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こんばんは。丸森町ひっぽのへそ大根と、白石市木華(もっか)さんのキクラゲなどを使って煮物を作りました!木華mokka.kikuragepoweredbyBASE宮城県白石市にて純国産キクラゲを栽培しています、東北きくらげ【木華(もっか)】です。日本国内では主に海外産のキクラゲが流通していますが、私たちは東北の蔵王連峰の麓。豊かな水と空気の中で大切に育てられたアラゲキクラゲという品種を栽培、提供しています。しっかりとした大きさと肉厚さが特徴で、無農薬栽培の安心安全なキクラゲです。このキ
公式ハッシュタグ令和6年2月28日骨董品ランキング2位昨日,金山城伊達・相馬鉄砲館で会議があり,当館は宮城県丸森町に『仙台藩丸森鉄砲隊』を設立することを決定した。仙台藩丸森鉄砲隊の副隊長○○さん火縄銃の鉄砲隊は動く博物館であるから,当館の銃砲等の展示と相まって生涯学習の新しい風になれるよう働きを強めたい考えだ。また丸森町に隣接する白石市及び相馬市には,それぞれ鍛え抜かれた鉄砲隊が存在するから,丸森町に鉄砲隊ができれば,歴史教育や生涯学習に関するスケールメリットを生
「奥州の独眼竜」と呼ばれた戦国武将の伊達政宗は,勇猛で派手な行動の多かった男だが,茶道や香道にも親しんだ教養の高い文化人でもあった。伊達政宗公の愛用の甲冑政宗は若い頃から茶の湯に親しみ,自ら幾つもの茶杓を作っている。その茶杓は,古田織部の影響を受けたといわれるものや小堀遠州風のものなどがあり,その人柄を今に伝えている。伊達政宗公自作の茶杓また伊達政宗は,香道にも通じていた。その晩年,長崎へ輸入された香木の伽羅を京の御所などと四者で分けあった。政宗は手元に来たその香木に自ら
本日,天皇陛下は,64歳のお誕生日をお迎えになられました。天皇陛下ばんざい~\(^o^)/一国民として,陛下が健やかにお誕生日をお迎えされたことを寿ぎますとともに,天皇皇后両陛下のご健康とご多幸をお祈り申し上げます。今,世界には27の王室が存在しています。その中でも、世界で最も長い歴史を持つのは、我が日本の皇室なのです。日本の皇室は,現在確認できる歴史資料から少なくとも1500年以上続く世界最古の王家であることが証明されています。日本国第二国歌【愛国行進曲】
ねこちゃん飼ったことある?▼本日限定!ブログスタンプあなたもスタンプをGETしよう公式ハッシュタグ令和6年2月23日骨董品ランキング3位『金山城伊達・相馬鉄砲館』のある宮城県丸森町は,昭和半ば過ぎまで絹糸の原料を作る養蚕が盛んな地だった。金山城伊達・相馬鉄砲館養蚕業は、カイコを飼ってその繭から絹糸を作る産業である。明治政府は,「外貨獲得産業」として養蚕業を重視した。日清・日露戦争に用いられた軍艦などの近代兵器は,カイコが吐き出した絹糸の輸出代金で購入されたといっても
今日の仙台は積雪20cmほどあります。駐車場と車の雪掻きをして右腕が疲れました💦今日は「猫の日」だそうです。私のの待ち受けは猫ちゃん🐱我が家の猫ではないです。だいぶ前に話題になったホラン千秋さんが神社で出会ったという猫ちゃんです。新しいスマホにしてからも変えられずそのまま待ち受けにしてます😅この待ち受けの猫ちゃんをブロ友のHANAさんがイラストにしてくれました。可愛いですよね〜とっても気に入っててこのイラストは他で使っています。ねこちゃん飼ったことある?▼本日限定!ブ
こんばんは。丸森町の限定酒「森姫」を飲んでみました!丸森産「愛国米」を100%使用した純米酒!辛口淡麗、スッキリと飲みやすい製造は、白石の蔵王酒造さんです。とても美味しいので、日本酒好きな方はぜひ飲んでみて欲しいです!丸森町の阿武隈ライン舟下り乗船場の売店に売ってます!
宝暦6年(1756年),幕府は国目付の久永修理と大島雲四郎を仙台藩に派遣した。その国目付への説明資料として作成された『仙台藩秘録』には,仙台城二の丸兵具蔵に四匁玉火縄銃が6435挺,大筒271挺などの外に18挺の仕寄筒が保管されていたと記されている。仕寄筒とは,もっぱら仕寄に使用する鉄砲のことである。攻城戦において防衛や攻撃のために城や陣地に接近して行う攻撃を仕寄といった。また仕寄とは,身隠し呼ばれた塹壕を掘り,竹束の盾や大楯をつけまわして敵の矢弾を防ぐ野戦築城工事を差す言葉でもある。
公式ハッシュタグ令和6年2月20日骨董品ランキング2位先週は宮城県南の丸森町でタタラ製鉄の調査をしていた。その時に,山里のご家庭でお煮しめを御馳走になった。お煮しめと言えば,半世紀前は,人寄せなどの時の花形料理だった。杉浦日向子さんによれば,江戸時代,お煮しめを炊けない女は鳶の頭の嫁にはなれないと言われたそうだ。宮城県丸森町のお煮しめ凍み大根のまん中にある穴は,長い串を刺し通した跡,その名も,ヘソ大根。丸森町のお煮しめには,この冬に作った凍み大根も入っていた。そのお家で
今日は丸森へ。友達と5年ぶり?の再会❤無事に待ち合わせのカフェに到着。友達も同時くらいに着いたから、どこー?なんてラインしたら前に停めてる車から出てきて2人で爆笑😁カフェだけど、今はラーメンをメインでやっているようで、味噌ラーメンを注文して食べました🎵偶然にも以前働いていた病院の受付のおばちゃんに遭遇✨こんな所で久しぶりに会うなんてビックリしました❗元気そうで何より☺️ラーメンでお腹を満たしてからキャンプ場へ。天気が良くてよかった☀️友達は今の仕事を3月で辞めて、このキャンプ場
宮城縣丸森町にある『金山城伊達・相馬鉄砲館』は火縄銃に特化した私設博物館です。『金山城伊達・相馬鉄砲館』当館の今年の目標は,この町に動く博物館である火縄銃の鉄砲隊を作ることです。しかも女性だけの鉄砲隊を作ろうと計画しています。国内には,女性だけの火縄銃の鉄砲隊は皆無です。もし当館の計画が実現すれば,日本初の快挙になります。女性だけの鉄砲隊を設立するということは,それだけ難しいことなのです。当館は,それが難しいことなら,なおさら挑戦してみたいと思っています。難しいからこそやりがいが
例年早咲きの紅梅が,今年は2月13日には,もうこんなに花を咲かせていました。開花は,昨年と同じくらいだと思います。また昨年,宮城縣丸森町にある『金山城伊達・相馬鉄砲館』の近所で,桜が一番早く開花したのは島崎家武家屋敷の桜でした。たしか3月23日には開花したと思います。島崎家武家屋敷の桜今年の桜の開花がいつになるのか,火縄銃に特化した私設博物館の『金山城伊達・相馬鉄砲館』にとっては,かなり悩ましいのです。現在当館は,動く博物館である火縄銃の鉄砲隊を作ろうと活動中です。しか
よく家に置いてるお菓子は?▼本日限定!ブログスタンプあなたもスタンプをGETしよう1543年(天文12年)の鉄砲伝来以後,多くの南蛮人が日本を訪れるようになった。それは,貿易のためばかりでなく,キリスト教の布教のためでもあった。南蛮人が持ちこんだ西洋文物の中には,鉄砲の外に砂糖をはじめ,金平糖やビスケットなどの南蛮菓子もあった。金平糖当時の日本には,砂糖はなかったのである。砂糖は,中国や琉球との貿易によってのみ手に入る貴重品だったし,輸入量もごくわずかだった。当時,
丸森町で新たなインフラカードを貰ってきました。阿武隈川に架かる丸森橋です。
二月に入って最初の午の日を,初午といいます。昨日は,全国の稲荷神社では「初午大祭」が行われました。稲荷大神は稲を象徴する穀霊神・農耕神で,農耕民族である日本人には,大切な神様です。初午大祭では、稲荷大神のお使いとされる狐に好物の油揚げや油揚げを使ったいなり寿司が供えられます。この日、五穀豊穣、商売繁盛、無病息災、家内安全などを願って食べる縁起物が「初午いなり」です。初午いなり私は,昨日の朝食にいなりずしを食べてパワーアップしました。午の刻がもっとも太陽が盛んになることから,初
自分は日本人だな~と思う瞬間は?▼本日限定!ブログスタンプあなたもスタンプをGETしよう今日は建国記念日です。自分は日本人だな~と思う瞬間は?と問われれば,天皇陛下の御姿を拝見し御言葉を拝聴した時,そして日本国旗を目にした時に日本人だな~と思います。祝日には,国旗を掲揚いたしましょう。宮城県丸森町にある火縄銃に特化した私設博物館の『金山城伊達・相馬鉄砲館』では,今日も国旗を掲揚いたしました。日本国第二国歌【愛国行進曲】祝日には,国旗を掲揚いたしましょう。
おはようございます。日曜日ですねニチアサ楽しみなんですがその前に昨日の報告など家から車で1時間くらい南の方にある丸森町という所へ行ってきましたそこに斎理屋敷があります昔の豪商斉藤屋の屋敷跡です。工事中でしたが見学してきました。丁度前日の新聞の記事になっていた雛飾りがありました沢山ある蔵のなかに当時の生活の模様が展示されていましたこちらは新館だそうです。突然洋風に当時の町並みの模型が素敵でした。
島原藩6万5000石の藩主松平忠房公は,関流砲術に入門し二十歳の時から三十一歳までの間に,四度にわたって関流の秘事を授けられた。関流は礼儀に厳しい砲術流派であるから,大名といえども忠房公も関流の掟を守り指導に従う旨の起請文を関宗家に入れたはずだ。関流砲術の起請文(現代版)起請文は,関家の家紋である向い揚羽が摺りこまれた和紙が用いられている。島原藩主松平忠房の鉄砲の腕前は,相当なもので鉄砲の稽古にも熱心だったと記録されている。寛文七年(西暦1668年),四十九歳の忠房は,島原城二
火縄銃に特化した私設博物館『金山城伊達・相馬鉄砲館』のある宮城県丸森町は,厳しい寒波が襲来している。2月5日の夕方から降り出した雪は,昨日の朝までに13センチの積雪を記録した。同じ町内で積雪20cmになった所があるというから驚いた。『金山城伊達・相馬鉄砲館』のメイン展示室前さらに今朝は,氷点下10度と強烈に冷え込んだ。ここは北海道ではない。宮城県南端の丸森町である。さすがに氷点下10度の冷え込みにはおそれいった。
東京では大雪となった今日仙台は5cmほどの積雪でした。思ったよりも積もらなくてほっとしました。実家へ行く予定だったので従姉を乗せて行ってきました。いつもは降らない角田市では20cmほどの積雪がありビックリ〜(*_*)実家のある丸森町は、さらに+αの積雪でした。すっかり雪景色🏔そして…途中で前からトボトボ歩いてくる動物が見えてきて…ワンちゃん?カモシカ?ど真ん中を歩いてくるので🚗を止めました😅私の車の2mくらい前で気付いたようで🐶顔を上げました。すると、隣のわだちに移動
宮城県丸森町に立石という巨石、パワースポットがあります。高さ12m、周囲25m上部は畳十畳敷というとんでもない大きさの巨石です。大きさもさることながらパワーがすごい。宇宙から降り注ぐエネルギーを「立石」が受信して地上に降ろしてる感じ。全国の神社などで祀られている磐座(いわくら)みたいなものです。(磐座とは、神が天下る岩のこと)これまで日本全国、神社巡りでいろいろ巨石や磐座を見てきましたが「立石」はその中でも別格。自然にできたとは思えない不思議な巨石たち。
これは,天保3年(1833年)に水戸藩の甲冑師十五代早乙女家次が、職人4~5人掛かりで南蛮鉄を用いて製造した大砲である。製造者の名前を取り早乙女砲と呼ばれている。水戸藩所持の早乙女砲種類差火式大砲全長約69cm口径約6cm砲耳約6cm重量約38Kg点火部分は,火縄銃と同じ。火蓋まである。この大砲が製造されたのは,幕末の緊迫した海防問題に対処するためだった。1800年代初め頃から、日本近海で欧米による捕鯨が盛んになり、外国船が日本近海に出没するようになった。
1600年、関ヶ原戦いには徳川家康率いる東軍と、石田三成率いる西軍が激突した関ヶ原では、両軍あわせて17万以上の兵が戦ったといわれている。この戦いには,少なく見積もっても1万数千以上の火縄銃が使用されたはずだが,その時に用いられた火縄銃で,今も残っているのは,わずか一丁でしかない。その一丁とは,関ヶ原の戦いで徳川家康の勝利と決した後,島津義弘が薩摩に帰るべく東軍を敵中突破した退却戦で用いられたと伝わる鉄砲である。薩摩の柏木源藤はその鉄砲で井伊直政を狙撃し,鉄砲傷を負わせた。川上家
1月24日から今日までが「全国学校給食週間」とされ、学校給食の意義や食事の大切さを学ぶ機会になっている。現在の学校給食は,食事マナーを知るとともにふるさとの良さを再発見できる食育教育の場としても活用されている。例えば,海産物が特産の富山県射水市の学校給食では、年に一度,丸々一匹のベニズワイガニが食べられる献立の日があるという。山梨県山梨市の学校給食では、郷土料理である「ほうとう」が提供されている。この他にも農林水産省ホームページふるさと給食自慢。バックナンバー:農林水産省(maff.go
季節の変わり目になると気持ちが不安定になり,鬱やそう状態になったりする人が出てくるものだ。ところが,私は大寒真っただ中だというのに完全なそう状態になってしまった。三日前に本気になって庭掃除をしすぎて,やる気スイッチが入ってしまったからである。土曜日は,仙台の貸倉庫から火縄銃の銃床を十数本運び出してきて,日がな一日かけて整備した。これらの銃床は,骨董市などに出ていたものを一本,二本と買い足しているうちに,こんなに増えてしまったのだ。自分でも馬鹿なことをしたものだと思う。無駄遣いをしたと
今年の大寒は,1月20日から2月3日までで,一年の中で最も寒いころを迎えた。先週の前半,『金山城伊達・相馬鉄砲館』のある宮城県丸森町は,強い寒気が流れ込み大風が吹き荒れ初の積雪もあった。金曜日になり積もった雪が融けると,当館の枯山水庭園は枯れ葉だらけになっていた。枯れ葉の多くは,松葉だから始末が悪い。V字型の松葉は,庭の砂利石に突き刺さっているから,箒で掃き詰めるのも難儀する。この日,半日でかき集めた松の枯れ葉はゴミ袋二つ半にもなった。当館の職員は,館長の私一人だから,庭
阿武隈急行線の秘境駅兜駅↑からの続きです。兜駅訪問後は、お隣のあぶくま駅までの駅間歩きです。秘境駅巡り第96話、あぶくま駅県境を越え福島県から宮城県へと入りました。古そうな小屋だな。日陰にはまだ多少の雪が残っています。引き続き阿武隈川沿いを歩いていると・・・軽ワゴンに乗った60歳くらいの男性の方が私に道を尋ねてきました。「すみません、産業伝承館ってどっちさ行ったらいいか分かりますか?兜駅の近くの丸い建物なんです」私はスマホのGoogleマップで目的地を産業伝承館に切り
公式ハッシュタグ令和6年1月30日骨董品ランキング3位実はこのおみくじは,今年の1月2日に引いていました。どう書こうかと悩んでいるうちに1月も終わりになってしまいました。時の流れは油断できませんね。一昨年,私は宮城県丸森町に火縄銃に特化した私設博物館である『金山城伊達・相馬鉄砲館』を開設しました。『金山城伊達・相馬鉄砲館』の正門前昨年は当館が,宮城県丸森町に海外や国内の火縄銃研究者の方々をお招きして,『鉄砲伝来480周年記念日本の火縄銃フ
仙台藩初代藩主の伊達政宗は,鉄砲猟を好み10日あまりで鹿を1000頭余り獲ったとの記録がある。この伊達政宗の鉄砲好きは,歴代の仙台藩主に引き継がれた。仙台藩二代藩主の伊達忠宗はキリシタン大名の毛利伊勢守に入門し,鉄砲の名手だった。忠宗は十五間(約27メートル)先の釘を狙って外さない腕前で,100発100中の妙ありと伊達家治家記録は今に伝えている。慶長17年に成立したの伊勢守流砲術伝書「禽獣目付目録」中の下げ針の的金山城伊達・相馬鉄砲館所蔵五代藩主の伊達吉村は,ことのほ
『金山城伊達・相馬鉄砲館』のある宮城県丸森町は,今シーズン初めての雪の朝を迎えた。積雪は3センチばかりだったから,昼前に雪はすっかり融けてしまった。いよいよ当館にも冬将軍が攻め入ってきたのだ。これから40日ほどは雪と極寒の日が続く。そう思うと私の心は憂鬱になる。私も歳を取り過ぎた。若い頃はむやみに元気だったから,冬になるとやたらと元気になり,雪山やスキーに出かけたくなった。家にいると雪煙を吹き上げる白い山頂やどこまでも続く長いラッセルの跡が頭に思い浮かび,お尻に火がついて家でじっ