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ふと思い出しました昔千葉県に住んでいたFさんというおじいさんに知り合いました(故人)そのFさんから聞いた話です私が知り合った時にはすでに悠々自適の御隠居さんでしたけどもともととても優秀な人で著作もありましたそのFさんは少年時代に子供向け雑誌に掲載されていた「蒙古冒険物語」に心を踊らされて「いつかは絶対、蒙古人と会いたい」と思うようになったそうですでとっても優秀な人でしたから難関だった第一高等学校の入試に合格したで入学直前に渡された新入生名簿を見たらどう考え
海外で住むと、自身についてよく聞かれる事もあって、自分のルーツって結局どこなんだ?って考える様になりました。今年で84歳の祖母は吉林省(当時は満洲国)産まれ承徳育ち。4人兄弟の次女。とても温厚な祖母ですが、お茶碗に米粒が少しでも残っていると、豹変した様に、「残さず食べなさい。ご飯は粗末にしない。」小さい頃はよく言われていました。最近、母に何で曽祖母は戦後すぐに引き揚げしなかったのか聞きました。当時は帰国する船の上で死んでしまうと、海に捨てられてしまうので、曽祖母は結核にかか
支那の思想には「王道」と「覇道」というものがございます。王道とは道徳による統治のことで、覇道とは武力による統治のことであります。心の面を解決するのです。欧米諸国を納得させるだけの理屈と、支那人たちが統治を受け入れるための思想が必要なのではないのか。「心」が伴えば、覇道は王道へと変わります。建築によって都市を繁栄させる。それによって満洲という国家の理念をー「五族協和」と「王道楽土」を実現する。それこそが自分にとっての戦争だった。小川哲著「地
婉容(えんよう)ゴブロ皇后は清朝最後の悲劇の皇后婉容(えんよう)ゴブロ皇后は清朝最後の悲劇の皇后婉容(えんよう)は清朝最後の皇帝、宣統帝愛新覚羅溥儀の正室。大清帝国と満洲帝国の皇后です。姓の郭布羅(ゴブロ)氏からゴブロ皇后とも言われます。清朝が帝政を失い、中華民国で清朝皇族が残っていた時代に愛新覚羅溥儀と結婚。その後、紫禁城から追いkorea.sseikatsu.net第7回婉容第17回:婉容|彼女たちの戦争|小林エリカ|webちくまPR誌「ちくま」の2020年の表紙を飾り
先日、同じ作者の「ゲームの王国」という大長編を読んで圧倒されたばかり。カンボジアの歴史物語という、ほとんど馴染みのなかった内容を一気呵成に読まされてしまいました。今度は、満洲国をテーマにした「地図と拳」です。直木賞まで受賞して、これは読むしかないでしょう!「君は満洲という白紙の地図に、夢を書きこむ」日本からの密偵に帯同し、通訳として満洲に渡った細川。ロシアの鉄道網拡大のために派遣された神父クラスニコフ。叔父にだまされ不毛の土地へと移住した孫悟空。地図に描かれた存在しない島を
歴史街道編集「満洲国と日中戦争の真実」を読みました。日中戦争を経て満州国を日本が設立し、12年間でほろんだ国、それが満州である。その時代を歴史専門家が各々書き記した評論である。満州国設立に暗躍した石原莞爾、そして満州国の産業発展に邁進した岸信介。両者に評価を与える書き手もいるが、全体を見ていないと言わざるおえない。戦後の新幹線創業のモデルは満鉄であり、満州人脈の岸、大平、十河がいて初めて新幹線が出来たなどどは、とんでもない見解である。彼らがいなくとも戦後の技術者の力で新幹線は完成している
本日も晴天なり録画予約も元日はおやすみのようだ。きちんと告知すべし。大晦日は流していた。田中美佐子扮する妹が松江の教員と婚約した。てっきり、満洲国から帰ったアナとと思ったが、思わせぶりブリ。ブリっ子のハシリ。時代は、松田聖子らアイドル全盛期の少し前。
https://youtu.be/uxVvdxxYkW0【大東亜戦争の真実第65回】白洲次郎と吉田茂の関係性!いわくつきの屋敷萩外荘【CGS林千勝】#CGS#大東亜戦争の真実#満洲国
最近公開された映画ラーゲリより愛をこめてを観てきました。この映画は真面目な大人向けの感動ストーリーで数人しか客がいない感じでした。そしてイントロダクションやストーリーはこんな感じです。(公式サイトから)キャストはこんな感じです。内容は日本が太平洋戦争で原爆が落とされて終戦間近なときに満洲にいた山本が家族で楽しい食事の時間を過ごしていたときに、ソ連軍が空爆してきて避難するも山本はガレキに潰されて身動きできなくなって家族を日本に帰国させる。その後ソ連軍に連行されてシベリアの収容所(ラーゲ
https://youtu.be/C0XNsArQrEo【大東亜戦争の真実第61回】誹謗中傷の嵐!近衛・風見を追い詰める宅見の士石原莞爾【CGS#林千勝】#CGS#大東亜戦争の真実#満洲国
【自己紹介】プロフィールページはこちら2019年7月にうつ病を発症したことをきっかけに、その年の12月からブログを始めました。サラリーマン弁護士である僕が、日々考えていることを綴っています。ご覧くださってありがとうございます。本当に励みになっています。【今日のトピック:中国残留邦人】さて、3日お休みしていましたが、続きです。「中国残留邦人」という存在を、僕は初めて知ったわけですが、中国残留邦人は、「邦人」とあるように、日本人です。ただ、中国で暮らし
満洲国五分マグネサイト貨康徳十一年(1944)日本の非金属貨幣は一銭を始めとした未発行陶貨が有名ですが、JNDAのカタログにもうひとつ載っている非金属貨幣のシリーズが満洲のマグネサイト貨です。このマグネサイト貨、金属とは異なる風化に近い劣化のしかたをするためヒビだらけだったり表面が削れてしまっているものが殆どなのですが、今回入手したこちらは特にそういった点もなく未使用といって良い状態です。以前入手した同じく好状態の一分と並べて。これ、一応スラブ入るみたいなんですがこんなの客観的なグ
【自己紹介】プロフィールページはこちら2019年7月にうつ病を発症したことをきっかけに、その年の12月からブログを始めました。サラリーマン弁護士である僕が、日々考えていることを綴っています。ご覧くださってありがとうございます。本当に励みになっています。【今日のトピック:中国残留邦人】タイトルのとおりです。「中国残留邦人」という存在を、今日はじめて知りました。「中国残留邦人」の話は、満州事変~満州国建国に遡ります。1931年(昭和6年)、石原莞爾の指
MN@panderbird満洲国とはどのような国だったのか?【大日本帝国の傀儡国家】#SmartNewshttps://t.co/m5jxrAfcum2022年09月10日15:39歴史の勉強の上での「満州国」を認知できても、血の通った、肉付きのある満州国は、そこで生まれたなり、寄与する体験のある人でもない限りは、正直たとえ日本人でも想像ができないと思う。五木寛之さんよろしく、出生地が「満州国」という人たちが得た知見なり体験則なりは、実はものすごく希有で残されるべき視座でもある
1932年9月15日、大日本帝国は満洲国と日満議定書を結び、満洲国が正式に承認されました。皇帝は清王朝ラストエンペラーの溥儀が即位しました。実際は、関東軍による傀儡政権です。1945年8月15日に終戦と同時に満洲国は消滅します。
倭国が明国の討伐のため朝鮮国を通過する情報を得た光海王子は、危険であるから明国に援軍を要請して欲しいと王に切願した。しかし、攻め入られたと知ると王は民を捨て逃げてしまった。船を燃やして敵が渡ってこられないようにする方は、昔満洲国で橋を爆破し民間人を置き去りにした軍と同じ。いつの世も弱者は切り捨てられるのですね。この時攻め入ったのは豊臣秀吉だった。ホ・ジュンは御医なので一緒に行くはずだったが人事異動が認められず仲間と共に医書を持って別行動。家族は王と共に逃げたと勘違い。悲しいです。
1651年徳川家綱が江戸幕府4代将軍に。朝廷の勅使が江戸城に下向して将軍宣下。(新暦10月2日)1769年江戸幕府10代将軍徳川家治の側用人・田沼意次が老中格に就任。(新暦9月17日)1863年8月18日の政変。薩摩・会津両藩が公武合体派の公家を参内させ朝議により長州藩・急進尊攘派公家を京都から追放。(新暦9月30日)1945年皇帝溥儀が退位し満洲国が消滅。
先日、母を施設から連れ出した時、これを頂きに郵便局に行ったように思います。私の祖父が、ハルピンで戦死しでも曽祖父はガンとして息子の死を認めようとせず。随分長い間、「よく探せ。」と弔慰金も受け取らなかったそうです。祖父の遺体は、今も見つかっていません。現在、母が弔慰金を頂いており、高野山での供養会に参加するための旅費やらにあてていたと聞きました。半ボケとなった母には、郵便局で行う処理が難しくなっており、第一、コロナ軟禁されて8ヶ月の状態では、換金もできません。今回より、
こんにちは家系図コーチング®︎山道紀子です。朝方、こちらの神奈川県湘南エリアはものすごい雷で起こされました⚡️山形や新潟、石川の日本海側は雨がすごいようですね。どうか皆さま何事もなく無事に過ごされますように。連日、再開したブログをお読みくださり、ありがとうございます。今日も宣伝したいことがあり、必要な方へ届くといいなと思いながら書かせていただきます。家系図の大先輩、静岡県三島市で活動されている株式会社みそらの代表・塩崎明子さんが、8月11日に「満
【執筆ノート】『満洲国グランドホテル』三田評論ONLINEより平山周吉(ひらやましゅうきち)雑文家・塾員今度は満洲の観光案内本ですか、と言われてしまった。満鉄が大連や奉天で経営したヤマトホテルのイメージが強烈だからだろう。『満洲国グランドホテル』というタイトルは確かに紛らわしい。「グランドホテル」とは映画の形式で、人物が次から次へと登場し、特に主人公はいない。誰もがホテルの滞在客のように、現われては消えていく。満洲事変で成立した満洲国は、日本の敗戦により、わずか13年半で潰えた。満
お昼に大きなニュースが飛び込んできましたね。自分自身の気付きのためにも再度、リブログさせて頂きます。
骨董市で見つけた古本。満洲国を満州鉄道に乗って旅行した旅行記。今はなき国と鉄道、まぼろし旅行というタイトルに惹かれた。地図と写真がページごとに入っていて、とても興味深い本みーつけた。
満洲国の崩壊の原因を分析しているが、まず、理論解説から入るのがすごい。このポジティブ・フィードバックという方法論をもとに一方的な理屈にならないように、いくつかの要因と背景をきちんと説明してくれている。「個人より立場を守ってすべてを失った大日本帝國の運命を今こそ知ってほしいと思います」という言葉にその明晰な分析性が現れていると思う。日本人の立場主義という特有な行動形態はいまの私たちの政府や自治体に溢れかえっているし、会社だって同様。そこから出ようとする人たちは叩かれる。出る杭は打たれる
日本ニュース第4號1,満洲国皇帝陛下奉迎在留満州人の赤誠2,航空界の至宝藤田中佐らの慰霊祭3,陣中の魚釣り4,陣中の砂風呂5,皇軍宜昌占領重慶前衛の牙城潰ゆ6,独軍進撃急!パリ寸前に迫るwww.youtube.com本当にわんすい!って言うんだ・・・ワシントン号の進水式wwwまだ米英開戦前だからね。あとキックボードっぽいのが見えるのは謎。