、「花ちゃんがいっつも楽しそうに帰ってきたじゃん?あれないや、」リゾートバイトのことです。僕は長野蓼科湖と那須高原に行ったことがありましたが、それは、いずれレベ
順平は、夏の初めから、キャベツの出荷のアルバイトで、群馬嬬恋に行っていました。リゾートバイトというやつで、僕も那須のコテージでプールの監視員をやったり、スキー場で働いたり、湖畔の和菓子屋で夏を過ごしたりしたことがありました。長いルームシェアの生活で、時折そういうことはあって、誰かがしばらくいないってことはあったのです。彼なりに、なにか思うところがあったのでしょう、この夏、アルバイト雑誌をよく見ていたと思ったら、ちょっと行ってくる、みたいに言い残して出かけて
さあ、いつ旅に出るのか、話が長くなりましたが、その当日です。僕らは0時前の品川発鈍行列車に乗る予定です。夏の盛りです。夕方、少し昼寝した僕とサトちゃんは、汗ばんで目覚めました。ヒグラシの鳴き声が外に聞こえています。窓からは、薄暗い紫色した空が、カーテンの隙間から見えていました。本当は物悲しいシチュエーションにも思えましたが、今日の夜から旅立つんです。なんか浮いた気分になって、僕は起き上がり、サトちゃんも起しました。2人は荷造りを始めました。まあ、5日でも6日で
ドラマ25『ひとりキャンプで食って寝る』第10話キャンプ道具を持って海岸へとやってきた冬子(山下リオ)と順平(中島歩)。ひとりキャンプを楽しみたい冬子とは違い、何事にも人の意見を求めてくる順平の行動に、冬子は不満を感じ、ついに大げんかをしてしまう。その頃、同じ海岸で釣りを楽しんでいた七子(夏帆)は、昼間に自分で釣ったメジナを調理していた。そこへ、テントを被ったまま歩く謎の男が現れる。
部屋で、サトちゃんと2人きりのとき、僕から、ルームシェアを来年の3月まででやめようって話しをました。あまり、反応がありませんでした。なんと言っていいのか、賛成とも反対ともなくて、ただ、「そうか、わかった、」一言口にしただけでした。だから、今でもあの時、サトちゃんが何を考えていたのかはわかりません。彼に話していて、僕がバンドをやめようと言い出した、あの、4年以上前の日のことを思い出していました。あの時、サトちゃんは、反対したりしたわけじゃなく、なにか諦めのよう
僕と順平はまたベンチに座って、飽きもせず続く少年と父親の、マンツーマンのバッティングを眺めていました。「そろそろ、考えなきゃなんないなって、俺も思ってた」僕がぽそっと口にすると、順平はなぜか疑うように、「ほんと?」僕は笑って、「そりゃそうだろう、いつまでもさ、このまんまなわけないじゃん、いつかは解散しないと」そう言いながら、そのいつかを、誰かが決めなきゃ、僕らは永遠に、それこそ、白髪になって年金もらうまで、一緒に暮らしかねない、そんなこと思って、思わず、
順平とバッティングセンターにいる続きです。左用レーンは数も場所も限られています。僕は左利きなので、はしっこのレーンに入り、コインを入れるとかまえました。となりが、さっきのスパルタ親子です。背後から、父の叱責ともとれるコーチングの声が聞こえてきます。ちらっと振り返ると、40代とおぼしき父親が、もはやバッターボックスの中に一緒に入って、手取り足取り少年の体を触っていました。少年は、真剣な眼差しでした。坊主頭にはきらきら汗が光っています。「おらあ、腰を沈めろって言った
順平と行ったのは、住宅街の中にある、よく通ったバッティングセンターでした。ネットの一番深いところ、ちょうど中央に、ホームランの的があります。年間で、何回か当てることがありました。すると、第なん号って、入り口のとこに掲示されます。マイバット持ってくるような本格的な人は、それこそ20本も30本も打つんですが、それでも僕らも4、5回は当てていました。サトちゃんと順平とは、ささやかなことでしたが競ったものでした。僕らは思い思いのレーンに入って、1000円分、4回、
高原と別れ、バイクで家へと帰ります。キャンパス沿いのマロニエの葉も、かさかさになって枯れ落ちて、木枯らしが吹き抜けていきます。だいぶ、寒くなってきていました。この身に沁みる寒さが、まるで条件反射的に、4年前の受験の際にやっていた真冬の警備員を思い出させ、そして、連想して、今追い込み中の順平へと考えが及んでいました。順平は、去年1度受験に失敗しています。上手くいっていれば、僕が4年生で彼が1年、今年だけ同じ大学に通う可能性がありました。とにかく、もう1度だけ
同居人の1人、順平は、僕が大学3年の時に、僕と同じ大学を受験しました。僕が大学へ行ったこともあって、多分、多少の影響を彼は受けたんでしょう、そもそも、僕が行ってなかったら、彼の人生には大学は無縁だったかもしれません。ただ僕は、本来は文学の研鑽のためと考えていたのに、結局、社会的な学歴だけにとどまってしまいました。しかし順平は、本気で学問をしたいようでした。彼は中国史が好きだったのもあり、本気で史学をやっていこうとするものでした。「本気なの?」部屋で向かい合
やぁ。トガシスト。秋になって人恋しくなったらいつでも電話しな。(レアなスーツ姿召し上がれ!ビジネス富樫!)みんな9月は楽しかった?俺は初めて『フェス』ってやつに行ってきたよ。俺はもうとにかく不安だった。どうやって音楽にのるんだ。恥ずかしがったりしたらださいよなー。なに着てこうか。初めての経験はいつだって不安と期待が表裏一体。少しのワクワクを背負ってフェスに向かった。場所は川崎の『BAYCAMP』後輩のTOYの菊ちゃんが誘ってくれて菊ちゃん、菊ちゃんの友達の子、愛ち
サトちゃんと順平の会話が、夢の中に滲んでいたのか、それとも実際に見ていたのか、ちょっと古い話でもあり、そこんところの記憶は曖昧です。とにかく僕は、野田とペルー人女性ピラールが、ある休日、川口の駅前、繁華な商店街を、仲良く歩いているのを見ているようです。野田は色黒で肩幅が広く、もっさりした体系をしています。普段は見慣れない、ぴちぴちのTシャツを着て、ほっそりとした異国人と歩いているわけです。彼らは僕とバッタリ会うと、最初は驚いていたようですが、すぐに、野田特
彼女の名は、ピラールと言いました。聞いたわけじゃなくて、割烹着にのお腹のあたりにマジックで、そのままカタカナで、ピラールと書かれていたからです。野田はピラールと部屋を出て行ったきりです。戻ってきそうもないので、僕は数分して、中途半端な話をしたまま部屋を出ました。それで、家に帰った午前中のことです。シェアルームに戻って、サトちゃんと順平と雑談していました。いつもこうで、徐々にまどろんできて、僕らは夕方まで眠るのです。その日も、僕らはすでに寝そべったりしながら、