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今年は陽気もよく桜のたよりも早そうな候でございますですねさてお座敷で居ながらにしてお花見の出来ます長良川畔ホテルパークさんで鳳川伎連・花見の宴を開催致しますお席は椅子席ですのでどうぞお気楽に御来駕くださいませ夜桜をめでながらお座敷遊びのひとときをお愉しみくださいませ3月31日(日)18時開宴(20時30分頃終宴予定)会費お一人様20,000円税・お飲物・御食事・芸者花代など込会場ホテルパークhttps://hotelpark.jp/御予約御問い合わせは鳳
蔵前橋を潜り隅田川に沿って浅草橋方面へ歩き神田川へ。神田川が隅田川に合流する少し手前に柳橋という橋が架かっています。この柳橋からの神田川の眺めが私は大好き。下町情緒溢れる風景です。橋には簪のレリーフ。すっごく粋です。この辺りは昔は花街だったらしくこんなふうに芸者さんが髪にさした簪がレリーフになって花街の名残を見せています。流れる空気の匂いも何か違います。お散歩してると感じるのですがその街、その街の空気の匂いってそれぞれ違うのですよね。もしかしたら川のある場所っ
たとえ時代が移り変わろうとも女性として生まれてきたのなら本当は幸せな恋愛愛されて愛して幸せな結婚をしたいのではないでしょうかそこは四の五の言わず流行りに惑わされず素直に「愛されたい」と思えるかわいい女性を私はこの日本に増やしたいのです強いて言えばそんな本能に率直な女性が力を発揮してこの日本を素敵な国に育てていくと思うのです。(ひな祭りランチの時の写真)わたしと花街の女たちと。売れっ子美容師だった母の元に産まれたので母は朝から晩まで休む間もないほどに幼
上七軒のふじ千代さんがもう…間もなく衿替えなさるということで…舞妓から芸妓になられます!おめでとうございます💕(この記事後半にぽっちりスクール早割と特典のご紹介)舞妓の美にふれる会は、無事に終了いたしました〜♥上七軒のふじ千代さん、ほんまおおきにぃ~😭✨黒髪を舞っていただきました〜😭感激😭💕💕舞妓さんも少しずつオトナの雰囲気になり…周りから「そろそろどうや」と声がかかり、その決心をした舞妓が芸妓になることを「衿替(えりかえ)」といいます。それまでの舞妓の赤い衿から白い衿に替え
新型コロナ禍もあり、パスポートの期限が切れたままになっていましたので申請に行きました。申請のための必要書類ということで“戸籍謄本”を役所に請求し、久しぶりに“戸籍謄本”を手にしました。その記載事項に“従前戸籍”という項目があります。“従前戸籍”とは通常、自身が結婚し新しい戸籍を作る前の、両親の戸籍のことを指します。ですから日本的に言うと直系の父親の代々の戸籍が私の知る限りにおける自分のルーツ(起源)となります。私の場合、祖父まで辿るとまた違う戸籍になっているかもしれませんが、それ以前は
今回は、京都の花街文化について触れてみたいと思います。京都には、五花街(上七軒・先斗町・宮川町・祇園甲部・祇園東)があり、舞踊・御囃子などの芸で宴席に興(きょう)を添えるてくれる、芸妓・舞妓がいます。この日は、四条大橋西詰め、西石垣通りにある京情緒を色濃く残した木造三階建の本格数奇屋造のお店「ちもと」で京懐石を楽しみました。そこに来てくれた芸妓・舞妓さんを紹介します。まずは芸妓さんです。舞踊、三味線(しゃみせん)、お囃子、唄、などの芸や茶道、行儀作法を5、6年修業し、お座敷で
ここ花街。最近は海外からの観光客も増え風情のあるお茶屋さんの建物は写真映えがすると、あちこちで撮影を目にします。配達の太郎さん「オーオー通り抜けるのにてぇへんだよ」そんななか、今日はお座敷はおやすみ。舞子の小梅さんと小桃さんいつもお座敷に呼んでいただくお茶屋さん「花郷」に入っていきました。「こんにちわ~」奥からお手伝いの浜さん「小梅さん小桃さんいらっしゃい」「今日はおてったいさせていもらいますー」二人はお雛様を飾るのをお手伝いします。ひな壇ができました。「
(いい天気だった先日)西大路から西に入って、きぬかけの路を歩いてきました。左は立命館で、もう少し行くと龍安寺です。堂本印象美術館に行ってみましょう。大正から昭和にかけて活躍した作家の、大正時代の展覧会が開催中。昼は図案家、夜は内職で、親と6人の弟妹たちを養い、日本画家になった人。「若き日のロマン、大正時代の印象さん」とは、いいテーマ。画家で出世する前の、若き日のロマンあふれる作品が、楽しみです(撮影禁止)。そこには、大阪や京都の、色々な職業の女性たちが。興味
20話ジン氏に一連の説明を求められたマオマオは、柱が落下したのは事故に見せかけた巧妙な事件であったことを話す。しかしその事件の首謀者の翠苓が自殺したことを知ると、曼陀羅華のことを思い出し死体安置所に向かう。検死した医官を呼び出すと棺桶の封を開け死体が翠苓でないことを確認する、検死医官が翠苓の知人で解剖せず、仮死から死体入れ替わりまで狡猾にやってのけたこと、また仮死状態を作る薬の存在にマオマオは浮かれ高笑いする。玉葉妃の妊娠が発覚し後宮使えに戻るマオマオは、父親の羅漢の顔を見なくて済むよう計ら
ハッピーバースデー♪(•‿•)今日(2/25)はあの娘の#お誕生日。#襟替えして芸妓さんになったばかりなのに、残念ながら所用でお祝いに行けません・・・クスン#京都#祇園#舞妓#芸妓#花街#着物#Kyoto#Gion#祇園甲部#豆結##maiko#geiko#mameyui#kimono#japan#誕生日#ハッピーバースデー#アンリシャルパンティエ#クールルージュ#キルフェボン#happybirthday#birthday
2月23日(金)に南座で開催された、京都五花街合同公演早春夢部台を観てきました。前日の京都新聞の記事で知り、チケットをネット予約しました南座は初めて中に入ります。私もはんなり系の着物で出かけました開演前の南座の舞台を撮影、開演後は撮影禁止です。このあと満席になりました京都の花街は、祇園東、祇園甲部、宮川町、先斗町、上七軒の五つ。それぞれが趣向を凝らした舞台を20分ほどつとめます。どの花街も立方(=舞い手)は本当に華がありました。中でも祇園甲部の井上流は、動きのある舞で
今日は醍醐寺五大力さんと南座の五花街早春夢舞台がかぶっており五花街のチケットがとれなかったら五大力さんにしようと考えて夢舞台公演チケットサイトをのぞきに行くと三階のお手頃な席が少し空いていたので購入しました。南座は行ったことがなかったのでそこから楽しみでした河原町界隈は外国人が多くおしゃれしな人たちだらけでみっともない格好は私だけ入口もたくさんの人でしたわくわくと入館し席へと係のすごく丁寧な女性に案内してもらいました。三階だけかもしれませんが1度座れば身動き
《寸感》花街の女を歌わせたら、笹みどりの右に出る歌手はいないであろう。CD「歌い継がれる名曲のステレオ版心に残る流行歌大全集8巻」(日本クラウン株式会社)に収められた「十三夜」の素晴らしさは、筆舌に尽くしがたい。(2024.2.23)下町育ち笹みどり下町育ち笹みどりwww.youtube.com演歌ランキング
沖縄へ。スターウォーズジェットでした。カップやベッドレストカバーもスターウォーズ。沖縄到着後、おもろまちのDFSへ。買い物のあとラウンジへ。ラウンジでチョコレートブラウニーとアイスコーヒーをいただきました。美味しい!ホテルまでタクシーで送っていただきました。護国寺、波上宮に参拝したかったので、近くにあるホテルで2年前にできて新しく、そして温泉サウナもあるということで「HotelSANSUINAHA琉球温泉波の上の湯」を予約しました。連休中日で14,823円。朝食なし。安くはな
恩光星(おんこうせい)恩光は「斗数」中の雑曜で、配合される星は天貴である。しかし恩光には独特の性質があり、昔の人は「主受殊榮(特別な栄誉を受ける)」と言った。つまり法令制度以外の栄誉である。古代の科挙制度は、三年に一度の會試(鄕試の翌年に各省の擧人が首都に集まり行われる試験)・三年に一度の鄕試(各省で行われた試験で被験者を擧人という)が正典だが、これ以外にも「恩科(朝廷に大きな慶祝典礼があった際に行われた試験)」という特別な試験があったので、清代の術家は恩光遇文昌・天魁、會文曲・天鉞・天
おはようございます✨今回は僕もとーっても苦手な花街です!知識として京都検定では入れ込みますが、その世界の面白さまでしっかり感じられるところがゴールかなーと思います!僕も京都検定の勉強を通して興味を持つにいたりましたでは、さっそく!今日覚える事です!【五花街と流派】祇園甲部=井上流先斗町=尾上流宮川町=若柳流上七軒=花柳流祇園東=藤間流これを覚えていきましょう!!僕の覚え方を紹介します。めちゃめちゃ助かりました。いのこう(祇園甲部、井上流)おの
19話マオマオの元を訪れた李白は祭具の盗難が以前ボヤ騒ぎのときの出来事だったが色々な偶然が重なり管理者も不在で、その管理者は食中毒でなくなっていたがそれも事故ではなくかつてマオマオが解決していた事件だった(事件の影に背の高い官女=翆苓がいた)。そこに現れたジン氏は全容解明を(牛黄=高級な薬の材料を餌に)マオマオに依頼する。すぐにマオマオは祭事場に罠が仕掛けられたことに気づくと、慌てて祭事場にむかうが警備に止められた為、騒ぎ(警備に難癖をつけて顔面を殴られる)を起こし祭事中断を狙ったがうまく行か
長年京都で暮らしていますが、今まで島原界隈には行ったことがありませんでした。今回、近くまで行く用件があり、初めて見学することができました。島原は、祇園や上七軒などと並ぶ京都の花街の一つでしたが、1976年に京都花街連合会から退会し、以後は普通の住宅街になりましたが、所々にかつての栄華の痕跡を残しています。このあたりは面影が一番良く残っている所で、島原の東入口である「島原大門(しまばらおおもん」です。元は西門もあったそうですが、今はありません。正面から見るとこんな感じ。
こちらのブログでは、漫画「薬屋のひとりごと」3巻に関する感想を書いています。こちらは後編その1となります。前回のブログを未読の方は、「薬屋のひとりごと3巻中編」へどうぞ。ネタバレ注意です。「爺は家にいるはずださっさと行ってやんな」そんなやり手婆の言葉に、マオマオは10ヶ月ぶりに帰宅します。「ただいまおやじ」そう言って帰ってきたマオマオを、「おうおかえり遅かったね」と迎えてくれたのが、マオマオの薬師の師匠でもあるおやじさん。穏やかだけど、優秀そうなにおい
千年の歴史を持つという向島白髭神社表参道は墨堤通りから少し入った路地に面しています正面参道からは拝殿を直接望むことが出来ません見上げる高さの社号標白髭神社の扁額が架かる第一鳥居正面鳥居の少し墨堤通りに寄った処に社殿を正面に臨む参道がありますが、こちらには鳥居はありませんもう少し先にも参道があり拝殿前に出られますが此方にも鳥居はありません正面鳥居から入ると左手に沢山の石碑が建っていますその一つ「黒人塚」と読めます北島玄二という方の「うつせみの・・・」が記された歌碑で、本業は医師
ありがとうございます。3dayuちゃんから「ままどおる」冷やして食べます。「福島銘菓」たけちゃん、ありがとうございます。可愛い「にゃんこ」吸い込まれてきました。「松のや」チキンカツ定食タルタルソース付き。「行っちゃうよね…」あれこの間まで「たこやき」屋さんだったよね「こ」が「い」になっただけ(笑)「リユース(笑)」何屋さん「直球すぎる」擬宝珠が。花街の名残を…。「いいね」再発行。失敗した、10日〜2週間
’24お化けチーム豆まるちゃん鬼太郎のかづらよーでけてる!チーム満彩希ちゃん。祇園町は東と甲部で今年はなんと10組。甲部は…福葉、だん佑、まめ弥組美帆子、小扇、紗矢佳組真咲、豆六組多津葉、ゆり葉組佳つ智、佳つ春組小花、まめ衣組佳つ花、豆珠組と、さっきのまる組東は…富津愈、叶和香組満彩希、雛佑組(すべて敬称略)今年も厄除け魔除け災難避け!さ、祇園町は都をどりで「よ〜いやさぁ〜」「花ぁは宮川よ〜いよいよい」京おぉどりもありまっせ!ヴァ〜💦出費出費出費出費出
京都の花街の風物詩「お化け」節分は鬼を追っ払う日。で鬼は案外目が悪いそうで扮装して鬼をだまして厄を払いましょ…みたいな(^^)この日祇園では芸妓さんが扮装して宴席を回って楽しましてくれはります。それはもーびっくりするぐらいぎょ~さん!私も祇園東の「まん」さんにお呼ばれしました(^^)ここに構えて回ってこられる芸妓ペアを待ちます。まずお越しになったのは地元祇園東の富津愈さんと叶和佳さん。おめでたい”越後獅子”です。最後は私も獅子頭に「がぶっ」されました(
18話ジン氏と別れ花街に一時帰宅のマオマオは母親に小指の先を切り取られた記憶を夢に見る、そして緑青館の離れにいるかつて妓女だった性病の女の看病をするジン氏は花街で遊んだと勘違いしているマオマオの誤解を解けずにいたがそこに現れた羅漢にマオマオが自分の娘だから会わせろと言われる、それをマオマオに伝えると今までにジン氏が見たことなない顔(虫けらを見るような顔でさえ生易しく思える)で断るマオマオに羅漢と会わせない事を了承してしまうジン氏であった外廷の畑で薬草を頂く(盗む)気のマオマオはそこに近づ
年末年始の休みに(とはいえ31日まで仕事して2日から仕事でしたけど)過去に訪れた場所へ再訪部分的に切り取って写真を撮ってみた。ここの遊廓歴史は浅く短い。戦後の整備に伴い移転を繰り返してきた業者が集まった。色んな黒いお金も動いていたみたいだ。神宮前からバスで訪れましたが地下鉄の駅もあります。近くの築地口の商店街も昭和感漂うレトロっぷり。お金をかけて整備されてるけどお店は古いまま。ビルも古かったし古い旅館もあったなぁ赤とピンクのタイルがびっしりで可愛すぎるんだけどいつ
京の花街が1年中で最も華やぐのは、春の「をどり」の季節である。4/1祇園甲部の「都をどり」が開幕し、宮川町「京おどり」上七軒「北野をどり」、5/1先斗町「鴨川をどり」と続く。京に夏が訪れ、鴨川の川床、祇園祭などと共に、それぞれの花街も夏ならではの行事や風習にいそしむ。夏季の儀礼と云えば、8/1の八朔。日頃の感謝を込めて、芸舞妓は師匠やお茶屋へ「おめでとうさんどす」と挨拶に回る。黒の絽の正装。炎天下を歩く、芸舞妓の姿は花街の気概を感じさせる。秋になる
今日は渋谷駅から道玄坂へ。109の横を通って登っていきます。実は、今日は楽しいことがあるんです。交番の手前の道を入ると、今はラブホテルで有名な円山町で、普段の私は行かないところです。(笑)ラブホテルがズラリと並んでいますが、建て替えが進んでいて、昔のゴチャゴチャ感は無くなっています。そこにある料亭「三長」。今日はここで、「旧花街の名料亭で楽しむ伝統芸能」という催しに参加するのです。円山町には、大正8年頃には料理屋が96軒、芸者が420名もいたそうですが、戦争で焼け野原となり、昭
一般に新しい仕事などに着手する事を事始めと云うが、京都では12/13を【46】事始めとして、この日から正月の準備に取り掛かる習わしがある。言わば、1年の区切りとして迎春の心持ちになる日である。商家の本家のもとには分家筋が、また習い事の師匠のもとには弟子たちが、1年の恩義への感謝の気持ちを表し、新年を迎えるにあたっての挨拶に回る。花街でも芸舞妓たちが、芸事の師匠などのもとに挨拶に伺う。祇園甲部では、京舞【47】井上流の井上八千代・家元宅へ芸舞妓たちが次々と
花街の1年は12/13の【46】から始まる。この日から正月の準備にかかるが、京舞【47】流家元宅の稽古場には「玉椿」の軸が掛けられ、門弟から届けられた鏡餅が飾られる。一門の祇園甲部の芸舞妓は家元からご祝儀の【48】を受け取る。正月に入り、芸舞妓が一堂に会する始業式では1年の精進を誓い合う。この日、芸舞妓は黒紋付に【49】の花簪を付ける。4/1の「都をどり」を先頭に、五花街の踊りの会が開幕する。8/1(八朔)には、日頃お世話になっている芸事の師匠やお茶屋などにあいさつ回りをす